2022年11月20日日曜日

大河内一男と「総資本」 参照:世界史の構造 3:2:3 3産業資本の自己増殖



『力と交換様式』索引(&『世界史の構造』+『帝国の構造』):作業中
https://nam-students.blogspot.com/2022/11/blog-post_15.html 

総資本,284,293,/★295,★407


大河内一男と「総資本」 参照:世界史の構造 3:2:3 3産業資本の自己増殖
https://freeassociations2020.blogspot.com/2022/11/323.html @


資本論
2:3
…生産物諸部分で表現されるのさまざまな価値成分は、W'…W'が、社会的総資本の運動形態たる意義をもつか個別的産業資本の自立的運動たる意義をもつかに応じて異なる地位を占めねばならぬ、ということは最初から明らかである。
W'…W'はケネーの経済表の基礎をなすのであって、彼が、G…G'(重商主義が孤立させて固持した形態)に対立するこの形態をえらんで、P…Pをえらばなかったということは、偉大で正確な腕前を示すものである。■

[生産資本P]

以下の認識はマルクス主義から出てこない。

《(5) 「総資本」は、個別資本の集合なのではない。 それは個別資本とは違って、労働者の育成・訓練や福祉にも関与する。その意味で、総資本はむしろ国家という形をとってあらわれる。》『力と交換様式』407(^257)頁



総資本=国家は大河内一男理論


https://books.google.co.jp/books?id=pmJEAQAAIAAJ&pg=PP54&dq

=総資本%E3%80%80国家%E3%80%80&hl=ja&newbks=1&newbks_redir=0&sa=X&ved

=2ahUKEwi7naGExIj7AhWaVN4KHeOIA_wQ6AF6BAgJEAI#v=onepage&q

=総資本%E3%80%80国家%E3%80%80&f=false

大河内はマルクス主義からではなく実は論敵のドイツ歴史学派から学んでいる。

金兌換停止は金の流出を防ぐためだから金本位制を脱していないと見ることは出来る。

貨幣価値の切り下げ切り上げは、ジンメルやマーティンやレイが指摘するように信用貨幣論を証明する。

金流失阻止を図るのは国家を総資本と見ているからだ。総資本=国家と考えることが有効需要理論の基礎だ。


またエンゲルスの先行(258頁)は実はエンゲルスが批判しつつ学んだデューリングの先行を意味する。



大河内一男と「総資本」 参照:世界史の構造 3:2:3 3産業資本の自己増殖
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大河内一男における「社会的総資本」概念 田中良一 

http://www.l.u-tokyo.ac.jp/~slogos/archive/34/tanaka2010.pdf

本稿は、労働力の保全と培養を社会政策の本質とみなした、大河内一男の社会政策学(大河内理論)を対象とする。従来は主にマルクス主義的観点から論じられてきた大河内理論について、その形成過程に潜む非マルクス主義的な契機に着目することにより、大河内理論の核心にある「社会的総資本」概念の解明を行う。以上の作業を通して、大河内における存在と当為、精神的領域と物質的領域の複雑な関係を浮き彫りにし、表面上は「形而下」的に見える大河内の学問的道程の逆説的帰結を明らかにする。

16:

「社会的総資本」が国民経済に対応する概念であり、戦争末期に「社会的総『資本』の立場は、資本の個別資本的営利性が否定せられるところにはじめて成立する概念」(大河内 1944b:107 /『著作集5』78)だとされていることを考慮すれば、大河内は営利経済を超克するための精神的な媒介の必要を語ることで、国民に対し、「社会的総資本」への信仰を暗に求めたと考えられる。もう少し控えめに言えば、「社会的総資本」という国民経済を視野に収めた超越的視点を意識して行為するよう求めたのである。大河内はヴェーバーの議論を、予定説の神への信仰を媒介とした資本制の営利経済の成立を描いたものと解した上で、「社会的総資本」への信仰を媒介とした戦時統制経済の形成と、それを通じた営利経済の超克による「『経済人』の終焉」というヴィジョンを対置したのである。大河内が『プロ倫』の予定説の神をヒントにして、「社会的総資本」概念を構築したと本稿が主張するのは、以上の理由によるのであり、予定説の超越的人格神を自覚的に参照して構築された非人格的概念―――それが大河内の「社会的総資本」であったと考えられる20。



上村泰裕(D2)
大河内一男「社会政策の形而上学―エドゥアルト・ハイマンの社会政策論を評す」(1937)
『社会政策の基本問題・増訂版』(1944,初版は 1940)所収
https://www.social.env.nagoya-u.ac.jp/sociology/kamimura/oukouchi.pdf

9:
5)国家を社会政策の主体と考え、しかも社会政策は「総資本」のためのものであるとする論理構造は、政治家や労働組合や個別資本ではなく、経済学者が科学の名の下に最も適切に社会政策を判断することができる、という口実になる。これは、大河内の批判するシュモラーら社会政策学会の第一世代が享受した政治的地位と相似している。日本においては、戦前の社会政策学派よりも、戦後の大河内や中山伊知郎の政治的発言権のほうが大きかったというのも興味深い皮肉である。




社会政策の基本問題
1940年

https://www.nippyo-archives.jp/products/detail.php?product_id=49

目次


前篇 社會政策の基本問題
一 社會政策の形而上學―エドゥアルト・ハイマンの社會政策論を評す―
 第一節 社會政策論に於ける傳統の崩壊
 第二節 エドゥアルト・ハイマンに於ける社會政策論の構造
 第三節 批判
  その一 社會政策に於ける「二重性」の問題
  その二 社會政策に於ける「主體」の問題
  その三 社會政策に於ける「限界」の問題
 第四節 社會政策と資本制經濟
  その一 社會政策の經濟的必然性
   イ、直接の生産行程より生ずる社會政策の必然性
   
ロ、經濟の總行程より生ずる社會政策の必然性
   ハ、勞働力の「本源的蓄積」行程としての社會政策
   ニ、社會政策の經濟的必然性の齎す諸效果
  その二 社會政策の社會的必然性
  その三 社會政策の成立を促すその他の諸要因に就て
結語

二 社會政策に於ける生産と分配―社會政策の構造に關する二三の考察―

三 勞働保護立法の理論に就て
序言
 第一節 勞働者保護の必然性
 第二節 勞働力の順當なる保全
 第三節 勞働保護法とその他の社會政策立法との關係
  イ 自然的存在より社會的存在へ
  口 勞働保險立法
  ハ 「解法立法」
結言

後篇 社會政策と日本經濟
一 社會政策と福利施設
二 危機に於ける社會政策の形態
三 社會政策の日本的形態
四 人的資源と社會立法
五 我國に於ける社會事業の現在及び将来―社會事業と社會政策の關係を中心として―
六 社會政策と統制經濟
七 「休養」の社會的意義
八 失業と轉業
九 職業輔導の現代的意義
十 賃銀統制の論理

大河内一男


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2009年5月
大河内 一男
人物情報
生誕1905年1月29日
日本の旗日本 東京府
死没1984年8月9日(79歳没)
出身校東京帝国大学
学問
時代昭和
研究分野経済学社会政策
特筆すべき概念生産力理論
主な受賞歴勲一等瑞宝章。叙正三位、賜銀杯一組。
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大河内 一男(おおこうち かずお、1905年明治38年)1月29日 - 1984年昭和59年)8月9日)は、日本経済学者。専攻は社会政策東京大学総長専修大学学長。東京大学名誉教授、日本学士院会員

松平信綱の末裔で、父は講談児童向け読み物の作者であり、日本の速記史上の重要人物でもある大河内翠山。長男に経済史家の大河内暁男がいる。

略歴・人物

東京出身。東京府立三中三高東京帝国大学卒業。河合栄治郎に師事。東京帝大経済学部助手となる。1939年の平賀粛学においては、いったん辞表を提出したものの、大河内とともに河合門下の三羽烏と呼ばれた木村健康安井琢磨と師に改めて相談をしたところ、あくまで辞表を撤回するなとする師のメッセージに、それまで持っていた師のイメージが変わってしまい、師と袂を分かつ決意をするとともに、平賀譲総長の懇請を受けていたこともあり、経済学部に残留を決意、辞表を撤回する。戦時期においては風早八十二とともに生産力理論を提唱した。

1946年-1949年、1946年4月専修大学経済学部長、1947年12月専修大学学長に就任。1949年3月退任。後、学監となる。東京帝国大学経済学部教授との兼任であった。 

1951年7月 経済学博士(東京大学)。 論文題目は「独逸社会政策思想史」であった。

1962年-1968年、東京大学総長。在任中の1968年に東大紛争が発生し、1968年11月1日、全学部長、評議員とともに紛争の責任をとって辞任。法学部教授加藤一郎が総長代行となった。

1962年-1964年社会政策学会代表幹事[1]

1973年より世界平和アピール七人委員会委員。同年、ラボ国際交流センターの創設にあたって会長となる[2]

1980年より社会経済国民会議議長[3]

1981年4月29日叙勲一等瑞宝章。1984年8月9日死去。叙正三位、賜銀杯一組。

学説

19世紀後半のドイツ歴史学派経済学による社会政策学とは国家学の一つであった。当時のドイツでは社会問題の深刻化に加えて、社会主義運動の高まりに対抗するために、その対策として社会政策が唱えられた。大河内はマルクス経済学によって歴史学派を批判し、国家学としての社会政策学を理論的に確立しようとした。

大河内理論によれば、社会政策は資本主義社会において、労働力の保全または培養のために必要不可欠である、とされる。社会政策の目的を達成するためには

  1. 総体としての資本が労働力の一定数量を円満に確保すること
  2. 総体としての資本が労働力を収奪しつくしたり消耗しつくさないようにすること
  3. 総体としての資本が労働者側の社会的要求や社会的自覚に適切に対応すること

が必要だとした。

この大河内理論は他のマルクス主義者服部英太郎岸本英太郎らは、生産力理論には「生産関係・階級闘争の視点が欠けている」と批判した。また、大河内の理論では「社会政策=労働政策」と捉えられたため、国家論としての射程が狭められるきっかけをつくったと批判された。これは学会では「社会政策論争」と呼ばれ、当時の社会政策学者のほとんどが参加したが、大河内理論を中心として、社会政策の理論が前進したという意義は大きい。

(この論争についての文献は、社会政策一般の文献も含め、大河内一男『社会政策(総論)増訂版』1980年の「文献改題」に詳しい)

粕谷一希は、その著書『河合栄治郎』の中(147ページ)で「『大河内理論』なるものは『社会政策とは労働者政策ではなく、労働力政策である』という有名な命題を中心としているが、マルクスの資本論を巧みに解釈したその体系は、河合栄治郎の生涯を賭けた人格主義とは無縁であり、自らの立場を、『総資本対総労働』という体系のなかで、どこへでも移行できる便利な理論である。大河内理論は、その巧妙さによって戦中戦後をすり抜けてきたのである」とし「私は最終的にこの人(大河内一男)の存在と学問を信ずる期にはなれない」と批判している。

エピソード

東大総長時代、1964年3月28日の卒業式においては「いくら東大卒だからといって、エリートとして人生を生きてはならない、太ったより痩せたソクラテスになれ。」と訓示したという話が流布されている。

ただしこの発言は予定稿にはあったが実際は読まれなかった。原文はジョン・スチュアート・ミルの引用であることを明記してあり、文章も異なるものであった[4][5]

著書

  • 『独逸社会政策思想史』日本評論社、1936
  • 『社会政策の基本問題』(1939年、日本評論社)
  • 『戦時社会政策論』(1940年、時潮社)
  • スミスリスト 経済倫理と経済理論』(日本評論社、1943)
  • 『日本資本主義と労働問題』(1947年、白日書院)
  • 『労働組合と失業問題』(1947年、白日書院)
  • 社会科学と知識層 勁草書房、1948
  • 国民生活の理論 光生館、1948
  • 『社会政策総論』有斐閣全書、1949
  • 学生と社会科学 社会科学を如何に学ぶべきか 啓示社 1949
  • 社会問題 三省堂出版、1950
  • 経済思想史 1-2 勁草書房、1950-1958
  • 社会政策原理 勁草書房、1951
  • 『社会思想史』(有斐閣、1951)
  • 『黎明期の日本労働運動』(岩波新書、1952)
  • 社会政策の経済理論 続社会政策の基本問題 日本評論新社 1952
  • 社会科学入門 要選書、1952
  • 『社会政策各論』(有斐閣全書、1952)
  • 日本労働組合論 慶友社、1953
  • 『労働問題』(1955年、弘文堂)
  • 欧米旅行記 時事通信社 1955
  • 『戦後日本の労働運動』(岩波新書、1955)
  • 経済学入門 青林書院、1956
  • 『労働組合運動の再出発 「企業別組合」の内と外』(1956年、日本評論新社)
  • 『労働組合運動への提言』(1957年、三芽書房)
  • 社会思想史要綱 青林書院 1957
  • 現代知性全集 8 大河内一男集 (日本書房 1959)
  • 新しい労使関係のために 正続 有信堂・文化新書 1959-1960
  • 『貧乏物語』(1959年、文藝春秋新社)
  • 日本的中産階級 文藝春秋新社 1960
  • 日本の労働組合 慶友社 1961
  • これからの労働組合 至誠堂 1961
  • 『労働組合』(有斐閣、1963)
  • 社会政策講義 1-2 有信堂、1963-1965
  • 『労働問題入門』(1964年、青林書院新社)
  • 私の経済成長論 文藝春秋新社 1964
  • 私の人間像 東京大学出版会 1965
  • これからの労働組合 至誠堂新書 1965
  • これからの労使関係 講談社現代新書 1966
  • 私の教育論 東京大学出版会 1967
  • 自分で考える 思想との対話 講談社 1967
  • 社会政策講義 第3 時間と賃金 有信堂 1968
  • 経済学講義 青林書院新社、1968
  • 私の大学論 東京大学出版会 1968
  • 大河内一男著作集』全5巻(青林書院新社)1968-1969
  • 経済学史入門 青林書院新社 1970
  • 自分を生かす 福村出版 1970
  • 社会政策四十年 追憶と意見 東京大学出版会 1970
  • 『暗い谷間の労働運動 大正・昭和(戦前)』(岩波新書、1970)
  • 『賃銀』(有斐閣、1970)
  • 日常茶飯 読売新聞社 1971
  • 『社会政策論の史的発展』大河内一男社会政策論集 1(有斐閣、1972)
  • 『労使関係論の史的発展』大河内一男社会政策論集 2(有斐閣、1972)
  • 労使関係の曲り角 労使関係セミナー記録 有信堂 1972
  • 幸徳秋水片山潜 明治の社会主義』(講談社現代新書、1972)
  • 『余暇のすすめ』(中公新書、1974)
  • 人類の知的遺産 アダム・スミス 講談社、1979
  • 『暗い谷間の自伝 追憶と意見』(中公新書 1979)
  • 大河内一男集』全8巻(労働旬報社、1980-1981)
  • 日本人の生活と労働 日本放送出版協会 1981.2
  • 経済のソフト化と労使関係 時潮社 1986.9

共編著

翻訳

  • 現代英吉利経済の分析 ドイツ対外政策研究所編 横山正彦共訳 国際書房、1943
  • 労働組合 その組織と発展 フィリップ・タフト 川田寿共訳 時事通信社 1956
  • 労働組合 エリック・L.ウィガム 秋田成就共訳 紀伊国屋書店 1958
  • 経営労働賃金 ジョン・P.ウィンドミューラー編 関谷耕一共訳 時事通信社 1959
  • (「国富論」は監訳となっているが訳者ではない)

記念論集

  • 大河内一男先生還暦記念論文集 第1集 社会政策学の基本問題 有斐閣1966
  • 同第2集 労働経済と労働運動

脚注

  1.  「《歴代本部校および代表幹事・事務局一覧》」社会政策学会
  2.  ラボの精神
  3.  歴代議長(社会経済国民会議)日本生産性本部
  4.  平成26年度 教養学部学位記伝達式 式辞”. 東京大学 大学院総合文化研究科・教養学部歴代学部長メッセージ 石井洋二郎 (2015年3月25日). 2022年4月23日閲覧。none
  5.  東大卒業式、抜群のセンスでコピペ情報に警鐘 「肥った豚…」ネタに”. withnews.  朝日新聞社 (2015年4月6日). 2022年4月23日閲覧。none

外部リンク




世界史の構造 3:2:3
3産業資本の自己増殖

 マルクスは『資本論』第一巻では、資本を個々の資本ではなく、資本一般としてとらえている。
 だが、産業資本は多数・多様である。それは消費財を生産する部門から生産手段を生産する部門に及ぶ。また、各資本の「有機的構成」も異なる。つまり、不変資本が占める割合が大きく可変資本(労働力)が小さいような部門と、その逆であるような部門の間に分布している。また、同一部門における資本の競争は熾烈である。「資本一般」を見ていると、このようなことがわからない。むろん、マルクスは『資本論』第三巻でこの問題に取り組んでいる。すなわち、資本を複数の個別資本から考察したのである。

 しかし、資本を資本一般あるいは総資本として見なければならない場合がある。私は先に、産業資本の特性は、労働者が資本の下で自らが作ったものを買いもどすシステムにある、と述べた。当然ながら、これは総資本、およびそれに対応した、総労働についてしか妥当しない。たとえば、労働者は自分自身が作ったものを買いもどすわけではない。彼らは、他の資本、つまり、他の労働者が作ったものを買うのだ。しかし、総体としての労働者は自らの作ったものを買いもどす、ということができる。また、労働者が買うのは一般に消費財であって、生産財ではない。生産財は資本が買うのだ。しかし、総体として見れば、資本の自己増殖は、資本が労働者を雇用し生産させた物を労働者自身に買わせることによってもたらされる、ということができる。では、なぜいかにして、そこに差額(剰余価値)がありうるのか。剰余価値を考えるためには、総資本という観点が不可欠である。個々の資本に関して、剰余価値を云々するのは的はずれである。たとえば、もうかった企業が労働者を搾取したというなら、利潤を得られずに倒産するような資本は労働者を搾取しなかった良心的な企業だ、ということになってしまう。また、個々の資本は不等価交換から剰余価値を得ることはありうるが、総資本としてはそうすることができない。たとえば、マルクス主義者はかつて、資本が得る剰余価値は労働者を不当に酷使し搾取することから得られるという宣伝をしてきた。だが、総資本という観点から見ると、それでは資本の蓄積は不可能になる。この点について、マルクスはつぎのように書いている。

 どの資本家も、自分の労働者については、その労働者にたいする自己の関係が消費者に〔たいする〕生産者の関係でないことを知っており、またその労働者の消費を、すなわちその交換能力、その賃金をできるだけ制限したいと望んでいる。もちろん、どの資本家も、他の資本家の労働者が自分の商品のできるだけ大きな消費者であることを望んでいる[:チカコー2:3:⑦257]。だが、おのおのの資本家が自分の労働者にたいしてもつ関係は、資本と労働との関係一般であり、本質的な関係である。ところが、まさにそのことによって、幻想が、すなわち自分の労働者を除くそのほかの全労働者階級は、労働者としてではなく、消費者および交換者として、貨幣支出者として、自分に相対しているのだ個々の資本家を他の全ての資本家から区別するなら、彼にとってこのことは真実なのであるが、という幻想が生まれてくる。(中略)……
 資本を支配〔・隷属〕関係から区別するのは、まさに、労働者が消費者および交換価値措定者として資本に相対するのであり、貨幣所持者の形態、貨幣の形態で流通の単純な起点流通の無限に多くの起点の一つになる、ということなのであって、ここでは労働者の労働者としての規定性が消し去られているのである(6)。
[:283~284][:定本③371「総資本」の用語はない]

  6)『マルクス資本論草稿集』第二巻(一八五八年一月)、資本論草稿集翻訳委員会訳、大月書店。[:34~35]

 個別資本は労働者に賃金を払いたくないが、生産物を買ってくれる消費者は欲しい。つまり、他の資本にはもっと賃金を払ってもらいたいのである。また、個別資本は労働者を解雇したいが、他の企業がそうするのは困る。失業者が増えれば、消費も減るからだ。しかし、個々の資本はそれぞれの利益を追求するので、総資本の観点をとることはない。しかし、危機にあっては、個々の資本の意志に反して、総資本があらわれる。それは、個別資本家の合意としてではなく、「国家」というかたちであらわれる。たとえば、一九三〇年代の大不況において、国家=総資本は、個別資本ならばとりそうもない政策をとった。ケインズ主義あるいはフォーディズムがそのようなものである。つまり、国家が公共投資によって需要を創り出すこと、また、企業が賃金を上げることによって生産と雇用を創り出すことがはかられたのである。

 だが、これによって、資本主義が「修正」されたわけではない。危機に直面して、総資本=国家が前面に出てきたにすぎない。そもそも、総資本の観点から見ると、資本の自己増殖すなわち剰余価値の実現は、不等価交換や不当な搾取によっては果たしえないのである。総資本は総労働に対して等価交換をおこない、且つ、それによってもなお剰余価値を得ることができるようにしなければならない。剰余価値は、総体として労働者に支払われた労働力の価値と、彼らが実際に作り出した商品の価値との間の差額にある。ここにどうして差額が生じるのか。

 先に述べたように、アダム・スミスはピンのマニュファクチャーを例にとって、資本が労働者を雇って組織する「協業と分業」が、個々の労働者がなしうることを越えた生産性をもたらすと考えた。その場合、スミスやリカードは、個々の労働者は、資本家が組織した分業と協業を通じてなしとげた生産の全成果を要求することはできない、その増加分(利潤)はそれを考案し組織した資本家が受け取るべきであると考えた。一方、リカード派社会主義者は、その増加分が「剰余価値」であり、それは本来労働者に帰属するものなのに、資本家によって不当に奪われていると考えた。プルードンもまた、資本は個々の労働者が集団的に働くことで実現した「集合力」に対して支払わない、ゆえに、「財産は盗みだ」と主張した。
 マルクスもこのような見方を受け継いでいる。彼は労働時間の延長や労働強化によって得られる剰余価値を「絶対的剰余価値」と呼ぶ一方で、このように技術革新=生産性の向上によってもたらされる剰余価値を「相対的剰余価値」と呼んだ。一般に『資本論』の「絶対的剰余価値」に関する記述はよく知られているが、大事なのは「相対的剰余価値」のほうである。ここにこそ産業資本の精髄があるからだ。また、「絶対的剰余価値」と違って、相対的剰余価値について考えるためには、総資本のレベルで考える必要がある。

 ここで、労働力商品の価値について説明しておく。商品の価値は、それを生産するのに必要な社会的労働時間で決まる。一方、労働力の価値は、労働力の生産・再生産に要するコストであり、生活物資を中心にした他の商品の価値によって規定される。他の商品の価値が変動すれば、労働力の価値も変動する。すなわち、労働力の価値は、全商品の関係体系の中で決まる。ゆえに、それは各国や各地域によって異なるし、歴史的にも変化する。別の観点からいうと、労働力の価値の水準は労働生産性によって決まるといってよい。たとえば、ある国の労働者の賃金が他の国に比べて低いとしたら、それは労働生産性の平均的水準が低いからである。
 一言でいえば、「相対的剰余価値」は、一つの国や地域の価値体系において、技術革新によって生産性を上げ、新たな価値体系を作り出すことから得られる。労働力の価値は、労働者がそれを売って雇用される時点と、彼らの生産物が売り出された時点とでは異なっている。産業資本は、このように価値体系を差異化することによって、その間での交換(等価交換)から差額を得るのである。その意味では、商人資本と同じである。しかし、産業資本はその自己増殖を、労働者が作ったものを労働者自身が買いもどす過程を通して実現するので、商人資本とは違った困難をもつ。スミスの例でいえば、分業と協業によって今までより一〇倍多く生産したピンを誰が買うのか。安くなったからといって、労働者がそれを一〇倍も買うことはありえない。ゆえに、資本が剰余価値を実現するためには、それを買う消費者を「外部」に見出さねばならない。それは外国の市場か、ないしは、これまでいた自給自足的な共同体の中から新たに労働者=消費者として参入する者、つまりプロレタリアである。
 以上の思考実験から明らかなのは、一つの閉じられた価値体系の中では、いかに生産性を上げても、剰余価値がありえず、したがって、資本の増殖がありえないということである。資本の自己増殖を確保するためには、たえまない生産性の上昇だけでなく、たえず新たなプロレタリア(労働者=消費者)を組み込まなければならない。マルクスは、産業資本の前提条件の一つとして、「産業予備軍」をあげている。これは、国内農村あるいは国外から参入する新たなプロレタリアだと見るべきである。たえず流入するプロレタリアが「産業予備軍」を形成する。このような産業予備軍がなければ、賃金が上昇し、また、消費が飽和し下落するので、資本の利潤率が低下してしまう。
 資本が蓄積を続けるためには、たえず新たなプロレタリアが必要なのである。むろん、この新たなプロレタリアは新たな消費者でもある。新たなプロレタリア=消費者の参入が、産業資本の増殖を可能にする。かくして、産業資本は根本的に、その規模を拡大することを運命づけられている。資本とは、M-C-M'という増殖過程である。増殖できなければ、それは存在できないのだ。ゆえに、産業資本は、旧来の社会の表面にとどまっていた商人資本と違って、旧来の共同体を深層から解体して商品経済に組み込むことをせずにいられないのである。






貨幣の国家理論 単行本 2022/11/19 
ゲオルク・フリードリヒ・クナップ (著), 小林純 (翻訳), 中山智香子 (翻訳) 
https://bookplus.nikkei.com/atcl/catalog/22/10/25/00448/



【内容紹介】

【ケインズ、ウェバーが絶賛し、MMTの元祖ともされる幻の貨幣論】

貨幣の価値は、物々交換の為の自発的な商品貨幣という意味合いよりも、国家による法制上の

創造物であることに由来する――。本書は、なぜ貨幣(お金)が今ある姿のようになっている

のかを、様々な事例を交えてロジカルに説明した幻の名著。ケインズはインド論や貨幣論で

クナップの理解を前提にし、マックス・ヴェーバーは貨幣論ではクナップ(とミーゼス)を

一番高く評価し、本書を偉大な名作の1つと呼んだ。



そのクナップの理論が21世紀に再び脚光を浴びている。日本が膨大な財政赤字を抱えているに

もかかわらず揺るがない理由を解明する理論として注目されている現代貨幣理論(MMT)では

必ず言及され、日本でも大いに注目されたグレーバー『負債論』でも高く評価されている。

本書は、その知られざる名著の待望の完訳。



MMT(モダンマネタリーセオリー)20 
https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/economics/1668350433/




57 a
統計は二ヶ月くらいタイムラグがあるので
目の前の失業者に一対一対応するJGPが実は一番現実的


統計は二ヶ月くらいタイムラグがあるのでJGPが現実的対応策


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