2026年5月24日日曜日

ジュディス・バトラー 『分かれ道 ユダヤ性とシオニズム批判』 : 引き受けと〈超克への希望〉|年間読書人

ジュディス・バトラー 『分かれ道 ユダヤ性とシオニズム批判』 : 引き受けと〈超克への希望〉|年間読書人

つまり、バトラーは自身の「ユダヤ人」性を否定して、外から「ユダヤ人」を批判するのではなく、「ユダヤ人」というアイデンティティに止まったまま、その内部から、イスラエル国家の規定する、公定的な「ユダヤ人の民族的本質」解釈を、再解釈的に解体しようとしているのだ。


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ジュディス・バトラー 『分かれ道 ユダヤ性とシオニズム批判』 : 引き受けと〈超克への希望〉

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書評:ジュディス・バトラー『分かれ道 ユダヤ性とシオニズム批判』(青土社)

ごく短期間なのだが、パレスチナを支援するNPOの会合(勉強会)に参加していた。本書でも扱われている、エドワード・サイードが存命中のことだから、「9.11」後、2002年頃のことだろう。
詳しい経緯は忘れたが、パレスチナの悲惨な状況を知って興味を持ち、サイードの著作を始めとした「パレスチナ問題」関連の書物を読んでいるうちに、そういうNPO(当時は、まだ「市民団体」だったか?)の存在を知って、興味を持ったのだ。

会合では、現地の様子をよく知るメンバーや講師などの話が聞けて、たいへん裨益されたのだが、ある時、そのNPOが主催した展覧会についての、講師による「解説」を聞いているうちに不愉快になり、以降、参加するのを止めてしまった。

その展覧会とは、イスラエルによる暴力的な迫害によって亡くなったパレスチナ人の老若男女の遺品(例えば、靴や眼鏡などの日用品で、直接の被害をうかがわせないもの)と、その人の写真とならべて展示する、というようなものであったと思う。展示には、その人が亡くなったときの状況説明はなく、遺品はあくまでもその人の生前の「生活」をうかがわせるものだった。つまり「普通に生きていた人々が、理不尽な死を強いられた」という「不幸な現実」をうかがわせ、観る者の想像力に働きかける展示だったのだ。
ところが、その展示に併せて行われた主催者側講師による講演の中で、この展示の「意味」が解説された。要は、この展示が、上記のような趣旨のものであるという説明だったのだが、私はそれが「観る者の解釈」を方向付けし、蔑ろにするものだと感じられ、その無神経さに、とても腹が立ったのである。

これは、私がもともと「芸術」愛好家であり、「作品」とは「作者が鑑賞者にその意味や価値観を押しつけるものではなく、鑑賞者のその判断に委ねるものである(委ねる勇気を持つべきものである)」という考え方を持っていたからだ。こうした「作品解釈の原則論」からすれば、その展示と講演は、一見「自由な解釈(想像)を求めているようなかたちを取りながら、結局は主催者側の特権的な解釈(ストーリー)を観客に押しつけようとする、党派政治的な意図の強い展示でしかない」と感じられたのである。

人が、どのような「意見」や「解釈」を持つのも、それはもちろん自由だ。だから、主催者側に「内々の意図」があっても、それは当然のことで、すこしも問題はない。
しかし、「どうぞ自由にご鑑賞ください」という「リベラル」なスタンスを示しながら、その一方で、実際には、自分たちの「疑いのない正義」を押しつけようとする、そんな「政治的な人間にありがちな、ナイーブで、考えの無い態度」が、私には我慢ならなかった。そういうことだから、世の中から「紛争(価値観の衝突と対話の不可能性)」が無くならないのだと、そう考えて腹が立ったのである。

 ○ ○ ○

上記のような私の体験と、本書『分かれ道』で著者ジュディス・バトラーの語っていることとは、決して無縁ではないだろう。
バトラーは、パレスチナ人を暴力的に迫害してその土地を奪い続けているユダヤ人国家「イスラエル」を批難する、ユダヤ人知識人である。

イスラエル政府は、こうした「暴力的政策」を、「シオニズム」と呼ばれる思想において正当化している。
「シオニズム」とは、簡単に言えば「故郷をうしなって世界に離散したユダヤ民族は、故郷を持たないがゆえに、異邦人として世界の各地で迫害にあってきた。だから、ユダヤ民族が、主権の保証された平穏な生活を取り戻すためには、占有的な国土を持つ、自分たちの国家を設立する必要が是非ともあるし、その権利が受難の民であるユダヤ民族にはある。そして、そのユダヤ人国家が設立されるべき場所とは、神から与えられた〈約束の地〉の地である、パレスチナしかない」というものだ。だからこそ、シオニストたちは、当時、パレスチナの地を委任統治していたイギリスから、同地への移民を保証されると、故郷をめざしたのである。

ところが、第二次大戦が終結し、パレスチナの地がイギリスの委任統治から解放され、イスラエルの建国が認められると、もともとその地に住んでいたパレスチナ人との間での衝突が激化し、それが戦争となった結果、パレスチナの地から多くのパレスチナ人が追い出され、故郷を失うことになった。

当然、こうしたイスラエルの暴力的なやり方に反対するユダヤ人も、イスラエルの国内外にいるのだが、その一人が本書の著者ジュディス・バトラーだ。

しかし、ユダヤ人がユダヤ人国家であるイスラエルを批判するという行為には、特有の困難が伴う。
と言うのも、イスラエルは、自分たちのパレスチナ人に対する暴力的な政策は「迫害された民族という特殊性とその権利において、正当化される」と主張しており、だから、それに反対する者は「ナチス」に等しき「反ユダヤ主義者(ユダヤ人差別者)」でしかなく、もしもその批判者がユダヤ人であるならば、その批判者は「民族の裏切り者」であり「反ユダヤ主義者の手先」であるとされ、「おまえは、ユダヤ民族の受難の歴史の意味を理解していないから、そんな無責任なことが言えるのだ。無知な裏切り者よ、恥を知れ」といった、イスラエル国家をあげての人格攻撃にさらされるのである。

このような、自己のアイデンティティを否定する人格攻撃にさらされながら、それでも罪なき被害者であるパレスチナ人のために、そしてユダヤ民族の名誉のためにも、果敢にイスラエルの暴力政治を批判した少数の思想家たちの思想と、逆にイスラエル政府を支持したユダヤ人思想家たちの思想を再検討することで、バトラーは、パレスチナ人とユダヤ人のおかれた困難な状況の乗り越えを模索したのが、本書『分かれ道』である。

つまり、バトラーは自身の「ユダヤ人」性を否定して、外から「ユダヤ人」を批判するのではなく、「ユダヤ人」というアイデンティティに止まったまま、その内部から、イスラエル国家の規定する、公定的な「ユダヤ人の民族的本質」解釈を、再解釈的に解体しようとしているのだ。

「自分たち(ユダヤ人)だけが占有する国土(という一者性)」に固執するイスラエル国家に対して、バトラーは「ディアスポラ的な自由において、他者に開かれ、他者の中で共存するという民族性」においてユダヤ人は特徴づけられる、という立場を提示する。
「異なった人たち(他者)」を排除するのではなく、逆に「他者の中に入っていき、かつ、他者と同化するのではなく、お互いの違いを認め合って共生していく力をこそ、ユダヤ民族の美質だと捉えなおすべきだ」と主張し、そのことによって、「パレスチナ問題」も「一国二国民(一国二民族)国家」として解決されるべきだと訴える。
つまり、ユダヤ人とパレスチナ人が「一つの国の中で、お互いの違いを尊重し合いながら共生していく、という国家の構築」を目指すべきであり、それしかないと主張するのだ。

この「一国二国民(一国二民族)国家」というのは、これまでもしばしば考えられてはきたものの、結局のところ「実現困難な夢(理想)でしかない」という「諦め」を持って、早々に否定されてきた。「もっと実現可能なやり方を考えるべきだ」というリアリズムである。

バトラーは、こうした批判の存在を百も承知の上で、しかしそれでも「一国二国民(一国二民族)国家」しかないと訴える。
なぜならば、パレスチナを「ユダヤ人国家(イスラエル)」と「パレスチナ人国家」に分割するという「両方の顔を立てて、問題を収める」というやり方は、結局のところ、一方的にパレスチナ人の土地を奪った「イスラエルの犯罪」を追認するかたちとなるからであり、それを認めてしまうと、イスラエルによる暴力的な土地の収奪は、パレスチナの地からすべてのパレスチナ人がいなくなるまでは、決して今後も止まらない、というのは火を見るより明らかだからである。

したがって、「一国二国民(一国二民族)国家」について、いくら「理想だ」「実現困難だ」と言われようが、それしかないというのが、バトラーの立場なのだ。

 ○ ○ ○

さて、こうした「私の民族性」という問題は、「ユダヤ人とイスラエル国家」の問題というかたちで先鋭化しされているとは言え、これはなにもユダヤ人だけの問題ではない。
「訳者解説」にもあるとおり、これは私たち「日本人」の問題でもあるというのは明らかであり、本書で語られた思想を、私たち日本の読者は、日本人の問題としても読まなければ、それは読書として不十分なものでしかなかろう。

私たちの日本にも「異民族」が住んでいる。国籍を取得している人もいれば、永住権を持っている外国人、一時的に住んでいる外国人もいるが、いずれもバトラーの理屈から言えば「共生すべき他者」である。
しかし、日本の場合、「国家」というものと「国民国家」というものがほとんど同一視されており、おのずと「国民」と「日本人」の概念的な区別がなされていないために、「国民=日本人」でなければ「人権も制限されて当然」という考え方が、常識化していると言ってもよい。

だが、「国家」とは元来、「人権」をお互いに認め合った「市民(シチズン)」によって構成される制度であって、その国に住む「すべての人」が、等しくその権利を保障される、というものなのだ。

ところが、本書でも大きく扱われているユダヤ人思想家のハンナ・アーレントが執拗に批判したように、「国民国家」という政治制度は「他者排除を原理として有する、非人道的な制度」であり、だからこそ「他者を排除することで、利益を独占したい」と考えるような、イスラエル的「保守政治家」たちは、「国家」というものの理想的形態が「国民国家」であるという「誤った常識」を、自国民に刷り込もうとする。

しかし、アーレントが、ナチスドイツの高官アイヒマンを批判した根本的ロジックとしての「地上には、もともと他者が存在しており、私たちは他者と共生していくしかなく、私たちの誰にも、他者を選別して排除する特権は無い」のだという「世界認識(現実認識)」からすれば、「国民国家」という制度は「大きな弊害を、視野の外に押しやるだけの、近視眼的思想」でしかないというのが理解できるはずだ。

たしかに「他者との共生」は容易なことではない。肉親でさえ、うまくいかない場合が少なくないのだから、ましてや、言語も文化もちがう他者との共生は、様々な困難をともなうものとなろう。
しかし、では、あなたやあなたの家族が、その「言語や文化」あるいは「肌の色の違い」において、「他者」として排除されるとしたらどうだろう。人間あつかいされないとしたらどうだろうか(例えば、戦時中のアメリカにおける、日系人に対する強制収容を想起すると良い)。

「共生」には、困難が伴う。しかし、その困難は「お互い様」ということで、誰もがひとしく苦労と努力を負担して、乗り越えていくべきものなのではないだろうか。
少なくとも、バトラーは、そしてバトラーが本書で肯定的に紹介したサイードやアーレントを始めた思想家たちは、そう考えていたはずだし、そうした「困難な思想」「不可能性に挑む、希望としての思想」を、彼(女)たちは語っていたのである。

初出:2020年2月1日「Amazonレビュー」
  (2021年10月15日、管理者により削除)

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「分かれ道」 自己切開の痛み伴う 思想的格闘 朝日新聞書評から|好書好日

「分かれ道」 自己切開の痛み伴う 思想的格闘 朝日新聞書評から|好書好日

「分かれ道」 自己切開の痛み伴う 思想的格闘 朝日新聞書評から

評者: 石川健治 / 朝⽇新聞掲載:2020年01月25日

分かれ道 ユダヤ性とシオニズム批判 著者:ジュディス・バトラー 出版社:青土社 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784791770793
発売⽇: 2019/10/25
サイズ: 20cm/488,8p

分かれ道 ユダヤ性とシオニズム批判 [著]ジュディス・バトラー

 世界各地に離散し差別され続けたユダヤ人は、学問と金融という対照的な二つの領域に活路を見いだした。とりわけ前者で彼らが大きな足跡を残せたのは、そこに「翻訳」可能な論理があったからである。非西洋・後発国として、国づくりを急いだ近代日本人が依拠した〝種本〟に、ユダヤ人の著作が多かったのは偶然ではない。しかし、同時代のユダヤ人著作者アーロン・マルクスは、ユダヤ人には自らの精神的伝統との関連を「部外者にはわからなくする固有の技術」があった、と指摘している。彼らなしには成り立たない現代文明には、翻訳困難なユダヤ性が抜き難く伴っている。我々にはそれがわからないだけなのである。
 しかも、反ユダヤ主義の高まりのなかで1897年の第1回シオニスト会議に参加した、マルクス自身がそうだったように、ユダヤ性のなかに本来的にシオニズムが埋め込まれているのだとしたら、事柄は一層深刻である。離散するユダヤ人たちは、ナチスによるユダヤ人虐殺の体験を乗り越え、イスラエルを建国したが、それはパレスチナ住民の虐殺・離散と引き換えだった。ナクバと呼ばれるその悲劇は既に70年も継続し、欧風の立憲主義国家イスラエルが、同時に中東地域の火種であり続けてきた。トランプ政権の親イスラエル性も、対イランの強硬姿勢に連動している。この問題を解決しない限り人類に明日はないだろう。
 活路は果たして存在するのか。これを正面から問うたのが、ジュディス・バトラーの『分かれ道』である。社会の性差別構造を告発してきたこの高名なフェミニストは、同時に自らのユダヤ性と闘ってきた人だ。ユダヤの信仰と文化のなかで育ち、ナクバの加担者側に立つ自身を直視する彼女は、サイードやダルウィーシュといったパレスチナの目線を共有しながら、自らに知的養分を与えてくれたユダヤの知的巨人たちと格闘する。ベンヤミン、アーレント、レヴィナス、そしてプリーモ・レーヴィ。彼らとの対決は自己切開の痛みを伴う。それが本書に独特の凄みを与えている。
 リベラル派=社会契約説の想定とは異なり、ユダヤ人にとっては、他者との「望んではいない近接性」と「選んだわけではない共生」が、存在の前提条件である。バトラーは、そうしたユダヤ性を反転させ、「翻訳不可能なもの」に左右されず「同化吸収」を前提としない、「他者」との応答性を基盤とする「倫理的関係性」を追求する。「国民国家」や「等質的国民」を解体しつつ、「植民地主義的征圧」を清算せぬままの「二国民主義」をも批判する。日本とその周囲世界にとっても示唆的な本だ。
    ◇
 Judith Butler 1956年生まれ。カリフォルニア大バークリー校教授(修辞学、比較文学)。著書に『ジェンダー・トラブル フェミニズムとアイデンティティの攪乱』『生のあやうさ 哀悼と暴力の政治学』など。

2026年5月23日土曜日

柄谷行人 『力と交換様式』 要約|ssjj 転載  https://note.com/crisp_impala4269/n/n06da06ac0ef0

柄谷行人 『力と交換様式』 要約|ssjj

柄谷行人 『力と交換様式』 要約

柄谷哲学の集大成とも呼ぶべき大著『力と交換様式』の要約です。
*は個人的な覚書です。

序論


生産様式/交換様式

マルクスは「生産様式」誰が生産手段を所有するかという観点から見る、という観点から世界史を考察した
対して「交換様式」という観点から見る。以下その類型

  • 交換様式A:贈与の互酬(氏族)→家族や共同体内での交換

  • 交換様式B:支配と保護(国家)→国家と国民による交換。納税や服従により安定を保証される

  • 交換様式C:商品交換(近代資本制)→経済的交換

  • 交換様式D:Aの高次元での回復(X)

下部構造決定論への批判

  • 上部構造には下部構造にのみ決定されない“何か”(=力)がある

  • 上部構造は自立性を持つ

フロイト、デュルケム、ウェーバーらによる
しかしその「力」は「下部構造」にある。マルクス主義のいう「生産様式」ではなく「交換様式」の方に
マルクスも『資本論 第一巻』では「物神的な力」は商品の「交換」から生じる、とみなしている

物神・マルクスのヘーゲル性
『資本論』は、商品物神(物に憑いた霊)が貨幣、資本へと発展し、社会総体を組織してしまう歴史を描く。これは、精神(霊)が自然的・直接的な形態から発展して自己実現する、というヘーゲルの論理の援用
マルクスは経済的な事態(下部構造)の根源に「霊」的な力を見ている
ヘーゲルは、世界が人間の意識によってではなく、「無意識」(意識を超えた何か)によって動いている、と主張した最初の思想家。カエサルやナポレオンは自己の意思によって行為しているが、それを超えたものによって動かされている
ソクラテスが「ダイモーン」に「議会に行くな」と命じられた、という例を挙げる

*パウロが「アジアに行くな」と止められた例なども重ねられる
マルクスは経済学に「物神」というダイモーンを持ち込んだ*

*悪しき近代主義者のように言われるヘーゲルだが、理性的主体としての人間を信頼したわけではない。「絶対精神」(つまり神)に服する存在としての人間がより善い世界へ向かっている、というビジョンであり、やはりキリスト教的。その「精神」なるものに動かされる人間という意味でヘーゲルとマルクスは同一だが、それを神的に評価するか、悪霊的に評価するかで「逆立ち」している*

物神(フェティッシュ)
交換において、物は「感覚的でありながら超感覚的な物に転化してしまう」
商品の価値とはそのとき物に付着した何か=「フェティシュ(物神)」
商品交換において「人間の頭脳の産物」であるにもかかわらず、「固有の生命」をもち人間を強いる「力」が存在する
なぜフェティッシュは存在(付着)したか?

交換はまず共同体外の他者との間に生じる
不気味な他者〉との物々交換により物神が生じる。貨幣はその発展段階

命懸けの跳躍
貨幣は「物」に霊が付着した状態。ゆえに他の商品と交換できる「力」を持つ(一般的価値形態)
それは人間に使用価値への欲望と異なる欲望=「力への欲望」をもたらす
貨幣への欲望を果たすのは難しい。貨幣で物を買うのは簡単だが、物を売って貨幣を得るのは大変だから
ゆえに〈M→C→M'→C…〉の〈C→M〉の部分には「命懸けの跳躍」がある。このやりとりを当たり前と捉えていた古典派経済学に対して「命懸け」と捉えたことがマルクスの炯眼

フェティッシュの語源
「貨幣」が「一般的価値形態」としての「力」を持つに至ったのは、「交換」の際に付着するフェティッシュ(物神)による
この語は大航海時代に、ポルトガル人がアフリカ人がガラクタを得るためにすすんで金を手放し、それを呪物のように崇拝する現象を見て「フェティシュ」と名付けたところに始まる
この〈金⇆ガラクタ〉交換はポルトガル人自身が「金」を物神化し、共同体外部に交換を求めに行ったからこそ生じたこと。フェティシズムという語自体が、交換様式AとCの歴史的遭遇を刻印している

交換と霊的な力
『共産党宣言』の冒頭で共産主義は「幽霊」と呼ばれている
霊的な力とは「異なる交換様式に由来する、現実に働く、観念的な力」である
社会的交換関係の霊的な力を最初に指摘したのはホッブス。彼が「リヴァイアサン」(怪獣)と名づけたものは〈「恐怖に強要された契約」=交換様式B〉から生じた霊
モースは『贈与論』で交換様式Aから生じた霊(ハウ)を見出している

本書の目的
『資本論』での真意(生産様式ではなく交換様式という下部構造に「何か」がある)は、交換様式Cだけでなく、ABにもあてはまり、Dの可能性も考えられる。DはABC全てを無化するような「神の力」として現れ得る


第一部 交換から来る「力」

交換による霊的な力

霊的な力
共同体外部との商品交換が行われるとき、商品に「神秘性」が宿る
見知らぬ者同士の交換に保証と拘束力を与える霊的な「力=物神」→交換様式C
『資本論』は物神が商品物神、貨幣物神、資本物神へと発展する姿を描く

政治領域での交換
「交換」から霊的な「力」が生じるという事態は経済だけでなく、政治的・宗教的次元でも起こる
支配者と被支配者の「契約」(“支配すること”と“保護される”ことの交換)から生じる霊的な力が国家の力=リヴァイアサン交換様式B

「見えざる手」と進化論
(AやBにおけるような)霊的な力を認めないことが、科学的な認識になるとは決まっていない。また、科学的とされる進化論もそのような側面を持つ
ダーウィンはアダム・スミスに大きな影響を受けている
個人のエゴイズムの追求が市場経済においては「見えざる手」によって、結果的にエゴイズムを超克し「同情的なもの」に帰結する
このスミス経済学の本質をダーウィンは動物社会にも適用し「社会的本能」と呼んだ
動植物界での進化が、人間の市場経済における企業間の競争と盛衰という現象から類推された

スミスの労働価値説
スミスは、金銀貨幣を交易によって増大させることを一国の経済政策の要とする重商主義を批判するために、自己の経済学を確立させた。ゆえに貨幣を特別視する考えを否定し、商品生産のために投下された労働価値説を表示するだけのものとして扱った→物神の否定
しかし物神は無くならない。貨幣の動く「力」のことを「神の見えざる手」と呼ばざるをえない

定住化と交換様式A
人類史において、定住化と共に「交換」が始まった。非定住段階では交換は臨時的・断続的でよかったが、定住すると自分の土地から得られない必需品を他の共同体(不気味な他者)から定期的に得ることが不可欠となる
→ここに交換様式A.「贈与と返礼」が生じ、そこには「ハウ(霊)」の付着による強制性が伴う

モース『贈与論』の「ハウ」
文化人類学者モースは、未開社会や古代社会を考察し、社会を構成する原理を贈与の互酬交換に見出す
「贈り物というのは与えなくてはならないものであり、受け取らなくてはならないものであり、もらうと危険なものなのである。それというのも、与えられる物それ自体が双方的なつながりをつくりだすからであり、このつながりは取り消すことができないからである」
モースはこの強制力を「物に付着した霊」=「ハウ」(マオリ族)と名づける
「贈与された物に付いたハウは、元の場所に戻りたがる。人はそれを元に返さねばならない。ポトラッチにおける贈与の循環は、こうして、物に付いた霊の力によって生じる」

交換様式Aの宗教的次元
非定住社会では死者が出れば葬って立ち去ればよく、その点で、死者・先祖神への信仰はなかった→アミニズム
定住社会では死者と共存しなければならないため、死者との「交換」(弔うから呪わないでもらう)が生じる→祖霊崇拝
交換様式は宗教次元でも生じる

回帰への欲動(死の欲動)

「霊的な力」の隠蔽
マルクスの「物神」、モースの「ハウ」に関して、後継者たちは「霊的な力」の部分を認めようとせず「物象化」(ルカーチ)や「構造」(レヴィ=ストロース)のみで説明しようとした

フロイトの枠組み
定住に伴う「霊的な力」は他共同体との「交換」だけでなく、共同体内部での「契約」にも必要
これをフロイトは「原父殺害」という神話で提示する
これは「現実原則」を担う原父と「快感原則」を追求する息子たち、という〈前期フロイト〉の枠組みだが、「死の欲動」と「超自我」という〈後期フロイト〉の枠組みの方が、非定住から定住への変革を説明できる

死の欲動
自分が無であった状態(=死)に戻ろうとする欲動
人類の初期状態は遊動社会→原遊動性(U)
人類は定住後も自分が元あった状態(死=U)に戻ろうとする欲動を持つ
これを解消するため、まず他者への攻撃欲動へ向かうが、それを抑えて〈他者への譲渡=交換〉を迫る「反復強迫」へ向かった
→これが交換様式A
反復強迫は贈与交換を命じるのは「超自我=霊

交換様式Bと力

交換様式と社会体制

  1. バンド(小規模血縁集団) a.定住前→原遊動性(U)/ b.定住後→交換様式Aの成立

  2. トライブ(部族社会) 

  3. チーフダム(首長制社会) 

  4. ステート(国家)→ここからB

U(1a)のからA(1b)へ(平等性と独立性の確保)
1a.狩猟採集物をその都度分配、1b.は採集物を貯蔵し制度的に再分配し「贈与と返礼」が行われ、平等性が確保される
この再分配は「神の命令」としてなされる。ゆえに貯蔵場として神殿が作られ、祭司=首長が管理する
また、1b.には1a.にあった〈いつでも集団を抜けて移動できる自由〉=独立性が維持されている
1b.後に他の共同体との間に、婚姻をふくむ贈与交換がなされるようになり、共同体が拡大→2.3.へ
高度化した3.が交換様式Bへ至り「国家」が誕生

交換様式の転換
ホッブスがいう「自然状態」とは、遊動段階ではなく、互酬性の原理が強く残っている社会状態。彼の念頭には中世封建制の崩壊期、絶対王政確立以前のヨーロッパがあった。Aの互酬性は婚姻や贈品など平和的なものだけではなく、過激なポトラッチ、血讐や戦争までも「交換」に含まれる
Aの限界を見て、新たな様式Bの確立が目指された→「社会契約
首長(A)と王(B)が異なるのは強さや聖性ではなく〈支配ー服従〉の交換関係の成立による。それは交換の持つ「霊的な力」によって行われる

交換様式Bの霊的な力
〈大規模農耕により生産力が発展し古代国家が成立した〉と言われるが、実際にはそれだけの労働力を確保できる国家が成立したため、灌漑工事と農耕が可能となった
これは「カリスマ的支配者」(ウェーバー)「聖なる王権」(ホカート)の登場により説明されるが、なぜ〈カリスマ/聖性〉が生じたのか?に答えられない
→交換様式Bから生じた「霊的な力」によって

自発的隷従
Bには「自発的隷従」=臣民が不可欠
臣民には末端の農耕従事者、それを管理する官僚も含まれる
上位下達の交換であるBが確立していく
Aは全くなくなったわけではなく身近な共同体の中に残るが、その集団自体が国家に従属している

交換様式B/Cと力

交換と信用
Aを成り立たせているのは不気味な他者を「信用」すること
Cでも「信用」が根底にある
クラ交易における「ヴァイガ」は物と交換するためのものではなく、贈与の互酬によって、見知らぬ共同体に属する者たちを結びつけるためのもの。これに副次的な「ギムワリ」(物々交換)が行われる。「信用」のためのクラがなければ物々交換はできない(*物々交換が発展して貨幣になったわけではない、というわかりやすい例)
→AからCへの移行例

貨幣と信用
つまり貨幣の力は国家(B)ではなく「信用」にある(クラ盟約圏は国家化していない)
貨幣が貴金属になったのは国家の力による(税徴収のしやすさ、採掘の独占、含有量の調整など)が、貨幣自体に力を与えているのは霊的な力「物神」

帝国の誕生
大きな利潤をもたらすのは遠隔地交易(交換)、国家によってはじめて可能になり、その行き着く先が「帝国」→CがBを発展させ帝国を生み出した

帝国とは何か?
帝国の「力」は「比較的脆弱な相互作用ネットワーク」において働く
帝国は武力による制圧ではなく、征服された諸民族の"自発的な服従”(B)と、世界交易(C)の発展によって可能となった
諸国をつなぐ幹線道路網、通貨や度量衡の統一、世界言語の創出など帝国システムの特徴は、BとCの具体的な表れ

帝国と法
帝国は領域内の交易の安全を脅かすのでないかぎり、その中にある国家や部族社会の内部には干渉しない。ゆえに帝国の方は「国際法」的になる
こうした秩序を被征服民側が歓迎(自主的な隷属)するため帝国が可能となる

帝国と神
王権の聖性は帝国化=皇帝の出現によってさらに高まり「皇帝が超越的な神に仕えている」という形になる(太陽の神―ファラオ、中国皇帝―天)
それまでなかった神観念が帝国の出現によって生じた

交換様式と神観念

交換様式の変化が神観念を変化させる

交換様式A 呪術(氏族社会)
自然にも人間にも精霊が宿る。自然も他者も互酬的な「我–汝」関係であり、供犠によって対象を操作しようとする。呪術者は特別な地位を得るが、超越性はない。水平的互酬関係

交換様式B 神(首長制)
首長制社会では「汝」が神として超越化し、それ以外の対象(自然/他者)は支配・操作されるだけのものとなる。王=祭司は超越化。その際なされる「宗教的祈願」は垂直的ながら神と人間の「交換」(取引)という意味で呪術性を引きずる。垂直的互酬関係

交換様式B/C 神(国家/帝国)
都市国家、領域国家段階になると首長=祭司の権力は増し、神も絶対化。他の国家と戦争と交易を経て、多数の部族・都市国家を包摂した帝国となる(他共同体との交通によりCがもたらされている)
王は諸王を統べる皇帝に、神は諸神を統べる世界神となっていく。万国に通じる法が整備され「社会正義」をもたらす皇帝=神という観念に繋がる
*BCはエジプトのアトン一神教など「世界宗教」であり、ユダヤ・キリスト教的「普遍宗教」(D)とは異なる

*A的呪術性は国家や帝国の周辺、狭間に残存。国家に服従しない遊牧民(中華帝国に対する北方民族など)や、国家権力も介入できないアジールなどは、どんな強い国家でも全く消し去ることはできない

世界宗教/普遍宗教

世界宗教
帝国を支える一神教。多数の地域社会を統合した帝国では、統治のために、新たな世界神が不可欠。交換様式Bの極大化によって生じた(エジプトのイクナートンや、オリエントのハムラビ王など)

普遍宗教
帝国の周辺部に対抗的に現れた。交換様式“Aの高次元での回帰”を通して、BやCを超克しようとする新たなる“Dの出現”
*BCに資するところのある宗教性か、BCの否定とAの回復を目指す宗教性か、という違い

ユダヤ教
ヤハウェは部族連合体の神
イスラエル民族は遊牧民の諸部族の誓約共同体として始まり、「出エジプト記」は連合体の成立過程を描いている(ウェーバー)
しかし彼らは農耕可能な「約束の地」に「定住」すると変貌し、農耕神バールを奉じて偶像崇拝を行い、王権を樹立するに至る
偶像崇拝の禁止」は、定住の禁止に集約される。神を目に見える造形物として崇拝することだけが偶像崇拝なのではなく、国家、民族、共同体を崇拝することも含まれる。これらは定住化することによって生じる事態

預言者
ゆえに預言者たちは遊牧民として荒野にいた頃の純粋さに戻るよう警告した
彼らは霊媒的預言者と異なり、預言に対する報酬もなく、意図せずエクスタシー状態になり、そのことに異和すら感じる。強制的な「力」に「やらされている」感じを持つ
ゆえに旧約の預言者たちは自分がしていることの意義がまったく分からず、苦しんだり途方にくれたり逃げだそうとしたりする

交換様式D
荒野時代から定住時代にかわり、交換様式AからBへ、ヤハウェからバアルへ
預言者たちは国家=Bの支配下で失われたAを回復しようとした
その回復こそが交換様式D、それは意図しない「霊的な力」によって彼らを強制した。エリヤもエレミヤも「語らされている感覚」を抱いた

*バビロン捕囚期に定住期以上のスケールでDが起きる。かつての荒野時代の、つまり「非定住時代」の神との関係が思い起こされ、極めて高度な普遍宗教へと飛躍する。第二イザヤ、エゼキエルらの唯一神教性。これがキリスト教を準備する
**ヤハウェは原遊動の神(U)、イスラエルの度重なる離反は定住への傾斜、エデンの園が採集だったこと、失楽園後に農耕が始まったこと、を考えれば、旧約における定住・非定住は明確に正負の記号性を纏っている

イエス
イエスはBを退け(王となること拒む・否定する)、Cを退け(商人を神殿から追い出し、「富んだ者は神の王国に入れない」とする)、Aを退ける(母に「婦人よ」と返事をし、家族同士が離反することを語った)
交換様式ABCから爪弾きにされた「罪人」や「癩病人」こそが「神の国」に値すると言った→「神の国」=Dの到来を告げた。人と人の「交換」のあり方がかわるとき

ソクラテス
イオニアで自然哲学が栄えた時代にあった「イソノミア(無支配)を、アテネにおいて取り戻そうとした(『哲学の起源』参照)
それは彼の意志ではなく「ダイモーン」のお告げ
Dを霊的な力に突き動かされて預言した、という意味でユダヤ教預言やイエスと同じ

同時代的な預言者現象
ソクラテスや捕囚後の預言者たちと同時期に、同じような役割を果たす「預言者」たちが各地に出現

  • 周王朝が崩壊し、都市国家が乱立した春秋戦国時代の「諸子百家」

  • ガンジス川流域の商業都市が発展し、バラモン体制が揺らいできたインドの「六師外道」(ブッダと同時代の思想乱立期に活躍した人々を仏教側から名付けた表現)


普遍宗教
これら前7-8世紀に各地で起こった「普遍宗教運動」は〈交換様式BとCに抗して、Aを高次元で回復するDの強迫的な到来〉
Dの出現は繰り返され、多くの場合、普遍宗教の始祖に帰れという形を取る(中世の異端運動や宗教改革など)
Dは普遍宗教によって「強迫的」に到来しそうに見えたが、それらの宗教は帝国に取り込まれた時点でDであることをやめて、BやCに転化してしまった
近代になり外見状宗教性を失うと「社会主義」という形で現れる


第二部 世界史の構造と「力」

⑴ギリシア・ローマ時代

マルクスの古代ギリシア観
ギリシア芸術の普遍性は唯物史観(下部構造決定論)では解決できない(アジアの古代帝国の方が生産力が高かった)
ゆえに〈古代ギリシアが「子供性」を純粋に保持しており、「大人」である現代人に訴えかける力を持っているからではないか〉と考える
『資本論』第一巻の後、続きを完成する仕事をせず、アメリカの先住民の考察を通して古代ギリシアを見ようとしたルイス・モーガンの『古代社会』を読み、来たるべき共産主義を氏族社会の「高次元での回復」として見るに至る

高次元の回復
ギリシア芸術の模範性は子供時代と同様に〈二度と回帰しえない〉ということと切り離せない
しかし回帰する「力」を持つ
その力は「交換」によって生じる力であり、交換様式DがAの「高次元の回復」であることを示す

*C=「大人」が、A=「子供」に回帰することで、D=「超-大人」になる。ニーチェ的か

民主制の氏族社会性
古代ギリシア文化はアジア的専制国家(バビロニア・エジプト)の生産力を取り入れることで成立したが、「亜周辺」の距離にあったため政治・文化面は取り入れず〈未開性=子供性=A〉の影響が強く残った
「進んでいた」からではなく、氏族社会の伝統を残していたゆえに中央集権的専制国家が築かれず「連邦」となり、氏族社会特有の自由・平等の原理を引き継いだために「民主制」が可能になった
アテネはドラゴンの立法で市民の両親から生まれた子でない限り市民権を与えないことで民主制を確立。ペルシア戦争後に強大化しても、植民市を独立させてしまうので「帝国システム」を築けず、反アテネ連合に敗れた
ローマはギリシアと同じ亜周辺のため氏族的民主主義が残っていたが、後に貴族制、元老院、皇帝と進んでいく
*ここからローマが共和政→貴族制→皇帝制と進んだ意味がわかる。これが不自然に感じたのは「進んだ」民主制から「遅れた」皇帝制に移行した、と認識していたから。実際はその逆。アテネは氏族段階に留まり続けたから民主制が維持された
キリスト教はローマの国教となることで「普遍宗教」から「世界宗教」に転換した(DからBへ)

地の国/神の国と交換様式
アウグスティヌスは『神の国』で〈「地の国」と「神の国」は天と地、教会と異教世界などに分裂しているのではなく、現実の諸国家(地の国)に対し、神の国は重複的に存在し、徐々に浸透していく〉と考えた
→「神の国はあなた方のただ中にある」(ルカ17:21)

この主張を交換様式から考えると、

  • 人類はエデンの園にいたときUの状態にあった

  • それは定住化により失われ、A・B・Cが支配する社会が形成された

  • ゆえに、エデンの園に戻ることが目指される→D

↓ つまり ↓

  • エデンの園への回帰は、あの世ではなく、この世において生じる

  • Dとはこの世からの脱却ではなく、この世におけるA・B・Cからの脱却

  • Dは人間の願望や意志によってもたらされるのではなく「神の意志」によってもたらされる

*柄谷はDが「地上」で起こることを強調する。下記の千年王国運動、ミュンツァーの宗教改革、晩期マルクスやエンゲルスの思索、「地上の楽園」運動などはその試み。しかしそれはあくまで「神の意志」である

⑵ゲルマン社会の封建制

ゲルマン社会のA優位性
ゲルマンの共同体はAに根ざす双務的な〝連合〟体としてあり、Bの優位の下で〝統合〟されたアジア的共同体とは異なる
封建制は〈主人–奴隷〉とも〈経営者–労働者〉とも異なる「双務的主従関係
Aが濃密に残存し Bの決定的な優越を許さない
王と封建領主らの関係は、封土の授与と軍務の奉仕という双務的な交換に基づき、領主と農奴の関係も村落共同体とその地を支配する領主が「協定」を結ぶ形で成立していた

ゲルマン諸都市のB優位性
古代において貨幣経済・商業(C)は国家(B)の下で発達し、CがBを上回ることはなかった
しかし中世ゲルマン諸都市ではB(ローマ帝国)の崩壊後に、Cを拡大させていった→十字軍遠征が遠隔地交易を開き、Cを可能にした
中世都市は都市国家にも、帝国内の都市にもならず、商工業に従事する市民全員が参加する「誓約共同体」だった。市民により行政・裁判・軍事が行われた

キリスト教の影響
ゲルマン農村に修道院がキリスト教をもたらす
これにより、

  • 勤勉な労働による救済の観念

  • 協働して働くことの意義

  • 学校機関としての修道院を通しての農業技術の革新

、などがなされ経済発展が促進された
これがうまくいったため修道士たちは自らの労働ではなく、農民の労働で暮らすようになる
これに対する反発がカタリ派、ワルドー派などの異端を引き起こした

千年王国運動
民衆十字軍が温床となった宗教改革運動

  1. 彼岸的でなく、現世的

  2. 共同体の実現

  3. 絶対的に完全な社会の実現

  4. 超自然的な力による奇跡的な実現

  5. 終末論的・緊迫的

ゲルマン人は失われゆく未開性(A)の回復を目指す運動を、強迫的な〝無意識〟に突き動かされて行った。Aへの高次元の回帰=D

⑶絶対王制と宗教改革

ゲルマン社会におけるBの確立
Aの残存が強かったゲルマン社会で、明確にBが確立させるのは絶対王政の出現後
ヨーロッパの絶対王政は中華帝国などアジア的専制と異なり、都市(ブルジョワ)=Cを取り込むことによって可能になった

臣民から国民(ネーション)へ
王の体に触れると病(瘰癧)が治るという「王の奇蹟」の観念が民衆の間に拡がった。事実上封建領主と同格でしかなかった王が、別格の存在として民衆の心に入り込んだ→Bの条件「自発的な服従」を満たす「臣民」となる
臣民としての共同性は王政が倒されたあとも消滅することはなく、それが「ネーション」(国民)となる
基本的な枠組みを作った絶対王政の方が、市民革命よりも重要度が高い

*臣民→国民という変化より、共同体を超えた臣民概念の成立の方が意義が大きい。臣民が国民を準備した

宗教改革とネーション
宗教改革は庶民語による聖書の出版という形でネーションを作り上げる
ウィクリフやルターの聖書翻訳、フスの運動を宗教改革と同時にチェコ民族運動でもあった
絶対王政側も王権神授説を唱えた国王ジェームズ一世が、学者を動員して聖書を翻訳し『欽定訳』を出版、宗教改革と競り合った

ウェーバーの「精神」とマルクスの「物神」
ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と新しい精神』の主張は、資本主義の出現に、下部構造(生産様式)だけではなく、観念的上部構造=〝新しい精神〟に見出そうとした
マルクスも実は「物神」という〝宗教的現象〟を資本主義の発生に見ていた
どちらもそれまで「金貸資本」と「商人資本」という下位に置かれていたシステムが〝新たな意義〟を持つに至った原因を指摘している

労働者の成立
産業資本主義の礎として「奴隷」でも「職人」でもない「労働者」が必要
絶対王政が整えた常備軍、貧民対策と規律訓練により「労働者」の条件が整備される(徴兵制と義務教育など)
ウェーバーは産業資本に不可欠な「労働力商品」の出現を(カルバン主義的な)「神の監視」から説明したが、フーコーは「生-権力」としての「国家の監視」から説明

新興都市と消費者
ギルドの強い職人たちから「労働者」への転化は、新たな手工業(マニュファクチュア)特に織物業によってもたらされる
熟練が必要なく、分業がしやすいゆえに、ギルドに入らない者たちが営み、彼らが多く住む土地がマンチェスターやリヴァプールなどの新興大都市となった
新都市において、労働者自身が消費者として登場。産業資本が持続的に拡大するためには、労働者自身が生産物を買うようにさせなければならない


第三部 資本主義の科学

Aの低次元回復

株式資本
『資本論』は〈商品物神→貨幣物神→資本物神〉と展開し、最後に株式資本となり資本そのものが商品に転化する、という全過程を記述しようとした著作
冒頭の《資本主義的生産様式が支配している社会の富は「膨大な商品の集積」としてあらわれ、個々の商品はその富の基本形態としてあらわれる》の「商品の集積」中に、すでに資本が存在することが暗示されている
その意味で『資本論』はヘーゲルの『論理学』にもとづいて〈精神=物神〉の発展を捉えている

精神/物神の現象学
ヘーゲルは人間の意志の力だけでは説明し難い人類の歴史を「精神」の活動の歴史として見ようとした。アレキサンダーやナポレオンは自らの意志で行動して世界を変えたと思っていたが、実は「世界精神」に突き動かされていた→「精神の現象学
マルクスも資本主義経済には、個々人が自由に経済活動をしているように見えるが、実はそこに人間の意志を超える「力」があると考え、それは「交換によって生じる霊的な力」だと捉えた→「物神の現象学

信用
「信用」も「物神」の言い換え。信用とは〈契約・取引と決済との間に時間的乖離があるときに不可欠な当事者間の信頼〉であり、ここには人を強いる観念的な力がある
金銀を求める重金主義は分かりやすく「物神崇拝」だが、貨幣紙幣による信用主義はそれを見えづらくしながら、強く引き継いでいる(ゆえに恐慌の時に突発的に重金主義に急転回する)

「彼らは心を一つにして…」
マルクスは、貨幣が商品間の交換により成立することを説明するため『黙示録』の「彼らは心を一つにして、自分たちの力と権威を獣に与える。このしるしをもたない者はだれも売買ができないようにした。このしるしは、獣の名、またはその名の数字である」を引用する
ホッブスの「リヴァイアサン」と同じ聖書からの由来
前者はCを、後者はBを扱うが構造は同じ

リヴァイアサンと神
ホッブスが怪獣として危険視した「力」は、絶対王政ではなく市民革命により生まれた議会制民主主義による「力」
ゆえに彼は〈国家=怪獣〉を上まわる「神の力」にくりかえし言及し、最後には神が全ての〈国家=怪獣〉を打ち倒すと示唆した
マルクス主義では国家を単に支配階級が用いる道具として捉え、階級が消えれば国家も消えると考えた。しかし国家は交換様式Bに由来する「力」であるので、観念的に残り続ける(ゆえにホッブスは「神の力」を必要とした)

カントの「自然」
マルクスの「世界同時革命」思想は、カントの『永遠平和のために』に由来する
フランス革命後に世界戦争を恐れたカントが、真の平和のためには「すべての戦争の終結を目指す世界的連合」が必要だと説いた。これを作るのは人間の意志ではなく、人間であると同時に、人間が意識しないような何か、としての「自然」である
カントは世界史を自然が「隠微な計画」を実現する過程として見た。神のようで神でなく、人間の意志のようで意識的ではない
「自然」=D
カントの「世界的連合」、マルクスの「世界同時革命」は「国際連盟」(19)、「ロシア革命」(17)によって束の間現実化する
異質に見える両者は「国家の死滅」=Bの克服という意味で同一

ネーション=Aの低次元回復
しかしカントは時代的に「国家」とは別物である「ネーション」を知らなかった
ネーションは、

  • 中世以来の農村が解体されたために失われた共同体を、想像的に回復する

  • 絶対王政の下の「臣民」が「主体」として自立する

、という二つの運動によって生まれる。彼らは主体として“自発的に従属”した
ここにCの要素を加えると〈ネーション=国家=資本〉(NSC)
これが世界各地に成立するのが一九四八年革命
ネーションはAの〝低次元での〟回復、BとCと共存しながら抵抗する力を持つ

差異化の運動
『資本論』を生産様式から見ると工業時代にしか対応していないように見えるが、マルクスは「運輸」も産業に含まれるとしており、20世紀後半に問題になった「サービス業」も含めて扱っていた→「産業というのは、資本主義的に経営されるどの生産部門をも含めた意味である」
産業資本の下では、狭義の生産だけでなく運輸のような〈「場所の変更」=差異化〉が価値を生産する
情報社会化以前にマルクスは、資本の自己増殖を可能にするのは絶え間ない「差異化」だと見抜いていた

ファシズム
ロシア革命は資本という物神を抑えこんだが、国家という怪獣を強化した
世界恐慌以後、古典派経済学は葬り去られ、ケインズ経済学へ。各国が社会主義に近づき、米ソは友好的になる。対する日独伊は“Aの低次元での回復”という「ファシズム」へ向かっていく
戦後、冷戦下でアメリカの自由主義がヘゲモニーを握るが、80年代には新自由主義へ(ケインズ経済学からリバタリアニズムへ)
冷戦崩壊後は新自由主義とポピュリズムの時代となる

Aの高次元回復
(マルクスとエンゲルスの後期思想)

ザスーリチへの手紙
「ロシア的農村共同体(ミール)から資本主義を経ずに共産主義体制に至ることは可能か」という問いに「ミールでは氏族社会的な個人の独立性(=A)が弱まっているため共産主義には至れない。しかし世界同時革命が起こり、あらゆる外部の有害な影響が除去されるならば可能」と答える
ヨーロッパ(ゲルマン社会)ではAが残り、長くBを妨げ、その間にCも浸透したため、近代においてもAの力が保たれていた。ロシアなど「アジア的専制」の領域ではAの伝統は弱まり切ってしまっている

氏族社会の高次元回復
後期マルクスは『資本論』を放棄して未開社会についての研究(ルイス・モーガン)へ向かい、未来の共産主義をAの〝高次元での回復〟として見るに至った(上記)
氏族社会(A)に諸個人の独立性(互酬性)を見出す。「共同的所有」ではなく、個々の交換による「個人的所有」の確立が共産主義を可能にするのではないか
個人的所有とは、共同体に従属しない「唯一者」たちの連合によるもの。私的所有は資本主義による生産手段の共有を基礎としている
〈個人的所有=氏族社会=互酬性=交換様式A〉の高次元の回復=共産主義社会

エンゲルスとミュンツァー
四八年革命の失敗とチャーティスト運動の終息という挫折。こららの社会主義勢力の敗北は勝利者側に社会主義が取り入れられる、という結果をもたらす(労働組合合法化、ルイ・ボナパルトのサンシモン主義など)
この結果にマルクスは、後の『経済学批判』につながる「商品交換」と「物神」の思想へ向かい、エンゲルスは後の『社会主義の科学』につながる『ドイツ農民戦争』を書く
本書はミュンツァーのドイツ農民戦争を革命運動の先駆的運動とする。これが四八年革命と異なるのは、それが「神の国」の「地上での建設」として主張されたこと。内容的には階級的差別や、私有財産や、国家権力の否定など、共産主義思想と同じ
ミュンツァーがルターと袂を分かったのは、ルターが「神の国」をあくまで彼岸としたから
エンゲルスは彼の思想を「キリスト教の形式のもとに汎神論を説き…近代の思弁哲学的な考え方といちじるしく似て」いると評価し、キリスト教に収まらない「理性的な力」として捉えた
観念的な力が「農民戦争」にも「共産主義」にも働いている

*彼岸の運動としてのカトリック、プロテスタント主流派、此岸の運動としてのミュンツァー、フス、ウィクリフら異端プロテスタント諸派。自力・他力/彼岸・此岸の組み合わせで考えるなら、前者が他力・彼岸、後者が自力・此岸となる。他力・此岸のパターンはあるだろうか?もう一つの自力・彼岸はオカルティズムや神秘主義として広く見られる

原始キリスト教研究
晩年のエンゲルスは原始キリスト教史研究へ向かった

  • 原始キリスト教は元来小さな宗教共同体だったが「あらゆる民族宗教や儀礼性を拒否することで差別なく全ての民族に訴えるので、最初の世界宗教となった」(AからDへを示している)

  • 『ヨハネの黙示録』こそ最古の文献であり、その他は後代の改作

  • キリスト教も社会主義も「迫害、追及され、その信奉者は排撃されて、例外法のもとにおかれ」ながら「国教」となっていく

、などの主張

Aの高次元回復
晩年、マルクスは古代社会に、エンゲルスはキリスト教に向かった
どちらもA(古代社会、原始キリスト教)がD(来るべき共産主義)の“高次元の回復”である、という思想

希望と反復

希望
マルクス=レーニン主義により、マルクス=エンゲルスの思想は葬られたが、カウツキー、ブロッホへ引き継がれる
ブロッホは「経済的下部構造」(生産力と生産関係)に関してほとんど言及せず、資本と国家を乗り越える、唯物史観でも説明できない〝力〟について追及した
神学を取り入れながらも、彼岸ではなく此岸を対象とし続ける(ミュンツァー的)
現実において資本と国家を揚棄することを「希望」=〈「中断された未成のもの」が自ずから回帰すること〉と定義

反復
これはキルケゴールの「反復」と類似
人類は楽園を追放された→元の楽園に戻ることはできない→楽園は未来に見出される
これが(未来への、真の)「反復」
ブロッホは「社会主義」という「楽園」は「太古の道」にあり「未来」に実現するものである、と考えた
《マルクス主義哲学は未来の哲学であり、したがってまた過去のなかの未来についての哲学でもある》
ブロッホは唯物史観では共産主義の必然性を見出せないと感じ、キリスト教神学を取り入れ「太古の回帰」とした
晩年のマルクスとエンゲルスと同じ方向

*ベンヤミンの神話的暴力(force)=国家の力、神的暴力(violence)=それに対抗する力(共産主義)という構図とも近い
これは〈f=B、v=D〉とすると分かりやすい

結語

  1. 贈与の互酬(氏族)→家族や共同体内での交換

  2. 支配と保護(国家)→国家と国民などによる交換。納税や服従により安定を保証される

  3. 商品交換(近代資本制)→通常の経済交換

  4. Aの高次元での回復(X)

BとCの拡大とともに、村落共同体(A)は解体される
しかし資本主義経済の下で、ネーション(想像の共同体)が形成され、Aの〈低次元の回復〉がなされる
それは〈資本=ネーション=国家〉の出現であり、四八年革命の時期に確立される→Cの下でのABの結合
これに立ち会ったマルクスとエンゲルスは、Cの下ではないAの
回帰=Dを志向する(マルクスは古代社会、エンゲルスは原始キリスト教に見出す)
Dは宗教的ではあるが、必ず宗教であるわけではない

世界宗教はDに根ざすが、ABC全ての要素を兼ね備える
Aが呪術(祈願=神強制)や相互扶助として、Bが教団組織の権力として、Cが経済的な動機として働いている
旧約の神の多面性は、神がABCD全ての側面を持つ存在であることを示している
キリストはBCを一貫して退けながら、Aは肯定される
逆に後のキリスト教界はBCと強く結びつく

現在の議会制民主主義はBCの生じさせる「力」を人々の意志で制御できる、と考えているが、現実にはこの「力」により屈従させらている
これに対してAに依拠する社会運動は存在する(アソシエーション運動、地域通貨システム、アーミッシュなど)が、ローカルに留まっており、BCを脅かすことはできていない
ゆえにAの高次元回復=Dが求められる
しかしDは(Aとは違って)人間の意図により実現されるものではなく、”向こうから”やってくるもの
古来から「終末」として語られてきたこと→《終末とはDの到来である》

マルクスはこの問題を、神を持ち出さずに考えようとした
それ以前にはカントが、社会の歴史を「自然」の「隠微な計画」(人間でも神でもない何かの働き)を見出している
しかしカントは明確には語らなかった
「自然の隠徴な計画」とはDの働きである。カントの「世界共和国」構想は、人間が考案したものにすぎないように見える。彼のビジョンは以来二世紀にわたり常に軽視されてきた。しかしそれは、消えることなく回帰してきた。今後にもあらためて回帰するだろう
Dは厳密には交換様式の一つではない
「交換」(ABC)を否定し止場するような衝迫(ドライブ)をもたらす、観念的・宗教的な力。なおかつ交換に深く関わる
それは人間の願望や意志によって作られた想像物なのではなく、人間を強いる「力」を持つ
Dは確かに宗教的だが(本書で示してきたように)ABCもみな宗教性を持つ

そこで私は、最後に、一言いっておきたい。今後、戦争と恐慌、つまり、BとCが必然的にもたらす危機が幾度も生じるだろう。しかし、それゆえにこそ、"Aの高次元での回復"としてのDが必ず到来する、と。

Q2 どうして日本では少子化が深刻化しているのですか|選択する未来 - 内閣府

Q2 どうして日本では少子化が深刻化しているのですか|選択する未来 - 内閣府

第3章 人口・経済・地域社会をめぐる現状と課題

Q2 どうして日本では少子化が深刻化しているのですか。

A2

●少子化の変遷

戦後の日本は経済成長による所得水準の向上、国民皆保険・皆年金など社会保障の充実、医療技術の向上等により豊かな生活環境が整ってきており、1960年頃からはそれまでの多産少死から少産少死への人口転換が進み、1975年前後までの合計特殊出生率は人口置換水準前後の2.1前後で推移してきた。

1971~74年の第二次ベビーブーム以降、第一次オイルショックによる経済的な混乱や、人口増加傾向を受けて静止人口を目指す考え方が普及したこと等により、生まれる子どもの数が減少し続けるようになり、1975年に合計特殊出生率は2.0を割り込む1.91にまで低下した。低下し続ける合計特殊出生率は1980年代初めにやや回復したものの、80年代半ばから再び低下し続け、人口置換水準からのかい離も大きくなっていった。

図表3-1-2-1 出生数・合計特殊出生率・人口置換水準の推移

●80年代以降の少子化の要因

<非婚化・晩婚化・晩産化>

少子化に影響を与える要因として、非婚化・晩婚化及び結婚している女性の出生率低下などが考えられる。1970年代後半からは20歳代女性の未婚率が急激に上昇したほか、結婚年齢が上がるなど晩婚化も始まり、1980年代に入ってからは、30歳代以上の女性の未婚率も上昇しており、晩婚と合わせて未婚化も進むこととなった。

年齢別出生率を見ると、1950年・70年は20代半ばでピークを迎える山型の曲線を描いているが、次第にそのピークが推移していき、出産年齢が上昇するとともに、出生率の高さを示す山が低くなっていくなど、出生率の低下と晩産化が同時に進行していることがわかる。また、1980年代以降は、晩婚化・晩産化により、20代の出生率が大幅に下がり、30代の出生率が上昇するという出生率の山が後に推移する動きがみられるようになった。

図表3-1-2-2 年齢別出生率の推移
図表3-1-2-3 年齢別未婚率の推移

さらに、デフレが慢性化する中で、収入が低く、雇用が不安定な男性の未婚率が高いほか、非正規雇用や育児休業が利用できない職場で働く女性の未婚率が高いなど、経済的基盤、雇用・キャリアの将来の見通しや安定性が結婚に影響することから、デフレ下による低賃金の非正規雇用者の増加などは、未婚化を加速しているおそれがある。

<女性の社会進出・価値観の多様化>

1985年に男女雇用機会均等法が成立し、女性の社会進出が進む一方で、子育て支援体制が十分でないことなどから仕事との両立に難しさがあるほか、子育て等により仕事を離れる際に失う所得(機会費用)が大きいことも、子どもを産むという選択に影響している可能性がある。

また、多様な楽しみや単身生活の便利さが増大するほか、結婚や家族に対する価値観が変化していることなども、未婚化・晩婚化につながっていると考えられる。

●少子化への取り組み

1990年の「1.57ショック」により厳しい少子化の現状が強く認識されるようになったものの、最初の総合的な少子化対策である「エンゼルプラン」がまとめられたのは1994年、少子化社会対策基本法が制定されたのは2003年であった。1970年代から整備された高齢者向け社会保障制度に比べて、少子化対策は非常に遅れをとっている。

少子化社会に関する国際的な意識調査によれば、「あなたの国は、子どもを産み育てやすい国だと思いますか」の質問に対して、日本では4割以上が「そう思わない」と回答しており、国際的に見てその割合は相当に高い。

図表3-1-2-4 子どもを産み育てやすい国だと思うか

2026年5月22日金曜日

全身麻酔中の脳が「物語の言葉の意味」まで読み取っていたと判明――でも目覚めたら忘れている (3/3) - ナゾロジー③

全身麻酔中の脳が「物語の言葉の意味」まで読み取っていたと判明――でも目覚めたら忘れている (3/3) - ナゾロジー

意識とは何か──舞台裏で動いていた脳

意識とは何か──舞台裏で動いていた脳
意識とは何か──舞台裏で動いていた脳 / Credit:Canva

・「覚えていない」が説明できる

ここからは「脳が反応したのに覚えていない」という現象に、今回の研究に加え関連研究の成果も含めて切り込んでいきたいと思います。

研究チームはこの不思議な結果を、ひとつのキーワードで整理しています。

それは、「焼きつける働きが弱まっていた」ということです。

私たちが何かを覚えるプロセスは、大きく二つの段階に分けられます。

ひとつめは、今この瞬間の出来事を、脳の神経活動のパターンとして書き取る段階(専門的には「符号化(エンコーディング)」と呼ばれます)。

ふたつめは、書き取った内容を、あとから引き出せる長期の記憶として焼きつけ直す段階(こちらは「固定化(コンソリデーション)」)です。

たとえるなら、ひとつめは「メモを取る作業」、ふたつめは「メモを清書して本棚にしまう作業」のような違いです。

メモは取ってあるのに本棚に並んでいなければ、私たちは「あとから取り出して読み返す」ことができません。

記憶研究の権威であるアメリカ・カリフォルニア大学アーバイン校のジェームズ・マクガフ博士は、サイエンス誌に発表した総説で、この「焼きつけ直す段階」を「分・時間、ときには日単位で進む、長く続く作業」だと整理しています(McGaugh, 2000, Science)。

今回の発見が示しているのは、麻酔下の海馬ではメモを取るところまでは動いていたが、本棚にしまう作業が止まっていた、という構図です。

では脳は、どうやって経験を「本棚に並べる」のでしょうか。

鍵になるのは、なんとも不思議な現象です。

経験のあと、脳がその活動をすばやく自分で再生する──そんな働きが、海馬にはあるのです(専門的にはこれを「リプレイ(再生)」と呼びます)。

1994年、サイエンス誌に発表された画期的な研究で、迷路を走り抜けたネズミの海馬では、休んでいるあいだに、走ったときとまったく同じ神経の発火パターンが何度も繰り返されることが報告されました(Wilson & McNaughton, 1994, Science)。

まるで脳が、自分で経験のビデオを早送りで何度も再生しているような現象です。

それ以降の研究で、このリプレイの瞬間に現れる特徴的な脳波(専門的には「鋭波・リップル」と呼ばれます)こそが、記憶を本棚にしまう鍵だと考えられるようになっています(Buzsáki, 2015, Hippocampus)。

ところが、今回の実験で使われたプロポフォールという麻酔薬には、ある特徴があります。

脳のあちこちの領域が、息を合わせて連携することを強く抑える働きがあるのです(専門的には「広域的なネットワーク同期の抑制」と呼ばれます。Mashour & Hudetz, 2018, Trends in Neurosciences)。

リプレイをして記憶を本棚にしまうには、奥座敷にあたる海馬と、本棚にあたる大脳皮質(脳の表面に広がる領域)が、綿密に手を取り合う必要があります。

ところが麻酔下では、その手のつなぎ方が切れている。

だから、入り口でメモを取るところまでは動いていても、その先のリプレイや本棚への書き込みは、十分には進みにくかった可能性があるのです。

患者さんが何も覚えていなかった理由は「処理は走った。けれど、焼きつけることができなかった」とまとめることができるのです。

・「なんとなく残っている」も説明できる

長年、医師たちは「麻酔中の何かが、なんとなく心に残ってしまった」と訴える患者さんに、ときおり出会ってきました。

明確に思い出せるわけではないけれど、漠然とした不快感だけが残っている、というケースです。

これは医学の世界で、明確には思い出せないけれど心のどこかに残っている記憶(専門的には「暗黙記憶(implicit memory)」と呼ばれます)として知られる、長年の謎でした。

2021年、イタリアのパドヴァ大学を中心とした研究チームが、これまで世界中で行われた関連研究をまとめて統計的に検証する大規模な分析(専門的には「システマティック・レビューとメタ解析」と呼ばれる手法)を発表しています。

そこでは、こうした漠然とした記憶の痕跡が、麻酔から覚めた患者さんに一定割合で実際に残っていることが確認されました(Linassi et al., 2021, Life)。

今回のネイチャー論文も、自分たちの発見を「この長年の謎を、神経活動のレベルで説明しうるもの」と位置づけて、この先行研究を引用しています。

メモを取るところまでは進んでいたから、痕跡は確かに脳のどこかに残った。

けれども本棚にしまう作業は不完全だから、思い出として取り出すことはできなかった──そう考えると、患者さんが訴える「なんとなく嫌だった」「気分がしばらく沈んでいた」という感覚も腑に落ちます。

意識のない脳でも、心のすみに何かを置いていく。

今回の研究は、その「置き方」の仕組みに、初めて細胞レベルの説明を与えたのです。

そして、未来の応用についても触れておきましょう。

筆頭著者のヴィギ・カトロウィッツ博士は、こんな問いを投げかけています。

「これらの信号を利用して、脳卒中や外傷で話せなくなった人のための音声補助装置を動かすことはできないだろうか」と。

すぐに実現するわけではありません。

けれども海馬がこれほど豊かに言葉を処理しているのなら、そこから信号を取り出して、話せなくなった人の「言いたいこと」を読み取る装置のヒントにできるかもしれない──そういう未来像です。

・意識と記憶は同じ「つながり」の仕組みをもつのか?

最後にもうひとつ、研究チームが投げかけている、もう一段深い問いがあります。

「意識とは何か」──その答えは、もしかするとひとつの脳の領域に宿っているのではなく、複数の領域が連携してやりとりする「つながり方」の中にあるのではないか、と研究者たちは指摘しています。

これは「意識は脳のあちこちの領域が情報を共有する仕組みから生まれる」という考え方(専門的には「グローバル・ニューロナル・ワークスペース仮説」と呼ばれます)に通じる発想です。

フランス・コレージュ・ド・フランスの神経科学者スタニスラス・ドゥアンヌ博士らが長年提唱してきた理論で(Dehaene & Changeux, 2011, Neuron)、脳の各領域はそれぞれの仕事を続けていても、それを束ねる広い範囲のやりとりが途絶えれば、私たちが「意識」と呼ぶ統合された経験は成立しない──そんな考え方です。

ここで、ある気づきが浮かび上がってきます。

先ほど見た「記憶を本棚にしまう作業」もまた、海馬と大脳皮質の広い範囲の連携を必要とする現象でした。

「意識」と「記憶」は、どちらも脳の領域同士のやりとりによって成立するという、同じ仕組みに支えられている可能性があるのです。

患者さんが覚えていなかったのは、麻酔下の脳が「働いていなかったから」ではなく、「働き同士のつながりが弱められていたから」。

そう考えると、私たちが手術台で失っているのは活動そのものではなく、活動を束ねて一本の経験にする”接続”の方なのかもしれません。

研究を率いたシェス博士は、こう締めくくっています。

「脳は、私たちが完全に理解している以上に、舞台裏で多くの働きをしているのです」。

今回の研究は、意識の謎に直接答えるものではありません。

けれども、答えを探すべき方向に、そっと光をあてた一本だったと言えそうです。

全身麻酔中の脳が「物語の言葉の意味」まで読み取っていたと判明――でも目覚めたら忘れている (2/3) - ナゾロジー②

全身麻酔中の脳が「物語の言葉の意味」まで読み取っていたと判明――でも目覚めたら忘れている (2/3) - ナゾロジー

麻酔中の脳は物語の言葉に反応し、次の言葉の手がかりまで持っていた

麻酔中の脳は物語の言葉に反応し、次の言葉の手がかりまで持っていた
麻酔中の脳は物語の言葉に反応し、次の言葉の手がかりまで持っていた / Credit:Canva

4人の患者さんには、もっと複雑なものが流されました。

アメリカで人気のあるストーリーテリング番組「The Moth(ザ・モス)」の自伝的な物語などが、合計10〜20分にわたって再生されたのです。

別の患者さんには、宇宙について語る教育動画も使われました。

研究チームは、患者さんの海馬にある数百個のニューロンが、物語の単語ひとつひとつにどう反応するかを、こと細かに記録しました。

すると、3つの驚きの事実が浮かび上がってきます。

① 単語によって、海馬の反応がはっきりと変わっていた

「家」「行く」のような日常的によく使う言葉と、めったに登場しない珍しい言葉とでは、海馬のニューロンの反応パターンが明確に違っていたのです。

実際の数値を見ても、よく使われる単語ほど海馬の細胞が強く発火する傾向が、はっきりと出ていました。

これは音の高低に反応していたのではありません。

脳が単語ごとの意味的な違いを捉えていた、ということです。

② 似た意味の単語には、似たパターンで反応していた

「犬」と「猫」のように意味の近い単語に対しては、海馬のニューロンも近いパターンで反応していました。

一方で「犬」と「ペン」のように意味の遠い単語に対しては、反応のパターンも大きく違っていたのです。

これを裏付けるために研究者が使ったのが、AIの世界で発達した「単語の意味を数字の組で表す技術」でした。

意味の近さを数字の距離として測れる仕組みで、その「意味の地図」と海馬の反応がきれいに対応していたわけです。

単に音に反応していたのではなく、言葉の意味のレベルで処理が起きていたという強い証拠になりました。

③ 単語の文法的な役割まで読み取れた

それぞれの単語が名詞なのか、形容詞なのか、副詞なのか──ニューロンの反応パターンから、その単語が文の中で果たしている役割まで読み取ることができました。

麻酔下の脳は、単語の文法的な役割という、文の組み立ての一部までつかんでいたわけです。

そして、もっとも興味深いことがあります。

こうした「意味の処理」の精度は、過去の研究で目を覚ましていた患者さんを測定した結果と、ほぼ同じレベル、一部の指標ではむしろ高めの値も見られたほどだったのです。

「意識を失った脳は能力的に劣っているはずだ」というイメージを、今回の数字は静かに覆します。

論文の共著者ベンジャミン・ヘイデン博士はこう語ります。

「こうした処理は、私たちが目を覚まして注意を向けているときに起こるものだと考えられてきました。それが、無意識の状態で起きていたのです」。

眠った脳が「次に来る言葉」を予測する

もうひとつ、研究チームが見つけたことがあります。

現在処理している単語のニューロンの活動には、「次に来る言葉」に関する情報まで含まれていた、というのです。

これだけ聞くと、つい「脳が次の言葉を予測していた」と書きたくなります。

実際、一部のニュースではそう紹介されています。

けれども、論文の著者たちは「これは能動的な予測そのものとは限らず、文脈化で説明できる現象だ」と慎重に述べています。

「今日はとても天気が」と聞こえてくると、私たちの頭には自然と「いい」「悪い」「不安定だ」といった候補が、なんとなく浮かんできます。

これは「次の単語を当てよう」と意識して予測しているわけではありません。

これまで聞いてきた言葉が脳の中で文脈をつくり、その文脈が結果として次の方向をぼんやりと示している、という性質のものです。

麻酔下の海馬で起きていたのは、まさにこの「文脈ができている」状態でした。

AIが文章を書くときに「文脈に基づいて次の単語の確率を計算する」のと、確かに似た性質ではあります。

けれども「能動的に予測している」とまでは言えませんでした。

「今日はとても天気が」という言葉から脳が「いい」「悪い」「不安定だ」という言葉を思い浮かべることはあっても、それを超えて「今日の天気を踏まえた季節特有の気象現象」まで勝手に(能動的に)話を広げるような動きはないわけです。

一方で興味深いことに、実験を受けた患者さんは、誰ひとりとして、術中に流された音や物語のことを覚えていませんでした。

術後ケアユニットでの聞き取りでも、翌日の回復期での聞き取りでも、「あの音や物語が聞こえた気がする」「あんな話を聞いた覚えがある」と語った人はいなかったのです。

海馬では確かに言葉の処理が走っていた。

けれど、それが「思い出せる体験」「意識的な記憶」として成立することはなかったというのは非常に示唆に富みます。

全身麻酔中の脳が「物語の言葉の意味」まで読み取っていたと判明――でも目覚めたら忘れている - ナゾロジー①

全身麻酔中の脳が「物語の言葉の意味」まで読み取っていたと判明――でも目覚めたら忘れている - ナゾロジー

麻酔で意識がない間も脳は音に反応していた

麻酔で意識がない間も脳は音に反応していた
麻酔で意識がない間も脳は音に反応していた / Credit:Canva

・なぜそんな実験ができたのか

研究を率いたのは、ベイラー医科大学の神経外科教授サミール・シェス博士のチームです。

舞台となったのは、脳の奥深くにある「海馬」と呼ばれる小さな器官でした。

タツノオトシゴのような形をしていて、左右にひとつずつあります。

役割を一言で言えば、脳内の「記録係」のような存在です。

今日あった出来事を整理し、長期の記憶として保存する仕事を担っています。

最近の研究では、それだけでなく、言葉の文脈を読み取る働きにも関わっていることが分かってきました。

ただし海馬は、耳から入った音の信号が届くまでにかなり遠回りする、いわば脳の「奥座敷」のような場所にあります。

だからこそ研究者たちは「麻酔で意識が落ちれば、海馬への信号はかなり弱まるはずだ」と考えていました。

ところが、その想定は外れたのです。

被験者の脳に電極を差し込んだ
被験者の脳に電極を差し込んだ / Credit: Katlowitz et al., Nature (2026) / CC BY 4.0

いったい、海馬では何が起きていたのか。

それを確かめるためには、頭蓋骨を切り開き脳に直接電極を刺すような特殊な状況での実験が必要でした。

もちろん、こうした実験は誰にでもお願いできるものではありません。

協力を仰いだのは、薬では発作を抑えきれない重いタイプの「てんかん」を抱える7人の患者さんでした。

このタイプのてんかんでは、最後の選択肢として「発作の発生源になっている脳の一部を、外科的に取り除く」手術が行われることがあります。

研究チームは患者さんの同意のもと、「どのみち取り除く予定の組織です。手術の直前の数十分だけ、研究のために脳の活動を記録させてください」と申し出ました。

健康な人にはとても頼めない実験が、この特殊な事情だからこそ実現したわけです。

記録に使われたのは、「ニューロピクセル」というごく細い針のような装置でした。

髪の毛より細い針の表面に、384個もの電極(電気信号を拾うセンサー)がびっしりと並んでいます。

どれくらい高性能かというと──従来の脳波計が「満員の劇場の外から、ざわめきだけを聞いている状態」だとすれば、ニューロピクセルは「劇場の中に入って、観客ひとりひとりの声を録音できる」くらいの違いがあります。

脳の細胞(ニューロン)がひとつずつ発する微かな電気信号を、別々に聞き分けられるのです。

この装置をヒトの海馬に挿入したのは、これまでに例のない試みでした。

患者さんたちはその後、麻酔がかけられますが、研究者たちにとってはここからが本番でした。

・単純な音にも「学習」していた海馬

研究は2つの実験に分かれています。

まずは比較的シンプルな方から。

研究者は、麻酔でしっかり眠っている3人の患者さんに、低い音と高い音の2種類を聞かせました。

普通に流れる音のあいだに、ときどき「仲間外れの音」をこっそり混ぜる、というシンプルな仕掛けです。

すると、麻酔下の患者さんの海馬のニューロンたちは、その「仲間外れの音」にちゃんと反応していました。

そして、もっと驚いたことがあります。

その反応が、10分かけて少しずつ鮮明になっていったのです。

最初は曖昧だった「ちがう音への反応」が、刺激を続けているあいだに、だんだんと明確になっていきました。

これは脳科学で「可塑性」と呼ばれる現象──つまり脳が経験に応じて自らを書き換えていく、しなやかな性質を示しています。

10分かけて何かを学ぶ。

それは普通、目を覚まして集中している人がなにかを練習するときに見られる時間スケールであって、麻酔下の脳で観察されるとは、誰も思っていませんでした。

意識のない脳が、その短いあいだに、ある種の「学習に近い変化」をしていた。

「意識がなければ脳は単純な反射しか起こさないはずだ」──そんな従来の見方を、今回の結果は揺さぶったのです。

しかし驚きはそれに留まりませんでした。