2023年10月9日月曜日

オミクロン株は、どこからやってきた? その起源は「ネズミ」かもしれない | WIRED.jp

オミクロン株は、どこからやってきた? その起源は「ネズミ」かもしれない | WIRED.jp

オミクロン株は、どこからやってきた? その起源は「ネズミ」かもしれない

新型コロナウイルスの変異株として2021年から広まったオミクロン株。米国の研究チームがこのほど発表した論文によると、その起源となる最初の宿主は「ネズミ」だったかもしれない。

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Photograph: Carlina Teteris/Getty Images

新型コロナウイルスのオミクロン株は、いったいどこからやって来たのか──。これは新型コロナウイルスのパンデミック(世界的流行)における不可解な疑問のひとつである。感染力が非常に高く、素早く変異を繰り返すこの株が現れたのは、21年11月末のことだ。

科学者たちがオミクロン株の遺伝子配列を分析したところ、以前に流行したデルタ株やアルファ株とは関連性がないことが判明した。そして最も近い祖先をもつ共通のウイルスから分岐した時期は、パンデミックが始まって最初の数カ月、つまり1年以上前にさかのぼっていた。ウイルスが複製されていく時系列で見ると、かなり早い時期に分岐していたということになる。

しかし、この点が不可解なのだ。2カ月の間に120カ国以上で広まるほど感染力が高いにもかかわらず、なぜこれほど長期にわたって発見されなかったのだろうか。

この謎を突き詰めていくと、もうひとつ別の疑問が浮かび上がる。オミクロン株が、初期の変異株からではなく並行して進化したのであれば、その間どこに潜んでいたのか、という疑問だ。

浮上した有力な仮説

いくつかの仮説が立てられている。オミクロン株は外部との接触がほとんどなく、遺伝子の解析と縁遠かったヒトが保有し、潜伏していた説。2つ目は、ウイルスに打ち勝てないほど免疫力が低下したヒトに感染することで、ウイルスが複製し変化する余地があったという説だ。

そして3つ目は、ヒトではなく動物の世界に戻って潜伏していたという説である。最初に宿主となったコウモリではなく、新しい突然変異を誘発するような別の動物を宿主としていたことが想定されている。

これは正式には逆人獣共通感染症、通称「スピルバック」と呼ばれる現象で、感染にまつわるリスクとしてすでに知られている。ウイルスが全世界に広がり始めてからわずか数カ月後の20年4月、オランダのミンクの養殖場で感染が発生し、数百万匹のミンクが死亡するか、感染拡大防止のために殺処分対象になった。ところが、それから数カ月で再びヒトに感染したのである。

この3つの仮説のうち、どれがオミクロン株の誕生を正確に説明するものなのか、誰も正確にはわからない。また、オミクロン株自体があまりに素早く変異することから、この分野の研究が優先されることはなかったのだ。

こうしたなかミネソタ大学の研究チームが発表した研究結果は、この議論を再び活気づけるものだった。研究チームの分析によると、オミクロン株はネズミに適応し、ヒトに感染する前に遺伝子に変異が起きたことを示している。

「こうしたオミクロン株の変異は、ウイルスがある動物から別の動物に感染するときに残した進化の痕跡なのです」と、ミネソタ大学のコロナウイルス研究センター(CCR)の所長で薬理学教授のファン・リーは声明で説明している(リーは取材への回答は差し控えた)。

オミクロン株の変異の痕跡

研究者らは科学誌『米国科学アカデミー紀要(PNAS)』に掲載された研究で、構造生物学的な手法(ウイルス内の分子の形状を調べる手法)を用いて、細胞への侵入を可能にしているオミクロン株のスパイクタンパク質の変異を調べた。その結果、ネズミの細胞内に存在する「ACE2」という特定の受容体と結合する効率が、ヒトの細胞内に存在する受容体と結合する効率よりも高くなるよう変異していたことを特定したのである。

この結果を検証するため、研究者らはオミクロン株と同じスパイクタンパク質を発現する、感染を引き起こさない疑似ウイルスをつくり、ネズミかヒトの受容体を含むように設計した細胞との結合を観察した。すると、オミクロン株はネズミの受容体との親和性のほうがヒトの受容体との親和性より高いことがわかったのだ。

ネズミがオミクロン株の出現を促す役割を果たしたことを示唆する論文は、以前もあった。中国科学院の研究者たちがレーザー分光法によるオミクロン株の変異の分析結果を発表したのは、21年12月のことである。この研究によると、オミクロン株の進化の速度はヒトが保有した場合の速度とは一致しないが、より変異が早く起きるげっ歯類が保有した場合の速度と一致することを示していた。

さらに研究チームは新型コロナウイルスの研究のために、ネズミにウイルスを実験的に感染させた。すると、以前の新型コロナウイルスの株で見られたオミクロン株の特徴の変異もいくつか確認できたのである。

とはいえ、以前の研究でも今回の研究でも、オミクロン株の起源を解明するには至っていない。「この研究結果は、オミクロン株が動物から来たという仮説にいくらか現実味を与えるものです」と、カナダのサスカチュワン大学のワクチンと感染症研究所のウイルス学者であるアンジェラ・ラスムセンは説明する。「そこから発生したと断言できるほどの情報ではないでしょうが、この仮説を引き続き検証する価値があることを示す情報であると言えます」

新型コロナウイルスは人と動物の間を行き来する

また今回の研究結果は、新型コロナウイルスが野生動物や家畜とヒトの間を行き来できるという事実を強調している。ミンクへの感染が発覚した20年以来、多くの動物に感染することが判明しているのだ。

ウィーン獣医科大学の研究者と米国の野生生物保全協会が作成したオープンアクセスのダッシュボードによると、31種類で735件の感染が確認されている(ダッシュボードに使われているソフトウェアは公式な情報源からしかデータを収集していないので、この数字は実際の発生件数より確実に少ないと言える)。このうちタイのネコ香港のハムスターは、新型コロナウイルスの変異株に感染しただけでなく、飼い主にもウイルスをうつしていた。

「ウイルスを混ぜ合わせ、ヒトへのスピルバック感染のリスクをもたらすような野生動物の宿主の候補に、もっと注意を向ける必要があります」と、テキサスA&M大学の獣医生態学者で疫学の教授であるサラ・ハマーは説明する。

ハマーの研究グループは、パンデミックの発生当初にダニが媒介する感染症やシャーガス病といった動物からヒトにうつるほかの感染症の研究から、新型コロナウイルスの研究へと移行した。そして、これまでに飼い犬や飼い猫、飼育されているオジロジカが新型コロナウイルスに感染することを報告している。

ウイルスに感染した野生動物がウイルスを媒介するかどうかを突き止めることは、研究上の大きな課題である。野生動物は不幸な犠牲者で、ウイルスの宿主としては終着点の可能性があるのだ。

カナダの複数の大学と連邦政府機関の研究者たちが、森林地帯や郊外に生息するシカシロアシネズミを使った研究結果を発表したのは21年のことである。この研究の実験では、新型コロナウイルスに感染させたシカシロアシネズミはウイルスをばらまき、ほかのシカシロアシネズミを感染させる可能性があることを明らかにした。

一方で、この研究結果がネズミ間、あるいはヒトへの継続的な感染リスクを示すものであるか判断することはできないと、カナダ公衆衛生庁で呼吸器系ウイルスの高度な封じ込めについて研究を主導する研究員のダーウィン・コバサは語る。現実の世界での動物と人間の接触を追跡することは難しいからだ。

「ネズミはネコの獲物になる可能性があるので、ネズミからネコを介してヒトに感染するという間接的なつながりがあるかもしれません」と、コバサは説明する。「あるいは、ネズミと人間が接触するような環境もあるかもしれません」

ウイルスを保有する動物の役割や、人間にとって新たな脅威となるほどウイルスが変異する十分な期間にわたって動物がウイルスを保有できるかという点について、全員の意見が一致しているわけではない。多くのデータが蓄積するにつれて考えを変えた科学者もいる。

ミズーリ州とニューヨーク州の研究者たちが廃水からウイルスの遺伝物質を抽出し、調査したのは21年のことだ。この調査結果から研究チームは、ヒトがウイルスを保有した場合ではほとんど確認されていない「潜在的変異(cryptic mutation)」と呼ばれる変異に、ネズミが保有した場合の特徴を見つけたかもしれないと考えた。ところが、それから1年が経った現在、研究者らはこの研究結果を解釈し直し、長期にわたり感染症に苦しむ免疫不全の人が偶然にもウイルスの進化を促す役割を担った可能性を支持するほうに傾いている。

「感染症が長引く患者で見られた変異の多くは、オミクロン株で現れた変異と同じものであり、潜在的変異のサンプルに現れた変異とも似ています」とニューヨーク市立大学クイーンズ校のウイルス学者で生物学の教授であるジョン・デネヒーは説明する。「多くの人がネズミやラットが新型コロナウイルスを保有していないか探しましたが、このような潜在的変異、それどころかオミクロン株に似たようなものは見つけられなかったのです」

野生動物への感染を監視できるか

ウイルスを保有する可能性が高い動物を研究しようとする科学者が、研究プログラムを設計する上での選択肢は限られている。いまある最も強力な動物の疾病の監視プログラムは、鳥インフルエンザにかかる家禽や、慢性消耗病にかかるヘラジカやムース、シカのように、産業や生態系に深くかかわる動物を対象としているからだ。

複数の生物にまたがる潜在的な脅威に対する非常に広範な監視を実施することは、パンデミック予防の夢である。しかし、研究者が望むような資金提供や予測の精度には至っていない。

ほかの病気の研究に用いられているプログラムは、ウイルスが野生動物から再びヒトに感染する脅威を特定する上で役立つだろうと、テキサスA&M大学のハマーは考えている。ただし、少し手助けが必要だ。

「野生動物を安全に捕獲し、サンプルを採取してから解放する技術をもつ野生生物学者や野生動物の獣医師は十分にいます。また、中和抗体の有無や活動的にウイルスを拡散しているか迅速に把握するための研究所の専門性もあります」と、ハマーは説明する。

ダニが媒介する感染症の追跡調査において、ハマーはもともと必要としていた血液サンプルに加え、野生動物の鼻咽頭ぬぐい液を採取するようになったという。「それをマイナス60℃以下の冷凍庫で保管しています」と、ハマーは説明する。「新型コロナウイルスを調査できるリソースが揃うときを待っている状況なのです」

WIRED US/Translation by Nozomi Okuma)

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