2026年2月18日水曜日

海自潜水艦「せいりゅう」小松島港入港に抗議 住民団体、「中国への戦争は反対」|社会|徳島ニュース|徳島新聞デジタル

海自潜水艦「せいりゅう」小松島港入港に抗議 住民団体、「中国への戦争は反対」|社会|徳島ニュース|徳島新聞デジタル

海自潜水艦「せいりゅう」小松島港入港に抗議 住民団体、「中国への戦争は反対」

 海上自衛隊の潜水艦「せいりゅう」が小松島市豊浦町の徳島小松島港赤石岸壁に入港し、一般公開していることについて、住民団体「改憲・戦争阻止!大行進 徳島県実行委員会」が15日、会場周辺で小松島港の潜水艦拠点化への反対行動を行った。

 実行委を構成する徳島合同労働組合や全国水平同盟徳島支部などから5人が参加。のぼりを掲げて「中国への戦争は反対」「これ以上隊員を犠牲にするな」などと抗議の声を上げた。

 実行委は同日付で、小松島港への潜水艦や艦船の入港中止や、自衛隊特定利用港湾に指定することへの同意撤回などを求める請願書を後藤田正純知事や防衛大臣らに提出した。請願書では「中国侵略戦争にむけた軍事行動をもって、徳島小松島港の軍事拠点化を既成事実化するものであり、決して認めるわけにはいかない」などとしている。

2026年2月17日火曜日

第8回:ワールドウィング®体験、行く前に知りたいQ&A!持ち物から心構えまで先輩ユーザーが徹底ガイド|jun-kou-dai

第8回:ワールドウィング®体験、行く前に知りたいQ&A!持ち物から心構えまで先輩ユーザーが徹底ガイド|jun-kou-dai

第8回:ワールドウィング®体験、行く前に知りたいQ&A!持ち物から心構えまで先輩ユーザーが徹底ガイド

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「ワールドウィング®のトレーニング、ちょっと気になるけど、体験ってどんな感じなんだろう…」

「運動経験ないし、何だか不安だな…」

そんな風に、最初の一歩をためらっている方もいらっしゃるかもしれませんね。

でも、大丈夫!この記事では、ワールドウィング®歴9年以上の私が、あなたのそんな疑問や不安に、先輩ユーザーとしてQ&A形式でお答えします。

これを読めば、きっと安心して体験に臨めるはずですよ!

### ワールドウィング®体験 Q&A:先輩ユーザーがお答えします!

#### ▼申し込み・準備編

**Q1:ワールドウィング®の体験はどうやって申し込むの? 何か条件はある?

**A1:** **電話で申し込むのが確実**だと思います。
各施設に直接連絡してみてください。特に厳しい年齢制限や条件はないと思いますが、もし健康面で心配なことがある場合は、予約の際に相談してみると良いでしょう。

**Q2:体験当日の服装は? どんな持ち物が必要?

**A2:** **動きやすいTシャツやジャージ**で大丈夫です。
施設には**更衣室**もちゃんとありますよ。シューズは、**室内用の運動靴**であれば基本的にOKですが、個人的には**クッションが薄めのもの**がおすすめです。

もし持っていなければ、**多くのジムでビモロシューズ®を借りることができる**ので、それを試してみるのが一番良いと思います!

あとは、**汗拭き用のタオル**と、トレーニング中の**飲み物**はしっかり準備していきましょう。

#### ▼体験内容編

**Q3:体験って、具体的にどんなことをするの? 時間はどのくらい?

**A3:** まず、**初動負荷トレーニング®についての説明**があります。
その後、**体調やスポーツ歴などの簡単なカウンセリング**を通して、あなたの体の状態を把握してくれます。

そしていよいよマシンの体験ですが、**大体4~8種類程度のマシンを、あなたの体力に合わせて体験させてくれます。

**全体の所要時間は、**およそ1時間程度**を見ておくと良いでしょう。

**Q4:運動経験が全くなくても大丈夫? 体力に自信がなくてもついていける?

**A4:** **運動経験がなくても、全然平気です!** 体力も関係ありません。
ワールドウィング®のトレーニングは、**自分のペースで、無理なく行うことができます**から安心してください。

むしろ、運動経験がない方ほど、体の変化に驚くかもしれませんよ。

**Q5:体験の時、トレーナーさんはどんなことをしてくれるの?

**A5:** **基本的にマンツーマンで、丁寧に教えてくれますよ。
** マシンの使い方から、正しい動き、意識するポイントまで、しっかりサポートしてくれるので、初めてでも安心してトレーニングに集中できます。

#### ▼体験のポイント・効果編

**Q6:体験の時に、特に何を意識したり、感じたりすると良い?

**A6:** **あまり難しく考えすぎず、コーチ(トレーナー)の言う通りに体を動かしてみる**のが一番です。

力を抜いて、マシンの動きに身を任せるような感覚を大切にしてみてください。きっと、今までにない体の動きや感覚に出会えるはずです。

**Q7:1回の体験でも、何か効果は感じられるもの?
**A7:** 個人差はあると思いますが、多くの方が**「自分の体のどこが硬いのか、
どこに問題があるのかが分かった」**とおっしゃいますね。

そして、体験が終わった後には、**「体が軽くなった!」「スッキリした!」**という爽快感を実感できる方が多いですよ。

#### ▼体験後・費用編

**Q8:体験後、しつこく入会を勧められたりしない? 体験は何回かできるの?

**A8:** 私が通う施設(ワールドウィング久留米)の場合ですが、**体験は2回まで無料で受けられます。**

もちろん、体験後に無理に入会を勧められることはありませんし、断っても大丈夫です。

でも、個人的には、**2回体験することをおすすめします。** 1回目と2回目では、体の感覚がまた違って、より深く初動負荷トレーニング®の良さを感じられると思います。

(※体験の回数や無料/有料の条件は、施設によって異なる場合があります。必ず事前にお近くの施設にご確認ください。)

**Q9:体験は無料なの?

**A9:** 私が通う施設では無料です。
(※重ねてになりますが、これは私が通うワールドウィング久留米の場合です。体験が無料か有料かは、必ず事前にお近くの施設にお問い合わせください。)

**Q10:もし入会するとしたら、大体どのくらいの費用がかかるの?(参考までに)

**A10:** これも施設によって多少異なるとは思いますが、一般的に**月会費で1万2千円~1万3千円程度**のところが多いのではないでしょうか。入会金が別途かかる場合もあります。

(※あくまで参考情報です。正確な料金体系は、必ずご希望の施設に直接ご確認ください。)

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### さあ、あなたも体験の一歩を!

いかがでしたか? ワールドウィング®の体験に対する疑問や不安、少しは解消されたでしょうか。

体験は、新しい自分に出会うための素晴らしい第一歩です。そして、その一歩はあなたが思っているよりもずっと気軽に踏み出せるものなんですよ。

この記事が、あなたの背中を少しでも押すことができたら、こんなに嬉しいことはありません。

ぜひ、お近くのワールドウィング®で、あの独特の心地よいマシンの感覚と、トレーニング後の体の軽さを味わってみてください!

---

**最後までお読みいただき、ありがとうございます!**

ワールドウィング®の体験、ちょっと行ってみたくなりましたか?

もし、あなたが体験前に他に気になることや、この記事へのご感想があれば、ぜひコメントで教えてくださいね。

「参考になった!」と感じていただけたら、「スキ(いいね♡)」も押していただけると励みになります。このnoteのフォローも、どうぞよろしくお願いいたします!

#ワールドウィング #初動負荷トレーニング #BMLT #体験談 #QandA #ジム体験 #運動初心者 #持ち物 #服装 #料金 #不安解消 #ワールドウィング久留米

2026年2月16日月曜日

齋藤幸平『カール・マルクスのエコソーシャリズム』


佐々木 隆治 著『カール・マルクス』ちくま新書にさらりと、

《後にエンゲルスから厳しく批判されることになる左派の経済学者、オイゲン・
デューリングも、リービッヒの理論に注目し、「意識的な物質分配の規制」を訴えた。》

と書いてある。これはある意味衝撃的だった。
デューリングはマルクス、エンゲルスよりも先にリービッヒに言及していたことになるが、基本的にマルクスもエンゲルスもデューリングのリービッヒへの着目は無視しているからだ。
彼らがデューリングのプルードンへの賞賛を意図的に無視しているのと同じパターンだ。
エンゲルスの『自然弁証法』Dialektik der Natur 1873 〜1886のタイトルはあきらかにデューリングの『自然的弁証法』Naturliche Dialektik, 1865を意識している、というか明らかに剽窃している。

デューリングのターム 物質流通規制 [Regulierung der Stoffverteilung]は『国民経済学説の批判的基礎づけ』(Kritische Grundlegung der Volkswirtschaftlehre,1866)に一箇所出てくるが、マルクスのターム、物質代謝[Stoffwechsel](資本論1867)に似ている。

デューリングのリービッヒへの言及は、邦語アンソロジー2016年『マルクスとエコロジー』におけるカール=エーリッヒ・フォルグラーフ[Vollgraf,Carl-Erich]による論考「マルクスと 発展した資本主義的生産における社会の物質代謝の絶え間ない破壊」(250頁)に詳しい。
デューリングはマルクス研究者には資本論の最初の書評を書いたことで知られている。

2026年2月15日日曜日

老子の言葉 | トルストイ 小西増太郎 |本 | 通販 | Amazon

老子の言葉 ペーパーバック – 2021/7/16 


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「老子の言葉」は、トルストイが自ら気に入った老子の言葉を64選び、亡くなった直後の1911年(トルストイは1910年11月逝去)、小冊子として刊行されたものです。「老子」を読み続けたトルストイの思考の結晶が、この掌編に凝縮されているとも言えます。

この「老子の言葉」が日本で公開されたのは、100年前のことになります。明治前期にロシアへ留学し、トルストイと「老子」を露訳した小西増太郎(1861年〜1939年)が1923年に翻訳し、武者小路実篤が主宰する同人誌に掲載されました。
また、トルストイの序文「老子の教えの本質について」は珠玉の老子論と言われます。早稲田大学の木村毅先生が、同志社大学図書館報2号(1968年)でこの序文を取り上げ、「トルストイの老子論として有名なもので、原本のトルストイ全集のどの版にも省略されており、日本では誰も見たことがない」と記していました。

本編は100年ほど前の翻訳原稿なので少し読みにくい文章ですが、そのまま掲載しました。しかし、少しでも分かりやすいようにと参照欄を設け、参照(1)ではトルストイの選んだ言葉が、「老子道徳経」の何章のどの箇所か、参照(2)ではトルストイ・小西増太郎共露訳「老子道徳経」(中本信幸訳)の当該箇所を付記いたしました。


では、開いて少し読んでみましょう。
例えば、「老子」第一章のこの言葉を取り上げています。

名づけることの出来るものは、
萬物の原始ではない。
名の無いもの、それは萬物の原始である。
この原始を理解するのは、
即ち脱欲の人のみ可能である。

参照(1)老子道徳経 第一章
名の名とす可きは、常の名に非ず。名無きは天地の始め、
名有るは万物の母。故に、常に欲無くして以て其の妙を観

参照(2)トルストイ・小西増太郎露訳
これが名だと言えるような名は、ふつうの名ではない。
名を持たないものは、天と地の根源であり、
名を持つものは、万物の母である。
それゆえ、一切の欲求が無いものは、道の大いなる発露を見るが、
なにかの欲求にかられるものは、
道のわずかなる発露を見るだけである。

なお本書は、Kindle版『トルストイの選んだ64の老子の言葉』にかなり修正を加え、単行本にしたものです。
https://www.amazon.co.jp/老子の言葉-トルストイ-小西増太郎/dp/B098W777FW

老子道徳経/老子の哲学 | トルストイ 小西増太郎 |本 | 通販 | Amazon

老子道徳経/老子の哲学 ペーパーバック – 2021/8/6 


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トルストイと日本人留学生小西増太郎により露訳された「老子道徳経」の和訳版です。和訳は、詩人・演劇評論家であり、チェホフの研究者としても著名な神奈川大学名誉教授、中本信幸氏です。
トルストイによって紡ぎ出された老子の言葉は、中本名誉教授の訳文を得て、まるで壮大な詩のように生まれ変わりました。是非、舞台で朗々と聴衆に語りかけるように、そんな気分でお読みください。新しい老子の世界に出会える筈です。
小西の「老子の哲学」は、ロシアで発表されたもので本邦初公開の論文です。トルストイとの「老子」翻訳直後にロシア語で書かれました。

小西増太郎(1861年〜1939年)は、26歳の時、ロシアへ留学。キエフの神学校を卒業後、モスクワ大学へ行きました。
そこでニコライ・グロート教授(1852年〜1899年)のもとで学び、『大学』『中庸』『孝経』のロシア語訳を一気に仕上げます。すると小西の翻訳力を高く評価したグロート教授は、『老子道徳経』のロシア語訳を勧めました。
当時、東洋の思想、特に「老子」に強く関心を持っていたトルストイは、教授からその話を聞くと、「その青年に会いたい」と申し出たのです。
そこでグロート教授に伴われ、モスクワのトルストイ別邸を訪問することになりました。1892年11月のことです。『老子』を通じ、小西増太郎はトルストイに出会った最初の日本人になりました。
それから、4か月間にわたり、トルストイと小西の二人の露訳作業が隔日ごと進められました。

作業の初日、翻訳原稿を持ってトルストイ邸に訪れた小西は、トルストイに尋ねました。
「どのように仕事を始めましょうか」
トルストイは、次のように答えます。
「英・独・仏の訳文を私が見ているから、君は自分の訳をゆっくりと読んでください。そうすると、わたしは一語一語、三訳に照合します。そして一句まとまると、行文を整え,一章を終えると全文を訂正、確定するようにしましょう」
こうして「老子」の露訳作業は始まりました。

作業の経緯、翻訳の内容につきましては、『トルストイが日本人留学生に贈った聖書』及び『トルストイにより老子道徳経は、壮大な詩に生まれ変わった。』(いずれも電子版、吉橋泰男著)をご覧ください。
https://www.amazon.co.jp/老子道徳経-老子の哲学-トルストイ-小西増太郎/dp/B09BGKJQZS

トルストイと老子と一人の日本人|東北大日露交流サークル

トルストイと老子と一人の日本人|東北大日露交流サークル

トルストイと老子と一人の日本人

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こんにちは!
東北大学日露交流サークルです。今回は、トルストイと小西増太郎による『老子』の露訳作業について紹介したいと思います。

トルストイは、ロシアを代表する大作家です。代表作として、『戦争と平和』、『復活』が挙げられます。

彼は白樺派やガンジーに影響を与えた一方で、『老子』から非常に大きな影響を受けていました。また、彼は小西増太郎という日本人とともに『老子』の露訳作業を行いました。

そこで今回は、日露交流という観点から、トルストイと小西増太郎による『老子』の露訳作業について紹介します。

1.トルストイと『老子』

トルストイと『老子』の関係を知らなければ、『老子』の露訳作業の意義が感じられないと思うので、まずはそれを紹介します。

トルストイは、その人生の後半期に孔子や老子の影響を受けていました。そのことは、彼が1891年にM・M・レージェルレ(出版業者)に送った手紙からわかります。

M・M・レージェルレへ
・・・私は自分に強い印象をよびおこした書物のリストを、印象の程度を三つの段階に分けて、作成した書物のリストを、印象の程度を三つの段階に分けて、作成し始めたのでした。その三つの段階はー絶大、甚大、大という言葉で示しました。そのリストを私は年齢によって区分しました。・・・
感銘を受けた作品
・・・五十歳から六十三歳まで
ギリシャ語の全福音書 絶大・・・老子、ジュリアン著 絶大
(中村融訳『トルストイ全集18 日記・書簡』,1973)

「老子、ジュリアン著」ですが、これはジュリアンの仏訳『老子』を指しています。
また、彼の日記にも『老子』の影響が伺える部分があります。

一八八四年(五十六歳)

三月十一日
孔子の中庸の教えはー驚嘆すべきものだ。老子と全く同じだ。自然の法則の実践ーそれは叡智であり、力であり、生命でもある。
三月十五日
精神状態がよいのは、孔子や、とくに、老子を読んだためだと思っている。・・・エピクテタス、マーカス・オーレリアス、老子、仏陀、パスカル、福音書。これはだれにとっても必要であろう。
三月十九日
孔子読む。いよいよ深く、いよいよよし。彼と老子を欠いては福音書も完全ではない。一方、孔子は福音書なしでも何ということはない。
(中村融訳『トルストイ全集18 日記・書簡』,1973)

これらのことから、トルストイが『老子』から大きな影響を受けたことがわかります。

彼がその影響を受けた理由は、ひとえに『老子』と自身の思想が似ていて共鳴する所があったためだと考えられます。例えば、『老子』の無為や非暴力の思想は、トルストイの自然を重視し人為を批判する思想や徹底した非暴力主義と似ています。

トルストイと『老子』の思想関係についてより詳しく知りたい人は、キム・レチュン講演、柳田賢二編『老子とトルストイ』(2001,東北アジアアラルト)を参照してください。思想関係だけではなく、日本人に与えたトルストイの影響などにも言及されており、非常に面白いです。

2.小西増太郎

小西増太郎は、『老子』の露訳作業を機にトルストイと交流を持ちました。また、トルストイの葬儀に参加した唯一の日本人でした。ここでは、彼の人生全体を簡単に紹介していきます。

小西増太郎は1861年に岡山県で生まれ、1879年に洗礼を受けました。その後、ニコライ堂で五年程ロシア語などを学び、ロシアへ留学します。ロシアでは、キエフの神学校を卒業後、1892年にモスクワ大学に入学しました。

モスクワ大学では、彼をトルストイに紹介したグロート教授に師事します。
彼は教授の勧めにしたがって、『大学』の露訳をし、その後『中庸』『孝経』の露訳をしました。これらの露訳を評価され、彼は教授に『老子』の露訳を勧められ、遂に『老子』の露訳に取り組み始めました。

ちょうどその時、トルストイはモスクワの別邸に居たので、教授はその別邸を訪れ、小西の『老子』露訳について話しました。トルストイは、その露訳を模範的なものにしたいため、小西を連れてくるようように頼み、遂に露訳の共同作業が始まりました。

露訳作業の終了後、彼は留学を終えて帰国します。その後は、トルストイの作品の翻訳や野崎台湾塩行の支配人としての活動、ロシアへの再渡航などをします。

小西増太郎の研究者である太田健一氏は、彼の生涯について、「ハリストスの信仰、トルストイへの愛は一貫していたものの、信仰(宗教界)で生きるべきか、実業で生きるべきか、はたまた、純粋に文学で生きるべきか教育界で生きるべきか、終始揺れ動いた波瀾の一生であった。」と述べています。
(太田健一『小西増太郎・トルストイ・野崎武吉郎ー交情の軌跡』2007,p11)

また、小西は自著の中で「過去の私の生涯を検討してみると、なんだかトルストイと離れ難い因縁があるらしい。老子を彼と共訳し、長く逢わないと彼は福音書に傍点を施して私を教え、逢えば僅かな時間でも愉快な話ができ・・・」と述べています。
(小西増太郎,太田健一監修『いかに生きるかートルストイを語る』,2010,p13)

「福音書に傍点を施して私を教え」の所についてですが、小西は帰国後に徳富蘇峰経由でトルストイから聖書をもらっていました。その聖書は、トルストイが重要だと思った所に線が引かれていました。彼はそれを以って、そのように述べたのでしょう。

以上をまとめると、彼はキリスト教信者としてロシアに渡りました。その後、教授の仲立ちによってトルストイと出会い、ともに『老子』の露訳を行い、深い交情を結びました。その後、彼は色々と揺れ動いた人生を送りますが、このとき結ばれたトルストイとの因縁は終始途切れることはなく、彼に大きな影響を及ぼしたと言えるでしょう。

ちなみに小西はモスクワ大学で心理学を専攻していました。東北大学の心理学部とモスクワ大学の心理学部は交流があります。
私たちは、過去に東北大学の心理学の教授である阿部恒之先生にロシアでの経験や見解についてインタビューをし、それを記事にまとめました。
その記事は以下の通りです。興味がありましたら、ぜひ読んでみてください。

3.トルストイと小西増太郎による『老子』の露訳

トルストイと小西増太郎による『老子』の露訳は、1892年11月から始まりました。先述したようにそのきっかけは、トルストイがグロート教授から小西増太郎を紹介されたことから始まります。

グロート教授は、小西が『老子』の露訳をしていることを紹介し、その後小西とともにトルストイを訪ねます。そこで、露訳作業を一緒に行うこと及びその作業方法が決まりました。

作業は、次のように決まりました。①隔日で小西が『老子』二章分の露訳を携えてトルストイを訪ね、それを読み上げる。②トルストイがそれを英仏独訳の『老子』と比較し、露訳を正し、訳文を確定する。

このような作業を通してトルストイと小西は、交情を結ぶとともに『老子』の露訳を完成させました。その中で、小西は露訳に関わるトルストイの考えに困ったり、作業外の宗教問答でトルストイの思想に影響を与えたりしました。

小西が困った一つの例として、『老子』三十一章を訳そうとした時のトルストイへの対処が挙げられます。

『老子』三十一章には以下の文があります。

「兵は不詳の器にして、君子の器に非ず。已むことを得ずして而うして之を用うれば、恬淡なるを上と為す。」
(武器は不吉な道具であって、貴人の(用いるべき)道具ではないのだ。どうしても用いなければならないときには、貪欲でないのが最もよい。)
小川環樹訳注『老子』(1973)より引用

トルストイは、「兵は不詳~非ず。」の非暴力の思想に感銘を受けます。
しかし、徹底した非暴力主義者である彼は、「已むことを得ずして」以下の妥協的な所に不満を覚えて、様々なことを言い、作業が手につかなくなりました。
困った小西は、そこでその日の作業を切り上げることにしました。

露訳作業中に起きたことなどは、小西増太郎『いかに生きるかートルストイを語る』に詳しく書いてあるので、ここでの紹介は以上とします。興味を持った方は、是非読んでみてください。

コラム 西洋人と中国古典
清末民國初に活躍した梁啓超の1920年の著作(『欧遊心影録』第一編「欧遊中之一般観察及一般感想」下半篇)に、外国人から中国古代思想を褒められたことが述べられています。そのエピソードの後、彼は「近来西洋の多くの学者が東方の文明を輸入し、〔西洋文明を癒す〕薬にしようとしている。わたしがよく考えてみるに、われわれにはたしかにこの資格がある。・・・」と述べています。(岡本隆司,石川禎浩,高嶋航編訳『梁啓超文集』,岩波書店,2020,p.445,446。〔〕部分は訳者による。)
この部分は、西洋文明の処方箋として中国文明を説くことで、自国文化の重要性や人類に対する中国人の責任などを主張し、中国人を鼓舞する所です。
そのため、多少割り引いて考える必要があると思いますが、少なくともこの文章から、一部の西洋人が中国古典(東洋文明)から何かを学ぼうとしていることがわかります。
もちろん、その一方で中国を遅れた国として捉える人もいました。しかし、トルストイの『老子』探求は、確実に前者の文脈として捉えることができると思います。

4.総括

長くなってしまいましたが、以上がトルストイと小西による『老子』露訳作業に関する紹介でした。

年齢や立場、国籍を超えて、ロシア人と日本人が英仏独訳を参考にしながら中国古典の露訳を行うという文化交流の中で、交情を結んだ二人は、まさに異文化交流や国際交流の模範と言えるでしょう。

私は、大学で東洋史を学ぶとともに、ゆったりと三年間ロシア語を学んでいました。つまり、約三年間、主にロシアと中国について大学で学んでいるわけですが、あまり日中ロが良い意味で一度に結びつくことはありませんでした。しかし、この二人の関わり合いを知り、日中ロの良い結びつきを知る事ができて良かったと思います。

それでは、次回の記事でまたお会いしましょう。

(文責:東北大学日露交流サークル 高麗)

中野 昌宏 Masahiro NakanoさんによるXでのポスト

 
 
中野 昌宏 Masahiro Nakano
⁦‪@nakano0316‬⁩
この件、多くの人に関心を持ってもらいたいですね。
私が授業で使っているものを提供します。 pic.x.com/MNXXBEmm3a
 
2026/02/14 15:18