ザ・ローリング・ストーンズ「Start Me Up」解説:一度は忘れ去られていた名曲
ザ・ローリング・ストーンズ(The Rolling Stones)が、18年ぶりとなる新作スタジオ・アルバム『Hackney Diamonds』を2023年10月20日に発売することを発表した。
この発売を記念して彼らの過去の名曲を振り返る記事を連続して掲載。
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The Rolling Stones – Start Me Up [Official Lyric Video]
未発表音源を拾い上げたアルバム
1981年の終わりにワールド・ツアーを控えていたザ・ローリング・ストーンズは、スタジアム級の会場ばかりを回る同ツアーを宣伝するためにも、新たなアルバムの制作を進めていた。だが、そのとき企画されていた新作は彼ら史上初めて、新曲が一つもないスタジオ・アルバムだった。彼らは過去のテープを掘り起こし、忘れられていた楽曲の数々を蘇らせようと考えたのである。
1978年に『Some Girls (女たち)』、1980年に『Emotional Rescue』と短いスパンで立て続けにアルバムをリリースしていたことで、この時のストーンズにはセールス面での追い風が吹いていた。両作はエッジの効いたギター・リフと激しいリズムに満ちた作風で好評を博していたのだ。
しかし、とにかく何か新しいものを求めていたバンドのマネージャー、プリンス・ルパート・ローウェンスタインは、上記2作のエンジニアを務めたクリス・キムジーとミック・ジャガーに「次はどんな作品にするつもりなのか?」と疑問を呈したという。そこで、レコーディングに携わったすべての音源に関して詳細な記録をつけていたキムジーは、未発表になっていた音源を拾い上げてリリースするのはどうかと即座に提案した。
それからキムジーは何ヶ月もかけて山のような音源の数々をくまなく調べた。「彼らが曲を合わせているときは、念のためテープに録音するようにしていた」と彼は言う。そのため、『Some Girls』の制作中だけでも150本ものテープが残されたという。
「だから『Goats Head Soup (山羊の頭のスープ)』や『Black And Blue』にまで遡って、本当に素晴らしい音源が忘れ去られていたのを見つけても、まったく驚かなかった」
キース・リチャーズは次のようにコメントしている。
「バンドが長く続いていたことでこんな利点があるなんてまるで思ってもみなかった。どんな経緯にせよ、本当に素晴らしい作品が未完成のまま終わってしまうことがある。何かの理由で、そういう曲を完成させたりリリースしたりしないままになってしまうんだ。テンポがしっくり来ないとか、楽曲が長すぎるとか、そういうすごく技術的な理由さ。あとは、曲を何段階かに分けて制作することもある。まずメロディーと音楽だけが出来て、トラックの録音や作詞は後回しにするみたいにね。そうすると、実際の音源もワインのように熟成される。少しの間貯蔵室に寝かせておけば、数年後には幾分良いものになっているんだ」
レコーディング
1977年後半にパリのパテ・マルコーニ・スタジオでレコーディングをしていたストーンズは、ある楽曲に取り組んでいた。それは、その数年前にキースが思い付いたレゲエ風のフレーズを基にした1曲だった。同曲ははじめに『Black And Blue』のレコーディングで取り上げられたあと、『Some Girls』のセッションでもさらに何度かのテイクを経て進化を遂げていた。エンジニアのクリス・キムジーはこう説明する。
「ストーンズの楽曲は、4日か5日くらいで出来上がることが多かった。彼らは一つの曲を3、4時間ほど演奏し続けて、それが済んだら次の曲に取り組む。それがレコーディングのお決まりのやり方だった。そうしているうちに、あるとき"この曲のこのヴァージョンはすごく良いね"というものが出来る。そうすると、そのテイクを取っておいて次に進むんだ」
しかし、ミックが即興で口にした言葉を基に「Never Stop」という仮タイトルが付けられていたこの曲は、ここでも完成に至らなかった。同曲についてはレゲエ・ヴァージョンが何度も録音された一方で、より王道に近いロック調のビートを試みたテイクもいくつかあった。
そこではキースとドラマーのチャーリー・ワッツが引き締まった迫力あるリズムをしっかりと刻んでいたが、そのアイディアも結局はボツになってしまった。それどころかキースは、キムジーにテープを破棄するよう指示したほどだ。皮肉にも、「Never Stop」の制作に"ストップ"がかかったのである。
そのときキースの指示に従わなかったキムジーは、それから3年以上経ったあとでロック・ヴァージョンを2テイク発掘し、それをミックに聴かせた。ミックは同曲の新しい歌詞を大まかに書き (このとき"Never Stop"というフレーズは"Start It Up"に置き換えられた) 、それから彼とキムジーはパリで落ち合った。
そして二人は街はずれの寒々しい倉庫に駐車されたストーンズの移動式レコーディング・スタジオに入り、この曲のヴォーカルを録音した。キムジーはこう回想する。
「彼は派手に動き回りながら、最大限のパフォーマンスをしてくれた。見ているだけでも素晴らしかったし、録音しても素晴らしかった。彼はマイクの扱い方を熟知しているんだ」
のちに『Tattoo You (刺青の男)』となるアルバムが寄せ集めの楽曲で構成されていることを気にかけていたミックは、著名なプロデューサーであるボブ・クリアマウンテンに声を掛け、一つの音楽作品として一貫性が出るよう収録曲の再編集を依頼した。
そして、1981年初頭にニューヨークのスタジオへ移ると、ロン・ウッドとキースは激しいツイン・ギターのフレーズをさらに際立たせるためオーバーダビングを施した。また、キースがパワー・コードによる印象的なイントロを考え出したのもこのときだった。クリアマウンテンによる「Start It Up」のミックスではドラムの音量が上がり、チャーリーの堅実なスネアの音にはリバーブがかかってさらなる重みが加わった。さらに、2本のギターについては突き刺すようなアタック感が強調されている。
ここでミック・ジャガーはヴォーカルに最終的な微調整を施し、メインのフレーズを"Start Me Up"に変更した。歌詞はバイクの用語を使用した性的な比喩で満ちており、彼の「いかれたマシン (mean machine)」が彼を一気に加速させ、「熱くさせる (running hot)」のである。また、曲の最終部では、ブルース・シンガーのルシール・ボーガンによる露骨な内容の1曲「Shave 'Em Dry」の一部が引用されている。
リリースと影響
「Start Me Up」は1981年8月、『Tatoo You』が発売される10日前にリリースされた。目新しさとグループの自信が感じられる同曲で、ザ・ローリング・ストーンズはカムバックを果たしたのだ。それまでのパンキッシュな楽曲と比べて派手さでは劣るものの、その自信に満ちた演奏はまさにストーンズを象徴するサウンドと言えるものだった。
UKとアメリカのチャートではトップ10入りを果たし、オーストラリアでは首位を獲得。さらに米ビルボードのトップ・トラックス・チャートでは13週連続首位という異例の記録を打ち立てた。この記録は、1994年まで破られることがなかった。
また、同曲はリリースされて以降のすべてのツアーで披露され、現在までにストーンズのライヴで6番目に多く演奏された楽曲になっている。だがその中でも最も強い印象を残したのは、2006年にスーパー・ボウルのハーフタイム・ショーで行ったパフォーマンスだろう。
「Start Me Up」は、1995年にも大きな注目を浴びた。マイクロソフトが同社初のテレビ・コマーシャルにこの楽曲を使用したからだ。Windows 95とその画期的な"スタートボタン"は、この広告の影響もあって大きな称賛を浴びた。なお、ストーンズはこの報酬として実に300万ドルもの大金を手にしたという。当時、ニューズウィーク誌はこのように報じている。
「この名フレーズの使用権の取得は、マイクロソフト社マーケティング部の天才的な手腕を象徴している。彼らはモグラ塚のような取るに足らない技術を、ソフトウェア界のマッキンリー山に変えてみせたのだ…」
Windows 95 – Start Me Up – Promo / Commercial (High Quality 720p)
現在、「Start Me Up」は偉大なる傑作として不動の地位を築いている。同曲の代名詞と言えるリフは、この伝説的バンドにしか作り出せないものだ。だが、計り知れないほどの価値を持つこの曲を危うく取りこぼすところだったという事実は、今でも彼らを悩ませているようだ。キースはこう語る。
「"Start Me Up"を5年間も完成させられなかったことに関しては、自分に失望しているよ。この曲は頭から抜けてしまっていたんだ。だけど全部を覚えておくなんて無理な話だよ」
Written By Simon Harper
最新アルバム
ザ・ローリング・ストーンズ『Hackney Diamonds』
2023年10月20日発売
① デジパック仕様CD
② ジュエルケース仕様CD
③ CD+Blu-ray Audio ボックス・セット
④ 直輸入仕様LP
iTunes Store / Apple Music / Amazon Music
シングル
ザ・ローリング・ストーンズ「Angry」
配信:2023年9月6日発売
日本盤シングル:2023年10月13日発売
日本盤シングル / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music
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