北斎の未公開肉筆が映す市民の海外志向 鎖国下でも関心
江戸時代の浮世絵師・葛飾北斎の未公開作品103点を大英博物館が入手し、分析を進めている。異国物に特化したその題材から、鎖国下にもかかわらず海外に強い関心を抱く当時の市民の意識がうかがえる。同館の許可を得て、現物を見た。
ロンドン中心部にある大英博物館の最上階、日本美術展示コーナーの隣に、隠し部屋のような研究室がある。卓上の木箱の中から、積み重なった103枚を、日本部門責任者のロジーナ・バックランド学芸員が慎重に取り出した。
絵手本「万物絵本大全図」の挿絵のために、1829年に描かれた。万物をうたう通り、対象は動植物から風習、技能、物語などあらゆるテーマに広がる。11・2センチ×15・3センチと小ぶりながら、確固たるデッサンと細部を描き込んだ緻密(ちみつ)さが印象的だ。
広く知られる版画ではなく、肉筆の画。「北斎によるものか、弟子によるものか、判然としない肉筆画は少なくありません。しかし、この線や細部は、本人でないと描けない。北斎自身の筆によるものだ、との結論に達しました」
バックランド学芸員はこう説明する。その重要性は以下の3点だという。
①貴重な肉筆の画
103枚は「版下絵」と呼ばれる版画の原画で、薄い和紙に描かれている。通常だと、この絵を彫師(ほりし)が版木に貼り付け、その上から彫っていく。その際に版下絵は失われ、後世に伝わらない。浮世絵画家に肉筆画が少ないのはそのためだ。
「万物絵本大全図」の場合、何らかの理由で出版が中止され、版木も彫られなかったことから、版下絵が残ったとみられる。
「版元が資金不足に陥ったか、企画に難があったか。事情は想像するしかありません。北斎は出来栄えへのこだわりが強い絵師で、要求が高すぎたのが原因かも知れません」
②空白期を埋める作品群
北斎は当時69歳前後。脳卒中を患い、妻を失い、孫の散財にも悩んでいた。作品が少なく、停滞期とも見なされただけに、実態を解明する手がかりとなる。
この時期を乗り越えた北斎は、70歳を過ぎて全盛期を迎え、代表作「富嶽三十六景」を発表した。
「やはり『人生は70から』だと思いませんか」
③異国に特化した題材
103枚に描かれた題材の多くは中華(中国)と天竺(てんじく)(インド)の万物。高麗(朝鮮)や南蛮(欧州)、安南(ベトナム)、呂宋(るそん)(フィリピン)などの題材も含まれるが、当時の日本国内のものはほとんど見当たらない。
これは、当時の人々の関心を物語るという。浮世絵の題材は版元の注文に基づくため、購入者である市民の好みを反映するからだ。
「江戸時代の日本人がいかに海外に興味を抱いていたかがよくわかる。当時の日本は鎖国と呼ばれますが、事実上は閉ざされていなかった」とバックランド学芸員は話した。
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