2023年3月11日土曜日

インド北東部におけるブネイ・メナシェと中国エクソダス論

 


《…集合的自称として一部の集団に使われることのある「ゾミア」の Zo が中国語の Zhou「周」に似ているといったこじつけを根拠にして自分たちが周王朝の戦乱を逃れてきた遺民であるという言説が広く行き渡っている。これも一種の流行であって、クキ・チン系諸民族に伝わる古伝承を辿っても現ミャンマー領以外の地からの移動を確かめることは出来ず、中国エクソダス論もユダヤ起源論と並行した空想に過ぎないが、一方で中国に渡ったマナセの子孫を起源に想定するという折衷言説すらも生まれている。》


「一方で中国に渡ったマナセの子孫を起源に想定するという折衷言説」


具体的に知りたい。

知識人の頭の硬さは今のところどうでもいい。


https://www.jstage.jst.go.jp/article/jasca/2022/0/2022_G06/_pdf/-char/ja


インド北東部におけるブネイ・メナシェと中国エクソダス論

 クキ・チン系諸民族の起源をめぐる言説の展開と錯綜  村上武則(京都大学) 

 ブネイ・メナシェとはヘブライ語聖書(旧約聖書)に言及されるイスラエルの失われた10支族の1つである「マナセの子孫たち」を指し、実際にこの名前を自称として用い自身がユダヤ人であると主張するチベット・ビルマ系クキ・チン諸語を話す集団がインド北東部のマニプル州とその南西に隣接するミゾラム州に存在している。現地の保守的なクリスチャンやマニプル州のクキ・チン系諸民族と対立関係にある北部の「ナガ」系諸民族からは怪しげなカルト集団であるとみなされてはいるが、実際これまでに数千人以上がイスラエルの帰還事業団体から公式にユダヤ人であるとして認定を受けイスラエルに「帰国」している。インドとミャンマーの国境地帯の少数民族がユダヤ人を自称しイスラエル国籍を付与されたという話はインドとイスラエルの国内外にとどまらず世界中のマスメディアの好奇の視線を浴びてきたが、実際にこの地域でのフィールドワークを行ってきた発表者の観察と見聞ではこのユダヤ起源言説にはいくつかの並行現象と濃淡差が認められることを指摘したい。まずユダヤ起源論の適用対象については a. クキ・チン系諸民族全てがマナセの子孫のイスラエル人であると思い込んでいる集団。 b. クキ・チン系諸民族の中に起源を異にするマナセの子孫のイスラエル人が紛れ込んでいて、それが自分たちであると信じている集団。 の二種類が存在し、前者はクキ・チン系諸民族の解放闘争やキリスト教のメシア思想と強固に結びついているが、後者は同じ言語を話す元の同族集団にすら帰属意識を持っていない。 宗教的実践の面から分類すれば、 1. 自分たちをユダヤ人であると信じイスラエルのラビの導きによってユダヤ教への「改宗」を行い、厳格なユダヤ教を実践しイスラエルへの帰還を目指している集団。 2. 自分たちをユダヤ人であると信じ自己流の解釈に基いてユダヤ教を実践しており、イスラエルへの帰還を目指している集団。 3. ユダヤ人起源説を信じているがキリスト教を信仰しイスラエルへの帰還の意図が無い者。 4. ユダヤ人起源説を否定しており、キリスト教を信仰している者。 の四種類に分けることが出来る。ブネイ・メナシェに該当するのは1と2の一部に限られるが、実際には3のように一般のキリスト教徒にも影響が及んでいる。  歴史的に見ればこのユダヤ教への「改宗」とユダヤ人起源論の普及拡散はインド独立とインド北東部の情勢不安定化によって西洋人宣教師の布教活動が困難になった20世紀以降半に現れた現地キリスト教の原理主義化、土着化によって生じたものとも考えられる。また、英語が読めない現地キリスト教徒の大多数は19世紀末~20世紀初頭の集団改宗の開始以来、新約聖書以外の聖書を見たことが無く、ヘブライ語聖書の全訳が現地のクキ・チン系の最大言語であるミゾ語に翻訳されたのが1959年であり、他の小さな言語ではさらに翻訳が遅かったか、あるいは未だに新約聖書しか翻訳が存在していない。それは彼らにとってヘブライ語聖書が一種の「新しいキリスト教」として、多くの場合は西洋人宣教師あるいはユダヤ教徒の指導を伴わずに下された教えであったということに留意する必要がある。これは現地での宣教活動の遅かったカトリックがプロテスタント側から歴史の浅い一種の新宗教として見られているという事態とも並行する現象である。さらにクキ・チン系諸民族の社会では首長権力が絶大で首長の一存で村全体の宗派が変更されることが当然視され、個々人がユダヤ人起源論やユダヤ教信仰を理解した上で受け入れていなくても前述の1や2の立場に身を置かざるを得ないことも考慮すべきである。そしてマニプル州南部は長老派教会が多く、長老派は最初期の宣教師たちの後継者を巡る対立などにより教会組織が分裂し、教義の統制を行う中心が実質的に存在していない。これはマニプル州北部の「ナガ」系諸民族の間ではバプティスト・コンベンションによる教義の統制と教会間の連携がある程度機能していることと対照的である。


 一方でこの「クキ・チン=ユダヤ同祖論」とは別にクキ・チン系諸民族の故郷を中国に求める起源論が普及しており、集合的自称として一部の集団に使われることのある「ゾミア」の Zo が中国語の Zhou「周」に似ているといったこじつけを根拠にして自分たちが周王朝の戦乱を逃れてきた遺民であるという言説が広く行き渡っている。これも一種の流行であって、クキ・チン系諸民族に伝わる古伝承を辿っても現ミャンマー領以外の地からの移動を確かめることは出来ず、中国エクソダス論もユダヤ起源論と並行した空想に過ぎないが、一方で中国に渡ったマナセの子孫を起源に想定するという折衷言説すらも生まれている。 本発表ではこのクキ・チン系諸民族の起源論について、フィールドワークおよび現地語出版物を通じた分析に基いてその展開と現在の錯綜について論じる。 キーワード インド北東部、ゾミア、民族起源論、キリスト教、ナショナリズム 

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