2022年5月9日月曜日

邪馬台国阿波説  『論語』木簡


邪馬台国阿波説
https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/history/1635640463/





資料2
『論語』木簡
「子日 学而習時 不弧口平 口自朋遠方来
亦時楽平 人不知亦不僧」
大きな木簡の一面に論語(儒教の祖である孔子の教えをまとめたもの)
の有名な一部分を書いていますが、今に伝わる「論語』の文章と異なる部
分があります。(異なる部分に~~をつけています)
日本国内で出土した「論語』木簡では、一番古い(7世紀前半)ものだと
考えられています。

344 日本@名無史さん[sage] 2022/04/24(日) 08:44:06.00 ID:
自分は「亜倭」を推します。
意味「亜」は古くは「亞」と書き、「上位や主たるものに次ぐ。 次位の。 準ずる」という意味があります。 つまり「次」や「二番目」などを示す漢字です。

405 日本@名無史さん[sage] 2022/05/07(土) 21:41:17.62 ID: 
忌部は頭脳を使って天皇に仕えた集団。王家ではない。

157 日本@名無史さん[] 2022/03/29(火) 14:57:54.68 ID:
>今でいう市役所の職員クラスでも文字は使ってなかったんじゃね?

その通り!   
市役所の職員クラスが文字を使えるようになるのは、7世紀まで待たなければならない。

8世紀奈良藤原京より先の時代、7世紀中頃の阿波の役人は木簡に習書をしていた。
阿波国国府町の「観音寺・敷地遺跡」から出土した7世紀中頃の論語木簡は、日本で一番古い出土木簡である。
ちなみに、同遺跡から円面硯・風字硯・須恵器蓋転用硯、上級貴族が使用する油杯(燈明)など
官衙有数の資料が重要文化財に指定されている。
ではなぜ、奈良藤原京より先の時代に、阿波の地にそれらが存在したのか。
それは、7世紀終末頃に阿波から奈良へ遷都(藤原京)する直前まで、阿波に倭の王権・王都があった証なのである。
阿波国府推定地に隣接する観音寺・敷地遺跡出土品(重要文化財指定)
こういう事実を示せるのは、倭国(阿波)以外には存在しない。   @阿波



徳島県観音寺・敷地遺跡出土品
とくしまけんかんのんじ・しきじいせきしゅつどひん
考古資料 / 飛鳥 / 奈良 / 平安 / 中国・四国


徳島県
飛鳥~平安


一括
徳島県板野郡板野町犬伏字平山86-2
重文指定年月日:20150904国宝指定年月日:登録年月日:
徳島県
国宝・重要文化財(美術品)
解説

阿波国府推定地に隣接する観音寺・敷地遺跡から出土した出土品の一括で、木簡(もっかん)213点、木器・木製品292点、土器・土製品 353点、金属製品43点、骨角製品4点から構成される。
 特筆すべきは、質量ともに豊富な木簡群である。国司の政務と中央官庁とのやりとりを具体的に表す8世紀後半の「勘籍(かんじやく)」木簡、棒状の四面のうち一面に『論語』学而篇一の一節を記す7世紀中頃の「論語」木簡などが著名である。
 この他、墨書(ぼくしよ)土器・銙帯(かたい)・硯など地方官衙における政務の実態を示す遺物に加え、木製の祭祀具・農具・工具・紡織具を含み、古代における地方官衙の政務や経営の実態、官人層の生活等を復元する上で学術的価値は高い。
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一括 / 製品 / 土器 / 品




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