2023年8月19日土曜日

天の石屋と古代祭祀 – 國學院大學 古典文化学事業

天の石屋と古代祭祀 – 國學院大學 古典文化学事業

【解説】国土の誕生と矛

器物データベース > 淤能碁呂島

イザナキ・イザナミによる国土生成の場面で重要な役割をはたすのが、天の沼矛である。古事記の編纂者は、この矛をどのようにイメージしていたのか。神と矛との関係は、古墳時代の五・六世紀まで遡る。東北地方最大の祭祀遺跡、建鉾山遺跡(福島県)や、国家祭祀の場となった宗像・沖ノ島祭祀遺跡(福岡県)など古代祭祀の遺跡では、鉄の矛が神への捧げ物として供えられていた。鉄製武器は、五世紀以降、神への貴重な捧げ物、幣帛(へいはく)の原形に含まれ、矛もその一つであった。天つ神から授けられた天の沼矛も、神に捧げられた鉄矛をイメージしていたはずで、矛と神・祭祀の関係は、現在も神社や祭礼で見ることができる「旗鉾」に受け継がれた。

イザナキ・イザナミの淤能碁呂島生成
(古事記学センター蔵『古事記絵伝』より)

http://kojiki.kokugakuin.ac.jp/kibutsu/%E3%81%BF%E3%81%9D%E3%81%8E%E3%81%A8%E7%A5%9E%E3%80%85%E3%81%AE%E6%9C%8D%E8%A3%85/

【解説】みそぎと神々の服装

器物データベース > みそぎ

禊(みそぎ)に臨むイザナキは、身につけた衣服と装身具を次々に脱ぎ外している。それは頭の「冠」、衣服の「衣」「褌(袴)」、手に付けた装身具「手纏(たまき)」である。これらを身につけた人物像は、五・六世紀の古墳に建てられた人物埴輪、特に埴輪群像の中心的な人物に見ることができる。古事記の神々の服装のイメージは、少なくとも六世紀頃までの貴顕(きけん)の服装が反映されていたのではないだろうか。

イザナキの禊
(古事記学センター蔵『古事記絵伝』より)


http://kojiki.kokugakuin.ac.jp/kibutsu/%E5%A4%A9%E3%81%AE%E7%9F%B3%E5%B1%8B%E3%81%A8%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E7%A5%AD%E7%A5%80/

【解説】天の石屋と古代祭祀

器物データベース > 天の石屋

古事記では天の石屋の神話を祭祀の起源として語っている。そこでは、祭祀に先立ち、鹿の骨を焼き神意を占い、鍛冶の天津麻羅を招いて鉄製品を作り、伊斯許理度売命に命じて鏡を作らせ、玉祖命に命じて八尺の勾玉を作っている。そして、鏡・玉と布(白幣・青幣)を榊に付けて捧げている。ここからは、鏡・玉・布、鉄製品を祭祀に先立ち準備し、神へと捧げる祭祀の構成が復元できる。これは、五世紀代の祭祀遺跡から推定できる祭祀の構成と共通する。また、鹿の肩甲骨を焼き神意を占う卜骨(ぼっこつ)の伝統は、弥生時代中期(紀元前四世紀頃)まで遡る。天の石屋が語る祭祀の起源神話には、弥生時代から古墳時代にかけて展開した祭祀の複数の要素が組み込まれていた可能性が高いだろう。

諸神による鏡・玉の作製
(古事記学センター蔵『古事記絵伝』より)

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