佐藤優「『プーチンの精神状態は異常』という報道は、西側が情報戦で負けている証拠である」 相手の内在的論理がわからなければ、対抗手段もわからない
プーチンだけが怖いのではない
今回のロシアの軍事行動を「プーチンの暴走」と見る向きがありますが、そうではありません。プーチン大統領は、大多数のロシア人の心の中にある「ロシア帝国(1721~1917年)の地図」を実現しようとしているだけです。
ロシア帝国は現在のロシアをはじめ、フィンランド、ベラルーシ、ウクライナ、ジョージア、モルドバ、ポーランドの一部や、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタンの中央アジア、リトアニア、ラトビア、エストニアのバルト3国、外満州などユーラシア大陸の北部を広く支配していた大帝国です。
私は、ロシアのテレビ放送を毎日見ています。恐ろしいのは、エリツィン時代にペレストロイカを支持していたリベラル派の知識人たち、私も個人的によく知っているミグラニアンさんやニコノフさんといった人たちが、断固この戦いを完遂するべきだと主張していることです。
クレムリンが一枚岩であるだけでなく、広範な知識人や国民の多数もプーチンを支持し、結集してきています。「ソ連崩壊からいままで30年間、よくも俺たちをコケにしやがったな」という憤懣が、一気に噴出しているようです。プーチン一人ではなく、ロシア人全体が怖いのです。
相手が脅威であるときこそ、その内在的論理を知る必要がある
ロシア国内で反戦デモが起こっているという報道は事実ですが、ロシアの政策に影響を与える力はありません。日本でも首相官邸の前で熱心にデモをする人たちがいますが、日本人を代表する声ではないのと同じです。日本やアメリカのメディアは、そういったごく一部の事象を、プリズムをかけて大きく取り扱っています。ニュースとはそういうものなのです。
「プーチンは精神に変調をきたしている」というアメリカの報道もありました。これも、西側が情報戦で負けていることの表れです。相手の内在的論理がわからず「精神状態が異常だからだ」と結論づけてしまっては、うまく噛み合う対抗手段もわからないからです。
現在のところ、ロシアを止めるすべはありません。2月24日にウクライナへの軍事侵攻が始まって以降、従来のロシア観は通用しなくなりました。ですから新たな脅威としてのロシアを、よくよく研究しなくてはいけません。大多数のロシア人が考えていることを、日本にとって不快なことも含めて冷静に捉えるのが、ロシア全体の動きを見るために必要な態度です。
アメリカは第2次世界大戦で日本と戦争するに当たり、「我が敵国の日本を知れ」と徹底的に研究しました。反対に日本は「敵性言語を使うな」と言って、英語や英米の情報を排除しました。相手が脅威であるときこそ、その内在的論理を知ろうと努めなくてはいけません。
(構成=石井謙一郎)
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作家・元外務省主任分析官
1960年、東京都生まれ。85年同志社大学大学院神学研究科修了。2005年に発表した『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『獄中記』(岩波書店)、『交渉術』(文藝春秋)など著書多数。<この著者の他の記事> 佐藤優「プーチン大統領の目的は『ウクライナに傀儡政権を樹立すること』ではない」
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