2023年8月4日金曜日

【超禁忌】旧約聖書が隠す日本の天皇とユダヤの関係がヤバすぎた...!|きーの歴史沼チャンネル 2023/08/04

【超禁忌】旧約聖書が隠す日本の天皇とユダヤの関係がヤバすぎた...!|きーの歴史沼チャンネル
【超禁忌】旧約聖書が隠す日本の天皇とユダヤの関係がヤバすぎた   ! 

https://note.com/key_history_ch/n/ne5c7bf7a4289

【超禁忌】旧約聖書が隠す日本の天皇とユダヤの関係がヤバすぎた...!

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お元気様です!歴史沼チャンネルのきーです。

旧約聖書に隠されている日本の天皇とユダヤの関係がヤバかった…。
古代日本と古代イスラエルの深すぎる関係性を超深堀りするシリーズ。
今回は、偶然では済まされない旧約聖書に残される古代イスラエルの系譜と記紀に記されている天皇家の系譜のヤバすぎる共通点についてお話していきます。

このチャンネルは知識の量や深さに関係なく、歴史を楽しむコンテンツを聞き流しスタイルで紹介しているのでよかったらチャンネル登録よろしくお願いします。

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古代イスラエル渡来説とは?

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みなさんの中には、古代イスラエル渡来説日ユ同祖論という言葉を耳にしたことがある方も多いのではないでしょうか?

これは古代イスラエル王国が滅亡後、その元イスラエル王国の民たちが古代の日本列島に辿りつき、古代の日本に多大なる影響を残しているのではないか?という説です。

旧約聖書には古代イスラエルには12支族がいたと記されており、彼らは紀元前1021年頃にイスラエル王国を建国、紀元前922年頃に北と南に分裂後、北イスラエル王国は紀元前722年にアッシリアの侵攻を受け滅亡、やがて南にあったユダ王国も古代ローマ帝国によって滅亡してしまいます。

祖国を追われ、ディアスポラ(離散)の歴史を持つ古代イスラエル人(ユダヤ人)がシルクロードを東へ東へ行った先にあったのが日本列島であり、この日本列島には古代イスラエルの痕跡を残すものがたくさんの存在するため、古代日本にはディアスポラした古代イスラエル人がたくさん来ていたとする『古代イスラエル渡来説』や、渡来しただけではなく日本人の祖先は北イスラエル王国人なんだ!という『日ユ同祖論』がささやかれているのです。

日本に残る古代イスラエルの痕跡

DNAの観点からいえば、日本とユダヤが同祖というのは無理がある論だと考えるのが妥当でしょう。

しかし古代イスラエル人が古代日本に影響を及ぼしているのではないか?という証拠はたくさんあります。

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出典:https://nikkan-spa.jp/plus/1632434/hyperfocal-0-4

関東で多く出土している武人埴輪と呼ばれる埴輪は、
特徴的な帽子をかぶり、耳元にはミズラと呼ばれる鬢が垂れ下がり、あごひげを生やしており、ユダヤ教徒の姿カタチを模しているといっても過言ではないくらいユダヤ人に似ています。

『旧約聖書』の『レビ記』には、「あなたがたのびんの毛を切ってはならない。ひげの両端をそこなってはならない」とあり、彼らがユダヤ教徒であることを示すために背の高い帽子に「ペイオト」と呼ばれる耳の前の毛を伸ばしてカールさせる特徴的な髪形と顎髭をしています。
武人埴輪の持つ特徴とユダヤ教徒の姿カタチは多くの共通点を持っているといえます。

偶像崇拝の禁止

古代イスラエル渡来説を否定する論でよく言われるのが、ユダヤ教は強烈一神教であり、八百万の神々を信仰する日本人とでは宗教観的に相容れない!ということです。

しかしユダヤ教と日本神道では共通しているものもあります。
それは偶像崇拝の禁止です。

『旧約聖書』には、「どんな形をも造ってはならない。それにひれ伏してはならない。それに仕えてはならない。」とあり、ユダヤ教徒は神様をイメージして作られた像(絵画や彫刻など)を拝むことを禁止しています。

日本神道も、岩や木、鏡などの神様が憑依する対象物である依り代を拝むことはあっても、神様をかたどったモノを拝むことはしません。

偶像崇拝を厳粛に禁止している宗教は、ユダヤ教とユダヤ教から派生したイスラム教、そして日本神道しかありません。

神社の構造とユダヤ教の神殿である幕屋

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出典:https://www.historyjp.com/article/37/

日本神道とユダヤ教の共通点は他にもあります。

それは日本の神社の構造とユダヤ教の神殿である幕屋の構造がほぼ一緒であるということも一つです。

幕屋とは、紀元前15世紀、イスラエルの指導者モーセが、シナイ山で神に示された型に従い作られ、のちのエルサレム神殿の原型となった礼拝所です。

日本の神社の基本構造は、この古代イスラエル神殿、またその原型であった「幕屋」に非常によく似ていてます。

たとえば、イスラエルの神殿と幕屋は、「聖所」「至聖所」と呼ばれる2つの場所からなっていました。
同様に日本の神社も、「拝殿」「本殿」とからなっています。
そしてこれら2つの場所の機能もよく似ていて、一般の人々は神社の拝殿の前で祈り、拝殿の中には入ることができません。
そこは神官と特別に許された人々のみが入る場所であり、本殿は、一般の人々はもちろん入れませんが、神官もそこに特別な時に入るのみです。

日本の神社はほとんど、東向き、あるいは南向きに建てられ、東向きの場合は、鳥居が東側に、本殿が西側にありますが、古代イスラエルの幕屋や神殿は、東向きです。

もちろん神社にも幕屋にも、偶像はありません。

天皇家と古代イスラエル

DNA的に日本人とユダヤ人は同祖とは言えません。
しかし日本の信仰や宗教に、ここまで古代イスラエルとの共通点があるのはなぜでしょうか?

それは日本神道の中心的存在であり、祭祀王として古代から日本をしらしていた天皇家が古代イスラエルと切っても切れない深い関係だったからではないでしょうか?

切っても切れない縁どころではなく、日本の天皇家は古代イスラエルの王族の可能性すらあるのです。

『旧約聖書』には、古代イスラエルの王族であるエフライム族の系図が記されていますが、この古代イスラエルの王族エフライム族の系図が日本神話で語られる天皇家の系図と一致しているのです。

瓊瓊杵尊とヤコブ

天皇家は、高天原から天孫降臨してきたの父祖ニニギから生まれた子孫です。
一方、エフライムは、神の選民イスラエル民族の父祖ヤコブから生まれた子孫です。

日本神話によれば、はじめ天から降りるはずだったのはニニギではなく、ニニギの父でありアマテラスの子供であるオシホミミでした。
ところが、彼が準備をしている間にニニギが生まれたので、結局彼に代わってニニギが降りることになり、ニニギは天から降りてきて、天皇家の父祖となりました。

同様に聖書によると、はじめ神の民となるはずだったのはヤコブではなく、彼の兄(エサウ)でした。
しかし結局、神の民の祝福はヤコブに引き継がれ、ヤコブがイスラエル民族の父祖となったのです。

また日本神話においてニニギは、天から降りてくると、美女コノハナサクヤヒメに恋をして彼女を妻にしようとします。
ところが、彼女の父はニニギに、彼女だけではなく、彼女の姉であるイワナガヒメの面倒も見てやってくれと言いました。
しかし姉は醜かったので、ニニギは姉のイワナガヒメを父に返してしまいます。

同様に聖書によれば、ヤコブは美女ラケルに恋をして彼女を妻にしようとします。
ところが彼女の父は、妹を姉より先にとつがせることはできないから姉であるレアも妻にしてやってくれと、ヤコブにいいました。
しかし、姉は妹のようには美しくなかったので、ヤコブはこの姉を嫌ったといわれています。

このように、日本神話のニニギと『旧約聖書』のヤコブの間に対応関係が見られます。

山幸彦とヨセフ

またニニギは、妻コノハナサクヤヒメとの間に、山幸彦(ホオリ)を生みます。
ところが山幸彦は、兄である海幸彦にいじめられ、海神の国へ行きます。
そこで山幸彦は神秘的な力を得、田畑を凶作にして兄を悩ませますが、そののち兄の罪を赦します。

同様に聖書においてヤコブは、妻ラケルとの間に、ヨセフを生みます。
ところがヨセフは兄たちにいじめられ、エジプトに行き、ヨセフはそこでエジプトの宰相の地位にまで上りつめて力を持ちます。
しかし兄たちが凶作のために苦しんでエジプトにやって来たとき、彼らを助け、その罪を赦すのです。

このように、ニニギとヤコブの関係と同様に、山幸彦とヨセフの間に対応関係が見られます。

ウガヤフキアエズとエフライム族

日本神話と『旧約聖書』の対応関係はまだまだ続きます。

山幸彦は、海神の娘であるトヨタマヒメをめとり、その間にウガヤフキアエズが誕生します。

ウガヤフキアエズには4人の息子が生まれますが、4人のうち、2番目と3番目の子は別の所へ行き、いなくなってしまいます。
4番目の息子がイワレビコでありのちに東征してヤマトを征服する神武天皇です。

この神武天皇を初代天皇としているのが日本神話です。

一方、聖書ではどうでしょうか?
ヨセフは、エジプトの祭司の娘をめとり、その間にマナセとエフライムを生みます。
このエフライムが、日本神話のウガヤフキアエズに似ているのです。

というのは、エフライムには4人の息子が誕生します。
4人のうち、2番目と3番目の子は早死にしてします。
4番目の子孫としてヨシュアが生まれ、ヨシュアはイスラエル民族を率いてカナンの地(イスラエル)を征服するのです。
このエフライム族の流れを汲んでいるのが、古代イスラエル10支族の王室なのです。

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出典:https://remnant-p.com/jinmukeizu.htm

このように系図をみれば、ニニギとヤコブの間と、山幸彦とヨセフの間と、またウガヤフキアエズとエフライム族との間に、怖いくらいの共通点が見られ、日本神話と聖書の系図は、天皇家がイスラエルのエフライム族の子孫だと言わんばかりなのです。

高天原は古代イスラエル人勢力だった?

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ここからは私の考察になりますが、ここまで日本神話の天皇家の系図と『旧約聖書』の古代イスラエルの王族の系図に共通点があるとすると、天孫族の地である高天原はもしかしたらディアスポラして日本列島にたどり着いた古代イスラエル人が治める地だったのではないでしょうか?

そう考えると、高天原はどこにあったのか?
それは今でもユダヤ教の三種の神器を納めた契約の箱アークが運び込まれたという伝説が残る徳島県の剣山一帯なのではないでしょうか?

この徳島県の剣山には、今でも践祚大嘗祭の際に麁服(あらたえ)を納める御殿人(みあらかんど)を務める三木家がいたりと天皇家とのつながりが強い地域でもあります。

国を追われた古代イスラエルの民たちが、日本列島に辿りつき徳島県の剣山一帯に住み着き、この一族から天皇家につながったと考えることは少々飛躍した考え方ではありますが、面白い考察ではないでしょうか?

剣山とアーク伝説についてはこちらの動画でも紹介しているので、こちらの動画もぜひご覧ください。

まとめ

いかがでしょうか?
今回は旧約聖書に残される古代イスラエルの系譜と記紀に記されている天皇家の系譜のヤバすぎる共通点について紹介してきました。

天皇家がユダヤ人であった!と言いたいわけではありませんが、日本神道とユダヤ教に共通点が多かったり、古代イスラエルの王族の系図と日本神話の系図に対応関係が多くみられることは事実です。

以前にアップしたこちらの動画でも、日本天皇家の皇祖神アマテラスを祀る伊勢神宮とユダヤ教について語っているので、ぜひご覧ください。

高天原は古代イスラエル人勢力であり、徳島県の剣山一帯にあった!ということは私の考察ですので、みなさまの温かいコメントをお待ちしております。

今回の参考文献は、ラビ・マーヴィン・トケイヤー著作、久保有政さん訳の『日本ユダヤ封印の古代史』と伊勢谷武(イセヤタケル)さん著作『アマテラス暗号』です。

どちらも古代イスラエルと古代日本の関係について迫っている本なので、興味のある方は概要欄のリンクからチェックしてみてください。

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今回の動画につかった台本も公開しています。
文字で今回の内容を読みたい!という方は、概要欄のリンクからチェックしてみてください!

今日はここらへんでお別れです。
ご視聴いただきありがとうございました。
また歴史を楽しめるコンテンツを配信していきますので、高評価やコメント、チャンネル登録、あとスーパーサンクス機能も使えるようになりましたので、よろしくお願いいたします!
ではまた、違う動画でお会いしましょう!
ばいばい!

この記事は私が運営しているYouTubeチャンネル【きーの歴史沼チャンネル】の動画を、テキストにしたものです。

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