2023年3月15日水曜日

朝日ジャーナル1985/04/19 ゴダール評

1985年にゴダールの撮ったレナウンCMは2本。話題にならなかった方を批評していて貴重。



文化'85 
八〇年代に入ってからのゴダールの 創作欲には驚くべきものがあるのだが、 今度はレナウンのCFを撮った! わずか三〇秒の映像にあふれる甘美で ノスタルジックな光景。ゴダールの 転身を非難すべきだろうか。 

 CF 
 あのジャン=リュック・ ゴダールがこともあろう に日本のコマーシャル・フィル ムを撮ってしまった。スポンサ はレナウン。テレビ朝日の 「日曜洋画劇場」を中心に三月中 旬から放映され、六月まで一〇 回流して終了するという。わず 三〇秒の音と映像だが、後々 まで「幻の作品」として話題を 呼ぶことだろう。 
 バッハの『教会カンタータ』 が流れるアパルトマンで、デー トのための身づくろいをしてい る若い女性がいる。彼女は書物 の頁を開き、ブラウスにアイロ ンをかける。 衣装箪笥から出し たブレスレットを取りかえてみ たり、鏡に見たてた油絵のカ ンバスの前でイヤリングをつけ る。口から何げなく洩れる鼻 唄。「わたしは情熱(パッション)。あなたは 情熱。禁止の牢獄から放たれた 魂のかけら…..…..」。最後に彼女 はルージュで鏡にB・B・N・ Yと書きつける。 レナウンの婦人服のブランド名である。 
 根津甚八による「多情多感な 「毎日」というナレーションは、 日本側で加えたものらしい。撮 影は三日間、今年の一月にジュネーブで行われた。 「情熱(パッション)」 と「ファッション」を語呂合わ せするあたり、ユーモラスだが、 ゴダールの映画を見たことのあ る観客ならただちに一昨年公開 された長編『パッション』との 類似を認めるはずだ。 アパルト マンの壁にはルノワールやダ ビンチの複製が飾られ、画面 アップで挿入される。ヒロインはあたかも泰西名画の女性を 真似るかのように化粧をする。 『勝手にしやがれ』のジーン・ セバーグが、部屋にルノワール の少女像のポスターを貼ってい たことを想起してもいい。これ はかくも甘美でノスタルジック な光景なのだ。 
 ゴダールの転身を非難すべき だろうか。映画とビデオはカイ ンとアベルの間柄だと断言し、 『6×2』で今日の広告写真の 映像を告発した神話破壊者と、 このB・B・N・Yの魅惑的な 映像の操作者の間に矛盾を認め るべきだろうか。周囲の五月蠅(さばえ) なす喧噪を無視して、ゴダール はいつもあっけらからんと事を 行ってしまう。いかなる動機づ けも弁解もなく、だしぬけに作 品を完成してしまう。そして、 一度行われてしまえば、それは もうどの方向から眺めてもゴダ ールなのだ。『カルメンという 名の女』の監督は、同時代の反 応に無関心であることを許され た稀有の作家である。
  八〇年代に入ってからのゴダ ールの旺盛な創作欲には驚くべ きものがある。『聖母マリア』 が早春のパリで公開されたかと 思うと、ロック歌手ジョニー・ アルディを主役にした『探偵』 撮り終わったというニュース が届く。 銀座プランタンで開催 された「フランスビデオアート 展」には、J=P・ファルジュ による『ソレルスとゴダールの 対談』が出品されていた。マリ アはヒステリーであったか。精 神分析に行く必要があったか。 誰が聖母を恐れるか。パンを食 べ、水を飲みながら熱心に語る ゴダールとソレルス。 二人に共 通しているのは、放棄と転節の 大いなる才能である。





(剛)

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