2022年9月1日木曜日

「神は乗り越えられる試練しか与えない」の「試練」は誤訳か?|ラテン語さん|note

「神は乗り越えられる試練しか与えない」の「試練」は誤訳か?|ラテン語さん|note

「神は乗り越えられる試練しか与えない」の「試練」は誤訳か?

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「『神は乗り越えられる試練しか与えない』の『試練』は誤訳で、正しくは『誘惑』だ」という説明を度々見かけます。これが正しいかどうか調べてみました。元は新約聖書のコリントの信徒への手紙1の10章13節なので、まずはこちらを見ていきましょう。
「あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます。」(新共同訳)

原文のコイネーギリシャ語ではどうなっているかというと、
πειρασμὸς ὑμᾶς οὐκ εἴληφεν εἰ μὴ ἀνθρώπινος˙ πιστὸς δὲ ὁ θεός, ὃς οὐκ ἐάσει ὑμᾶς πειρασθῆναι ὑπὲρ ὃ δύνασθε ἀλλὰ ποιήσει σὺν τῷ πειρασμῷ καὶ τὴν ἔκβασιν τοῦ δύνασθαι ὑπενεγκεῖν. (Novum Testamentum Graece: Nestle Aland 28th Revised Ed.)
というもので、新共同訳で「試練に遭わせる」と訳された部分はἐάσει πειρασθῆναιです(文字通りには「πειράζωされるままにさせておく」)。
πειρασθῆναιはπειράζωのアオリスト受動不定詞なので、辞書でπειράζωの意味を見ていきましょう。
A Greek-English Lexicon of the New Testament and Other Early Christian Literatureで調べていきます。
新約聖書の当該箇所(1コリント10:13)が言及されているπειράζωの意味は(2.) to endeavor to discover the nature or character of something by testing, try, make trial of, put to the test、さらに(B.) of painful trials sent by Godのところです。
これは「誘惑」というよりも「試練」という感じが漂っています。念のため別の辞書も見てみましょう。
The Concise Greek-English Lexicon of the New Testamentでは、(2.) 'make trial of the quality or state of someone's character or claims'、(a.) of inducing a damaging statement or actionというところに1コリント10:13への言及があります(ちなみに、訳語として"test"と書いています)。
この辞書の語義説明には「誘惑」という訳の方があっていると感じられます。

さすがにこれでは終われないので、また違う辞書も見てみます。
A Greek and English lexicon to the New Testament. To this is prefixed a Greek grammarを見ると、まず(II.) To try, put to the proof, さらに(3.) To try one's faith and patience by calamityに1コリント10:13への言及があります。これだけみると「試練」ではないかと思われるのですが、この辞書はさらに続けて(though this may refer to all sorts of trials, as well by calamity as by actual temptation to sin.)と括弧書きしています。つまり災害や大きな不幸、そして悪への誘いのどちらも1コリント10:13におけるπειράζωが指すものかもしれないと言っています。

私はコイネーギリシャ語の専門家ではないのであまり自信をもって言えませんが、1コリント10:13で「あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず」(新共同訳)というように「試練」という単語を使って訳すのは、災害や大きな不幸そして悪への誘惑どちらも含むことを表したもので、仮に「誘惑」と訳せば意味の幅が狭まりすぎてしまうことになると思われます。したがって、「神は乗り越えられる試練しか与えない」の「試練」は誤訳ではないと考えます。
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