2026年7月23日木曜日

市民記者KM:日航123便墜落事件 ファイアービー衝突説は「荒唐無稽で悪質なデマ」か?ワタナベケンタロウ動画199および200への反論 | ISF独立言論フォーラム

市民記者KM:日航123便墜落事件 ファイアービー衝突説は「荒唐無稽で悪質なデマ」か?ワタナベケンタロウ動画199および200への反論 | ISF独立言論フォーラム

市民記者KM:日航123便墜落事件 ファイアービー衝突説は「荒唐無稽で悪質なデマ」か?ワタナベケンタロウ動画199および200への反論

ISF寄稿記事について「荒唐無稽で悪質なデマ」との批判

YouTube ワタナベケンタロウ動画 日航機墜落事故199および200では、私がISFに寄稿した123便墜落に関する以下の記事を引用して痛烈に批判しています。

・日航123便墜落事件 垂直尾翼を破壊したのは無人標的機ファイアービー(1) https://isfweb.org/post-75013/

・日航123便墜落事件 垂直尾翼を破壊したのは無人標的機ファイアービー(2)

https://isfweb.org/post-74868/

・日航123便墜落事件 垂直尾翼を破壊したのは無人標的機ファイアービー(3)

https://isfweb.org/post-74884/

・日航123便墜落事件 まつゆきに関する重大な疑惑

https://isfweb.org/post-71632/

この2本の動画(日航機墜落事故199および200)を最初から最後まで観ましたが、事実誤認、虚偽説明、非論理的な主張などが多く、観るに堪えない酷い内容でした。私の記事について「荒唐無稽で悪質なデマ」とまで言い切っているのに第三者が検証可能な証拠の提示が一切ありません。どこに書かれていたのか、誰から聞いたのかといった情報源が具体的に示されておらず、自衛隊擁護の立場から持論を展開しただけで、単なる誹謗中傷にすぎないと思います。

YouTuberワタナベケンタロウ氏とは?

123便墜落に興味がある方ならワタナベケンタロウ氏をご存じの方も多いと思います。ワタナベ氏はチャンネル登録者数12.6万人*のYouTuberで、6年前から123便墜落に関する動画を作成しており、現在までに関連動画を計200本公開しています。ワタナベ氏の過去の動画には参考になる情報が多く、ワタナベ氏がこの件の解明において大きな役割を果たしてきたことは間違いありません。しかし不可解なのはある時期からワタナベ氏が123便墜落への自衛隊関与説を「陰謀論」として完全に否定し、自衛隊をひたすら擁護する側に回ったことです。自衛隊で最高幹部だった岡部俊哉元陸幕長や真殿知彦元海将といった錚々たる方々がワタナベ氏の動画に出演してそうした説を否定しており、今や自衛隊関与説を否定することがチャンネル運営の最大の目的ではないかと思えるほどの徹底ぶりです。

実はワタナベ氏も事故調査報告書の圧力隔壁破壊説については否定的で、真の墜落原因はボーイングが重大な欠陥のあるB-747 SR機を飛ばし続けていたことと日航の運航体制にあったという「ボーイング犯人説」を唱えています(これについては別の記事で解説します)。墜落当初から自衛隊の無人標的機(あるいはミサイル)が当たったという「自衛隊犯人説」とボーイングが何か重大な欠陥を隠しているという「ボーイング犯人説」が一部で囁かれていたようですが、ワタナベ氏は「ボーイング犯人説」の方に世論を誘導することで「自衛隊犯人説」を火消ししようとしているように思えます。

*2026年7月17日現在

 

元航空自衛隊員が出演

その2本の動画には、航空自衛隊に約36年間勤務の後に2024年1月に退官した、元自衛官が実名顔出しで出ています。不思議なのは、墜落当時この方は高校1年生で、3年後の1988年4月に入隊したのは航空自衛隊です。しかし2本の動画で説明した内容は護衛艦”まつゆき”や訓練支援艦”あづま”など、この方が知っているはずがない海上自衛隊に関することでした。当時の事情に詳しい海上自衛隊関係者から事前に何らかの説明を受けていたものと思われます。

数々の事実誤認および虚偽説明

まず護衛艦“まつゆき”の武器艤装工事完了時期について、この元自衛官は「11月まで工事が完了していなかったので8月12日の時点でFCS関連の試験はできなかった。」と主張していました。しかし真殿元海将の著書内に”まつゆき”の工程表があり、武器艤装工事の実績のところを見ると6月に工事が完了していたことが確認できます。

次にこの方は、東京湾には多数の漁船、タンカー、フェリーなどがいて外国船もいる。そんなところで無人標的機を打ち上げれば目撃証言があるはずだが証言がない。」と主張していました。しかし123便の機体後部に異常が発生したのは相模湾の西端の伊東に近い海域で、東京湾内と比較するとはるかに船舶数が少なく外国船はほぼいません。海水浴客が多い真夏とはいえ月曜日の夕方であり無人標的機発射は一瞬で終わります。海岸から数キロも離れていたら誰も気づかないのではないでしょうか。

さらにこの方は「自衛隊の訓練は日時と場所が公示される」と主張していました。しかし疑われているのは訓練ではなく護衛艦の海上公試つまり性能試験です。当時も今も、海上公試が公示されるという事実は確認できません。

以下は動画内でのワタナベ氏とこの方の会話です。

ワタナベ氏「後ほど話しますけど、KMさんは自衛隊関係者から得た情報と書いていますよね?」

元自衛官「海上自衛隊の関係者から、実際は試験をよく前倒しにしていたよ。建造している船は試験を前倒しにしていたと聞きました、などと主張。岡部俊哉元幕僚長も仰ってましたが、墜落事故を語る似非自衛官が多い。」

しかし、私が「自衛隊関係者からの情報」とISFの記事に書いたことはありませんし、YouTube動画に入れたこともありません。これは完全な虚偽情報です。

そして、この方は

「KM氏は一次資料、二次資料の裏付けも全く取ってないし、時系列も調べないし」

と主張していましたが、工程表すら調べずに工事完了時期について勘違いをしていながら何を言っているのかというのが正直な感想です。

 

“まつゆき”の海上公試に関する重大な疑惑

2026年3月10日のISF記事(https://isfweb.org/post-71632/)では、真殿元海将の著書にある1985年11月21日の海上公試実績内容に関する疑惑にふれています。この日1日で(ファイアービーを飛ばしたことが疑われる)レーダー関連の試験を含む11種類の試験を実施したことになっているのですが、レーダー・通信に関する試験は、異なる気象・海象条件下で行う必要があり通常は何日かに分けて行うとのこと。これらの試験は実際には数日~数週間かけて行われていたことが確実です。

この元自衛官は11種類の中に含まれているIFF(敵味方識別)試験について、出航前に羽田空港を離発着する民間機を使って試験ができた、海上自衛隊館山基地のヘリコプターにお願いしてちょっと飛んでもらって試験ができた、横須賀基地近くでたまたま出くわした艦船を使って試験ができた、よって相模湾に出る前に東京湾内でIFF試験を完了していたという説明をしていました。この方は当時の防衛庁が定めた海上公試の試験手順について言及していませんが、こういった試験は本来、綿密な計画を立てて必要な項目を1つ1つ漏れがないように厳格に実施していくものです。当時の防衛庁が本当にそんな杜撰で場当たり的なやり方で試験をしていたのか疑問であり、また安全面を考慮せずに多くの民間船や航空機がいる東京湾内で試験をしていたという主張も信じ難いです。しかし動画内でワタナベ氏は以下のように発言しています。

「視聴者の方に誤解して欲しくないのは、いくつかの項目が出港前から試験ができたから、11項目全て目的地に着いてから実施したのではないということ。8月12日に行われたわけではないということ。」

この元自衛官は11種類のうちの1つしか説明しておらず、しかもその1つでさえ納得のいく説明ではなかったにも関わらず、何故ワタナベ氏が「8月12日ではなかった」と言い切れたのか全く理解不能です。

 

“まつゆき”の海上公試内容を公開できない理由が「外交問題」

この元自衛官によると、“まつゆき”に搭載されていた76mm速射砲はイタリア メラーラ社製のライセンス生産であり、現在就役中の護衛艦”はるさめ”や“むらさめ”にも同じ物が搭載されているとのことです。ワタナベ氏はこの76mm速射砲が理由で”まつゆき”の公試内容を公開すると「外交問題になる」と主張しています。速射砲のような古い技術でしかも40年以上前の試験データに何の意味があるのか疑問ですが、もし必要ならそこだけ黒塗りにして出せばいいだけであり、公試内容を公開できない理由にはなりません。

1989年12月19日の週刊エコノミスト記事にありましたが、当時、装備品等の納期遅れの言い逃れによく使われたのが「外国」だったそうです。当時はインターネットもなく日本人の英語力も低く海外とのやりとりに苦労していたものと思われますが、ワタナベ氏にこの話をした海上自衛隊関係者は、「外国」を持ち出せば言い逃れができるという自衛隊の古い常識を持っているのかもしれません。

多目標追尾試験について

以下は、2026年5月11日のISF記事(https://isfweb.org/post-74884/)の中で、「ファイアービーを衝突させた可能性がある試験」として挙げた多目標追尾試験についてワタナベ氏と元自衛官の会話です。

ワタナベ氏「① 複数の機体を別々の目標として正しく認識せず、近接した目標を1つに見てしまう!② 違う目標の情報を取り込んで誤追尾してしまう!③ 近接・交差時に目標が入れ替わる!KMさんは自衛隊の火器管制について知識がないのに、このような推理をしているが、○○さんは火器管制については専門だったということで、この項目については、こんなことありえるのですか?」

元自衛官「全くありませんね」

ワタナベ氏「ない?」

元自衛官「何を言ってるんだ、こいつはという感じですよ。」

この元自衛官は工業高校卒業後に航空自衛隊に入隊して主に整備を担当していたとのことですが電子工学の知見があるレーダーの専門家でもなく、情報工学の専門家で多目標追尾のアルゴリズムに詳しいわけでもありません。ワタナベ氏の発言にある①~③は、現代の航空戦・ミサイル防空において極めて重要とされる多目標追尾において発生する典型的なエラーです。隠蔽する側がこの話題に激しく反応したところを見ても、やはりこれが正解で、多目標追尾試験の際にファイアービーを衝突させてしまった事故だったのではないかというのが私の見立てです。

 

ファイアービー衝突説について

最後に、ワタナベ氏が「荒唐無稽で悪質なデマ」としている「ファイアービー衝突説」についておさらいをしておきます。墜落後に航空評論家の関川栄一郎氏がテレビでその可能性を指摘しており、墜落当初は「陰謀論」でも「デマ」でもなく墜落原因として疑われていました。そして決定的な証拠として墜落現場でファイアービーの主翼らしきオレンジ色の金属片(図1)が発見されており、作家の吉原公一郎氏が写真つきで週刊ポストに寄稿していました。しかし国内主要メディアは吉原氏の記事の後追いをしなかった一方、9月6日のニューヨーク・タイムス紙に掲載された「圧力隔壁修理ミス」を大々的に報じたことで、ほぼ全ての国民がそちらを信じてしまったということだと思います。「圧力隔壁修理ミス」については発見後にその内容が2度変更されていたなど捏造であった可能性が高いことを2026年5月29日のISF記事(https://isfweb.org/post-76247/)で指摘しています。そしてNTSB(米国運輸安全局)のロン・シュリード氏によって「圧力隔壁修理ミス」が時期尚早にリークされたのは、広まる可能性があったファイアービー衝突説を火消しする目的があったと考えられます。ファイアービー衝突の根拠として、その他には、フライトレコーダに記録された力積、機体後部の破壊状況、垂直尾翼残骸の回収状況、国会議事録および朝日新聞記事にある「標的機損失」などがあります。墜落当日「まつゆきは相模湾にいなかった」、「訓練支援艦あづまは呉にいた」と自衛隊関係者が主張していますが信憑性に疑問があります。2026年7月8日のISF記事(https://isfweb.org/post-78573/)で書いたように、当時の自衛隊において「文書改ざん、文書破棄、事実隠し、証拠いん滅は当たり前のように行われていた」という1989年12月19日の週刊エコノミストにおける告発があります。

図1. 墜落現場で発見されたオレンジ色の金属片(左側)と2007年にアメリカのデスバレーで撮影されたファイアービー墜落後の主翼の残骸(右側)

左側は吉原公一郎氏の著書「ジャンボ墜落」にある、墜落現場で発見されたとする「オレンジ色の金属片」の写真。週刊ポスト1985年9月20日号によると金属片の大きさは縦160~200cm、横50~60cmとありファイアービーの主翼(縦190cm、横52cm)と一致。右側は2007年2月24日にアメリカのデスバレーで撮影された白い塗装のファイアービーが墜落した後に撮影された写真**。塗装の剥げ方やリベット間隔が酷似している。

**https://joeidoni.smugmug.com/Aircraft-Crash-Sites/BQM-34A

この件に関するYouTube動画を作りましたので是非ご覧ください。

https://www.youtube.com/watch?v=rX03QrDHN1Q

市民記者KM:日航123便墜落事件 ファイアービー衝突説は「荒唐無稽で悪質なデマ」か?ワタナベケンタロウ動画199および200への反論 | ISF独立言論フォーラム

市民記者KM:日航123便墜落事件 ファイアービー衝突説は「荒唐無稽で悪質なデマ」か?ワタナベケンタロウ動画199および200への反論 | ISF独立言論フォーラム

市民記者KM:日航123便墜落事件 ファイアービー衝突説は「荒唐無稽で悪質なデマ」か?ワタナベケンタロウ動画199および200への反論

ISF寄稿記事について「荒唐無稽で悪質なデマ」との批判

YouTube ワタナベケンタロウ動画 日航機墜落事故199および200では、私がISFに寄稿した123便墜落に関する以下の記事を引用して痛烈に批判しています。

・日航123便墜落事件 垂直尾翼を破壊したのは無人標的機ファイアービー(1) https://isfweb.org/post-75013/

・日航123便墜落事件 垂直尾翼を破壊したのは無人標的機ファイアービー(2)

https://isfweb.org/post-74868/

・日航123便墜落事件 垂直尾翼を破壊したのは無人標的機ファイアービー(3)

https://isfweb.org/post-74884/

・日航123便墜落事件 まつゆきに関する重大な疑惑

https://isfweb.org/post-71632/

この2本の動画(日航機墜落事故199および200)を最初から最後まで観ましたが、事実誤認、虚偽説明、非論理的な主張などが多く、観るに堪えない酷い内容でした。私の記事について「荒唐無稽で悪質なデマ」とまで言い切っているのに第三者が検証可能な証拠の提示が一切ありません。どこに書かれていたのか、誰から聞いたのかといった情報源が具体的に示されておらず、自衛隊擁護の立場から持論を展開しただけで、単なる誹謗中傷にすぎないと思います。

YouTuberワタナベケンタロウ氏とは?

123便墜落に興味がある方ならワタナベケンタロウ氏をご存じの方も多いと思います。ワタナベ氏はチャンネル登録者数12.6万人*のYouTuberで、6年前から123便墜落に関する動画を作成しており、現在までに関連動画を計200本公開しています。ワタナベ氏の過去の動画には参考になる情報が多く、ワタナベ氏がこの件の解明において大きな役割を果たしてきたことは間違いありません。しかし不可解なのはある時期からワタナベ氏が123便墜落への自衛隊関与説を「陰謀論」として完全に否定し、自衛隊をひたすら擁護する側に回ったことです。自衛隊で最高幹部だった岡部俊哉元陸幕長や真殿知彦元海将といった錚々たる方々がワタナベ氏の動画に出演してそうした説を否定しており、今や自衛隊関与説を否定することがチャンネル運営の最大の目的ではないかと思えるほどの徹底ぶりです。

実はワタナベ氏も事故調査報告書の圧力隔壁破壊説については否定的で、真の墜落原因はボーイングが重大な欠陥のあるB-747 SR機を飛ばし続けていたことと日航の運航体制にあったという「ボーイング犯人説」を唱えています(これについては別の記事で解説します)。墜落当初から自衛隊の無人標的機(あるいはミサイル)が当たったという「自衛隊犯人説」とボーイングが何か重大な欠陥を隠しているという「ボーイング犯人説」が一部で囁かれていたようですが、ワタナベ氏は「ボーイング犯人説」の方に世論を誘導することで「自衛隊犯人説」を火消ししようとしているように思えます。

*2026年7月17日現在

 

元航空自衛隊員が出演

その2本の動画には、航空自衛隊に約36年間勤務の後に2024年1月に退官した、元自衛官が実名顔出しで出ています。不思議なのは、墜落当時この方は高校1年生で、3年後の1988年4月に入隊したのは航空自衛隊です。しかし2本の動画で説明した内容は護衛艦”まつゆき”や訓練支援艦”あづま”など、この方が知っているはずがない海上自衛隊に関することでした。当時の事情に詳しい海上自衛隊関係者から事前に何らかの説明を受けていたものと思われます。

数々の事実誤認および虚偽説明

まず護衛艦“まつゆき”の武器艤装工事完了時期について、この元自衛官は「11月まで工事が完了していなかったので8月12日の時点でFCS関連の試験はできなかった。」と主張していました。しかし真殿元海将の著書内に”まつゆき”の工程表があり、武器艤装工事の実績のところを見ると6月に工事が完了していたことが確認できます。

次にこの方は、東京湾には多数の漁船、タンカー、フェリーなどがいて外国船もいる。そんなところで無人標的機を打ち上げれば目撃証言があるはずだが証言がない。」と主張していました。しかし123便の機体後部に異常が発生したのは相模湾の西端の伊東に近い海域で、東京湾内と比較するとはるかに船舶数が少なく外国船はほぼいません。海水浴客が多い真夏とはいえ月曜日の夕方であり無人標的機発射は一瞬で終わります。海岸から数キロも離れていたら誰も気づかないのではないでしょうか。

さらにこの方は「自衛隊の訓練は日時と場所が公示される」と主張していました。しかし疑われているのは訓練ではなく護衛艦の海上公試つまり性能試験です。当時も今も、海上公試が公示されるという事実は確認できません。

以下は動画内でのワタナベ氏とこの方の会話です。

ワタナベ氏「後ほど話しますけど、KMさんは自衛隊関係者から得た情報と書いていますよね?」

元自衛官「海上自衛隊の関係者から、実際は試験をよく前倒しにしていたよ。建造している船は試験を前倒しにしていたと聞きました、などと主張。岡部俊哉元幕僚長も仰ってましたが、墜落事故を語る似非自衛官が多い。」

しかし、私が「自衛隊関係者からの情報」とISFの記事に書いたことはありませんし、YouTube動画に入れたこともありません。これは完全な虚偽情報です。

そして、この方は

「KM氏は一次資料、二次資料の裏付けも全く取ってないし、時系列も調べないし」

と主張していましたが、工程表すら調べずに工事完了時期について勘違いをしていながら何を言っているのかというのが正直な感想です。

 

“まつゆき”の海上公試に関する重大な疑惑

2026年3月10日のISF記事(https://isfweb.org/post-71632/)では、真殿元海将の著書にある1985年11月21日の海上公試実績内容に関する疑惑にふれています。この日1日で(ファイアービーを飛ばしたことが疑われる)レーダー関連の試験を含む11種類の試験を実施したことになっているのですが、レーダー・通信に関する試験は、異なる気象・海象条件下で行う必要があり通常は何日かに分けて行うとのこと。これらの試験は実際には数日~数週間かけて行われていたことが確実です。

この元自衛官は11種類の中に含まれているIFF(敵味方識別)試験について、出航前に羽田空港を離発着する民間機を使って試験ができた、海上自衛隊館山基地のヘリコプターにお願いしてちょっと飛んでもらって試験ができた、横須賀基地近くでたまたま出くわした艦船を使って試験ができた、よって相模湾に出る前に東京湾内でIFF試験を完了していたという説明をしていました。この方は当時の防衛庁が定めた海上公試の試験手順について言及していませんが、こういった試験は本来、綿密な計画を立てて必要な項目を1つ1つ漏れがないように厳格に実施していくものです。当時の防衛庁が本当にそんな杜撰で場当たり的なやり方で試験をしていたのか疑問であり、また安全面を考慮せずに多くの民間船や航空機がいる東京湾内で試験をしていたという主張も信じ難いです。しかし動画内でワタナベ氏は以下のように発言しています。

「視聴者の方に誤解して欲しくないのは、いくつかの項目が出港前から試験ができたから、11項目全て目的地に着いてから実施したのではないということ。8月12日に行われたわけではないということ。」

この元自衛官は11種類のうちの1つしか説明しておらず、しかもその1つでさえ納得のいく説明ではなかったにも関わらず、何故ワタナベ氏が「8月12日ではなかった」と言い切れたのか全く理解不能です。

 

“まつゆき”の海上公試内容を公開できない理由が「外交問題」

この元自衛官によると、“まつゆき”に搭載されていた76mm速射砲はイタリア メラーラ社製のライセンス生産であり、現在就役中の護衛艦”はるさめ”や“むらさめ”にも同じ物が搭載されているとのことです。ワタナベ氏はこの76mm速射砲が理由で”まつゆき”の公試内容を公開すると「外交問題になる」と主張しています。速射砲のような古い技術でしかも40年以上前の試験データに何の意味があるのか疑問ですが、もし必要ならそこだけ黒塗りにして出せばいいだけであり、公試内容を公開できない理由にはなりません。

1989年12月19日の週刊エコノミスト記事にありましたが、当時、装備品等の納期遅れの言い逃れによく使われたのが「外国」だったそうです。当時はインターネットもなく日本人の英語力も低く海外とのやりとりに苦労していたものと思われますが、ワタナベ氏にこの話をした海上自衛隊関係者は、「外国」を持ち出せば言い逃れができるという自衛隊の古い常識を持っているのかもしれません。

多目標追尾試験について

以下は、2026年5月11日のISF記事(https://isfweb.org/post-74884/)の中で、「ファイアービーを衝突させた可能性がある試験」として挙げた多目標追尾試験についてワタナベ氏と元自衛官の会話です。

ワタナベ氏「① 複数の機体を別々の目標として正しく認識せず、近接した目標を1つに見てしまう!② 違う目標の情報を取り込んで誤追尾してしまう!③ 近接・交差時に目標が入れ替わる!KMさんは自衛隊の火器管制について知識がないのに、このような推理をしているが、○○さんは火器管制については専門だったということで、この項目については、こんなことありえるのですか?」

元自衛官「全くありませんね」

ワタナベ氏「ない?」

元自衛官「何を言ってるんだ、こいつはという感じですよ。」

この元自衛官は工業高校卒業後に航空自衛隊に入隊して主に整備を担当していたとのことですが電子工学の知見があるレーダーの専門家でもなく、情報工学の専門家で多目標追尾のアルゴリズムに詳しいわけでもありません。ワタナベ氏の発言にある①~③は、現代の航空戦・ミサイル防空において極めて重要とされる多目標追尾において発生する典型的なエラーです。隠蔽する側がこの話題に激しく反応したところを見ても、やはりこれが正解で、多目標追尾試験の際にファイアービーを衝突させてしまった事故だったのではないかというのが私の見立てです。

 

ファイアービー衝突説について

最後に、ワタナベ氏が「荒唐無稽で悪質なデマ」としている「ファイアービー衝突説」についておさらいをしておきます。墜落後に航空評論家の関川栄一郎氏がテレビでその可能性を指摘しており、墜落当初は「陰謀論」でも「デマ」でもなく墜落原因として疑われていました。そして決定的な証拠として墜落現場でファイアービーの主翼らしきオレンジ色の金属片(図1)が発見されており、作家の吉原公一郎氏が写真つきで週刊ポストに寄稿していました。しかし国内主要メディアは吉原氏の記事の後追いをしなかった一方、9月6日のニューヨーク・タイムス紙に掲載された「圧力隔壁修理ミス」を大々的に報じたことで、ほぼ全ての国民がそちらを信じてしまったということだと思います。「圧力隔壁修理ミス」については発見後にその内容が2度変更されていたなど捏造であった可能性が高いことを2026年5月29日のISF記事(https://isfweb.org/post-76247/)で指摘しています。そしてNTSB(米国運輸安全局)のロン・シュリード氏によって「圧力隔壁修理ミス」が時期尚早にリークされたのは、広まる可能性があったファイアービー衝突説を火消しする目的があったと考えられます。ファイアービー衝突の根拠として、その他には、フライトレコーダに記録された力積、機体後部の破壊状況、垂直尾翼残骸の回収状況、国会議事録および朝日新聞記事にある「標的機損失」などがあります。墜落当日「まつゆきは相模湾にいなかった」、「訓練支援艦あづまは呉にいた」と自衛隊関係者が主張していますが信憑性に疑問があります。2026年7月8日のISF記事(https://isfweb.org/post-78573/)で書いたように、当時の自衛隊において「文書改ざん、文書破棄、事実隠し、証拠いん滅は当たり前のように行われていた」という1989年12月19日の週刊エコノミストにおける告発があります。

図1. 墜落現場で発見されたオレンジ色の金属片(左側)と2007年にアメリカのデスバレーで撮影されたファイアービー墜落後の主翼の残骸(右側)

左側は吉原公一郎氏の著書「ジャンボ墜落」にある、墜落現場で発見されたとする「オレンジ色の金属片」の写真。週刊ポスト1985年9月20日号によると金属片の大きさは縦160~200cm、横50~60cmとありファイアービーの主翼(縦190cm、横52cm)と一致。右側は2007年2月24日にアメリカのデスバレーで撮影された白い塗装のファイアービーが墜落した後に撮影された写真**。塗装の剥げ方やリベット間隔が酷似している。

**https://joeidoni.smugmug.com/Aircraft-Crash-Sites/BQM-34A

この件に関するYouTube動画を作りましたので是非ご覧ください。

https://www.youtube.com/watch?v=rX03QrDHN1Q

市民記者KM:日航123便墜落事件「修理ミス」捏造と無人標的機衝突説火消しのタイミング | ISF独立言論フォーラム

市民記者KM:日航123便墜落事件「修理ミス」捏造と無人標的機衝突説火消しのタイミング | ISF独立言論フォーラム

市民記者KM:日航123便墜落事件「修理ミス」捏造と無人標的機衝突説火消しのタイミング

圧力隔壁「修理ミス」の内容は発見後に2度変更されていた!

123便の墜落原因とされてきた圧力隔壁の「修理ミス」が捏造されていたという疑惑については過去記事(https://isfweb.org/post-73479/)で説明しましたが、今回さらに詳しく説明します。ボーイング調査団は墜落から10日後の8月22日に墜落現場で圧力隔壁の「修理ミス」を発見したとされていますが、実は「修理ミス」の内容は、発見後、以下のように2度変更されていました。

8月22日 「一列リベット打ち忘れ」をボーイング調査団が墜落現場で発見

9月6日 「一列リベット不貫通」とボーイング本社が発表

9月14日 「接ぎ板の切断」と事故調査委員会が発表

最初の「修理ミス」は「リベットの一列打ち忘れ」

最初の修理ミス」は「リベットの一列打ち忘れ」とされています。それはボーイング調査団責任者であったジョン・パービス氏によってNTSB*の首席調査官だったロン・シュリード氏に報告され、当日の米国調査団の報告書に記載されています。そしてシュリード氏は墜落現場で事故調査委員会の藤原洋氏に手描きスケッチで説明をして、ニューヨークタイムス紙にリークしています。それが日本で大きく報道されて「修理ミスが墜落の原因」と広く信じられるようになりました。この「一列リベット打ち忘れ」について読売新聞と朝日新聞が以下の見出しで報じていました。

読売新聞 1985年9月7日朝刊「隔壁リベット1列だけ 2列必要 金属疲労広がる?」

朝日新聞 1985年9月7日朝刊「隔壁リベット不足 規定は2列 1列しか打たず」

*NTSB: 国家運輸安全委員会

 

ボーイングが「修理ミス」を「リベットの一列不貫通(空打ち)」に変更

しかしボーイングは9月6日の公式声明で「修理ミス」の内容を「リベットの一列不貫通」に訂正し(図1)、それが9月8日のニューヨークタイムス紙で報じられています。

図1 「一列リベット不貫通(空打ち)」の「修理ミス」

以下はニューヨークタイムス紙の記事の該当箇所です。

「ボーイング社は先日(金曜日)、先月墜落した日本航空のB-747の客室後部に対して1978年に行った修理への過失を認めた...ボーイング社によると、客室後部の圧力隔壁の上半分と下半分を接合する際、継ぎ目の比較的小さな部分で問題があったとしている...本紙が金曜日(9月6日)に修理ミスを報じているが、調査に関わっている当局によると、その内容は一部のリベットが欠落していたというものであった。今回のボーイング社の発表は先日の本紙報道の一部に異を唱えている。修理ミスは、修理の際に継ぎ目部分に使われた接ぎ板が不適切であったことであり、3列あるリベットのうち1列は接ぎ板を貫通していなかった。そして問題箇所は継ぎ目全体の約17%であった。」

The Boeing Company acknowledged Friday that it had made faulty rear-cabin repairs in 1978 on a Japan Air Lines Boeing 747 that crashed in Japan last month… The company said that the problem involved a relatively small section of the splice its team fashioned in reassembling upper and lower halves of the pressure bulkhead in the rear of the passenger cabin… Disclosure of a faulty repair was made initially by The New York Times on Friday. The Boeing statement took issue with a part of the report, attributed to authorities involved in the inquiry, that the improper assembly had to do with some missing rivets.

 

Defect in Riveting

”A splice plate added during the repair was incorrectly installed in this small section of the splice such that one of three rows of rivets did not pass through the splice plate,” the company said. The small section amounted to about 17 percent of the splice, according to the statement.

このボーイングの発表について読売新聞と毎日新聞は以下の見出しで報じていました。

読売新聞 1985年9月7日夕刊「隔壁リベット一部不貫通 ボ社 欠陥修理認める」

毎日新聞 1985年9月7日夕刊「日航機しりもち事故 ボ社、修理ミス認める リベット、貫通せず」

 

事故調査委員会が「修理ミス」を「接ぎ板の切断」に変更

そして事故調査委員会が9月14日の第二回中間報告で、「修理ミス」は「接ぎ板の切断」であったと発表しています。この発表について読売新聞が以下の見出しで報じていました。

読売新聞 1985年9月15日朝刊「ボ社修理ミスで金属疲労 接ぎ板離れていた」

前回の記事で説明しましたが、圧力隔壁の客室内与圧への耐圧強度は隔壁の厚さに依存します。「一列リベット打ち忘れ」や「一列リベット不貫通」では圧力隔壁破壊の原因とはなりえないため、おそらく事故調査委員会が「接ぎ板の切断」に変更させたものと思います。

 

もし修理ミスがあったとすると該当箇所はどう見えるか?

もしそれぞれの「修理ミス」があった場合、隔壁下側の修理箇所に亀裂がどう現れるのかを図にしてみました。

ボーイング調査団が8月22日の現地調査の際に確認したとされる圧力隔壁修理箇所はどういった状態だったのでしょうか?何を見て「リベット一列打ち忘れ」の「修理ミス」があったと判断したのでしょうか? パービス氏が墜落現場で数百枚撮ったとされる写真は公開されておらず該当箇所が実際にはどういう状態であったのか確認できません。そして最終的な「修理ミス」である「接ぎ板の切断」は目視では確認できません。見えないはずの「修理ミス」をどうやってこの日に発見したのかという矛盾が生じています。

 

FAA(連邦航空局)のウエブサイトにある記述

以下はFAAの日航123便墜落の報告書にある「修理ミス」に関する記述です。

不適切な修理

修理後の検査で、交換した下半分の圧力隔壁のリベットの縁端距離が足りないことが判明した。この不具合を解消するために接ぎ板を入れて上下の圧力隔壁を接合することとした。この設計変更においては、上下の圧力隔壁の荷重を連続的に伝えるために一枚の接ぎ板を使用する必要があった。しかし承認された修理方法から逸脱した結果、修理図面で指示されたとおり二列のリベットではなく、一列のリベットが、影響を受けた(破壊された)上側の隔壁板に荷重を伝えることとなった。この不適切な修理により、隔壁板には過度な荷重がかかり早期の疲労破壊につながった。修理箇所は隠れており、さらに隙間部がシール材で埋められていたため、不適切な修理が施された箇所は圧力隔壁のどちら側から見ても分からなかった。事故調査委員会は、修理箇所の強度は適切な修理が行われた場合と比較して約70%と評価した。

Improper Repair

In the post-repair inspection, it was discovered that certain rows of rivets on the newly replaced lower half of the bulkhead had inadequate edge margins. A solution for the inadequate edge margin was engineered and involved installation of a splice plate to join the upper and lower halves of the bulkhead. This rework design called for a single splice plate to be used to provide a continuous load path between the upper and lower halves of the bulkhead. The deviation from the approved repair resulted in a single row of rivets transferring the load to the upper affected web plate instead of the two rows specified in the repair instruction drawing. This deviation resulted in the bulkhead web being improperly loaded and susceptible to early fatigue. Furthermore, because of the geometry of the repair and the use of fillet sealant to fill the gap, the splice deviation would visually appear to conform to the approved repair when viewed from either side of the aft pressure bulkhead. The accident board estimated that the strength of the repair decreased to about 70% of the strength that would have resulted from a proper repair.

 

FAAの報告書にある説明への疑問点

圧力隔壁は外周部でボルトにより機体に取り付けられており、修理箇所の隔壁板に自重による荷重はかかりません(修理箇所の隔壁板にかかるのは与圧のみ)。そして接ぎ板は十分な縁端距離を得るために使われましたが荷重を受け持っていません。上下の隔壁を繋ぐリベットは隔壁を密着させて与圧空気漏れを防ぐことが目的であり荷重を受け持つ目的ではありません。接ぎ板が二枚に切られたために「一列リベット」で荷重を伝えることになったというFAAの説明は、何を言っているのか全く意味不明です。

米国側が「修理ミス」の内容について「一列リベット打ち忘れ」や「一列リベット不貫通」と発表してしまったため、その後も「一列リベット」と言い続けなければならなくなったのではないでしょうか。「一列リベット」とは、「荷重を伝えるのが『一列リベット』」という苦しい説明になったものと思われます。

「修理ミス」を早々と発表したのは無人標的機衝突説火消しが目的!

墜落当初、「無人標的機衝突」あるいは「飛翔体の外部衝突」は、相模湾上空で123便に異常を生じさせた原因である可能性として、テレビや週刊誌などで報じられており「陰謀説」ではなかったのです**。1985年9月6日のニューヨークタイムスの報道およびボーイング社の発表以降、誤りを認めないアメリカ人が「修理ミス」を認めたのだから「修理ミス」があったのだろうと多くの国民が信じてしまったのではないでしょうか。そして米国側が強引にこの発表をしたのは、タイミング的に、「無人標的機衝突説」の火消しをすることが目的だったのではないかというのが私の推測です。

**無人標的機衝突の可能性については、墜落当時、航空評論家の関川栄一郎氏がテレビ番組で指摘しており、作家の吉原公一郎氏が週刊ポストに記事を書いていた。

 

国内のほぼ全てのメディアが墜落原因偽装に加担!

1985年9月前半の日航機墜落関連の朝日新聞、読売新聞、毎日新聞の記事を調べたところ「圧力隔壁」や「修理ミス」の記事一色となっていました。当時のメディアは米国調査団が圧力隔壁に固執したり、ボーイングが短期間で過失を認めたり、発見したはずの「修理ミス」の内容が2度も変更されていたり、現場で修理箇所を撮影した写真が公開されていなかったり、など不審な点が多くあったにも関わらず何故追及しなかったのでしょうか?不可解なことはその後も続きます。「修理ミス」への責任があったとされたボーイング社員4人を含む関係者20人は全員が不起訴とされ、1978年に来日したボーイング修理チームの44人の誰一人として何故「修理ミス」をしたのか詳細を語らず、誰一人として謝罪をしていません。そして遺族の訴えにも関わらずCVR(コクピットボイスレコーダー)の音声は公開されておらず、IT技術の進歩で、個人PCで簡単にできるようになった機体後部の流体シミュレーションはされていません。明らかにおかしなことだらけにも関わらず、国内メディアは今後も「修理ミスによる圧力隔壁破壊と与圧空気噴出が123便墜落の原因」と強弁し続けるのでしょうか。

ニューヨークタイムスのRichard Witkin記者1985年9月6日の記事”CLUES ARE FOUND IN JAPAN AIR CRASH(日本の航空機墜落の手がかりが見つかった)”

https://www.nytimes.com/1985/09/06/world/clues-are-found-in-japan-air-crash.html

ニューヨークタイムスのRichard Witkin記者1985年9月8日の記事”BOEING SAYS REPAIRS ON JAPANESE 747 WERE FAULTY (ボーイングが日本のB-747に修理ミスがあったと発表)”

https://www.nytimes.com/1985/09/08/world/boeing-says-repairs-on-japanese-747-were-faulty.html

この件に関するYouTube動画を作りましたので是非ご覧ください。

https://www.youtube.com/watch?v=8hTNWL-Aqqw