横浜・苅部農園のユニークネス経営|週12時間「旬の露地野菜だけの直売所」と「苅部ブランド」で勝負
苅部農園は、多品種少量栽培の典型的な都市近郊農家ですが、「週12時間・旬の露地野菜だけを売る」という直売所に販路を絞ることで経営的な成功をおさめています。その成功要因と背景にある地域農業への思い、担い手を育てる活動についてお話を伺いました。
苅部農園は、多品種少量栽培の典型的な都市近郊農家ですが、「週12時間・旬の露地野菜だけを売る」という直売所に販路を絞ることで経営的な成功をおさめています。その成功要因と背景にある地域農業への思い、担い手を育てる活動についてお話を伺いました。
目次
苅部農園 代表 苅部博之(かるべ ひろゆき)さんプロフィール
消費者の近くで野菜を栽培する強みを生かし、直売を主に
「旬の野菜を売る直売所」という選択の理由
「当日採れた野菜を当日売り切る」選択と集中が成功した理由
鮮やかな色の苅部ブランドの野菜が農園の認知度アップに
地域農業の活性化を目指し、新規就農者を支援
「次」を実現するために「チャレンジのタネをまき続ける」
苅部農園 代表 苅部博之(かるべ ひろゆき)さんプロフィール
苅部農園 代表 苅部博之さん
出典:苅部農園ホームページ
江戸時代から続く農家を継いだ後、20数年前に市場への出荷から自ら運営する直売所での販売に軸足を移すことを決断。露地野菜を収穫当日に販売する手法を経営の基盤としつつ、農家になったときからの夢だという「苅部ブランドの野菜」も開発する。
消費者の近くで野菜を栽培する強みを生かし、直売を主に
苅部農園は、横浜市の中央部に位置する保土ケ谷区で、江戸時代から続く農家です。横浜駅を起点とする私鉄の駅近く、交通量も多い国道の脇に広がる丘陵地に約2.5haのほ場を持ち、年間100種類ほどの野菜類や果樹を露地で栽培しています。
現在、苅部農園を経営する苅部博之さんは、大学卒業後、一般企業に就職しますが、1996年に就農のため退職。しばらくは父親と一緒に農業を続け、1999年に農園の直売所「FRESCO(フレスコ)」をオープンしました。
それから次第に、市場出荷からフレスコでの農産物販売に軸足を移し、オープンからおよそ5年後に直売のみに完全移行しました。
都市部の農家が評価されない市場への疑問
開店20年目を迎えた直売所フレスコ
出典:苅部農園ホームページ
神奈川県横浜市は、市域の約7%に当たる2,850haが農地として点在しており、市内農家の農業産出額は約112億円で、県内1位と推計される生産地でもあります。
出典:横浜市環境創造局農政推進課・農業振興課「横浜の農業令和元年9月作成(令和2年12月改定)」
苅部さんが就農した当時の苅部農園は、キャベツを主力に葉菜類や大根などを生産していました。有名産地からの出荷量が減り、品質もあまりよくない時期に出荷をしても、市場では苅部農園の出荷した野菜類より有名産地のものへの評価が高かったといいます。
苅部農園 代表 苅部博之(かるべ ひろゆき)さん(以下役職・敬称略) 私の父は市場出荷への強いこだわりがあり、また、市場の値頭になるほど優良な作物を作っていました。
それでも市場は大量出荷をする有名産地の農産物を高く評価し、都市部の農家はなかなか実力を認めてもらえません。
神奈川県内で見れば横浜市の農家の出荷量はそれなりに多いのですが、やはり有名産地とは比べものになりません。そうした市場での存在感の薄さ、出荷量が安定しないことなども横浜市の農産物の評価が低い要因だったと思います。
こうした状況で、今後も横浜市の真ん中で農業を続けていく意味があるのか?と疑問を感じていたのです。
「横浜市」の消費者に自園の作物を届けたい
神奈川県横浜市は、人口約378万人を抱える農産物の巨大消費地でもあります。
出典:横浜市「推計人口・世帯数【最新】(最終更新日 2021年5月12日)」
苅部 横浜市の真ん中で農業を続けていく意味を考えると、地元横浜市の消費者に、横浜の農家が作る質の高い野菜を届けたい。
その思いから、市場を通さない直売所の開設を決意しました。
多くの消費者を抱える横浜市内には、生産者個人や生産者グループ、JA、企業など多様な運営主体による直売所があります。ただ、その中でも苅部さんのような専業農家で直売所販売のみで経営を行っている例は珍しいといえます。
「旬の野菜を売る直売所」という選択の理由
店頭に並ぶ色彩豊かな旬の野菜がお客さまの目を引く
出典:苅部農園Facebook
フレスコの特徴は、農園で採れる旬の作物を中心としていることで、店頭には、季節ごとに旬の露地野菜が並びます。
「顧客に近い」からこそのユニークネス
苅部さんが知る限り、開設当時はこうした露地野菜だけの常設の直売所は周囲に見当たらず、JAの直売所や生産者が主体となったファーマーズマーケットなども盛んではなかったといいます。
苅部 オープン前、横浜市内はもちろん県内の三浦市や鎌倉市、都内では練馬区などにも視察に回ったのですが、目につくのは果樹やハウス栽培の野菜を中心とした直売所ばかりです。
その際にいただいた助言も「単価が高く、味が分かりやすい作物を直売所のメインにして通年販売すべき。主力商品があれば、ほかの作物も売りやすくなる」というものでした。そして、私が考えていた旬の露地野菜だけの直売所は難しいだろうと心配されました。
しかし、苅部さんはその頃から「消費者に近い都市部の農家だからこそ、旬にフォーカスした情報を発信してアピールし、顧客との信頼関係を築いていきたい」と考えていたため、「旬の野菜を売る直売所」というコンセプトを貫きました。
顧客との信頼関係の構築に注力した数年間
フレスコがあるのは、横浜駅から私鉄に乗って10分ほどの駅近く。交通量の多い国道16号のすぐそばとはいえ、道を1本入った場所で、周囲には人通りを期待できる商店街もないため、オープンして数年間の売り上げは低調だったといいます。
苅部 とはいえ売っている作物の種類は一般的な八百屋さんとさほど変わらず、旬のものしか置かないので、お客さんからしたら「今日はキャベツはあったけど、一緒に買いたかったトマトがない」というような中途半端な店だったでしょう。
一時は国道沿いに看板を出して集客しようと考えましたが、存命だった父から「野菜がおいしければお客さんは口コミで来てくれる」と反対されて断念しました。
その言葉のおかげで、お客さんの満足度を上げ、信頼関係を築くことに注力できたと思います。
苅部農園のモットーは「安心」と「おいしさ」を直接お客さまに届けること
出典:苅部農園ホームページ
「当日採れた野菜を当日売り切る」選択と集中が成功した理由
フレスコでは年間30種類ほどの野菜の販売からスタートし、現在は年間100種類、常時20~30種類ほどの野菜類や加工品などを販売しています。
質のよい作物を直売所に集中することで固定ファンが増加
売り上げが伸び始めたのは、市場への出荷をやめて直売のみに絞った頃から。質のよい作物をすべてフレスコで売れるようになったこと、買ってくれた顧客が次第に固定客になってくれたことなどが要因だと苅部さんはいいます。
苅部 直売を始めたばかりのとき、お客さんから「この前の野菜はおいしかった」と味で評価されてとても感動しました。市場では規格に合っているとか、出荷量が多いとか、そうした評価が中心でしたから。
旬の作物の味や鮮度をアピールして売るには、お客さんとダイレクトに接する直売が向いていると実感しました。横浜市という都市部で生産する農家の一人として、地元での地産地消をめざしています。
フレスコの営業時間は毎週月・水・金の14時から18時、週12時間のみ(3~4月上旬は端境期のため休み)ですが、年間の売り上げは市場出荷のときより確実にあがっているといいます。
農作業や直売所の運営は苅部さんとその家族が中心となり、フレスコにパートを数名雇用するほか、就農希望者や地域住民による農作業のサポート(後述)もあります。
「旬」と「鮮度」のアピールに徹した品ぞろえ
旬の作物を売りにする直売所にふさわしく、鮮度にこだわった品ぞろえが特徴です。直売所を開店する日の朝、店舗の目の前にある畑から作物を収穫し、洗浄して袋に詰め、午後に販売しています。品薄になったらまた収穫して並べるなど、鮮度重視は徹底しています。
さらに、店内の売場も鮮やかな色合いの野菜を見やすく並べるなど、旬を感じられるように工夫しています。営業時間中に予定数を売り終えることがほとんどですが、残っても次の営業日に持ち越さないで、加工するか自家消費で使い切るとのことです。
加工品の一つである漬物は自家生産しています。トマトジュースやネギを使った調味料などは外部委託で製造し、フレスコで販売します。このほか地元の飲食店と直接取引して、プロの技で苅部農園の野菜のおいしさを引き出してもらうなど、地域とのつながりも広げています。
トマトジュースは7月〜12月、西谷ねぎじゃんは5月〜9月と加工品も旬にこだわる
出典:苅部農園ホームページ
積極的な情報発信と見学ツアーで顧客との関係を深く
また、苅部さんは直売所のオープン当初から積極的に情報発信をし、顧客に安心して買ってもらえる関係づくりに取り組んできました。
苅部 現在はSNSなども活用しますが、説明するより見ていただくほうが理解していただけることもあるので、直売所を作ったときから20人程度の規模で畑の見学ツアーを続けています(現在は新型コロナウイルスの影響で一時休止中)。
例えば、当農園は堆肥を使った旧来の農法が中心で、その堆肥も横浜産の稲わらや米ぬかを使って、堆肥の原料から地産地消にこだわっているといった思いを、実際に堆肥を作る現場を見ていただきながら伝えるのです。
当農園では農薬を使わずに育てることも多いのですが、農薬を使う場合はなぜ使うのかまで、正直にお話ししています。
■苅部農園のホームページとSNSはこちらから
ホームページ:「FRESCO | 横浜の直売所」
ブログ:「横浜野菜の店FRESCOブログ」
Instagram:「フレスコ 農家 横浜 新鮮路地野菜直売所」
Facebook:「Fresco」
鮮やかな色の苅部ブランドの野菜が農園の認知度アップに
フレスコのもう一つの特徴が、苅部農園で育てたオリジナル野菜を販売していることです。
これは苅部さんが市場に出荷していた時代、有名産地の農産物が一種のブランドとして評価されていたことから、「横浜市で直売するならオリジナルの横浜ブランド、苅部ブランドでアピールしたい」と考えたからです。
最初に苅部さんが生み出したオリジナル野菜は、首の部分が紫色からピンク色のグラデーションになる「苅部大根」で、これは約10年かけて開発したといいます。辛さは控えめで甘みがあり、さまざまな料理に使えます。
その後、地元野菜の西谷ネギをもとに開発した「苅部ネギ」は栽培から収穫まで約1年半かかり、収穫に適した時期は3週間程度という旬を感じられる野菜となっています。さらに、「苅部人参」もツートンカラーの彩りが特徴的なオリジナル野菜の一つです。
新しい品種の開発は、苅部農園のほ場が数ヵ所に分かれている点を生かして、4、5ヵ所の独立したほ場を実験用ほ場として使っています。オリジナル野菜には開発費用をほとんどかけず、掛け合わせる野菜同士を近くに植えて自然受粉させ、時間をかけて生み出す方法を取っています。
常時数種類の開発を進めていますが、完成時期はわからないので、「直売所の安定した経営があってこそオリジナル野菜を作る余裕ができる」と苅部さんは話します。
苅部 苅部ブランドのオリジナル野菜の出荷量は少ないですから、一般の方に知っていただくには、珍しい色合いなど一目でほかの野菜との違いがわかることも大切です。
加えて地元メディアの取材は断らずに対応して、多くの方に認知していただく機会を逃さないようにしています。
自分だけが『ブランドだ』といっても、皆さんにそう思ってもらえなければ意味はありませんから。その点、当農園のブランド野菜は色がきれいなせいか、新聞などでもカラー面に載ることが多かったのは予想外のメリットでしたね(笑)。
オリジナル野菜の苅部大根。受験期の冬は「受かるべ大根」として出荷
出典:苅部農園ホームページ
地域農業の活性化を目指し、新規就農者を支援
横浜市の農業従事者も次第に高齢化が進み、苅部さんの農園がある保土ケ谷区や隣接する地域にも作物が作られていない農地が目立ち始めています。
新規就農希望者はいるものの、既存の農家から土地を借りる場合などは、一定の農作業経験が求められることがほとんどのようだと苅部さんはいいます。
苅部 就農を希望する人も農作業を経験して、就農後も続けられるかどうかを確認したいでしょう。とはいえ、いきなり仕事を辞めて農業大学校のようなところで1年なり2年なり勉強するのはハードルが高いと思います。
そこで正式なプログラムではありませんが、当農園で週に何日か、仕事を続けながら参加できる農業体験の機会を設けています。
苅部さんは地域農業の活性化に役立てばとの思いもあり、土作り、播種、収穫、販売という農家の仕事を通年で体験する「百姓塾」(定員2名・年会費1万円・1年を通じて最低でも週1回以上)を開催しています。
特定のプログラムを用意するのではなく、ほとんどの仕事を苅部さんと一緒に行う実践的なものです。
また、就農までは考えていないが、農業を経験してみたい人には「農業塾」(定員若干名・年会費1万円・週1回以上)も開催しています。
これらの塾は、農作業の過程で塾生が興味を持った野菜を栽培(塾生農園での栽培など)し、収穫した野菜を東京や横浜のファーマーズマーケットで販売する体験までを行っています。
このようにして農作業だけでなく、販売まで経験することにより農家の農産物流通までを学ぶことができます。
苅部農園は、地域農業の将来の担い手不足という課題を解決していくための重要な拠点にもなっているのです。
苅部 農業ボランティアは来てもらえる日や人数が安定しないこともあり、年会費を払うような熱心な人なら続けてもらえるのではないか、と考えて始めた部分もあります。スタートして10年ほどになりますが、皆さん期待に応えていただいています。
農業塾生による秋冬野菜の播種・定植作業風景
出典:苅部農園Facebook
「次」を実現するために「チャレンジのタネをまき続ける」
専業農家でも市場出荷をせず直売のみ、個人でオリジナルの野菜を開発するなど、新たな試みを続けている苅部さん。「何かやってみようと思ってタネをまき、それが育って花が咲き、実を結んでくれるまでは時間がかかるものです。だからこそ、いつも次を考えて自分でタネをまき続けなくては」と言います。
苅部 一般的に、農家は常識という固い殻に覆われ、その殻を破って、人と違ったことにチャレンジするのを避ける傾向があり、特に地方に行くほどその傾向は強くなるように感じます。
しかし、同じことをやっていれば安心という時代でもなくなっています。自分の興味があることのタネをまいて、育てていくことも今後は必要ではないでしょうか。
「旬の露地野菜だけを当日に売り切る」というユニークな直売所の背景には、都市部の農家の在り方を真剣に考え抜いた苅部さんの強い意志がありました。その思い切った選択と集中を貫いたことで、顧客との信頼関係が生まれ、経営的な成功につながっていると思います。
それだけにとどまらず、常にいろいろなことに興味を持ち、その興味というタネを「未来へのタネ」と考えて、次の時代を切り拓いていくという苅部さんの姿勢が、地域農業の未来を育てていると感じたインタビューでもありました。
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