ホロコーストを招いた史上最悪の偽書(フェイク)とは【中川右介】
メディアリテラシーを高めるための必須教養
写真:アフロ
■暴かれたオリジナルの存在
さて、『シオン賢者の議定書』だが、その出自の怪しさから、やがてある文書をほとんど盗作したものだと判明する。
原作というか、オリジナルと思われるのは、フランスで一八六四年に出版された、モーリス・ジョリー著『マキャベリとモンテスキューの地獄での対話』なる書物だった。これも対話形式なのだが、「ナポレオン三世が世界征服を企んでいる」という批判のための書だった。このナポレオン三世をユダヤ人に入れ替えれば、『シオン賢者の議定書』とほとんど同じだったのだ。
このことが一九二一年にイギリスの新聞「タイムズ」で暴露されると、イギリスでは、『議定書』は本当にユダヤ人の秘密会議で語られたものだとは誰も信じなくなった。
だがドイツではヒトラーが、本物かどうかはどうでもいいとして、ユダヤ人はこんな恐ろしいことを考えているので、絶滅させなければならないと主張していく。
ヒトラーの著書『わが闘争』にはこのように書かれている(平野一郎・将積茂訳、角川文庫)。
この民族の全存在が、どれほど間断のないうそに基づいているかということはユダヤ人から徹底的にいやがられている「シオンの賢人の議定書」によって、非常によく示されるのだ。それは偽作であるに違いない。とくり返し「フランクフルター・ツァイトゥング」は世界に向かってうごめいているが、これこそがほんものであるということのもっともよい証明である。多くのユダヤ人が無意識的に行なうかも知れぬことが、ここでは意識的に説明されている。そして、その点が問題であるのだ。この秘密の打ち明けが、どのユダヤ人の頭から出ているかはまったくどうでもよいことである。だが、それがまさにぞっとするほどの確実さでもってユダヤ民族の本質と活動を打ち明けており、それらの内面的関連と最後の究極目標を明らかにしている、ということが決定的である。けれども、議定書に対する最上の批判は現実がやってくれる。この書の観点から最近の二百年間の歴史的発展を再吟味するものは、ユダヤ新聞のあの叫びもすぐに理解するだろう。なにしろ、この書が一度でもある民族に知れわたってしまう時は、ユダヤ人の危険はすでに摘み取られたと考えてもよいからである。
では、フランスの本を原作にして、『議定書』を捏造したのはいったい誰なのか。このミステリについてはもともとこの『議定書』が流布されたのはロシアだったので、帝政時代のロシアの秘密警察というのが有力な説だ。
当時のロシアでは、国民の不満が皇帝政府に向けられ、まさに革命前夜だった。そこでその不満をユダヤ人に向けさせようという陰謀だったのだ。前述のように、不景気なのも飢饉なのも、すべてユダヤ人の陰謀だということにして、政府の無為無策をごまかそうとしたわけである。
こうして『議定書』が作られたわけだが、秘密警察がどんなに暗躍しても、ロシアの国民の怒りは静まらず、やがて一九一七年にロシア革命が勃発し、皇帝政府は崩壊した。
そしてめぐりめぐって、ヒトラーのナチによって利用され、さらに七十年が過ぎている日本では、いまだにすべての出来事はユダヤ人の陰謀だとする本がたくさん出ている。「偽書」の力は侮れない。
(『世界を動かした「偽書」の歴史』より構成)
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