2022年3月18日金曜日

ベーシックインカムとは?メリット・デメリット、実現の可能性を解説:【SDGs ACTION!】朝日新聞デジタル

ベーシックインカムとは?メリット・デメリット、実現の可能性を解説:【SDGs ACTION!】朝日新聞デジタル

ベーシックインカムとは?メリット・デメリット、実現の可能性を解説

2022.03.17

ベーシックインカムとは?メリット・デメリット、実現の可能性を解説
ベーシックインカムの特徴まとめ(デザイン:吉田咲雪)

日本ベーシックインカム学会副理事長/白崎一裕


ベーシックインカムは、ひとりひとりに、国から無条件で配当されるお金のことです。近年の働く内容の劣化(労働の劣化)に伴い、ますます注目されています。本記事では、ベーシックインカムの基本的な内容を整理し、日本でいつ実現されるのかについても日本ベーシックインカム学会の理事が解説します。

白崎一裕(しらさき・かずひろ)
日本ベーシックインカム学会副理事長、ベーシックインカム・実現を探る会代表、(株)那須里山舎代表。現在、「お金リテラシー入門」(「We」フェミックス発行)を連載中。共著に『ベーシックインカムは希望の原理か』(フェミックス)などがある。

1.ベーシックインカムとは

ベーシックインカムとは、英語表記のBasic Incomeのことで、基本所得や基礎所得と訳している場合もあります。

イギリスでは市民所得(Citizen's Income)とも言われる場合もあり、欧州を中心にユニバーサル・ベーシックインカム(Universal Basic Income)と表現されることも多いです。それぞれ、少しニュアンスの違いはありますが、内容的には同じものを指しています。

いずれにしても、ベーシックインカムは、ひとりひとりがお金をもらえるというシンプルな社会制度です。そのシンプルさの中身をすこし詳しくみていきましょう。

1. 定期的な現金給付
支給単位は、毎月という場合が多いですが、規則的・安定的に配当されます(現在想定されている金額は、月ひとりあたり8万~15万円程度)。コロナ禍で実施された10万円給付金のような一回限りというものではありません。また、クーポン券や商品券でもなく、あくまでも現金です。

2. 個人単位
生活保護制度のような「世帯単位」ではありません。

3. 無条件
生活保護制度にあるような「資産調査」(資力調査、ミーンズテスト)や働くことができるかどうか(ワークテスト)などの条件は必要ありません。福祉制度は、福祉給付を受けられるかどうかの選別的判断を行政がおこないますが、ベーシックインカムではそういうことはまったくなく、「どこでも・だれでも・いつでも」という普遍的な制度です。

(1)生活保護との違い

現金給付というと、すぐにみなさんが思いつくのは、生活保護制度だと思います。その生活保護と比べてみるとよりベーシックインカムの性質が具体的になるので、比較してみましょう。

1. 生活保護は、生活保護を受けたい人が、自ら役所に出向いて申請しないと保護費は支給されません。これを「申請主義」といいます。ベーシックインカムのように住民であれば、自動的に銀行口座に振り込まれたり、書留で送られてきたりということはないわけです。

2. 生活保護は、ベーシックインカムのように個人単位ではなくて、世帯を単位として認定されます。ですから、個人が困窮状態でも、同じ屋根の下に住むほかの同居家族に基準以上の所得があると、個人の保護は受けられません。

3. 生活保護は、保護にあたる条件をみたしているかどうか、身ぐるみ調べられます。資産があるかどうか、どのくらい働くことができるか、収入はどのくらいあるか、などです。
細かく言うと、経費などを差し引いた収入が、国が地域ごとに定めた「最低生活費」をどのくらい下回っているかを調べて、その下回った部分「のみ」が支給される仕組みとなっています。
ただ、日本の生活保護制度においては、この調査が十分に機能していないため、本来ならば、生活保護費を受け取る権利のある人全体の2割しか受け取れていない(捕捉率の低さ)と言われ、生活保護制度の課題のひとつとなっています。
ベーシックインカムは、この点においても「無条件」ですから、すべての人々にもれなく支給される利点があります。

このようにベーシックインカムと生活保護は、同じ現金給付でもまったく違うものです。

ベーシックインカムは、生活保護と同じ現金給付ということで「貧困対策のための福祉制度」と位置づけられることも多いのですが、以上のような性格を見てみると、福祉政策というよりは、「個人の購買力を補強する広義の経済政策」あるいは「社会全体の公正さを実現する社会的正義のための政策」と考えるべきでしょう。

そういう意味で、最近では、ベーシックインカムではなく、社会配当(Social Dividend)や国民配当(National Dividend)という呼び方をしたほうが良い、という考えもでてきています。

(2)ベーシックインカムが注目されている背景

ベーシックインカムが近年注目されてきたきっかけは、やはり、2008年のリーマン・ショックによる金融危機でしょう。

リーマン・ショックは、日本においても、バブル崩壊以後の長期停滞傾向のある経済状況に決定的な追い打ちをかけたとも言えます。

1990年代以降の長期経済停滞期を経験する中で、非正規労働者が全体の4割を占めるようになり、働いても生活保護水準を下回る賃金しか得られないワーキングプアとかアンダークラスというような、超格差社会を端的に表現するような言葉が流行するようになりました。

ここには、グローバル化による世界的賃金下降圧力、AIなどのデジタルテクノロジーによる失業なども、複合的な要因として加わっています。

こうして、労働を通じて尊厳ある暮らしを成り立たせる賃金を得ることが難しくなってきたときに、「ここまでくると労働と所得を切り離してしまって、労働とは別の回路で所得を配当したほうがいいのではないか」「そのほうが市場も安定するし、貧困対策にもなり、社会正義としても合理的ではないか」ということで、注目され始めたのがベーシックインカムなのです。

2.ベーシックインカムのメリット

ベーシックインカムの最大のメリットは、労働とはまったく別の回路で所得が得られることです。

現代社会の格差の本質は、労働市場にしばられているかいないかです。ひらたくいうと「食うためには、仕方ないじゃん」という発想を、ベーシックインカムがあれば捨てることができます。

●不愉快なブラック企業につとめなくていい!
●パワハラ・セクハラをがまんして嫌な仕事を続けなくていい!
●生活の心配のある不安定な仕事をしなくていい!
●小規模でも、自分のやりたい仕事を起業するチャンスをつくれる!
●お金に関係のない芸術やボランティア活動に従事できる!
●経済的理由のみで、家族をつくったり、パートナーをつくったりしなくていい!
●いつでも怠けてボーッとしている時間をもてる!

ベーシックインカムによって、いわゆる「本当の自由」が得られるということです。

3.ベーシックインカムのデメリット

ベーシックインカムのデメリットとして、よく取り上げられるのが、次の二つです。

●みんなが労働と関係なくお金がもらえるようになったら、怠け者が増えて社会が成り立たなくなる
●ひとりあたり月に8万円くばるだけでも、年間の国の予算は100兆円以上になるため、財政破綻(はたん)する可能性がある

これらはベーシックインカムへ反論するときによく言われます。伝えたいことはわからなくもありません。

ただ、後ほど触れるベーシックインカム導入実験では、怠け者が増えるどころか、かえって積極的に活動するようになったという報告が相次いでいます(参照:「米国初のベーシックインカム」超予想外の成果│東洋経済オンライン)

また、社会が成り立たなくなることについてですが、私たちの近代社会は、技術革新や分業の高度化などで、労働者の約3分の1から半分は、潜在的に失業者だという研究結果がでています(参照:ゲッツ・ヴェルナー『ベーシック・インカム』現代書館 2007 p.104)。

つまり、現代社会を成り立たせている生産力は、社会全体の総合的結合によって成り立っていて、みんながめいっぱい生産労働に携わる必要はないのです。むしろ、地球温暖化や環境破壊を考えると、そこには、ブレーキをかけたほうがいいぐらいでしょう。

なお、財源問題については、日本においていつベーシックインカムが実現するかとも深くかかわるので、最後にご説明しましょう。

いずれにしても、一般的に言われているデメリットについては、少し注意して見ることが大切です。

4.ベーシックインカム 各国の導入事例

ベーシックインカムは、国家単位で正式に導入した実績はまだありません。ただ、似たような制度や実験的試みはどんどん増えてきています。

(1)アラスカ恒久基金(アメリカ)

アメリカのアラスカ州では、「アラスカ恒久基金」というものがすでに実施されています。この制度は、アラスカ州有地から産出する原油収入の約25%を基金として積み立て、そこから、アラスカ州民個人に、年間1000~1500ドル程度の配当金を支給するものです。

本格的なベーシックインカムからすると配当金額は少ないですが、州民の共有財産とも言える地下資源の利益をみんなに分配する発想は、ベーシックインカムの基本的思想を忠実に実現している貴重な先例と言えます。

(2)実験的プロジェクト(ナミビア共和国やフィンランドなど)

ここ数年、ベーシックインカムの実験的(政治的プランも含む)プロジェクトが増えてきています。

2008~2009年には、ナミビア共和国のひとつの村で、教会やNGOが主体となって月ひとりあたり100ナミビアドルを支給する、というプロジェクトが行われました。フィンランドでも、社会保険庁が、失業給付者に月ひとりあたり560ユーロを2年間にわたって給付する、ということがありました。

この実験的プロジェクトは、計画段階だったものを含めると、さらに多くのケースをあげることができます。

たとえばオランダの地方都市ユトレヒトや、カナダのオンタリオ州の実験プロジェクト、また、アメリカのシリコンバレーのベンチャー企業Yコンビネーターの社会実験などです。同じアメリカのカリフォルニア州ストックトンでは、市民125人を対象に、毎月500ドルを24カ月間支給する米国初のベーシックインカム実験が2019年2月から行われました。

また、政治的プランとしては、2016年のスイスがあげられるでしょう。スイスは、国民が憲法改正を発議できるようになっていますが、その発議のひとつに、ひとりあたり、月2500スイスフラン(日本円で約30万円に相当)のベーシックインカム支給プランが提出されました。これは、残念ながら否決されましたが、世界的に大きな話題となりました。

その後、世界各地で政策案としてベーシックインカムが議論されてきていますが、2022年3月に実施された韓国の大統領選挙でも、与党候補がベーシックインカムを公約として掲げ、僅差(きんさ)で敗れたものの話題になりました。日本でも、2021年の衆議院選挙で、日本維新の会がベーシックインカムを政権公約に掲げていました。

Getty Images

5.ベーシックインカムが日本で導入されるのはいつごろ?

では、このベーシックインカムは、日本では実現されるのでしょうか。されるとすれば、それはいつなのでしょうか。それは、先ほどの「ベーシックインカムの財源問題」と深くかかわります。

ベーシックインカムの予算は、単純計算でも、日本の1年間の国家予算のすべてを使いきる100兆円規模が必要となります。これを増税だけでまかなうのは、現在の福祉制度の一部をベーシックインカム用にふりかえたとしても、大きな困難を伴います。

新自由主義的なベーシックインカム論のなかには、現金福祉給付や年金などをすべてベーシックインカムに統合して、ある程度の増税をすれば実現可能というものもあります。しかし、福祉的給付はベーシックインカムとは別に必須なものなので、国民的合意は得られないでしょう。

ですので、ここは、全体的なお金のシステムを変える必要があります。

現在のお金のシステムは、租税を集めて国の収入とし、そこから予算を組み支出するという構造になっています。

しかし、よく考えれば、国家は通貨発行の権利をもっているので、税で集めなくても自らが必要な通貨を発行すればよいのです。こうすれば「財政難」などを心配する必要がありません。国家に必要なお金は、その都度、中央銀行が発行すればよいわけです。

そうなれば、あとは国民ひとりひとりが中央銀行に口座をもって、そこに必要なお金を振り込まれるようにすればよいでしょう。これこそがベーシックインカムです。

(参照:ヤニス・バルファキス『クソったれ資本主義が倒れたあとの、もう一つの世界』講談社 2021同『世界牛魔人―グローバル・ミノタウロス』那須里山舎 2021

ちょうど、電気や水道が供給されるように、生活インフラとしてのお金が直接供給される。このシステムの方が、現在の金融資本主義よりすぐれていると認識されるようになれば、ベーシックインカムはすぐに実現するでしょう。

6.お金のシステムの変革期は近い

2020年ごろから流行している新型コロナウイルスの影響で、経済の根本が痛みました。

日本では、これからの少子高齢化の影響も相まって、十分な生産活動ができなくなるとされています。2040年には、生産年齢人口比率が全人口の50%まで低下するとの予測もあります(参照:橘木俊詔『日本の構造』講談社現代新書 2021 p.51)。

地球温暖化問題も考えると、2030~50年あたりが、お金のシステムの大きな変革期かもしれません。

そのとき低成長ながら安定した暮らしを続けていくには、これまで述べてきたような、「直接国がお金を発行して、ひとりひとりに配当する国家デザイン」が必要となる可能性が高いと思います。そんな近未来をみなさんも、ぜひ、共に想像してみてください。

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