2023年7月29日土曜日

「灰色の女」から「幽霊塔」へ | 路地裏の散歩者のブログ

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「灰色の女」から「幽霊塔」へ

【ネタバレ注意】
「幽霊塔」は、江戸川乱歩の作品の中でも「孤島の鬼」と並ぶ傑作という人がいるほど、波乱万丈で魅力ある作品である。この度、原作とされるウィリアムスン夫人の「灰色の女」、黒岩涙香翻案の「幽霊塔」と読み比べてみた。

ウィリアムスン夫人が「灰色の女」を発表したのは1898年。実質的にデビュー作のようである。31章からなる構成。この作品は1920年にアメリカで映画化されたが、1933年に亡くなって以来、忘れられた存在になったようである。現在著名な人物辞典や著述家辞典に彼女の名前は無い。

この作品を元に黒岩涙香が萬朝報に1899年に発表。約7ヶ月に及ぶ連載作品である。この時涙香は、他紙によるネタバレの妨害を防ぐため、原作者をベンディソン夫人と発表。これが原作者不明となってしまう。

江戸川乱歩は、この涙香版「幽霊塔」を中学生の時読んで感動する。そして面白いが、文体が古臭くなった涙香版のリライトを思いつくが、すでに元の原作者が分からなくなっていたので、涙香遺族の了解をとり、1937年に講談倶楽部に12ヶ月連載で発表。ウィリアムスン夫人原作は見られない状態だった。

「灰色の女」から涙香版「幽霊塔」への違い。
1)舞台はイギリスのままだが、登場人物の名称を日本人の名に変えている。(明治時代の翻訳ものによくあるスタイル)

2)前半部分を短くして、20章以降の後半部分を延ばしている。ここはスリルある展開が続くので、引き伸ばしたのは正解だろう。その代わりに13章のエピソードは丸ごとカットされている。

3)財宝のありかを示す暗号が問答形式を漢文に変えている。

4)財宝の使い道や、他の登場人物のその後の話が追加されている。

5)最初の謎の美女に出会うシーンが一部変更されている。

乱歩版「幽霊塔」の変更部分
1)舞台を完全に日本に変えている。このため、検死審問のシーンが別のシーンに変更。また、馬車が出てくるシーンは人力車に変更。

2)後半のあるエピソードをカットして、真相がまとめて分かるようにしている。この方が真相を知った時の衝撃が大きくなる。

3)暗号が漢文はさすがに昭和の読者にはきついと思ったのか、平易な文章に変えている。

4)財宝の使い道や他の登場人物のその後も涙香版から変更。

5)最初に謎の美女に出会うシーンは、涙香版に準拠する感じ。

6)登場人物の性格描写を細かく描写している。主人公が何故元々の婚約者を避けているのかが、これだと分かる。
そして怪しい人物はより怪しい印象を持つように描かれている。
また、主人公の謎の美女に対する恋愛感情が強く描かれているため、自ら危険な場面に飛び込んでいくのに説得力がある。

7)謎の美女の真の正体が分かるシーンがカット。

3作読んでみて、もし乱歩がウィリアムスン夫人原作を読んでいたら、謎の美女の真の正体カットは無かったのではと思う。これにより怪しい何故美女が時計塔にこだわったか、主人公の一族に積極的に近づいたのか、これまでの他の人物の求婚を断ってきたかの真の理由が明らかになるのである。

ただ、ラストの財宝の使い道と、登場人物のその後については、乱歩版が好ましく思える。作中悪役だった人物が改心して好人物になっていくのは良い。

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