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「私に批判的であってほしい」新人区長が意外な呼びかけをした真意 東京・杉並区長の岸本聡子さん、意見が異なる住民も期待感
2022年6月に投開票された東京都杉並区の区長選は激戦となった。現職を制しわずか187票という僅差で勝利したのは新人の岸本聡子さん(48)。杉並区では初の女性区長の誕生となった。前職はオランダ・アムステルダムにある国際政策研究NGO「トランスナショナル研究所(TNI)」の研究員。公共政策を専門とし、世界中で起こっている水道事業など公共サービスの民営化、再公営化の問題を調査してきた。海外に20年あまり住み、「移民」としての生活を経験、外から日本を見つめてきた。
初めての区議会の所信表明では、議員や住民、職員に向けてこんな呼びかけをした。「区長に対してクリティカル(批判的)であってほしい」。杉並区政を運営する上で「徹底した対話」を柱に据え、対話を通じて区政を身近なこととして考える人を増やし、積極的な参加を促すことを思い描いているという。就任から半年が経過した岸本さんに、経験や考えを詳しく聞いた。(共同通信=西村誠)
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▽欧州で「移民」を経験
大学在学時に環境NGOに参加し、市民運動の世界に足を踏み入れた。パートナーのオランダ人との結婚、出産を機に2001年、オランダに渡った。理由は「私に仕事がなかったり、彼も日本語ができなかったりして、やむを得なかった」から。その後20年あまり日本を離れていた。
2003年にオランダ・アムステルダムにある国際政策研究NGO「トランスナショナル研究所(TNI)」に仕事を得た。最初は英語もままならなかったが、水問題に取り組み始めた。水の民営化は1990年代から世界的に進行。市民による激しい抵抗運動も世界各地で相次いだ。
岸本さんはTNIの同僚たちと共に、民営化以外の解決を求め調査。世界中の先進的な自治体で、民営化した後再び公営に戻したケースを調べ上げた。再公営化は水に加え、電気や住宅、福祉、医療などの公共サービスで事例がたくさんあることも報告書にまとめた。
岸本さんは経済的な側面以外に目を向ける重要性を指摘する。「これまでは効率化やコスト削減だけが語られてきた。民間がやるべきか、公営でやるべきかということを社会で熟議しないといけない」。新型コロナウイルス禍で医療現場の逼迫が大きな問題になっていることも例に挙げた。「公務には危機に対応できる余白や余裕が必要だ」
▽面食らった街頭演説
杉並区長選出馬は、青天のへきれきだったという。2022年3月、実家の両親に会うため帰国した際、候補擁立を模索していた区内の住民グループに口説かれた。それ以前からオンライン会議で打診は受けてはいたものの、直接会って話してみたところ「フィット感があった。日本にいたのは偶然というか宿命的なものを感じた」。そう感じたのは、欧州にいながら日本の社会で何ができるかをずっと考えてきたからだという。
欧州に帰って家族と話し合い、出馬を決意。杉並区に移り住み、立候補を表明した。住民グループに会ってから約2週間しかたっていなかった。
投開票日まで残された期間はわずか。杉並に友人は多くいたが、一度も住んだことのない土地だ。当初は街頭演説に面食らった。「人が聞いてないところで話すという経験がなく、自分の名前とか『選挙は重要ですよ』とか、短いセンテンスだけで話すことにもびっくりした。誰のために何のためにやっているんだろうと思った時期は確かにありました」
並行して各地区の住民と小規模なタウンミーティングを続けた結果、一定の手応えも得た。住民が話してくれたのは、学童クラブの民間委託への意見、区施設の使用料が高いとの不満、道路整備計画への疑問…。「私が知らなかった地域の課題を学ばせてもらって、地域の人たちには私の知見や経験を話した。『ただローカルな問題ではない。それは世界的に起きているんですよ』と伝えると、みんなすごく元気になってくれた」
さとこビジョンと名付けた公約は、住民グループが数年かけて作成していた内容を基に更新していった。女性を中心に、支援の輪も一気に広がった。「新しいリーダーシップを求めていた多くの杉並の区民と、私の経験や考え方が一致した。実現したい課題が明確にあって、どのようにしたいのか政策的なものが原点にあったのは大きかった」。激戦を制し、区長となった。
▽区民の意見は「杉並の宝」
岸本さんが基軸をおいているのは「区民らとの対話」だ。背景には、欧州に住み肌で感じた経験がある。気候変動やジェンダー平等などのさまざまな課題について、欧州では世論が政治を大きく動かし、市民も政治の行方に高い関心を抱いて注視していた。だからこそ、初の区議会で「区長に対してクリティカル(批判的)であってほしい」と呼びかけた。
就任後の半年間は、選挙戦でも大きな争点となった二つ①道路拡張計画②児童館など区施設の再編計画―について区民の声を聞き、対話する取り組みを続けてきた。
道路拡張を巡っては、杉並区が住民に意見を募った。拡張計画を含む「まちづくり基本方針」に対する意見は600件近く寄せられた。岸本さんはその全量を杉並区のホームページで公開。意見は道路拡張に対する賛否に加え、まちづくりへの提案も多数あり、真剣な思いがこもっていた。岸本さんはその内容を「杉並の宝」と喜んだ。
拡張計画区域の住民を招いて「さとことブレスト」と題した集会も実施。2022年中に計8回開き、手応えを感じた。「どの集会も学びがあるし、一緒に行ってくれる職員と問題意識を共有できるのも力になる」。2023年3月には、まちづくりから道路整備を考えることをテーマに公開シンポジウムを企画している。
▽大きく変えることの難しさ感じる
選挙時の公約では「道路拡張は、住民合意の得られないものはいったん停止して見直す」と主張していた。しかし、一部の区間では既に東京都による事業認可が出ている。土地買収が進んでいるケースもあり、見直しは簡単ではない。岸本さんも苦悩している。「長年進んできた事業には、これまで作られてきた合理性や理屈がある。大きく変えることの難しさを感じる。日々悩みながらいるが、結構苦しいなと思うこともある」
変えることの難しさに直面したのは、二つ目の争点だった児童館などの施設再編も同じ。杉並区によると、区は再編計画を約8年かけて進めてきた。内容は、児童館を全廃して乳幼児を対象にした「子ども・子育てプラザ」や、小学校内で子どもを預かる「放課後等居場所事業」などに再編すること。理由は、児童館の建物が古く手狭になったからなどで、児童館の数は計画前の40から27まで減っている。
ただ、保護者たちからは「子どもの遊びが制限される」と、以前から反対の声が上がっていた。このため、選挙公約では「児童館を以前と同じ数に戻すことを目指す」としてきた。
就任後、児童館の全廃計画の見直しを進めているが、そんな中、岸本さんは、「下高井戸児童館」については廃止して子ども・子育てプラザに改修することを決断。11月に発表した。理由として挙げたのは①本年度予算で改修に向けた設計の費用が既に計上されていた②下高井戸児童館のある地域にだけ子ども・子育てプラザが整備されていない―ことだった。
これに対し、保護者らはすぐに反応。「子どもを安心して預けられる場所を残してほしい」と反対し、2千筆を超える署名を集めた。杉並区議会でも「廃止を立ち止まるよう求める」「区長の説明が不足している」という意見があった。
しかし、区議会では既に廃止を含む予算案は可決されている。岸本さんは「計画は進めざるを得ないが、一つ一つの要求、心配ごとに誠意を持って答えていくしかない。杉並区として頑張ってみて、だめだった時もきちんと保護者に伝えていく」と話し、保護者に会ったり、住民説明会を繰り返したりして、地域住民に理解を求めようと苦心している。
12月下旬に地域の小学校で開いた説明会には約40人が参加。熱のこもったやりとりが続き、2時間の予定時間を約30分オーバーした。廃止に対する厳しい意見が相次ぐ。「納得できない」「どうして決定前に住民との話し合いの機会を設けなかったのか」
岸本さんは担当の区職員とともに説明。「児童館という形はできなかったとしても、皆さんと話しながら子どもの居場所をつくっていきたい」。一方では「区民が参加する形で、政策形成に当たってキャッチボールをもっとしていきたい」と自身の描く区政の姿も語りかけた。
署名活動のメンバーで、説明会に参加した井上恵さん(39)は、下高井戸児童館廃止に「悔しい気持ちがある」。岸本さんらの説明にも、ふに落ちないところは残っている。「既に廃止された児童館のあった地域のその後を検証してからでもよかったはずだ」。ただ、それでも岸本区政への期待は持ち続けているという。「対話をしようという姿勢がありがたい」
区は今後、保護者や学校、事業者らをメンバーに新しい施設の運営を協議する場を設ける予定だが、井上さんもメンバーに加わりたいと考えている。正面から区民と向き合い、語り合おうとするスタイルは、住民から一定の理解を得ていると言えるかもしれない。
▽区政を「自分ごと」としてもらうアイデア
6月の区長選、投票率は約37%だった。前回より5ポイント程度上昇したが、依然として低水準と言える。杉並区民約57万人の大半は、区政に関心が低い。この現状を変えるには、これまで関わるきっかけのなかった人たちに区政を「自分ごと」と捉えてもらうこと。岸本さんはそのための手段としても、対話が欠かせないと考えている。
区民の参加を促すアイデアは、いくつも温めている。気候変動対策を住民が議論する気候区民会議の開催や、地域で話しあって使い方を提案できる区民参加型予算。無作為抽出で区民を選び会合に参加してもらう「くじ引き民主主義」の活用を進めたいし、子どもたちにも参加してほしい。「地方自治の方から垣根のなるべく低い接点を作る作業を丁寧にやりたい。政治不信を解決するには政治の側から変わっていかないといけない」
「地方自治には希望がある」と力を込める。区長に批判的であってほしいとの訴えは、区民がそれぞれの立場で区政に目を向け、参加し、提案してほしいとの思いのあらわれだ。一番情熱があると話す気候変動危機への対策や、NGO時代に知見を蓄積した公共サービスの再生といった大きな変革を起こすため、地道な住民との対話をてこに小さな変化を積み重ねていく―。野心にあふれたチャレンジは、まだ始まったばかりだ。
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