市民記者KM:日航123便墜落事件 ファイアービー衝突説は「荒唐無稽で悪質なデマ」か?ワタナベケンタロウ動画199および200への反論
ISF寄稿記事について「荒唐無稽で悪質なデマ」との批判
YouTube ワタナベケンタロウ動画 日航機墜落事故199および200では、私がISFに寄稿した123便墜落に関する以下の記事を引用して痛烈に批判しています。
・日航123便墜落事件 垂直尾翼を破壊したのは無人標的機ファイアービー(1) https://isfweb.org/post-75013/
・日航123便墜落事件 垂直尾翼を破壊したのは無人標的機ファイアービー(2)
https://isfweb.org/post-74868/
・日航123便墜落事件 垂直尾翼を破壊したのは無人標的機ファイアービー(3)
https://isfweb.org/post-74884/
・日航123便墜落事件 まつゆきに関する重大な疑惑
https://isfweb.org/post-71632/
この2本の動画(日航機墜落事故199および200)を最初から最後まで観ましたが、事実誤認、虚偽説明、非論理的な主張などが多く、観るに堪えない酷い内容でした。私の記事について「荒唐無稽で悪質なデマ」とまで言い切っているのに第三者が検証可能な証拠の提示が一切ありません。どこに書かれていたのか、誰から聞いたのかといった情報源が具体的に示されておらず、自衛隊擁護の立場から持論を展開しただけで、単なる誹謗中傷にすぎないと思います。
YouTuberワタナベケンタロウ氏とは?
123便墜落に興味がある方ならワタナベケンタロウ氏をご存じの方も多いと思います。ワタナベ氏はチャンネル登録者数12.6万人*のYouTuberで、6年前から123便墜落に関する動画を作成しており、現在までに関連動画を計200本公開しています。ワタナベ氏の過去の動画には参考になる情報が多く、ワタナベ氏がこの件の解明において大きな役割を果たしてきたことは間違いありません。しかし不可解なのはある時期からワタナベ氏が123便墜落への自衛隊関与説を「陰謀論」として完全に否定し、自衛隊をひたすら擁護する側に回ったことです。自衛隊で最高幹部だった岡部俊哉元陸幕長や真殿知彦元海将といった錚々たる方々がワタナベ氏の動画に出演してそうした説を否定しており、今や自衛隊関与説を否定することがチャンネル運営の最大の目的ではないかと思えるほどの徹底ぶりです。
実はワタナベ氏も事故調査報告書の圧力隔壁破壊説については否定的で、真の墜落原因はボーイングが重大な欠陥のあるB-747 SR機を飛ばし続けていたことと日航の運航体制にあったという「ボーイング犯人説」を唱えています(これについては別の記事で解説します)。墜落当初から自衛隊の無人標的機(あるいはミサイル)が当たったという「自衛隊犯人説」とボーイングが何か重大な欠陥を隠しているという「ボーイング犯人説」が一部で囁かれていたようですが、ワタナベ氏は「ボーイング犯人説」の方に世論を誘導することで「自衛隊犯人説」を火消ししようとしているように思えます。
*2026年7月17日現在
元航空自衛隊員が出演
その2本の動画には、航空自衛隊に約36年間勤務の後に2024年1月に退官した、元自衛官が実名顔出しで出ています。不思議なのは、墜落当時この方は高校1年生で、3年後の1988年4月に入隊したのは航空自衛隊です。しかし2本の動画で説明した内容は護衛艦”まつゆき”や訓練支援艦”あづま”など、この方が知っているはずがない海上自衛隊に関することでした。当時の事情に詳しい海上自衛隊関係者から事前に何らかの説明を受けていたものと思われます。
数々の事実誤認および虚偽説明
まず護衛艦“まつゆき”の武器艤装工事完了時期について、この元自衛官は「11月まで工事が完了していなかったので8月12日の時点でFCS関連の試験はできなかった。」と主張していました。しかし真殿元海将の著書内に”まつゆき”の工程表があり、武器艤装工事の実績のところを見ると6月に工事が完了していたことが確認できます。
次にこの方は、「東京湾には多数の漁船、タンカー、フェリーなどがいて外国船もいる。そんなところで無人標的機を打ち上げれば目撃証言があるはずだが証言がない。」と主張していました。しかし123便の機体後部に異常が発生したのは相模湾の西端の伊東に近い海域で、東京湾内と比較するとはるかに船舶数が少なく外国船はほぼいません。海水浴客が多い真夏とはいえ月曜日の夕方であり無人標的機発射は一瞬で終わります。海岸から数キロも離れていたら誰も気づかないのではないでしょうか。
さらにこの方は「自衛隊の訓練は日時と場所が公示される」と主張していました。しかし疑われているのは訓練ではなく護衛艦の海上公試つまり性能試験です。当時も今も、海上公試が公示されるという事実は確認できません。
以下は動画内でのワタナベ氏とこの方の会話です。
ワタナベ氏「後ほど話しますけど、KMさんは自衛隊関係者から得た情報と書いていますよね?」
元自衛官「海上自衛隊の関係者から、実際は試験をよく前倒しにしていたよ。建造している船は試験を前倒しにしていたと聞きました、などと主張。岡部俊哉元幕僚長も仰ってましたが、墜落事故を語る似非自衛官が多い。」
しかし、私が「自衛隊関係者からの情報」とISFの記事に書いたことはありませんし、YouTube動画に入れたこともありません。これは完全な虚偽情報です。
そして、この方は
「KM氏は一次資料、二次資料の裏付けも全く取ってないし、時系列も調べないし」
と主張していましたが、工程表すら調べずに工事完了時期について勘違いをしていながら何を言っているのかというのが正直な感想です。
“まつゆき”の海上公試に関する重大な疑惑
2026年3月10日のISF記事(https://isfweb.org/post-71632/)では、真殿元海将の著書にある1985年11月21日の海上公試実績内容に関する疑惑にふれています。この日1日で(ファイアービーを飛ばしたことが疑われる)レーダー関連の試験を含む11種類の試験を実施したことになっているのですが、レーダー・通信に関する試験は、異なる気象・海象条件下で行う必要があり通常は何日かに分けて行うとのこと。これらの試験は実際には数日~数週間かけて行われていたことが確実です。
この元自衛官は11種類の中に含まれているIFF(敵味方識別)試験について、出航前に羽田空港を離発着する民間機を使って試験ができた、海上自衛隊館山基地のヘリコプターにお願いしてちょっと飛んでもらって試験ができた、横須賀基地近くでたまたま出くわした艦船を使って試験ができた、よって相模湾に出る前に東京湾内でIFF試験を完了していたという説明をしていました。この方は当時の防衛庁が定めた海上公試の試験手順について言及していませんが、こういった試験は本来、綿密な計画を立てて必要な項目を1つ1つ漏れがないように厳格に実施していくものです。当時の防衛庁が本当にそんな杜撰で場当たり的なやり方で試験をしていたのか疑問であり、また安全面を考慮せずに多くの民間船や航空機がいる東京湾内で試験をしていたという主張も信じ難いです。しかし動画内でワタナベ氏は以下のように発言しています。
「視聴者の方に誤解して欲しくないのは、いくつかの項目が出港前から試験ができたから、11項目全て目的地に着いてから実施したのではないということ。8月12日に行われたわけではないということ。」
この元自衛官は11種類のうちの1つしか説明しておらず、しかもその1つでさえ納得のいく説明ではなかったにも関わらず、何故ワタナベ氏が「8月12日ではなかった」と言い切れたのか全く理解不能です。
“まつゆき”の海上公試内容を公開できない理由が「外交問題」
この元自衛官によると、“まつゆき”に搭載されていた76mm速射砲はイタリア メラーラ社製のライセンス生産であり、現在就役中の護衛艦”はるさめ”や“むらさめ”にも同じ物が搭載されているとのことです。ワタナベ氏はこの76mm速射砲が理由で”まつゆき”の公試内容を公開すると「外交問題になる」と主張しています。速射砲のような古い技術でしかも40年以上前の試験データに何の意味があるのか疑問ですが、もし必要ならそこだけ黒塗りにして出せばいいだけであり、公試内容を公開できない理由にはなりません。
1989年12月19日の週刊エコノミスト記事にありましたが、当時、装備品等の納期遅れの言い逃れによく使われたのが「外国」だったそうです。当時はインターネットもなく日本人の英語力も低く海外とのやりとりに苦労していたものと思われますが、ワタナベ氏にこの話をした海上自衛隊関係者は、「外国」を持ち出せば言い逃れができるという自衛隊の古い常識を持っているのかもしれません。
多目標追尾試験について
以下は、2026年5月11日のISF記事(https://isfweb.org/post-74884/)の中で、「ファイアービーを衝突させた可能性がある試験」として挙げた多目標追尾試験についてワタナベ氏と元自衛官の会話です。
ワタナベ氏「① 複数の機体を別々の目標として正しく認識せず、近接した目標を1つに見てしまう!② 違う目標の情報を取り込んで誤追尾してしまう!③ 近接・交差時に目標が入れ替わる!KMさんは自衛隊の火器管制について知識がないのに、このような推理をしているが、○○さんは火器管制については専門だったということで、この項目については、こんなことありえるのですか?」
元自衛官「全くありませんね」
ワタナベ氏「ない?」
元自衛官「何を言ってるんだ、こいつはという感じですよ。」
この元自衛官は工業高校卒業後に航空自衛隊に入隊して主に整備を担当していたとのことですが電子工学の知見があるレーダーの専門家でもなく、情報工学の専門家で多目標追尾のアルゴリズムに詳しいわけでもありません。ワタナベ氏の発言にある①~③は、現代の航空戦・ミサイル防空において極めて重要とされる多目標追尾において発生する典型的なエラーです。隠蔽する側がこの話題に激しく反応したところを見ても、やはりこれが正解で、多目標追尾試験の際にファイアービーを衝突させてしまった事故だったのではないかというのが私の見立てです。
ファイアービー衝突説について
最後に、ワタナベ氏が「荒唐無稽で悪質なデマ」としている「ファイアービー衝突説」についておさらいをしておきます。墜落後に航空評論家の関川栄一郎氏がテレビでその可能性を指摘しており、墜落当初は「陰謀論」でも「デマ」でもなく墜落原因として疑われていました。そして決定的な証拠として墜落現場でファイアービーの主翼らしきオレンジ色の金属片(図1)が発見されており、作家の吉原公一郎氏が写真つきで週刊ポストに寄稿していました。しかし国内主要メディアは吉原氏の記事の後追いをしなかった一方、9月6日のニューヨーク・タイムス紙に掲載された「圧力隔壁修理ミス」を大々的に報じたことで、ほぼ全ての国民がそちらを信じてしまったということだと思います。「圧力隔壁修理ミス」については発見後にその内容が2度変更されていたなど捏造であった可能性が高いことを2026年5月29日のISF記事(https://isfweb.org/post-76247/)で指摘しています。そしてNTSB(米国運輸安全局)のロン・シュリード氏によって「圧力隔壁修理ミス」が時期尚早にリークされたのは、広まる可能性があったファイアービー衝突説を火消しする目的があったと考えられます。ファイアービー衝突の根拠として、その他には、フライトレコーダに記録された力積、機体後部の破壊状況、垂直尾翼残骸の回収状況、国会議事録および朝日新聞記事にある「標的機損失」などがあります。墜落当日「まつゆきは相模湾にいなかった」、「訓練支援艦あづまは呉にいた」と自衛隊関係者が主張していますが信憑性に疑問があります。2026年7月8日のISF記事(https://isfweb.org/post-78573/)で書いたように、当時の自衛隊において「文書改ざん、文書破棄、事実隠し、証拠いん滅は当たり前のように行われていた」という1989年12月19日の週刊エコノミストにおける告発があります。

図1. 墜落現場で発見されたオレンジ色の金属片(左側)と2007年にアメリカのデスバレーで撮影されたファイアービー墜落後の主翼の残骸(右側)
左側は吉原公一郎氏の著書「ジャンボ墜落」にある、墜落現場で発見されたとする「オレンジ色の金属片」の写真。週刊ポスト1985年9月20日号によると金属片の大きさは縦160~200cm、横50~60cmとありファイアービーの主翼(縦190cm、横52cm)と一致。右側は2007年2月24日にアメリカのデスバレーで撮影された白い塗装のファイアービーが墜落した後に撮影された写真**。塗装の剥げ方やリベット間隔が酷似している。
**https://joeidoni.smugmug.com/Aircraft-Crash-Sites/BQM-34A
この件に関するYouTube動画を作りましたので是非ご覧ください。





































