映画『イメージの本』ネタバレ感想・解説・考察!スペシャル・パルムドールを受賞!人類の歴史を断片的な映像で描写
映画「イメージの本」は、映画界全体に名を馳せているジャン=リュック・ゴダールの最新作です。2018年のカンヌ国際映画祭では、特別賞の「スペシャル・パルムドール」を受賞した作品でもあります。
芸術性が非常に高く、難解な映画ではありますが、じっくりと観ていけば彼がこの映画に込めたメッセージにたどり着くことができるかもしれません。
今回は映画「イメージの本」のネタバレ感想・解説・考察を書いていきます。
映画「イメージの本」を観て学んだ事・感じた事
・現実に起きている悲惨な映像から感じる暴力性
・暴力と愛が交差するなかで残り続ける希望
・ジャン=リュック・ゴダールの映画を堪能できる
映画「イメージの本」の作品情報
公開日 | 2019年4月20日 |
監督 | ジャン=リュック・ゴダール |
脚本 | ジャン=リュック・ゴダール |
製作国 | スイス・フランス |
出演者 | ナレーター:ジャン=リュック・ゴダール |
映画「イメージの本」のあらすじ・内容
フランス映画界の巨匠ジャン=リュック・ゴダールが作り上げた渾身の最新作。人類の歴史を断片的な映像で描写し、暴力や戦争に満ちた世界への怒りを自身のナレーションによる独白によって表現しています。
ストーリーや出来事を追うのではなく、彼自身の思いをそのまま投げつけられるような映像体験はこれまでにない感覚に包まれることでしょう。
映画「イメージの本」のネタバレ感想
世界的な巨匠で御年88歳のジャン=リュック・ゴダール。彼が2018年に作り上げた映画「イメージの本」。抽象度の高い内容ながらも、確実に観客に訴えかけるかのうような表現はまさに芸術映画としての気高さを感じさせてくれます。
人類の歴史を断片的に追っていくようなアーカイブとしての映画でもありながら、そこにはジャン=リュック・ゴダールが感じる怒り、そしていつまでも終わることのない暴力や戦争、それでも消えることがない希望などが描かれています。
一般的な映画とは明らかに毛色が異なる映画でもあるため、気を抜いていると痛いしっぺ返しをくらってしまいそうな映画ですが、全ての意味がわからなくても、確実に心に残る何かがある映画だと思いました。
カンヌ国際映画祭で「スペシャル・パルムドール」を受賞したのも頷ける話です。ここでは、映画「イメージの本」の感想を1つ1つの項目に分けて書いていきます。
【解説】断片的につなぎ合わされる映像の数々
映画「イメージの本」の全体の構成としては、関連性があるようでない断片的な映像の数々がまるで無理やりつなぎ合わせたかのようなコラージュによって表現されています。
そして、その映像に合わせてジャン=リュック・ゴダールのナレーションが入るという形になります。
おそらく膨大な量の資料映像がこの映画には使われていると推測できます。過去の名作映画から報道映像、新たに撮り下ろされた映像の数々が無秩序に繋がっていきます。
表面的にはめちゃくちゃな映画だなと思わせられるのですが、じっくり観ていくとそこに映し出されているのは暴力的な映像、戦争による悲惨な映像、目を瞑りたくなるようなものが中心となっています。
無秩序につなぎ合わせているかのように見えても、実際のところ1つ1つのカットに意味が込められており、そこに到達するにはハードルを1つ越える必要があるのですが、自分なりに咀嚼してみることによって、解釈できないことはないくらいにまでは理解することができると思います。
全体的に感じるのは世の中に対する「憂い」や「怒り」の類の感情だと思います。その中で監督自身が世の中に向けて何かを問うている、そのような感覚に陥りました。
絶えることのない戦争、消えることのない暴力、世の中は悲しみと怒りで満ちている。そんな中で人類の歴史を視覚的に直感的に描写することによって、ジャン=リュック・ゴダールにしか伝えることができないメッセージを成り立たせているのだと感じました。
そして、それは引用され続ける映像からも明らかです。過去の映画作品はもちろんですが、報道映像で使われるようなISISや第二次世界大戦の映像、これらは全て現実に起きたことでもあり、同時に現実に作られたものでもあります。
間違いなく観客に混乱を与え続けることになる映画ではありますが、そこから感じ取れるのは秩序が整ったストーリーやあらすじでは表現できない類の表現だといえます。
斬新かつ型破り、そして自分勝手な表現手法で私たちを混乱と新鮮な映像体験に導いてくれるジャン=リュック・ゴダール。彼にしかできない、そして彼しかやらないであろう映画だと思います。
【解説】映画「イメージの本」で構成される5つの章を見ていく
一筋縄ではいかない難解な作品でもある映画「イメージの本」。映画をこよなく愛する人であれば「ゴダール爺さんやりよったな!」となるわけですが、普通に見てしまうと訳がわからず混乱してしまう可能性が高いでしょう。
ここでは、映画「イメージの本」を順序立てて紹介していきたいと思います。この映画は主に5つの章に分かれており、それぞれにタイトルが定められています。それぞれの章でどのような映像が映し出されていたのかを確認していきましょう。
第1章「リメイク」
原爆投下時の映像が引用され、重々しい音楽に乗せて第1章が始まります。ゴダールのナレーションともに、過去に作られた映画作品のワンシーンが次々と引用されていきます。
その中には暴力性の高いものが多く、それであっても中には男女の恋愛を描いたシーンなども引用されていきます。サメが人を襲う「ジョーズ」の引用までもがこの章には含まれており、「暴力」と「愛」のイメージが交差していきます。
そこから、今度は過去の記録映像が連続して映し出されていきます。第二次世界大戦の処刑映像やISISが一般人を惨殺するシーン、思わず目を瞑りたくなるような悲惨な映像が続き、残虐性の高い現実が描写されていきます。
対比的にフィクションと現実の映像が引用されているわけですが、印象に残るのは現実の残虐性です。フィクションでは暴力的なシーンがありながらも、愛をモチーフにした引用も含まれていました。
ここにはフィクションで語られない現実のおぞましさを伝えているかのようでした。確かに、映画などのフィクションで描かれる暴力は美化されて伝えられることが多いように感じます。
そして、それを見た観客は興奮し、暴力をエンターテイメントとして紹介している部分もあるでしょう。しかし、現実に起きている暴力はとても娯楽として受け取れるものではありません。
どちらも同じ暴力なのですが、そこの感覚的な違いを観客に訴えかけているかのようでした。そこにはジャン=リュック・ゴダールの怒りも含まれているのかもしれません。
第2章 ペテルブルグの夜話
映画「戦争と平和」の中にある舞踏会のシーンが引用され映し出されます。しかし、その映像は酷く歪んだエフェクトがかけられており、印象的な原色を中心とした強烈な映像に仕立て上げられていました。
かと思えば、先ほどのような現実に起きている暴力のイメージがこれに続きます。ISISの兵士たちが一般市民を銃殺していく無残な映像が繰り返されます。
そして、ゴダールのナレーションで「戦争は世界の法則であり、戦争は神聖である」という言葉が言い放たれます。
第2章はこのような構成が続いていきます。先ほどのフィクションと現実を対比させているかのような印象を与えていきます。
フィクションはどんな映像でも甘美で魅力的な一方で、現実に起きている悲惨な映像はなんとおぞましいことか。そして、戦争に対して、達観したかのような言葉を残すゴダール。どの時代においても戦争は起きており、大量の命が奪われています。しかし、人々は戦争を賞賛し、美化することによって歴史を紡いできました。
そういった人類の業を見抜き、映像として表現しているのだといえます。そして、愚かで過ちを繰り返す人類に対する嘆きも見て取れます。
第3章 線路の間の花々は旅の迷い風に揺れて
少女が駅を歩いているシーンが出てきます。列車がそこにやってきて、通り過ぎていきます。しかし、映像はだんだんと暴力的なイメージに切り替わってきます。
強制収容所に列車は向かい、人の遺体が線路の上に散らかっていきます。そして、男は列車に轢かれていきます。
また、暴力的な映像の数々を引用して私たちを不快な思いにしようという魂胆かと思いましたが、その後、映画「快楽」のシーンが引用され、男性が走り去る列車に乗った女性に手を振るというシーンで幕を閉じます。
第4章 法の精神
警察と市民が対立するシーンが映し出され、さも革命をイメージさせるかのような飲尿が続きます。そして、「民主主義」というタイトルの詩の一節が読まれ、ゴダールのナレーションによる法についての解釈が語られます。
その間にはまた暴力的な映像の数々が織り込まれ、フィクションや現実を織り交ぜた悲惨なシーンの連続で終えていきます。
第5章 中央地帯
映し出される世界は、この章からアラブ世界へと変わっていきます。東洋と西洋の違い、東洋は哲学的だという評論がありながら、映画のポスターに使われていた少年たちが海辺に佇む映像などが映し出されます。この映像は色彩豊かで本当に美しい映像でした。
残虐な映像が続く中で唯一といってもいいぐらい、観客に気持ちの良さを与える映像でもありました。
それに対比する形で西洋の戦争が連続して流れていきます。その中で、アラブ世界の映像たちが次々と引用されていきます。その中には、サマンタールという革命家の話や、中東やアラブ世界に対するゴダールの見解が語られます。
そして、この映画の終盤、これまでに引用され続けてきた映像たちが雪崩のように次々と写しだされます。
最後にゴダールのナレーションで「希望は生き続ける」と告げ、映画は幕を閉じていきます。
【考察】映画全体を通じて観客に投げかけられる暴力と愛
映画全体を通じて一貫性を持って観客に映し出されるのは映画作品や報道映像、写真や文章などを引用して作られる暴力と愛のイメージでした。
序盤では、フィクションでの暴力と愛のシーンが入り混じる中で、現実の映像では惨殺などの残虐的な映像ばかりが引用されます。
しかし、次第に現実で撮り下ろされたポジティブな映像も使われるようになっていきます。フィクションでは美しく暴力を描き、美しく魅力的な愛が散りばめられているのに対して、現実ではまるで愛などどこにもないかのような暴力の数々が映し出されます。
それは間違いなく私たちが暮らす世界での現実であり、普段目を背けていきている分、それを直視させられることにインパクトが残ります。
しかし、現実の世界はこれほどまでに無残で悲しく、暴力にあふれていながらも、ジャン=リュック・ゴダールは「希望は生き続ける」と告げて映画を終えます。
ここに私たちにとっての救いがあると感じました。フィクションのように現実の世界は魅力的ではないかもしれないが、それでもささやかな愛は存在しており、それを希望に生きることを続ける必要があると訴えているのかもしれません。
映画が現実をモチーフに切り取られた作品だとするなら、映画に存在しているものは現実に存在していると考えることもできます。
これまでの映画史の中でも、確かに愛は生き続けており、いくら現実が悲惨で無残であっても、映画の中に存在し続ける限りは消えることはないというメッセージなのだとも思えます。
さまざまな解釈が可能となる映画でもありますが、この映画の大きなテーマはおそらく「暴力」と「愛」なのかもしれません。そして、この世界は戦争や暴力に満ち溢れている中でも、希望は生き続けるという確かなメッセージを伝えてくれます。
【考察】タイトルの『イメージの本』について
この映画を考えるときにタイトルの「イメージの本」について触れないわけにはいきません。
ジャン=リュック・ゴダールはこの映画のインタビューの中で、「私たちに未来を指し示すのはアーカイブだ」という言葉を残しています。
そして、膨大な映像を引用して構成されるこの作品は、まさに人類の歴史を映像(イメージ)で表現した1冊の本という解釈もできます。
引用される映像が切り替わるたびにページがめくられていき、人類という大きな物語を映画の中に詰め込み、私たちに投げかけているといえます。その本の中には、ほとんどが暴力的なシーンで占められており、人類が繰り返してきた過ち、それを顧みることなく消えることがない戦争と暴力を見せつけてきます。
人類の物語というテーマを考えたとき、おそらくそのほとんどは美化されたものとして伝えられることが多いでしょう。しかし、この作品では人類の愚かな姿、変わることがない姿を伝え、混乱を招きながらも目を覚めさせてくれます。
映画「イメージの本」は、そんな巨大な物語を84分という尺に収めた作品なのかもしれません。
【解説】スペシャル・パルムドールを受賞するジャン=リュック・ゴダール
ジャン=リュック・ゴダールはフランス映画界の巨匠でもあり、1950年代に始まったフランスの映画運動「ヌーベルバーグ」の旗手でもありました。
「勝手にしやがれ」「気狂いピエロ」などの作品でも知られており、御年88歳になった現在になっても監督業を務めるフランス映画界のレジェンドでもあります。
そして、2018年に4年がかりで制作された最新作の映画「イメージの本」は、カンヌ国際映画祭の最高の栄誉が送られるパルムドールではなく、特別賞の「スペシャル・パルムドール」が送られました。
これはその年のカンヌ国際映画祭で特別に作られた賞でもあり、ジャン=リュック・ゴダールに相応しいものでもあります。おそらく何かと比べることができないほどのオリジナリティ、そして映画監督としてはある意味「孤高」で「孤独」な存在なのかもしれません。
映画「イメージの本」は難解な芸術映画に挑んでみる価値のある作品
映画「イメージの本」は、表面的に理解するのが非常に難しく、娯楽映画を求めて映画館に行くと、間違いなく期待はずれで終わってしまう可能性が高い映画です。しかし、難解ながらもそこには核となるテーマが存在し、私たちに直感的で印象的なメッセージを伝えてくれます。
映画界全体を通じても大巨匠として君臨するジャン=リュック・ゴダール。彼の最新作を観るというのは映画ファンならマストといえるでしょう。
実験的で自由奔放、破茶滅茶ながらも支持され続けてきたジャン=リュック・ゴダールの作品にぜひ挑んでみてください。
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