2023年7月9日日曜日

LOVE STREAMS - livedoor Blog(ブログ)"Love Streams" (1984) - Swimming Pool Dream Scene

LOVE STREAMS - livedoor Blog(ブログ)"Love Streams" (1984)  - Swimming Pool Dream Scene

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関本洋司サイト:LOVE STREAMS - livedoor Blog(ブログ)

LOVE STREAMS

最近よく思い出す映画と感動したニュース動画を紹介します。

以下、ジョン・カサベテスの遺作『ラブ・ストリームス』(1984)より

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ジーナ・ローランズ演じるサラは、現実には別居中の自分の夫(ジャック)と娘(デビー)を、夢のなかで笑わせようとする。以下上映パンフ所収の採録シナリオより。


 サラは眠ったまま。静かに笑い始める。
ロバート「君は狂ってるよ」

●サラの夢ージャックの家のプールサイド。
 サラの前に、ジャックとデピーがいる。
デピー「私は絶対に笑わないわよ」
サラ「そう?」
ジャック「君はどうかしてる」
サラ「そこまで。黙ってそこに座って。(デピーの前に立ち)私の目をジッと見つめて。聞こえるのは私の声だけ。(キツネのような顔をしてみせ)さあ、この顔を見て、どう?」
デピー「おかしくないわ」
サラ「今から30秒たつと、あなたたちはお腹を抱えて笑ってるわ。信じないの?私と賭けをする?」
ジャック「1ドル」
サラ「ケチね。私は大きく賭けるわよ。賭けるものは愛よ。それ以上の賭けがある?(ジャックに)その前に、あなたはハイボールを飲むのよ。(デピーに)あんたはコークで気分をラクにして。いい、やってみせるわよ。何がいい? カラシかケチャツブか」
 サラがジャックに向けて、カラシとケチャップのチューブを押す。ビュッと出たのはスチロール製のオモチヤ。だが、ジャックは笑わない。
サラ「これは大抵の人にウケるんだけど。デピー、その袋を開けて。パパにはこの花を」
 ジャックの胸元に造花をつけ。スイッチを押すと彼の顔に花から水が。
サラ「バカないだずらね。でも、今度は違うわよ。ポップコーンをあげるわ」
 サラが差し出すポップコーンのカップから、ヒモでつながったポップコーンが飛び出す。
サラ「それでは次を。結楯記念日の贈り物よ。愛する人に特製のペン」
 キャップを取ると、ペンから煙が吹き出る仕掛け。ジャックはいい加減、うんざりという顔でタバコを吹かす。
サラ「デピー、今度はあんたの番よ。今日か先週か、卒業式だったでしょ。お祝いは、真珠のイヤリング」
 サラが差し出したイヤリングから、サッと水が飛び出す。
サラ「(目玉が飛び出るメガネをかけて)さあ、顔を見せて。笑うのよ。あなたたち、双子だわ。似た者同士のカップルよ。よく似てるわ」
 笑いこけるサラ。テーブルの上は彼女が持ってきたオモチャで一杯。シラけた2人を並んで立たせ、サラはカメラを構える。
サラ「老後の思い出に。デピー、パパの横に並んで。さあ、ニッコリ笑って」
 カメラのレンズ部分から、バネが飛び出す。
サラ「時間がないわ、急がなきゃ。行くわよ、見てて。これで笑うわよ」
 サラはプールの飛び込み台に上ると、後方宙返りで水の中に飛び込む。

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赤塚不二夫さんの葬儀におけるタモリの弔辞


★タモリさん弔辞、手にしていたのは白紙?

・7日営まれた赤塚不二さんの葬儀で、タモリさんが弔辞を述べた際、手にしていたのが
 白紙だったのではないかと、テレビやネットで話題になっている。タモリさんの弔辞は、
 約8分にわたる感動的なものだったが、映像を見ると、何も書かれていないようにもみえる。
 所属事務所は「ご想像にお任せします」としている。
 http://www.asahi.com/national/update/0808/TKY200808080200.html

※画像:http://www2.asahi.com/national/update/0808/images/TKY200808080203.jpg

 http://www.nikkansports.com/entertainment/news/f-et-tp0-20080807-393012.html

※弔文全文


 弔辞
 8月の2日にあなたの訃報に接しました。6年間の長きにわたる闘病生活の中で、ほんのわずか
 ではありますが回復に向かっていたのに、本当に残念です。
 われわれの世代は赤塚先生の作品に影響された第一世代と言っていいでしょう。あなたの
 今までになかった作品やその特異なキャラクター。私たち世代に強烈に受け入れられました。
 10代の終わりから、われわれの青春は赤塚不二夫一色でした。

 何年か過ぎ、私がお笑いの世界を目指して、九州から上京して、歌舞伎町の裏の小さなバーで、
 ライブみたいなことをやっていたときに、あなたは突然私の眼前に現れました。その時のことは
 今でもはっきりと覚えています。赤塚不二夫が来た。あれが赤塚不二夫だ。私を見ている。
 この突然の出来事で、重大なことに私はあがることすらできませんでした。

 終わって私のところにやってきたあなたは「君はおもしろい。お笑いの世界に入れ。8月の
 終わりに僕の番組があるから、それに出ろ。それまでは住むところがないから、私のマンションに
 居ろ」と、こう言いました。自分の人生にも他人の人生にも影響を及ぼすような大きな決断を
 この人はこの場でしたのです。それにも度肝を抜かれました。

 それから長いつきあいが始まりました。しばらくは毎日、新宿の「ひとみ寿司」というところで
 夕方に集まっては、深夜までどんちゃん騒ぎをし、いろんなネタを作りながら、あなたに教えを
 受けました。いろんなことを語ってくれました。お笑いのこと、映画のこと、絵画のこと、ほかの
 こともいろいろとあなたに学びました。あなたが私に言ってくれたことは、いまだに私にとって
 金言として心の中に残っています。そして仕事に生かしております。

 赤塚先生はほんとうに優しい方です。シャイな方です。マージャンをするときも、相手の
 振り込みで上がると、相手が機嫌を悪くするのを恐れて、ツモでしか上がりませんでした。
 あなたがマージャンで勝ったところを見たことがありません。

 その裏には強烈な反骨精神もありました。あなたはすべての人を快く受け入れました。
 そのためにだまされたことも数々あります。金銭的にも大きな打撃を受けたこともあります。
 しかしあなたから後悔の言葉や、相手を恨む言葉を聞いたことがありません。

 あなたは私の父のようであり、兄のようであり、そして時折見せる、あの底抜けに無邪気な笑顔は、
 はるか年下の弟のようでもありました。
 あなたは生活すべてがギャグでした。たこちゃん(たこ八郎さん)の葬儀の時に、大きく笑い
 ながらも、目からはボロボロと涙がこぼれ落ち、出棺の時、たこちゃんのひたいをピシャリと
 たたいては「この野郎、逝きやがった」とまた高笑いしながら、大きな涙を流してました。
 あなたはギャグによって物事を無化していったのです。

 あなたの考えは、すべての出来事、存在をあるがままに前向きに肯定し、受け入れることです。
 それによって人間は、重苦しい意味の世界から解放され、軽やかになり、また時間は前後関係を
 絶ちはなたれて、その時その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事にひとことで
 言い表してます。すなわち、「これでいいのだ」と。

 いま、2人で過ごしたいろんな出来事が、場面が思い浮かんでいます。軽井沢で過ごした
 何度かの正月。伊豆での正月。そして海外へのあの珍道中。どれもが本当に、こんな楽しい
 ことがあっていいのかと思うばかりのすばらしい時間でした。最後になったのが、京都五山の
 送り火です。あの時のあなたの柔和な笑顔は、お互いの労をねぎらっているようで、一生
 忘れることができません。

 あなたはいまこの会場のどこか片隅で、ちょっと高いところから、あぐらをかいて、ひじをつき、
 ニコニコと眺めていることでしょう。そして私に「おまえもお笑いやってるなら、弔辞で笑わしてみろ」
 と言ってるに違いありません。あなたにとって死もひとつのギャグなのかもしれません。

 私は人生で初めて読む弔辞があなたへのものとは、夢想だにしませんでした。
 私はあなたに生前お世話になりながら、ひと言もお礼を言ったことがありません。それは肉親以上の
 関係であるあなたとの間に、お礼を言う時に漂う他人行儀な雰囲気がたまらなかったのです。
 あなたも同じ考えだということを他人を通じて知りました。しかしいまお礼を言わさしていただきます。

 赤塚先生本当にお世話になりました。ありがとうございました。
 私もあなたの数多くの作品のひとつです。

 合掌。

 平成20年8月7日 森田一義


追加:
おそ松くん分析

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