私設図書館でシャッター街を活性化。2年で全国30地域に広がった「さんかく」の輪【土肥潤也1】
撮影:千倉志野
商店街のとある商店の急な階段を登りドアを開けると、モダンにリノベーションされたオフィス空間があった。壁一面につくりつけられた本棚には社会学の専門書や人文書が並び、土肥潤也(27)がにこにこと笑っている。秘密基地を披露するかのようなちょっと得意げな表情のこの人は一般社団法人トリナスの代表理事だ。
ここは東海道新幹線の静岡駅から普通列車で3つめ、焼津の駅前商店街だ。焼津駅前商店街は日本一の水揚げ額を誇る焼津港に向かう途中にある。
マグロとカツオの水揚げで知られる焼津港は活況だというのに、数年前、この焼津駅前商店街の空洞化は深刻だった。昭和の頃には港に着く船から陸へ上がった海の男たちが気前よく金を落とし、毎日のようにロレックスの時計が売れた時代もあったと聞くが、現在はシャッターを下ろした建物がぽつりぽつりと目に入る。
そんな焼津駅前商店街が、道路に芝生を敷き詰めて子どもの遊び場にしたり、ひとり1箱の本箱を有償で提供し、本棚オーナーは好きな本を貸し出すことのできる私設図書館をつくったりして、徐々に活気を取り戻しているという。そうした活動を運営しているのがトリナスと土肥なのだ。
いったい、子どもの遊び場や図書館がどのようにシャッター街を活性化するというのだろう。
武器は「ファシリテーション」
土肥の肩書きは「コミュニティファシリテーター」だ。土肥は静岡県内外で若い世代を対象にした場づくりや、ファシリテーションの出張ワークショップを行っている。若者の街づくりへの参画を促す策を議論する自治体の会議に招かれることも多い。
国の子ども政策関連では、2021年に内閣府が主催する有識者会議や若者円卓会議のメンバーに選ばれた。2022年1月にはこども家庭庁発足に先立ち、野田聖子担当大臣が当事者である子どもたち11人の意見を聞く会合でファシリテーショングラフィックの担当をはじめ、場づくりに携わった。現在、「こども」や「若者」といった分野に関する公的な会議というと、土肥は大抵顔ぶれに入っている。
「僕、今でこそ『図書館の人』と紹介されることが多いんですが、ルーツは若者支援のファシリテーターです。若者が自分で考えて動くことができるようになるためのお手伝いをする役割が、いつの間にか仕事になりました」
ふわふわとした前髪を揺らしながら、土肥は可笑しそうな顔をした。笑ったのは私たちの取材申し込みも、「図書館」がきっかけだったからだろう。土肥が焼津駅前商店街で始めた「みんなの図書館 さんかく」(以下「さんかく」)の仕組みはわずか2年で全国30地域に広がり、いま、自治体や地域づくりの団体が大注目するソーシャルプロジェクトなのだ。
「さんかく」も土肥にとってはファシリテーションのワークショップのひとつなのだという。
「来館者は全員主人公」の私設図書館
「さんかく」は商店街の中ほどにある。10坪ほどの室内の壁面が本で覆われている。真ん中にはテーブルと椅子。誰でも1箱2000円(月額)で本棚のオーナーになることができる。「本棚オーナー」となった人は自分の貸したい本を好きに並べ、ときには入れ替える。
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わざわざお金を払って自分の本を貸したい人がいるものだろうかと思ったが、実に55人の本箱オーナーがいて、ウェイティングリストまであるという。通りかかった商店街の店主が「今日は開けてるね!」と土肥に声をかけ、軒先のベンチでひとしきり話していった。
夕方、本棚オーナーの女性が桜餅の差し入れを持ってやってきた。70代だという女性は8年前に息子一家と同居するために県外から焼津に移り住んだ。地縁のない場所で人間関係を育てるのは簡単ではなかったが、この場所ができてから本を通してさまざまな年代の人たちと出会った。今はこの場所で刺繍の会の主宰もしている。女性は今はもうここが生き甲斐だという。
これから塾に行くという小学生の男の子がやってきて、短い時間にものすごく集中して宿題をすませると、女性から桜餅をもらって出て行った。
女性がいそいそとカウンターの内側に立った。ここでは店番も本棚オーナーの仕事なのだ。店番の仕事も人気であるらしい。
「さんかくが始まった当初、毎日開けてほしいとか、開館時間を延ばしてほしいとか、本棚オーナーになった人たちからリクエストがありました。そのたびに、僕らは『いいですね、ぜひお店番してください!』と言いました。オーナーさんはお客さんじゃなくてこの図書館の当事者なんですから、さんかくをよくするアイデアはぜひその人自身で形にしてほしいと思ったんです」(土肥)
本棚オーナーの一人ひとりにこの場所の運営者になってもらうことが、さんかくの大事なポイントだ。土肥は本棚オーナーから運営に対する要望を受けるたびに「いいですね、それ、やりましょう。やってください」と言い続けた。
そのうちに、本箱オーナーや本を借りにくる人たちは自発的に関わりを持ち始めた。
僕も驚いたんですが、と土肥はこんな話をした。オーナー同士が仲良くなって一緒に焚き火をしに行ったりごはんやお茶をしに行くとか、そういうことが勝手に起こるようになったというのだ。すると、半年が過ぎる頃には、そういう関係性が面白そうだから、私も本棚オーナーになりたいという人が次々に出てきた。
「大切にしたのは名前の通りこの図書館を人々の参画の拠点にすることでした。ここにきた人はみんなが主人公になる場所でありたい。そのために、一人ひとりが主体的に関わる仕組みをたくさんつくることが大事だなと思いました。大切な約束だけ決めておけば、あとは勝手に起こっていく感じでした」
店番やここでオーナーが開くことのできる趣味の会(刺繍の会、釣りサークルなど)が勝手に始まっていったという。大事な約束とは?と聞くと、「政治や宗教を持ち込まないこと」と答え、「あと、火を使わないことですかね」と笑わせた。
ファシリテーションは他者を当事者に変える
撮影:千倉志野
図書館が始まった経緯は第3回で紹介するが、参加する人たちが自立的に動くことはファシリテーションの「誰もが傍観者ではなく当事者となる」という考え方と合致する。
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ファシリテーターには「司会者」や「進行役」とは異なる役割がある。参加者が自主的に意見を出せるような場づくりをすることがファシリテーターの最も大切な役割だ。その結果として誰もが傍観者ではなく当事者として主体的に会議やテーマに関わるようになることを目指す。
土肥がファシリテーションという概念に出合ったのは、2013年に静岡県立大学経営情報学部に進学し、Youth Empowerment Committee(YEC)というサークルに入ったときだった。それ以来10年近く、ファシリテーションと若者と街づくりをテーマに活動してきた。
YECは若者の社会参画を活性化し、若者が社会の力となることを目指すサークルだった。メンバーは中高生や同世代の若者に対し、自分たちを「主人公」と認識して活動していけるよう場づくりをする。ここで土肥はファシリテーションについて実践的に学び、人格が変わるほどに変化した。大学1年の頃はワンマンかつトップダウンで周囲をリードすることをリーダーシップと履き違えていた時期もあったという。だが、ファシリテーションは土肥の人生にも大きく影響した。
ファシリテーションを土台に若者や街づくりの研究と実践を続けたことにより、土肥自身、自立した個人のファシリテーターとして生計を立てる手法を身につけた。現在、土肥は主に4つの仕事で収入を得る複業を実践している。
ファシリテーションが土肥に与えた影響については第4回で詳述するが、ファシリテーターの役割は他者が主体的に動けるような場づくりをすることだ。ファシリテーター自身が人生の主役でなくては、その役割を果たせない。
歩みを追っていくと、土肥がファシリテーションを学びながら自分の頭で考え行動する方法を身につけて行ったプロセスが見えてきた。ファシリテーションという概念の本質が一人の人間の人生に与えた影響を考えさせられる。同時に、自分の人生を主体的に生きることの面白さを土肥は教えてくれているようだ。
第2回は土肥の原点となった中学時代のゲームセンターの話から始めよう。
(敬称略・明日に続く)
(文・三宅玲子、写真・千倉志野、連載ロゴデザイン・星野美緒)
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