https://wired.jp/article/general-intelligence-brain-network-architecture/
知性は脳の特定領域ではなく、全体の"つながり"に宿っている
人間の知性は脳の特定の領域から生まれるのではなく、脳全体のネットワーク構造から生まれる現象である事実が、最新の研究によって明らかになった。知性の本質に関する従来の定説が根底から覆されるかもしれない。
Illustration: PM Images/Getty Images
「人間の知性はどこから生まれるのか」は、神経科学における最も根本的な問いのひとつである。注意・記憶・言語・推論といった高度な認知機能は特定の脳内ネットワークと結びついていることから、これまで科学者たちはそれぞれの機能を個別に研究してきた。しかし、これらのシステムがどのように統合されて単一の知性を形成するのかについては、いまだ十分には解明されていなかった。
こうしたなか、知性の神経基盤に関する従来の枠組みを覆す研究結果を、このほどノートルダム大学を中心とした研究チームが発表した。脳の構造と機能を同時に捉える最新の解析手法によって、知性の高さがコネクトーム(脳全体における神経回路の配線地図)と密接に対応していることを示したのだ。
「神経科学は特定のネットワークの役割を説明するうえでは一定の成功を収めてきましたが、それらの相互作用から単一の知性が生まれる仕組みについては説明できていませんでした」と、ノートルダム大学教授で心理学が専門のアーロン・バーベイは説明する。「つまり、分散したネットワークがどのように通信し、集合的に情報を処理しているのかという根本的な問いが残っていたのです」
神経接続の設計図を知性とする理論
かつては、前頭葉と頭頂葉のネットワーク(P-FIT)が知性を担っているとする説が主流だった。だが、近年では脳をネットワークそのものとして捉えることで、知性は特定の場所ではなく脳全体の配線の仕組みから生まれるとする「ネットワーク神経科学理論(NNT)」が提唱されている。
バーベイらの研究チームは、米国が主導する大規模脳データベースである「ヒューマン・コネクトーム・プロジェクト」に参加した22〜36歳の健康な成人831人と、米国情報高等研究計画活動(IARPA)のSHARPプログラムの資金提供を受けた研究に参加した145人の成人グループを対象に、安静時の脳の活動を計測する「fMRI」と、神経線維の走行を描出する「拡散強調MRI」による2種類の脳画像データを組み合わせて、NNTに基づいた知性のモデルを実際に検証した。
なお、参加者には語彙力や記憶力、推論能力、処理速度などに関する複数の認知テストを受けてもらい、そこから「一般知性(g因子)」と呼ばれる総合的な知的能力の指標を算出している。
その結果、脳全体の接続パターンから知性を予測するNNTモデルは、特定のネットワークを単体で使ったモデルよりも、一貫して高い精度を示した。なかでも、これまで知性との関連が深いとされてきた前頭頭頂葉ネットワーク単体のモデルと比較して、NNTモデルは2倍以上の予測精度を達成したという。
さらに、いずれかのネットワークをモデルから除いても、その精度はほとんど変わらなかった。つまり、知性を支えているのは特定のネットワーク自体ではなく、ネットワーク間のつながりそのものだということだ。
強い接続と弱い接続のバランス
研究者たちによると、脳内には強固な短距離接続と、弱いながらも遠く離れた領域をつなぐ長距離接続が混在している。短距離の強い接続は局所的な情報処理を効率化し、長距離の弱い接続は脳全体にまたがる情報統合を可能にしているのだ。
この両者のバランスこそが、柔軟な思考と応用力を生み出す神経基盤だと考えられる。今回の研究では、一般知性の高い人ほど長距離にわたる弱い接続がより重要な役割を果たしていることが明らかになった。
また、脳全体の活動状態を目的に応じて切り替える「モーダル制御」と呼ばれる調節機能の個人差も、一般知性と有意に関連していることが示された。この制御機能は主に、デフォルトモードネットワーク(DMN)、前頭頭頂葉ネットワーク(FPN)、帯状皮質(帯状回)・弁蓋部ネットワーク(CON)といった領域に集中しており、問題解決や意思決定の場面で脳全体の情報処理を束ねる役割を担っていると考えられる。
さらに、知性の高い人ほど脳が「スモールワールド構造」を備えていることも確認された。これは局所のクラスターが密につながりながらも、遠く離れた領域へのアクセスを少ない中継で実現するネットワーク構造を指す。局所の効率性と全体の統合性を同時に実現するこの設計が、脳の知的処理能力を底上げしているのだという。
知性は脳全体の協調に宿る
今回の研究成果は、知性の発達や低下を理解するための新たな視点をもたらしてくれる。幼児期に知性が発達したり加齢とともに低下したり、広範な脳損傷によって特に大きなダメージを受けたりする現象は、いずれも局所的な機能の変化ではなく大規模な協調の変化として理解することで、より自然に説明できると研究者たちは考えている。知性の本質は特定の部位の演算能力ではなく、脳全体のネットワークが柔軟に連携し合う能力にあるからだ。
また、この発見は人工知能(AI)の議論にも重要な示唆を与えるという。多くのAIシステムは特定のタスクでは卓越した能力を発揮するが、異なる状況への応用や汎用的な問題解決は依然として苦手としている。人間の知性がシステム全体の構成に依存しているとすれば、汎用人工知能(AGI)の実現には、単に個別の処理能力を拡張するだけでは不十分かもしれない。脳全体の設計原理を参照したまったく新しいアーキテクチャーの発想が求められることになる。
知性の正体は、脳の「どこか」ではなく、脳全体の「つながり方」にある。その配線の妙が人間ならではの柔軟な思考を生み出しているのだとすれば、知性を問うことは、すなわち脳という精妙なネットワークの設計図を問うことにほかならないのかもしれない。
(Edited by Daisuke Takimoto)
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