18.乾貨(干货)について
中国の各地方料理に共通する特徴の一つとして、乾物食材の種類の豊富さが挙げられます。
フカヒレや燕の巣といった高価な物から、木耳や香辛料、ドライフルーツといった比較的に安価なものまで、乾燥(または半乾燥)させた食材の事を、中国ではまとめて「干货」(乾貨…乾物)と呼びます。
天台の中央市場の中にある「干货」を専門に扱うお店
タツノオトシゴ(海马)やヒキガエルの卵管(哈士蟆油)、鹿の角(鹿茸)など、こんなものまで乾燥させちゃうの?というか食べちゃうの?と思われるものまで、その種類は数百種、いや、千を超える種類があると思います。
「海马」(海馬) タツノオトシゴ・・・蒸しスープの材料に
「哈士蟆油」 ヒキガエルの卵管・・・デザートや蒸しスープに
「鹿茸」 鹿の角のスライス・・・これも蒸しスープの材料に
今回「乾貨」をテーマに選んだのには、ちょっとした理由があります。
というのは、来週、念願だった福建省福州へ「佛跳墙(ぶっちょうしょう)・・・山海珍味の壺蒸しスープ」を食べに行くことになったからです。
「佛跳墙」(仏が垣根を飛び越える)という料理名は、この料理を食べた文人が詠んだ「あまりの香り高さに、なまぐさものを断っている僧侶でさえ垣根(墙)を跳び越えて食べに来ずにはいられない!」という内容の詩に由来するといわれています。
「佛跳墙」については後日詳しく記事にしたいと思いますが、この料理はさまざまな乾貨を壺の中で煮込んだ超絶贅沢な、福建どころか中国を代表する料理の一つとされています。
20代の頃から一度は本家とされる福建省福州の「聚春园」(聚春園)というレストランで食べてみたいと、ずっと思っていたのです。
写真の料理は「佛跳墙」とは違いますが、イメージとしてはこんな感じ。
私は20代の頃、高級乾貨に対して強い興味を持っていた時期がありました。そのきっかけは私が23歳の時にそれまで勤めていた町場の料理店から、都内のホテルの中国料理店に転職したことでした。
ホテルに転職する以前の職場では、20歳そこそこの見習いがフカヒレやナマコだけではなく、活けの伊勢海老や鮑といったものも含め、高級食材を自ら扱える機会は当然ながら全くありませんでした。そもそもホテルに比べて高級食材を使用する頻度も少なかったので、その仕込みから調理までは料理長や副料理長が一貫して行い、私は指をくわえて見ているだけでした。
しかし今から約20年前、東京の高級ホテルに運よく転職できた私は、「砧板」(まな板。材料を切ったり下ごしらえを担当する部署)に配属され、毎日のように生簀の中から伊勢海老や鮑、ハタ類の活魚などを絞めたり下ろしたりするようになるのと同時に、乾物類の戻し作業も担当させてもらえるようになりました。
そこでフカヒレや干し鮑、ナマコなどにも沢山の種類があり、戻し方にも様々な方法があることを学びました。また目利きも非常に重要であることを当時の料理長から教えて頂きました。
杭州の高級乾貨を扱うお店
乾貨は一つ一つの個体によって戻り方も違えば微妙な食感も違います。心を込めて的確な戻しの作業を行えば、その気持ちに応えてくれるかのように、立派に戻ってくれるのがこの作業の醍醐味の一つでした。
こうして乾貨に魅せられた私は、20代のひと時、乾貨にハマり、産地に行ったり専門書などを読んで詳しく調べていた時期があったのです。「佛跳墙」もその頃の研究対象の一つでした。
殆どの乾貨は「涨发」という「戻し作業」を必要とします。干し椎茸や切り干し大根を水で戻すように、その多くは水やお湯によって戻す「水发」(水戻し)が一般的ですが、他にも「油发」(油戻し)や「盐发」(塩戻し)など多くの技法があります。数分から数時間で使えるようになるものから、一週間前後かけてゆっくり戻すものまで、戻しにかかる時間は乾貨の種類によって様々です。
中国料理の世界では、乾貨のメリットや特徴について以下のような説明をされることが多いです。
1.中国は国土が大きく、食材を乾燥させてから流通させることで、遠くの土地にも腐らせずに運ぶことが出来るようになった。
2.乾燥させることによって、生の時にはなかった凝縮された旨味や風味、生とは異なった食感が生まれる。
3.体積や重量が減るために大量に持ち運ぶことができ、高価で取引されることの多い乾物は、いずれ「乾貨」と呼ばれるようになった。
特に2の点は、日本の食文化も乾物を多用する料理体系なので、煮干しや干し椎茸を想像すればこの感覚はしっくりくることと思います。
中国(特に広東料理圏)には「鲍参翅肚」という高級食材の代表格を表す言葉があり、このうち前三つの鲍参翅(鮑、ナマコ、フカヒレ)は江戸時代から現在まで、日本産の品質が特に高いとされています。
この三品は江戸時代に行われていた長崎貿易において、日本から当時の清国への主要な輸出品となっていました。俵詰めされて輸出していたことから、まとめて「俵物三品(たわらものさんひん)」と呼ばれていたことは多くの中国料理書でも説明されています。
※「鲍参翅肚」の最後の「肚」は魚の浮き袋の事。
★干鲍(干し鮑)
新鮮な鮑を塩ゆでした後に天日に干して乾燥させたもの。
品質ではトップクラスとされる日本産(青森県大間の「禾麻鲍」や岩手県吉浜の「吉品鲍」、青森や千葉などでも作られているマダカ鮑が原料の「网(網)鲍」など)の他に、中国産、南アフリカ産、オーストラリア産などがあります。
戻したときに肉の中心部が周囲に比べて柔らかく、もっちりとした食感の状態を「溏心」といい、このような干し鮑は上級品とされます。
「二十八头吉品鲍 」 ・・・岩手県吉浜産の蝦夷鮑を原料にした干し鮑は「吉品鮑」と呼ばれ、中国でも人気の高級品。糸につるして干していた際についた一筋の線が、吉浜産干し鮑のトレードマーク。中国では偽物も多く出回っています。この数年で価格は1.5倍から2倍近くに。【現在の参考価格 30万円/600g】
「四头干鲍」 四頭干し鮑 ・・・たぶんオーストラリア産の大きな干し鮑。赴任した時からある謎の在庫です。いつか戻してみよう。
ちなみに二十八头(二十八頭)とか四头(四頭)というのは、何個で1斤(約600グラム)になるか、その頭数の数字。斤とは香港などで使われている「港秤」という重さの単位です。(現在中国大陸で使われている1斤=500gとは異なります)
四頭だったら乾燥状態のもの1個で150グラムの大きさ、二十八頭だと1個が21.4gです。四頭くらいの大きさだと活きていた時には1kg以上はあった筈です。頭数が小さいほど干鮑自体のサイズは大きく、高価になります。
★海参(なまこ)
古代の中国語では「なまこ」は「海鼠」と書き、日本では今でもこの漢字が使われていますが、日本固有の「海鼠」の名称は「こ」であり、生の状態の「こ」を「なまこ」と言うそうです。中国料理に使われる乾燥させたものは別名「いりこ」とも呼ばれますが「煎り海鼠」で「いりこ」であると何かの本で読んだことがあります。東北から北海道で取れる上質な海鼠を「金海鼠」と書いて「きんこ」と呼び、「こ」のわたを「このわた」と呼びます。
中国語では総称で「海参」と呼ばれていますが、山の人参(カレーに入れるあの人参ではなく、高麗人参的な生薬としての人参)に匹敵する効能があるとして、海の人参という意味で「海参」と呼ばれるようになったというのが一般的な解釈です。
海参の中でも、北海道産の「刺参」は中国市場において、値上がりが止まらない高級品です。
「辽参」 (遼参) 遼寧省大連産のなまこ・・・別名「刺参」といわれるように、トゲのあるナマコ。トゲが多いほど良いとされていて、戻す時もこのトゲを落としてしまわないように丁寧に扱います。【現在の参考価格:国産(東北や北海道産)のもの18万円/600g】
戻し終わった「辽参」
揚げ焼きにした葱と一緒に煮込んだ山東の名菜「葱烧辽参」
「大乌参」(大烏参)は乾燥した海老の卵と一緒に煮込む上海の名菜「虾籽大乌参」の材料です。
★鱼翅(フカヒレ)
中国語で「魚翅」と呼ばれるフカヒレは、正確にはフカ(鮫)だけではなく、エイ類も含めた魚類の鰭を乾燥させたもの。日本では宮城県の気仙沼がフカヒレの一大集積地になっていることで有名です。
日本で流通しているものの主流は「ヨシキリザメ」の鰭で、国産のもの以外にもスペイン産のものを使ったことがあります。他にはモウカザメやアオザメの鰭などが流通のメインです。
フカヒレの種類はとても多く、サカタザメ(コトザメ)という名の、エイの仲間からとれるヒレもフカヒレとして取り扱われていて、広東の名菜「红烧大群翅」の材料です。
今では獲ることが禁止されている大型の鮫、ジンベイザメやウバザメの鰭は「天九翅」といって、フカヒレの王様的なポジションで、日本でも中国でもフカヒレを売りにする高級店の店頭には、立派な天九翅の「原ビレ」(皮付きのまま干された乾燥品)が飾られていることがあります。
フカヒレはその種類や部位(尾ビレ、背ビレ、手ビレなど)によって、持ち味の引き出し方が大きく異なります。姿煮込みにして繊維以外のコラーゲン質や脂分のねっとりした香りや食感も一緒に食べたほうが美味しいものもあれば、繊維の一本一本を磨きだし、金糸といわれる状態にしてそのプチプチした食感を楽しむものもあります。
戻しがある程度まで終わっている冷凍品や真空パックの商品が1kgあたり2万円前後から流通しているので、高級乾貨としては比較的手の出しやすいアイテムと言えます。
浙江省台州市の臨海という場所にある「新栄記」本店のディスプレイ。中央の大きなフカヒレが「天九翅」の原ビレ。
メジロザメという種類の鮫の尾びれ。「スムキ」と呼ばれるタイプで、皮を剝いてから乾燥させたもの。
フカヒレの中でも高級なアオザメの尾びれ。下戻しが終わり、この後味を含ませていく。左側は500グラムを超える超大型サイズ。お世話になっている方からの特殊ルートで入手!
★鱼肚(浮き袋)
フカヒレや鮑と比べると、日本の中国料理店ではあまり目立たない存在ですが「鱼肚」も乾貨を代表する高級食材です。中国にいるとその人気ぶりや価格の高さから、乾貨界の裏ボスのようなイメージがあります。
別名「花胶」(花膠)とも呼ばれ、その名のとおり膠(コラーゲン質)の塊です。
淡水魚、海水魚、さまざまな魚種の浮き袋が食用とされますが、特に身が厚く、形も立派なニベ科の魚(ニベ、オオニベ、フウセイ、キグチなど)の浮き袋が人気があり、値も張ります。
広東料理ではニベやオオニベの雄の浮き袋を「广肚」といい、最高級品とされています。綺麗な鞍型をした上等品は600gあたり50万円を超えるものもあります。
「黄花胶」・・・日本ではナイルパーチと呼ばれる淡水の大型魚の浮き袋。「花胶筒」とか「鸭泡」という呼び名でも流通しています。浮き袋の中では比較的入手しやすい価格帯。
「咸水片」・・・上の写真のものと同じように「黄花胶」という呼び名でも流通していますが、こちらは淡水ではなく東南アジアなどの海で水揚げされる大型のスズキの浮き袋。写真のように切り開いてから乾燥させたものは「咸水片」と呼ばれています。
以上の「鲍参翅肚」に代表されるように、中国では伝統的に「高級」とされる食材の殆どは乾貨です。
上述したような旨味や風味が格別であること以外にも、捕獲や採収が困難で希少価値が高いこと、戻し作業に複雑な手間がかかること、そしてそのものに宿ると信じられている「特別なエネルギー」(例えば鮫のような獰猛な動物の鰭にはものすごい力が宿っていると考えられている)や天日干しした際の太陽のエネルギーを身体に取り入れたいという食思想も関係しています。
事実、高級とされる乾貨の多くは美味であるということよりも、コラーゲン質に富んでいることや、そのモノに期待できる食効能などが重要視されている気がします。
参考までに手元の「中国烹飪百科全書」に載っている、清代の「八珍」(八つの珍しい高級食材)は以下の通りであり、その全てが乾貨です。
※「八珍」は時代によってさまざまな定義があり、清代には下記以外の定義もあります。
一、海参,なまこ
二、鱼翅,ふかひれ
三、鱼脆(鱼骨),鮫の軟骨など
四、鱼肚,魚の浮き袋
五、燕窝,海燕の巣
六、熊掌,熊の手
七、鹿筋,鹿のアキレス腱
八、蛤士蟆,ヒキガエルの卵管
現在、多くの乾貨の価格は高騰傾向にあり、料理店でも年々その使用量は減り続けている印象です。
外資系のホテルでは何年も前から「シャークフィニング」と呼ばれる鮫の乱獲(鮫のヒレだけを切り落として海に戻してしまう方法)を問題視して、使用を控えるような動きも起きています。
フカヒレだけではなく、干し鮑やなまこといった乾貨の原料にも密猟や乱獲の問題がついて回っている現実もあります。
※日本産のフカヒレはマグロの延縄漁に一緒にかかった鮫が原料となっており、鮫だけの漁というのはないそうです。日本のフカヒレ加工の現場では、水揚げされた鮫の肉や軟骨、皮まで全てを活用する方法が取られており、「シャークフィニング」のような残酷な漁は行われていません。鮫肉は一般的に練り製品の材料に、軟骨や皮はサプリメントや化粧品の原料にされています。
「燕窝」 (燕の巣)…西太后も好んで食べていたという海つばめの巣。昔は東南アジア沿岸部の断崖絶壁に作られる巣を命懸けで採集していましたが、最近では人間が作った燕の巣採集専用のビルに巣作りをさせているそうです。中国ではシロップ煮やココナッツミルクと合わせる甘いタイプの方が食べられている印象。
今では日本、中国を問わず、多くの中国料理店で高級食材と言えば和牛やトリュフ、フォアグラなどに取って代わられ始めている点は、時代の流れとはいえ少し寂しい気もします。
高級乾貨の調理には、目利きから始まり、乾燥状態の乾貨の中に蓄えられている風味やエネルギーをどのように引き出すかという点に於いて、料理人の経験や考え方が大きく反映されます。
乾貨は中国食文化の大きな特徴であり、中国人の食思想を象徴する食材でもあるので、今後も良い形で継承されていくことを願います。
次回は福建名菜「佛跳墙」についてです。
おわり
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