2022年7月23日土曜日

 昭和通商とは何か? | 東海アマブログ

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昭和通商とは何か?


 日韓両国の間には、慰安婦問題や強制徴用の問題が、民族の存亡にも関わるがごとくセンセーショナルに取り上げられているが、実は、そんな問題など、これから書く問題に比べれば、あまりにも矮小で些細であって、今はメディアに隠されている、この問題が公に取り上げられ、韓国民の知るところとなったなら、自民党政権、とりわけ岸信介の人脈を継ぐ、安倍晋三らは、東電の勝俣同様に、地球の果てまで逃げ出して二度と日本に帰って来られないほどの、とんでもない重大問題なのだ。

 もし昭和通商の真実が韓国民に知られたなら?
 どれほど恐ろしい結果を招くか、おそらく慰安婦問題など消し飛んでしまい、その百万倍のインパクトで自民党政権に対する全朝鮮人民あげての糾弾が始まるにちがいない。

 私が、統一教会や岸信介を調べていて、昭和通商という存在を知ったのは、まだ20年ほど前のことで、最初は、単なる、植民地朝鮮における日本人経営の商社と思い、気にもとめなかった。

 しかし、岸信介の悪行を知る過程で、必ず登場する昭和通商の本当の正体が、実は電通と一体化した日本陸軍による巨大な武器・麻薬密売組織であることを知り、この人脈、(韓国側では文鮮明と朴正熙が関わっていて、金日成の関与さえ出てくる)こそが、戦後、日本権力とCIAを深く結びつける根幹であることが理解できてから、いつか、昭和通商のことを本気で調べねばならないと思っていた。

 本気でやるからには、国会図書館あたりに半月ほど通って、あらゆる資料をコピーし、情報を整理して論文にまとめあげるのに数ヶ月はかかる大仕事となるのは分かりきっていて、それを自費出版など何らかの形に公開しても、私のバリューでは、読んでくれる人も少ないだろうし、電通の正体にかかわる内容のためメディアが意図的に排除することも分かりきっていて、積極的な取り組み意欲も起きなかった。

 昭和通商が陸軍による麻薬密売特務機関であることは、10年前のウィキペディアには明瞭に書かれていて、ネットで調べれば山ほど情報があった。
 そこには、日本軍が朝鮮国を植民地として経営するなかで、朝鮮人民に阿片麻薬を普及させ、法外な価格で売りつけ、朝鮮の富を吸い上げるとともに、朝鮮人民を無気力倦怠化させることで独立意欲を削ぐための植民地統治機関であると書かれていた。

 ところが安倍政権になって、官邸が安倍に都合の悪い情報をネットから排除する大規模で組織的な隠蔽工作を開始し、安倍の血縁ルーツである岸信介の情報から、彼らの非合法の暗黒に包まれた悪行が改竄隠蔽されてしまっている。

 [改竄されてしまったウィキから引用]
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%AD%E5%92%8C%E9%80%9A%E5%95%86

昭和通商の前身である泰平組合は、明治41年6月に三井物産、大倉商事、高田商会の3社が共同出資して設立され、主に余剰となった軍の旧式小銃・火砲の払い下げを受けて中国・タイ等に輸出する事を目的とした。

泰平組合設立の経緯については、明治40年12月、陸軍の南部麒次郎中将が、「三井、大倉、高田の三会社が兵器売り込みの競争を廃して、三社合同の泰平組合が組織せられ、将来の協力発展が期待されることになった」ことを自伝に残している。

 第一次大戦ではイギリス・ロシアにも100万挺を越える小銃を輸出した。
 昭和14年4月には高田商会が抜け、三菱商事が新たに加入して昭和通商が設立された。

 昭和通商は、1939年に陸軍省軍事課長の岩畔豪雄大佐の主導で設立され、人事権を陸軍省が一手に握り、ニューヨーク、ペルーのリマとボリビア、ヨーロッパではベルリン、ローマをはじめ満州、中国各地、南方諸地域にわたって支店や出張所をもち、正社員三千人、現地臨時雇用を含めると六千人にも及んだ巨大組織であった。

 設立目的は「兵器工業の維持と健全な発達、陸軍所要の海外軍需資源の一部輸入、国産兵器の積極的海外輸出と、陸軍所要の外国製兵器の輸入など」とされ、表向きは民間の商社として活動を開始したが、その実態は駐在員が現地で情報収集など諜報を行ったり、朝鮮・満洲・蒙疆で生産された阿片を中国市場に持ち込み、里見甫らの宏済善堂(阿片の分配のための阿片問屋。里見はその副理事長(理事長空席))を通じて換金し、戦争遂行に必要な戦略物資の調達にあたるなどの活動を行っていた。

 引用以上

 ここには、わずかに里見甫の記述が出てくるが、この男こそ、上海麻薬王と呼ばれた阿片販売のスペシャリストであり、岸信介の生涯最大の盟友であった。
 里見は、昭和通商の経営に関与するとともに、同時期に、電通の主幹も務めていて、陸軍中野学校による植民地経営の秘密工作の核心人物と言ってもよい。

 [里見甫のウィキからの引用=上海麻薬王・電通の事実上の創始者]
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8C%E8%A6%8B%E7%94%AB

 1923年6月、北京新聞が創刊されるとその主幹兼編集長に就任する。ここでの新聞記者活動を通じて、関東軍の参謀であった板垣征四郎や石原莞爾と知己となり、国民党の郭沫若と親交を結び、蒋介石との会見を行うなどして、国民党との人脈も形成された。

 1931年9月に満州事変が勃発すると奉天に移り、奉天特務機関長土肥原賢二大佐の指揮下で、甘粕正彦と共に諜報・宣伝・宣撫活動を担当する

 1932年12月、満州における聯合と電通の通信網を統合した国策会社である満州国通信社(電通の前身会社)が設立され、初代主幹(事実上の社長)兼主筆に就任する。

 1937年11月、上海に移り、陸軍特務部の楠本実隆大佐を通じて特務資金調達のための阿片売買を依頼される。

 1938年3月、阿片売買のために三井物産および興亜院主導で設置された宏済善堂の副董事長(事実上の社長)に就任する。ここで、実態は陸軍の特務機関であった昭和通商や、中国の地下組織青幇や紅幇などとも連携し、1939年、上海でのアヘン密売を取り仕切る里見機関を設立。

 ペルシャ産や蒙古産の阿片の売買によって得た莫大な利益を関東軍の戦費に充て、一部は日本の傀儡であった汪兆銘政権に回した。

 里見機関は、関東軍が極秘に生産していた満州産阿片(現在、中国政府が管理している世界最大の秘密阿片基地)や、日本軍が生産していた海南島産阿片も取り扱っている。この活動を通じて、青幇の杜月笙・盛文頤や、笹川良一、児玉誉士夫、吉田裕彦、岩田幸雄、許斐氏利、阪田誠盛、清水行之助らとの地下人脈が形成された。

 1943年12月、宏済善堂を辞し、満鉄と中華航空の顧問となる。1945年9月に帰国し京都や東京に潜伏するが、1946年3月に民間人第一号のA級戦犯容疑者としてGHQにより逮捕され、巣鴨プリズンに入所する。

 1946年9月、極東国際軍事裁判に出廷して証言を行い、同月不起訴となり無条件で釈放される。その後、日本商事を構え代表に就任する。

1965年3月21日、千葉県市川市国府台の總寧寺にある里見の墓の墓碑銘「里見家之墓」は、岸信介元首相の揮毫による。

 里見は「電通が今のような広告会社になったきっかけを作った一人である」とした佐野眞一の一文がある。
 月間の広告取扱高は150万円、日本の新聞広告の7割を掌握し、株主配当7分という優良企業に成長した電通は銀座の顔となった8階建ての自社ビルを建てる (『電通史』)。

 引用以上

 昭和通商・電通・麻薬王 というのが、里見甫に与えられたキーワードである。
 ここには出てこない(削除された?)が、里見と岸信介は思想的にも深い絆で結ばれた盟友であり、石原莞爾らの大東亜共栄圏構想にも深く関与している。

 岸信介も里見と同様にA級戦犯で逮捕され、死刑にされるはずだったが、里見と同様に、不可解に釈放された。
 この理由について、敗戦後、昭和通商の莫大な資金から米軍を買収したとの記述がネット上に複数あったが、安倍官邸による情報封鎖で削除されたのか見つからない。グーグルが官邸の要請によって検索から排除した可能性がある。
 発見できたなら別の機会に掲示しよう。

 岸の真実を暴露する情報のなかには、岸が里見とともに、戦後、現在の価値に換算して1兆円程度の昭和通商資金を日本に持ち帰り、一部は自分たちのA級戦犯指定を解除させるため米軍を買収する資金にあて、他の金を、戦後、自民党の前身にあたる旧帝国日本国復活を願う勢力の政治党派を作る資金にあてたと記述されていた。

 戦後、自民党勢力は、A級戦犯でありながら不可解に釈放された岸信介と朝鮮人を麻薬漬けにして吸収した昭和通商資金によって作り出されたのである。
 
 また昭和通商資金が、戦後、詐欺師たちのあいだで飛び交ったM資金と関係あるとの情報もあった。

 当時、日本陸軍中尉、高木正雄だった後の韓国二代目大統領、朴正熙と極右カルト、統一教会の山本朋成(なりすまし)こと文鮮明も、岸や里見のグループの一員であり、戦後まで、莫大な資金供与などを通じて、一種の同盟関係を結んでいたことが知られている。

 当然のことながら、戦後、文鮮明や笹川良一とともに、岸信介が設立した反共実力組織、国際勝共連合も、里見が主幹を務めていた電通と深く関係していて、我々が目撃した311後の放射能報道にまつわる驚くべき大規模な情報捏造=安全デマと被曝隠蔽も、この人脈と関係があることが明らかである。

 そもそも昭和通商の陸軍における設立動機は、1894年の日清戦争で勝利した日本の、内務省衛生局長、後藤新平が、「満州経営の資金調達のため、アヘンを国策として売買すべし」と主張したことである。

 当時から阿片の耽溺性が知られ、強烈な依存性から、ひとたび販売ルートが確立されたなら、中毒者による購買が死ぬまで強力に続けられ、その地域の富を根こそぎ奪い取ることが可能であると考えられていた。
 これを日本陸軍が朝鮮植民地における統治手段として行ったのが昭和通商である。

 昭和通商の経営は、岸と里見の支配下にあったが、経営に関与したメンバーのなかには、戦後の日本政権を代表するような人物が目白押しに並んでいる。

http://alternativereport1.seesaa.net/article/294397057.html

 吉田茂(麻生太郎の祖父)・福田赳夫・佐藤栄作(岸の実弟)・池田勇人、彼らは全員、後に日本国首相に就任し、その資金(自民党総裁選挙は金ばらまき戦争である)が昭和通商に関係していることを示唆している。

 陸軍特務機関員として、里見甫以下、児玉誉士夫、笹川良一らが関与している。事務員として、小泉純也(純一郎の実父)もいた。
 朝鮮側では、文鮮明も朴正熙も深い関係があった。

 昭和通商は戦後、自民党政権の根幹にかかわる要素であり、これを解明することで、戦後日本の権力がCIAの思い通りに作り出されてゆく経緯も容易に理解できるようになる。
 昭和通商の解明なくして、日本現代史の解明は不可能である。
 全容を解明するためには、おそらく数十冊の出版が必要になるだろう。今回は、その一端を紹介し、全容解明に参加していただける方を求めるにとどめたい。

[通州事件のこと]

 1937年7月29日、北京市通州にあった日本施設を 冀東防共自治政府武装部隊が急襲し、日本民間人に多数の犠牲者が出た。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%9A%E5%B7%9E%E4%BA%8B%E4%BB%B6

 日本の右翼勢力が、この事件について、中国側の一方的な虐殺と宣伝しているが、事実は違う。
 通州は居留民保護のための駐留施設ということになっているが、実は、麻薬王と呼ばれた里見甫の、陸軍の指令による阿片の精製拠点であった。

 里見は古い中国のヤクザによる麻薬販売組織である 青幇・紅幇とも深い関係を持ち、争いを避けていたが、阿片利権をめぐって、上海を活動拠点としていた里見の掌握できない多数の事件が重なり、青幇に支配されていた冀東防共自治政府側が激怒して、通州基地を急襲し、そこで阿片精製に従事していた日本人婦女子たちを残酷な方法で虐殺したのである。

 これも詳細な解説サイトが消えてしまっていて紹介できないので、発見次第、掲示することにしよう。

 中国における古い阿片売買の利権を日本陸軍が、日清戦争以降、激しく侵していったことで、中国の歴史的な秘密結社、青幇・紅幇が、阿片利権を奪われた恨みから地方政府や軍閥と組んで日本軍への散発的な復讐を繰り返したが、この通州事件をもって日本軍を決定的に怒らせ、以降の戦闘は、三光作戦と呼ばれる、焼き尽くし、殺し尽くし、。奪い尽くすというような桁違いに残虐な大虐殺に変化していった。

 中国というのは、実は、清朝政府が本当の支配権を持っていたわけではなく、いわば軍閥を統括する親玉軍閥にすぎなかった。
 中国民衆は政府など信用せず、土地の実力者が加盟する結社だけに従っていたのである。これは今でも変わらないので、中国の本当の支配者は中国共産党政権ではなく、旧軍閥を引き継いだ地方政府なのである。
 このシステムが中国から官僚腐敗が消えない理由になっている。

 通州事件の場合も、里見らは中央政府を手なずければ地方も従うと思い込んでいたようだが、実は、中央と地方は一体ではなかった。
 北京の清朝政府は騎馬民族であって、上海の中国人たちとは人種も思想も違っていたのだ。本当に中国を支配していたのはヤクザと軍閥だったのである。
 そもそも、居留地防衛基地のなかに、数百名という大量の日本人婦女子がいたことの意味を右翼は理解できていない。
 阿片を巡る暗闘は、世界中で法外に残酷な結末になることが多い。
 通州事件の半年後に起きた南京事件でも、通州の残酷な殺戮がなければ、日本軍によるあれほどの凄まじい大虐殺も起きなかったかもしれない。

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 私が、311以降、原発推進の安倍信者たちから、連日連夜、延々と嫌がらせを書き込まれた事情については、すでに何度がブログに書いている。

 安倍晋三支持の自民党シンパたちによる嫌がらせの共通点は、ディスリスペクト=「嘲笑・侮蔑」だったといえるだろう。
 それも知的レベルが高い者なら絶対にやらない、恐ろしく低俗な誹謗を延々と繰り返すのには恐れ入った。
 
 正直「ここまで下劣な人間性でいられることが奇跡」とさえ思ったものだ。普通なら、こんなことを書いていたら癖になって、必ず自分の周囲にも同じ態度で接し、周囲から蛇蝎のように忌み嫌われるようになることは避けられないからだ。

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この吉田くんというアカウントは消えてしまってるが、ぜひとも情報を知りたい。
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 どうも、この愚かな連中は、「自分の方が私よりも上にいる」と勘違いしてしまっているようで、自分には私を蔑む資格があると信じているのだろう。

 正直、生まれてこの方、多くの人々と接する機会があったが、これほど下劣な連中に引っかかったのは初めてで本当に面食らった。

 結局、連中の嫌がらせで、五年前の意味不明なツイートが自殺幇助のように受け取られてアカウントを完全凍結させられたが、同じように連中もまた繰り返し凍結されながら、絶対に完全凍結されないで何度でも同じ下劣ツイートが繰り返されるのを見ると、完全にツイッター社の管理員による政治的思惑が働いていると確信するしかなかった。
 ツイッター社に自民党ネトサポが入り込んでいるという噂は本当だったのだ。

 そこで私は、老化現象で長文を書くことに自信を喪失していたのを、やむをえずブログに戻って、再び書き出すしかなかったが、まあ、悪い結果にはなっていない。

 本題から逸れたが、人を見下すことが好きな人が登場する原因は、相模原の植松殺戮事件と同じで、もの凄く硬直した差別意識に洗脳されてしまうからである。

 社会全体が、私の若い頃よりも、格差や差別が深まってきていて、他人に強くコンプレックスを抱く人間性の狂った若者が増えてしまっているのだろう。

 私が、この数十年間、社会全体を見渡して、私の子供時代には少なかった「いじめ」が凄まじく増殖して、所得や学歴、地位といった人間を判別する上には邪魔でしかない、ケチな基準がのさばり、本当に大切な基準である、心の広さ、優しさ、正しい判断力、責任感、実行力といった観点が軽視され、立派な仕事をしている者が見下されるような倒錯した価値観が蔓延しているような危機感を感じる。

 私の子供時代にも「いじめ」はあったが、主に暴力団の子弟が主役で、まともな家庭の子供が陰湿ないじめに走るようなことはめったになかった。
 ところが、今では、いじめの主役は、何でもない普通の家庭の子供たちであるという。
 なぜこうなったかといえば、子供たちの世界に競争主義が深く浸透し、他人をいじめることで競争に勝っていると自己満足するような倒錯が起きているからであろう。
 
 私の子供時代には、古すぎて申し訳ないが、月光仮面とか七色仮面とか、怪傑ハリマオとかバットマンとかのキャラクターで、勧善懲悪一点張り、とても分かりやすい価値観だったが、「悪役のなかにも大切にすべき人がいる」という視点が皆無のために、家が貧しくて古いもの汚れたものを着ているような子供は悪人とみなされていじめられるということがあったような気がする。

 絶望的な地獄の子供時代を過ごした、壱番屋創業者の宗次徳治さんなんかは、本当に大変だっただろう。今は本当の神様だが。
 おおむね理不尽にいじめられた人は、宗次さんのように桁外れに立派な人になるか、あるいは池田小殺傷事件の宅間や、相模原事件の植松のようになってしまうことが少なくないようだ。

 こんな愚かで、つまらない社会では、みんな人生が楽しくないだろう。私の若い時代にも理不尽な怒りを感じることは、いっぱいあったけど、おおむね、老人たちが戦争の苦難や、戦後の飢餓時代を経験していたから、とても優しく、心の広い人が多くて、本当に大切なことを、きちんと見抜いてくれて、若者を励ましてくれたものだ。

 「他人を見下す」という習性を持った人々、という共通点で全体を見ると、国際的に、韓国人なんかは、日本人全体を見下している姿勢が、慰安婦問題などでよく分かる。

 韓国では、儒教的価値観から、「中国は父、韓国は兄、日本は弟」などという勝手な差別観が普及してて、日本は韓国の属国であると思いたがる人が多く、見下すのが当然と思っていても、現実はそうでないから、それを直視できなくて、慰安婦問題のような派生的な部分で、まるで民族の代えがたき怨念であるかのような異様なナショナリズムの興奮が起きるのだろう。

 桜も寿司も日本文化の大半は韓国起源という主張も、こちらが赤面したくなるほどだが、日本人を見下したいという強烈な怨念には勝てない。

(歴史的に考えれば、天皇家が朝鮮半島からやってきたことから、日本は韓国の派生国であるという考えが出たようだが、本当は、彼ら=天皇家・秦氏・弓月氏は満州=高句麗から来た女真族であって、今の韓国人の多くがは渤海・沿海州から移動してきたエベンキ族が主体で、両者は民族的にも一致していない)

 先に書いたように、慰安婦問題など、世界の戦争史のなかでは、取るに足らないありふれた事象であって、それよりも朝鮮人強制連行の方が桁違いに重要だし、昭和通商による麻薬密売問題の方が、はるかに、桁違いに重く陰湿な民族的迫害であるし、ベトナム派兵韓国兵によるライタイハン問題や、ベトナム婦女子大虐殺は、韓国人の将来をも束縛するほどの巨大な問題であるのに、一切、顧みず、一番どうでもいい慰安婦ばかり何十年も掘り返し、イチャモンをつけ続けるという感覚は、世界でも韓国にしかないものだろうう。

 これも、元を正せば、韓国に特有の儒教思想による極度の差別構造から生まれた社会的洗脳が明らかで、同じ儒教国でもベトナムでは、過去に起きたことで未来を拘泥させるような粘着質の発想は軽蔑され、明日を見て歩くことが大切な価値であると共有されていることで、社会差別は少ないようにみえる。

 儒教国の大本は、もちろん中国で、孔子の思想によるものだが、この人は普通の人間関係からは、ひどく嫌われるタイプの、まるで優しさのない唯我独尊、男尊女卑を絵に描いたような独善的人物で、女房の作った食事のできが悪いと床にぶちまけたりして、生涯4回も女房に逃げられている。
 大好物は人醤=人間の塩漬けだったそうだ。

 しかし、2500年前、春秋時代の戦争に明け暮れた国家群(今と変わらない軍閥国家と思えばよい)のなかでは、孔子の国家権力第一主義の思想は、国家と戦争を正当化するには頗る都合のよいもので、国家と、それによる文明開化、科学と軍事こそ、人類が動物でなく人間となった証であるとする思想は、支配者たちに大歓迎された。

 孔子という人の思想を端的に言えば、例えば正力松太郎のような優秀病というか、上昇志向だけが人間であるかのようなファッシスト特有の発想が見える。
 時代は旧約聖書と同じく、男尊女卑・家父長制度のまっただ中にあり、人に序列をつけ、女性を見下し、強権で人々を支配するような権力的発想で、まるで旧約聖書の世界観に酷似している。

 「仁」という概念を作った人だが、これが今でいう思いやりとかとは違うような気がする。権力支配の緩衝材としての仁なのだろうが、この中身は五常の徳と称される仁・義・礼・智・信で、何を意味するかといえば、階級秩序を守れということのようだ。
 つまり人間を序列化し、年功序列や地位、性別で差別し、そんな上下関係を守りなさいという意味にすぎない。

 いずれにせよ、孔子の思想は、徹頭徹尾、国家権力にとって都合がよい。現代中国が孔子を神のごとく持ち上げるわけだ。
 国家を維持する上で、権力者に権威を与え、差別に価値を与え、科学=学問や軍事を重視した。国家と人間疎外は孔子にとって不可分、一体のものであった。

 春秋時代は戦乱の世であり、戦争に勝ち抜くには、孔子の思想が合理的だったと考えられるが、一方で、民衆に巨大な身分差別の膠着した思想を普及させてしまったように思える。

 この孔子の体系化した思想=儒教は、東アジアの五つの国に継承されて現代にまで強固な思想的影響を与えている。
 本家の中国、李氏官僚社会において独自の発展を遂げた韓国・北朝鮮、民衆統治に儒教(朱子学)を採用した日本(江戸幕府)、そしてベトナムである。

 韓国の異様な階級差別感覚は、我々にとって驚異的なものだが、実は北朝鮮では、桁違いに凄まじい。
 民衆を54階級に分けて、権力に役立つかどうかの視点で序列化しているのである。
 これの、どこが社会主義、共産主義なのか、嗤うことしかできないが、李氏朝鮮社会における男尊女卑=女性差別を根源として、社会全体が巨大な差別の檻のなかに自縄自縛になっているように思え、呆れかえってしまう。

 韓国においても、社会差別は李氏より、はるかに遠い昔、おそらく日本の奈良時代より古い三韓時代以前から、凄まじい差別と序列化の思想に覆われていた。
 この時代、日本にもたくさんの半島人が渡来していて、持ち込まれた習俗のなかに、三韓時代の差別風俗と考えられる制度が存在している。

 例えば、韓国で白丁といえば百年前まで実在した奴隷階級を指し、現代にあっても生き続けている部落差別と同じものだが、これが日本にも持ち込まれ、衣類の色が官職や階級差別の代名詞になっているのだ。
 すなわち、無官を白丁と言い、身分の低さの代名詞となっている。逆に言えば、日本の部落差別の起源が、奈良時代の白丁にあることが明らかなのである。

 いずれにせよ、韓国では孔子が始めた人間序列化の思想が究極的に洗練されて階級差別に昇華しており、階級が違えば、人間が違うという勘違い、思い込みが社会を広く覆い尽くしていることから、最底辺の階級(白丁)はインドのカーストの下にあるダリット階級とまったく同じ意味で「不浄の民」とされ、処刑、動物死体処理や、し尿処理以外の仕事に就くことができない。

 逆に、支配階級である武家階級=ヤンパン(両班)はインドのクシャトリアと同じ意味で、権力の暴力を司り、高級な仕事にしか就かない。
 この制度は、もちろん日本も同じで、武家が両班、士農工商という良民階級があり、その下に白丁を意味する穢多階級が置かれる仕組みになっている。

 こうした社会差別の観念は、韓国では歴史的に強固な観念となって人々を呪縛しているため、民族的ナショナリズムの根底に、優越感と劣等感の入り交じった複雑な階級意識がむき出しになっている。

 慰安婦問題が二転三転して膠着する本当の理由は、韓国人の根底にある、日本人への見下しにあるのだ。日本は自分たちより下であると韓国人が満足できる事態が起きれば、何もなかったように問題は収束するはずだが、そうは問屋が卸さない。

 こうした社会で、何が価値観になるかといえば、それは見栄とメンツである。

 中国でさえ、強力な官僚制度の根底にある価値観は見栄とメンツであるが、韓国では、自分の所属する階級を正当化する見栄とメンツが、人生のなかで最も巨大で不可侵の価値であると洗脳されきっている人が非常に多いので、見栄を守るためには命をかけねばならないほどだ。

 北朝鮮の金政権が、アメリカに恫喝され、突如態度を翻して核開発の放棄を言い出したが、これまでアメリカと対等を主張し、核戦争でもやってみせるような大言壮語を吐き続けた理由も、朝鮮社会における見栄とメンツの価値観が大いに関係している。
 
 元々、金正恩は非常に臆病な気の小さい性格と言われていて、アメリカの恫喝にびびりまくっていたはずだが、国家のメンツ、権力のメンツを演出するため、強硬態度を示していたが、CIA長官の直接面会による最後通告により、アメリカによる侵略と北朝鮮国家破壊が本当に現実のものになったと悟って、突如、泣きをいれたというわけで、これも見栄とメンツの原理さえ分かっていれば、十分に予測できた経過であろう。

 南北両国とも、見栄とメンツの儒教的価値観に完全に洗脳されきっていて、自分たちの信奉する見栄の部分が、どれほど空虚で中身のない幻想にすぎないかを思い知らされる日がくるまで、朝鮮民族の異常さ、他人を見下す思想はなくならないだろう。  

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