2023年5月6日土曜日

ヘーゲル法哲学批判序説


 批判の武器はもちろん武器の批判にとって代ることはできず、物質的な力は物質的な力によって打ち倒されなければならない。しかし理論もまた、それが大衆をつかむや否や物質的な力となる。理論は人にわかるように(ad hominem)表示されるや否や大衆をつかむことができるようになり、ラディカルになるや否や人にわかるように表示されるのである。ラディカルであるとは、物事を根底からつかむことである。だが人間にとっての根底は人間そのものである。

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