プーチンかく敗れたり
https://news.yahoo.co.jp/articles/a6bf4bc3aec0741266dc099da3da818701deee58
米シンクタンク「戦争研究所」(ISW)は19日、ロシア軍は首都キエフ、北東部ハリコフ、黒海沿岸のオデッサなどウクライナ主要都市を奪取して
ゼレンスキー政権をすげ替える所期の作戦に失敗した、と評価した。
ロシア軍は精密誘導弾(PGM)が不足しているため制空権を確保できず、著しく人的資源を消耗、士気や補給の問題が深刻化している。
戦線の大部分は膠着状態に陥っており、消耗戦となり被害がさらに拡大する恐れがある。
ウクライナ軍参謀本部によると、戦闘を逃れるためロシア軍では自傷行為や脱走が相次いでいる。
ロシア軍は長期休戦を受け入れ、態勢と作戦を立て直す必要があるが、今のところ徴兵、士官候補生、シリア人傭兵など小規模な投入を繰り返すだけだ。
ISWは「この努力は失敗する」と断言する。
グルジア(現ジョージア)紛争、クリミア併合、シリア軍事介入で「ケンカ上手」と言われてきたウラジーミル・プーチン露大統領は一体、何に負けたのか。
■ 飛ばなかったロシアの最新鋭機300機
筆者は「英国王立防衛安全保障研究所」(RUSI)が17日に開いた「航空戦」会議を終日取材した。
英空軍をはじめ米欧の空軍関係者が一堂に会した。
ホスト役のジャスティン・ブロンクRUSI研究員はロシア航空宇宙軍の最初の3週間をこう分析した。
「ウクライナ軍の中距離地対空ミサイルを全滅させることができなかった。確認された損害は短・中距離地対空ミサイル9基にとどまり、ウクライナの防空システムは機能している」
ロシア軍は作戦初日の2月24日、敵の射程外から攻撃するスタンドオフ攻撃でウクライナ軍のレーダーサイトや早期警戒システム、主要な空軍基地の滑走路を破壊、
長距離地対空ミサイルシステムS300数基にも打撃を加えた。
もしここで戦闘爆撃機Su34のPGMや多用途戦闘機Su30の無誘導爆弾で追撃していれば、ウクライナ軍を圧倒できていたはずだ。
しかし国境近くに待機していたロシア軍の最新鋭機300機は最初の4日間、飛び立たなかった。
■ ロシア軍の計画をくじいたウクライナ軍の備えとは
ロシア軍は2010年以降、多用途戦闘機のSu35(第4.5世代)とSu30、戦闘爆撃機Su34など350機を配備した。
約110機の迎撃戦闘機ミグ31と攻撃機Su25の野心的な近代化にも取り組んだ。
ウクライナの射程圏内にあるロシア西部および南部軍管区に約300機の最新鋭機を配備している。
今回はウクライナ侵攻に備え、ロシア国内のほかの地域から航空連隊も移動させていた。
これだけの航空戦力強化に取り組んだロシア軍だったが、ウクライナ軍のある備えがその計画をくじいた。
ウクライナ軍が事前に分散しておいた短・中距離地対空ミサイルの損害が最小限に抑えられたのだ。
米製携帯式防空ミサイルシステム「スティンガー」を装備した部隊もフル回転している。
これでウクライナ軍の戦闘機は主要都市の上空を舞い、士気を高め、神話化した。
トルコから導入した無人戦闘機バイラクタルTB2もロシア軍の車両部隊に大きな損害を与えた。
「最初の3日間でロシア軍はジェット戦闘機11機を失った。ヘリコプターの被害は甚大だ」(ブロンク氏)
ブロンク氏は筆者の取材に
「この3週間でロシア軍が使用した巡航ミサイルと弾道ミサイルは850~900発に達する。一方、ロシア軍の固定翼機の損害は14機、
さらにロシア軍支配地域に墜落した分を加えると4~5機増える可能性が強い。ヘリコプターの損害は33機にのぼっている」と説明した。
ロシア軍が弾道を誘導し、目標に正確に命中させるPGMをあまり使用していない理由についてはこう分析する。
「備蓄が少ないことが主な原因だ。もともと大量に保有していたわけではない。シリアで投下された爆弾の9割が無誘導爆弾。
残り1割のPGMを投下する映像がたくさん公開されたが、大半は無誘導爆弾だった。シリアで投下したPGMが生産量より多かったため、備蓄がさらに少なかった。
ロシア軍機は高性能の照準ポッドや熱探知機能を備えていない。ウクライナは雲が多く、レーザーによる誘導が容易ではない。しかも今は雲が多い」
■ ロシア空軍は複雑な航空作戦能力を欠いている
ブロンク氏は「ロシア航空宇宙軍は大規模で複雑な航空作戦を計画、実行する制度的能力を欠いている」と指摘する。確かに、シリアでの作戦は小規模な編隊での運用だった。「ロシアの作戦指揮官は脅威の高い空域で数十から数百の部隊が参加する複雑な航空作戦を計画、調整する方法についてほとんど実践的な経験を持っていない。操縦士の年間飛行時間も約100時間、多くの場合はそれ以下で、180~240時間の北大西洋条約機構(NATO)の約半分」という。
ロシア軍の出撃回数は1日当たり200~250回。しかしウクライナ軍の要撃を避けるため、出撃は日没時の午後8~11時と午前2~5時の間に限られている。ほとんどはウクライナ領空に入らず、ロシアやベラルーシの領空から攻撃している。燃料補給にも深刻な問題を抱えている。
ただ、ロシア航空宇宙軍が緒戦の失敗を反省し、ある程度の犠牲を覚悟の上で大規模な航空作戦を実施すれば、制空権を確保して戦争の流れを変える可能性は残されている。
それにしても、今回の侵攻まで長い準備期間があったにもかかわらず、プーチン氏はなぜこのような大失態を演じたのか。その理由をたずねた筆者に、ブロンク氏は「全くその通りだ。過去12~18カ月、彼らは侵攻を準備してきた。ロシアはこの6~7年、極めて日和見主義的に動いてきた。つまり、物事を行うための条件を整え、隙があると判断すれば非常に迅速に行動に移した。しかし今回、プーチン氏の日和見主義的なギャンブルは明らかに危険すぎたのかもしれない」と答えた。
ブロンク氏によると、プーチン氏はウクライナ東部紛争やシリア軍事介入でも12~13カ月かけて条件を整え、状況に合わせて「日和見主義的に」迅速な決断を下すサイクルを繰り返してきた。
「このサイクルでは軍に十分準備する時間が与えられない。将官レベルで作戦準備を整えるのに2~3週間以上前に監査を行う必要があるが、行われなかった。彼らの偽情報作戦プレイブックはとにかく幼稚すぎた」
「核心をついた西側の情報が次々と公開され、それを隠そうとするあまり、さらにパラノイアになり、侵攻の24時間前まで現場の指揮官に本当の情報が伝えられなかった。戦術レベルでは国境を越えてから伝えられた。大きな原因は意思決定の構造やパラノイアにある。しかし最大の問題はロシアがウクライナを見下してきた傲慢さにある。ロシアはウクライナの国家としての能力、強い組織力、アイデンティティーに直面するとは思っていなかった」
■ 戦争の行方
「誰もプーチン氏に本当のことを言っていないのか」という筆者の質問に、ブロンク氏は「おそらくそうだと思う。プーチン氏に真実を伝えることは自分の身を危険にさらすことになるからね」と苦笑した。
「戦争による経済的、政治的、社会的コストを考えると、中期的にプーチン氏が生き残れるとはとても言えないが、仮にプーチン氏が交代したとしても2国間関係が良くなったり、友好的になったりすることはないだろう」
陸上戦に詳しいジャック・ワトリングRUSI研究員も筆者に「ロシア軍は大量の部隊によるこけおどしで主要都市を奪取する最初の作戦に失敗したあと、迅速に通常作戦に移行できるような準備をしていなかった。現在、通常作戦で戦っているが、兵站と準備不足のため作戦を実行するスピードに制約がある。持続不可能なレベルの死傷者を出しており、作戦を続けるには一度、立て直す必要がある。戦略的に非常に重大な間違いを犯した」と語る。
「彼らは最終的に主要都市を奪うことができても、甚大なコストを払わなければならない。チェチェン紛争では、チェチェンを制圧するのに9年を要した。ウクライナはチェチェンよりかなり大きい。ロシア軍には今のところキエフを奪うほどの戦闘力はない。しかし、いったん包囲すれば兵糧攻めにできる。ウクライナ軍がロシア軍による包囲を防ぐことができている間は、おそらくキエフは耐えられるだろう」(ワトリング氏)
今回の侵攻でウクライナ国内のナショナリズムと反ロシア感情は際限なく高まっている。シーパワーが専門のシダールト・カウシャルRUSI研究員は筆者に「ロシア軍がより統合された方法で戦い始めたら最終的に勝つかもしれない。しかし大きな疑問は最初の侵攻でどれだけの戦力が奪われたかだ。もし勝利できたとしても、小さな兵力で広い国土と敵対する人々をどうやって占領するのかという根本的な疑問が残る」と言う。
ロシア軍の正当な評価について、カウシャル氏は「私たちが抱いているイメージは12フィート(約3.7メートル)の巨人なのだが、今回のウクライナ侵攻を見て、下方修正して4フィート(約1.2メートル)の子供にする必要はない」と釘を刺した。敵を過小評価することは自分を過大評価することにつながり、敗因になる恐れが大きいからだ。われわれはプーチン氏と同じ過ちを繰り返してはならない。
木村 正人
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