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気候危機とグローバル・グリーンニューディール
2022.02.28
未来には新しく深刻な課題が待ち受けている。歴史を振り返ってみれば、そこにはむごたらしい戦争や筆舌に尽くし難い拷問、そして大量虐殺だけでなく、ありとあらゆる形で基本的人権が踏みにじられてきた記録が見つかるだろう。しかしながら、組織立った人間生活そのものが跡形もなく破壊されてしまう危険性というのは今回が初めてだ。
気候危機とグローバル・グリーンニューディール 第1章 気候変動の実像 より引用none
以前、近年何かとメディアに取り上げられる地球温暖化について、ビル・ゲイツの2021年の著書である「地球の未来のために僕が決断したこと」を紹介しました。
ここではざっくりと以下のような内容が主張されています。
- 毎年排出されている500億トンの温室効果ガスを、直ちに0にする必要がある。
- 我々個人は政治プロセスに参加することとグリーン購買で意思表示をすることで貢献できる。
1つ目の「温室効果ガスの排出を0にする必要がある」については、確かにそうだよねと世界中の多くの有識者の間で認識されているものです。
しかし、実際に気候危機に対する活動が各国で十分にできているかというと、後述しますが今のままでは到底「排出0」が達成できない状況です。
ただ、そうは言っても皆さん普段の生活の中で、「気候危機が心配すぎて他のことに手が付かない」といった経験はないはずです。
個人個人の思いとしては、政府や企業が勝手に解決してくれるんじゃないの?などなど、どこか他人事に捉えてしまいがちではないでしょうか。
そのことに警鐘を鳴らしているのが、今回ご紹介する「気候危機とグローバル・グリーンニューディール」(2021年12月出版)です。
最初に本著の結論をまとめると以下のようになります。
結論
人々の安定した生活を保ったまま温室効果ガスの排出を0にする唯一の方法は、グリーンニューディールであり、そこには政府や企業だけでなく個人個人の貢献が必要である。
グリーンニューディールとは、環境分野への集中・大型投資で、地球温暖化防止と景気活性化の両立を目ざす政策のことを言います。
このグリーンニューディールついて
- 世界の現状がどのようになっているのか
- なぜ政策の話なのに個人の貢献が必要なのか
- 私たちに何ができるのか
といった内容を解説していきたいと思います。
気候危機の現状
気候危機については、五月雨にメディアで取り上げられていることもあり、実際今のところどうなっているのといった全体像はなかなか把握しづらいのではないかと思います。
- 各国の偉い人がいろんな協定や目標を設定して対策が進んでいるの?
- 若者を中心に地球環境保護に関する関心が高まっているの?
といったふわっとした部分をはっきりさせていきたいと思います。
各国の対応はどうなってるの?
まず各国は何を目標にして、地球温暖化対策を進めているのかについて整理したいと思います。
最初に述べた「(2050年までに)温室効果ガスの排出を0にする」というのは、IPCCという科学論文をまとめている組織が2018年に掲げたものです。
一方で国際的な方向性を話し合うCOPという会議が定期的に開催されており、京都議定書やパリ協定といった決め事がなされています。
パリ協定の方は、COPに参加する190以上の国々で、足並みを揃えて目標達成のための活動をするということで合意されていますが、IPCCの目標はまだ世界的に合意されているわけではありません。
この本の著者は、IPCCが掲げた目標をグローバル・グリーンニューディールを通じて達成する必要があるという立場をとっています。
しかしながら、このIPCCの「2050年までに温室効果ガスの排出を0にする」という目標に公式的に賛同しているのは、世界中を見渡してもヨーロッパ諸国だけという有様です。
アメリカに至っては、トランプ政権時代の2020年11月にパリ協定から脱退しています。(2021年2月にバイデン政権のもと復帰しました。)
ヨーロッパの対応
しかもヨーロッパ諸国が、IPCCの目標に対してメキメキとアクションできているかというと、決してそうではないと言います。
ヨーロッパ諸国が排出量0を達成するために必要な、クリーンエネルギーへの投資金額は年間52兆円と見積もられていますが、実際に計画されている予算配分は年間13兆円と4分の1しか確保できていない状況です。
金額が大きすぎてイメージしにくいですが、自動車を買うために毎年100万円貯金する目標を立てたのに、他の家電を買ってしまったり、旅行に行ったりで、今年は25万円しか貯金できなかったと思えば、側から見てこの人は自動車買えないだろうなと思う方が自然なのではないでしょうか。
世界的に見ても地球温暖化対策のトップを走るヨーロッパ諸国でもこのような現状なので、目標と現実のギャップはかなり大きいと言えそうです。
日本の対応
日本はどうなっているかというと、2020年の温室効果ガスの排出量の速報値は11.5億トンと、2013年比で-18%となっており、このままのペースでいけばパリ協定の目標値は達成できますが、コロナ禍で強制的に経済活動が抑制されていることを踏まえると、心許ない数字かもしれません。
【参考】国立環境研究所 日本の温室効果ガス排出量(https://www.nies.go.jp/gio/archive/ghgdata/index.html)
IPCC目標については2020年10月に、当時の菅総理が「2050年に温室効果ガスの排出を0にする」と発言していたものの、環境問題に比較的関心が薄いと言われている現岸田政権で、どのような進退を見せるのか注目です。
国民はどう思っているの?
各国の対応を見てきましたが、では国民の意識はどのようになっているのでしょうか?
各国の国民の意識
まずは、イェール大学が2021年に世界31カ国でフェイスブックのユーザー7万6382名を対象に実施した国際世論調査の結果を見ていきます。
すべての国で「気候変動は起こっている」という回答が多数派であるものの、アメリカやドイツなどの先進諸国では「気候変動は人為的である」「気候変動について十分な情報を持っている」という回答が多数派だったのに対して、フィリピンやインドネシアなどの低中所得諸国では「気候変動は人為的ではない」「気候変動についてもっと情報がほしい」という回答が多数派だったという結果が得られています。
政府は気候変動対策を優先的に行うべきかという質問に対して「最優先すべき」「優先すべき」と回答した割合は、コスタリカやコロンビアなどのラテンアメリカ諸国が約90%だったのに対して、サウジアラビアやエジプトなどの中東諸国は50%台に留まっています。
日本に焦点を当てると、パリ協定への支持率は世界第2位(95%)であり、気候変動は起こっているという回答の割合も上位(91%)でした。
しかしながら気候活動に積極的に参加したいと答えた人の割合は、なんと世界最下位(29%)であり、気候変動対策は経済成長を促進させるかどうかという質問に対して、オランダ、チェコ、そして日本の3カ国のみが「促進させる」よりも「低迷させる」と答えた人の方が多い状況でした。
【参考】気候変動に関する国際世論
(https://climatecommunication.yale.edu/publications/international-public-opinion-on-climate-change/toc/2/)
日本の国民の意識
上記の「気候活動に積極的に参加したいと答えた人の割合が世界最下位」について、内閣府の世論調査を用いて掘り下げていきたいと思います。
日本国民の約88%は気候変動問題に対して「関心がある」と答えており、脱炭素社会の実現に向けた二酸化炭素等の排出量削減についても「取り組みたい」と答えた国民の割合は約92%という結果となっています。
余談ですが、日本のメディアでは、若い世代の方が気候危機に対して関心が高く、高齢の人々はこの問題に対して関心が低いという主張がしばしば見られます。
しかし実際は、回答者の年齢が上がればあがるほど「関心がある」「取り組みたい」と答えた人の割合も大きくなっています。
内閣府の世論調査を見ると、「気候活動に積極的に参加したいと答えた人の割合が世界最下位」とは思えない気がしますが、どういうことなのでしょうか?
これについては、具体的にどのような取り組みをしたいと考えているのかを尋ねられると、個人レベルでの消費行動の見直し(責任ある企業の商品の購入、電気自動車の利用、節電、公共交通機関の利用等)が回答の上位を独占しており、「地球温暖化への対策に取り組む団体・個人の応援・支援」は約12%で最下位、という部分が関係していそうです。
つまり、日本国民の意識としては、すべての世代が気候危機に対して高い関心を持っており、これの解決に向けた取り組みにも積極的だが、具体的に行動を起こすとなると個人レベルの消費しか考えられていないという状況で、国際的に見て「地球を救うための政治参加」をしたいと考えている人々は極めて少数派であると言えます。
【参考】内閣府|気候変動に関する世論調査
(https://survey.gov-online.go.jp/r02/r02-kikohendo/index.html)
資本主義と気候危機
ここまでで、以下のことを見てきました。
- 各国が温室効果ガスの削減目標に対して、今のところ十分な実績を出せていないこと。
- 国民の意識として、日本で地球を救うための政治参加をしたいと思っている人は、世界的に見てとても少ないということ。
ではなぜ私たちの政治参加が必要なのでしょうか?
政府や企業が勝手に解決してくれるだろうと安心していてはいけないのでしょうか?
政府が勝手に解決してくれる?
政府のアクションとして、日本で何かと話題になったプラ袋の有料化の話が取り上げられていたのでご紹介します。
2020年7月から始まったプラ袋の有料化は、環境省の中の小さな委員会で決定されましたが、決定までの会議の回数はたったの4回だったそうです。
この本では、環境へのアクションを起こす際に、そのアクションによって影響を受ける企業や従業員たちが、一方的に不利益を被らないようフォローするための財源を割くことが、しきりに協調されています。
一方で、プラ袋有料化の会議では、アクションによって最も経済的な影響を受けるであろうプラ袋を製造する企業に対して、一度のヒアリングを行ったのみとなっています。プラ袋の製造会社に対する補償などは何も行われていません。
さらに委員会には環境問題の専門家などが呼ばれたそうですが、当事者同士が議論する場はなかったと言います。
環境へのアクションを起こすことは重要ですが、このような形式的で予定調和な会議が平然と行われていて、今後の政策でも似たような対応がとられうるということは理解しておかなければなりません。
このような現状を目の当たりにして、政府がなんとかしてくれると思うには無理があるのではないでしょうか。
企業が勝手に解決してくれる?
では企業に頼ることはできるのでしょうか。
ここで前提としたいのは、資本主義の元では企業は利益を追求することが絶対であるという考えです。
なので当然、利益を化石燃料に依存している企業は、政府などの環境への取り組みにきつく反対します。
この本ではアメリカの石油メジャー最大手である「エクソンモービル」が例として取り上げられています。
エクソンモービルに所属する科学者は1960年代から地球温暖化による深刻な脅威の解明を牽引していたにも関わらず、自社の利益を守るため、環境に対する警告に対して否定論運動を発足するという対応をとっています。
否定論運動の具体的な内容としては、裕福な献金者のネットワーク、世論を動かす力をもったシンクタンク、そしてアメリカ国内でも最大規模のロビイスト団体などを動員し、政治家に干渉することで、自社に有利な政策を行うように誘導しているとのことです。
同社は再生可能エネルギーへの投資は少額であってもカネの無駄という立場をとっており、「二酸化炭素の大幅削減が実現する可能性は非常に低いため、化石燃料への集中は気候変動の是非に関係なく妥当である」との発言もしています。
結構驚くべきことを言っていますが、資本主義の利益追求に従うと、こうなるということなのでしょうか。
またエクソンモービルだけでなく、アメリカでトップクラスの総合金融会社である「JPモルガンチェース」が化石燃料の開発に莫大な資源を投入していたり、日本の「住友商事」がバングラデシュに石炭火力発電所を建設する事業を進めていたりと、エネルギー企業だけでなく他業界の企業も間接的に関わっています。
このように大企業の既得権益が絡んでいるという面を踏まえると、企業がなんとかしてくれると思うのも苦しいのではないでしょうか。
私たちにできること
ここまで、政府や企業にだけ任せていても、気候危機の解決は難しいということを見てきました。
日本で気候危機のための政治参加をしようと思っている人は少ないという事実こそありますが、この問題の解決のためには、政府の力も企業の力も不可欠であり、その促進剤として私たちの政治参加が必要という構図になります。
ぼんやりと政治参加と言われてもイメージしにくいかと思いますが、この本ではいくつかの例が紹介されています。
今や国家権力クラスとなったAmazonのジェフ・ベゾスは、CEOだった2020年2月当時に、気候変動と闘うための資金として、科学者や活動家に1.1兆円を提供すると発表しました。
この発表は、「小売業界や高度技術業界の最大手であるアマゾンは自社の温室効果ガス排出量の縮小にもっと力を入れるべきだ」と主張する従業員たちが抗議の一環としてストライキを決行する前日に行われたとのことです。
ジェフベゾスが資金を提供したというニュースだけを見ると、自分達とは全く関係のない、超富裕層の世界の話かと思ってしまいそうですが、その背景にある国民の活動にまで目を配ると学びがあるのではないかなと思います。
別の例として、2010〜2014年頃に世界金融危機と大不況の余波に苦しめられていたスペインの話が取り上げられています。
政府は経済再生のため、石油企業に全国各地で新規探査・掘削事業を行うことを認めていました。
これに対して環境活動家たちは観光業関連の事業者たちと手を組み、経済再生策としての化石燃料開発に反対し、採掘プロジェクトを廃止に導くという成功を収めています。
意外な点としては、政府側は経済危機の痛みをなんとか和らげようとスペインにおける石油の探査と掘削に踏み切ったわけですが、地元自治体職員はこれを「悪夢」と呼び、「無事に目覚めることができて幸運だった」とこの活動の成果を評価しているところです。
おわりに
この本は2020年9月に出版された「Climate Crisis and the Global Green New Deal: The Political Economy of Saving the Planet」の邦訳版です。
当時のアメリカが、気候危機に否定的な共和党のトランプ政権下にあったことから、アメリカの政治の問題点を取り上げている内容も多く見られました。
ちょっと面白かったのは、トランプ大統領は地球温暖化に否定的な立場をとっているものの、実際は気候危機を認識しており「自分のゴルフコースを海面上昇から守るために壁を建設する許可をアイルランドの政府に求めるくらいよく事態を把握している」と皮肉っていた部分です。
この本には他にも
- 原子力発電は温室効果ガスを排出しないけど実際ありなの?
- 最近話題になっている脱成長(経済成長しない)はどう評価されているの?
といった聞いたことはあるけど、どう考えたらいいのか分からない内容に関する内容が、インタビュー形式で紹介されています。
今まさに目の前にやってきている気候危機に興味をお持ちの方いましたら、是非ご一読ください!
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