2022年9月7日水曜日

古代の航海は命がけ!「魏志倭人伝」に見る安全祈願の奇習「持衰(じさい)」を紹介 (2021年2月19日) - エキサイトニュース(2/3)

古代の航海は命がけ!「魏志倭人伝」に見る安全祈願の奇習「持衰(じさい)」を紹介 (2021年2月19日) - エキサイトニュース(2/3)

古代の航海は命がけ!「魏志倭人伝」に見る安全祈願の奇習「持衰(じさい)」を紹介

倭の各国は魏王朝へ臣従の意思を示すためにしばしば大陸へ渡らねばならず、危険な航海を成功させるために生まれたのが「持衰」の奇習だったのです。

■命がけの安全祈願、その内容は?

では、その「持衰」とは具体的に何をするのか、まずは「魏志倭人伝」の原文を見てみましょう。

古代の航海は命がけ!「魏志倭人伝」に見る安全祈願の奇習「持衰(じさい)」を紹介


「魏志倭人伝」原文より、持衰の部分(赤枠)。

【読み下し】
その行来・渡海、中国に詣(参)るには、恆(つね)に一人をして頭を梳(くしけず)らず、蟣蝨(きしつ。シラミ)を去らず、衣服垢汚、肉を食わず、婦人を近づけず、喪人のごとくせしむ。これを名づけて持衰(じさい)となす。もし行く者吉善なれば、共にその生口、財物を顧し、もし疾病あり、暴害に遭えば、便(すなわ)ちこれを殺さんと欲す。その持衰謹まずといえばなり。

※一部、文意を変えない範囲で読みやすく直しています(例:其の⇒その、如く⇒ごとく、之⇒これ、等)。

【意訳】
倭国の者たちが海を渡って中国(魏王朝)へあいさつに行く時、一人を選んで航海中は以下のようにさせる。
一、頭髪を整えず、シラミが湧いても放置。
一、衣服は洗わず着替えず、汚れたままとする。
一、肉類を食わない。
一、女性を近づけない。
まるで喪に服しているようだが、これを持衰(じさい)と名づけている。
もし航海が無事に終われば、奴隷(あるいは罪人)であれば解放し、財物など褒美を与えるが、もし疫病が蔓延するなど航海に不都合(暴害)があった場合、持衰の謹慎が不十分であった責任をとらせてこれを殺す。
要するに航海安全の願をかけた精進潔斎(しょうじんけっさい)といったところで、上手く行けば褒美を与え、失敗すれば(神様への生贄or八つ当たりに)殺すという神頼みだったようです。

もちろん、こんな運任せな役目を志願する者はいなかったでしょうから、きっと(殺しても惜しくない)奴隷や罪人などを連れてきて任に当たらせたものと考えられます。

■終わりに

「おい……お前、あの船に乗るか?」
「……どこへ行くんだ?」
「大陸へ渡るのさ。往復の航海が上手くいけばお前は釈放、当分暮らせるだけのカネもやろう」
「……そんな旨い話、ノーリスクな訳はないよな?」
「いかにも……もし航海中、何かトラブルがあったらお前を殺す。どうだ、受けるか?」
「うーむ……」
「お前は終身刑だったな?牢獄の中で一生を終えるか、あるいは命を賭けて解放の可能性を追求するか……ま、明日までじっくり考えな」

古代の航海は命がけ!「魏志倭人伝」に見る安全祈願の奇習「持衰(じさい)」を紹介


遣唐使。この船にも持衰は乗っていたのか。Wikipedia(撮影:PHGCOM氏)より。

助かるか、殺されるかはまったくの運次第……後世の遣隋使・遣唐使にも、似たような役目の者を船に乗せていたそうです。

かつて荒波を乗り越え、大陸王朝と交流した先人たちの陰で、こうしたドラマが繰り広げられていたのかも知れませんね。

※参考文献:
石原道博ら編訳『魏志倭人伝・後漢書倭伝 宋書倭国伝・隋書倭国伝』岩波文庫、1966年7月

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