2026年4月18日土曜日
王の二つの身体 エルンスト・ハルトヴィヒ カントーロヴィチ (著), Ernst Hartwig Kantorowicz
王の二つの身体 (上) (ちくま学芸文庫 カ 23-1) 文庫 – 2003/5/7
エルンスト・ハルトヴィヒ カントーロヴィチ (著), Ernst Hartwig Kantorowicz (原名), 小林 公 (翻訳)
第二章 シェイクスピア──リチャード二世
おれはなにもかも背負わねばならぬ。この苛酷な条件は
王という偉大な地位とは双子の兄弟なのだ、
おのれの痛みしか感じられぬばかものどもの悪口にも
痛めつけられるほかないのだ。一般庶民が享受しうる
無限の心の安らぎを、王はどのぐらい捨てねばならぬのか!……
どういう神なのだ、おまえを崇拝するものたち以上に
この世の人間の苦しみをなめなければならぬとは?
これが、シェイクスピアの戯曲に見られる、王の神性と人性をめぐる国王ヘンリー五世の瞑想である〔☆一〕。王は、偉大な地位と同時に人間の本性をもって「双子」として生まれ、したがって「ばかものどもの悪口にも痛めつけられる」のである。シェイクスピアがここでその輪郭を描いているのは、王の「双生」がもたらす人間的で悲劇的な様相であって、イングランドの法律家が王の二つの身体という擬制の中に集成したさまざまな法的権能ではない。しかしながら、「二つの身体」という特殊法学的な言い廻しは、法律家仲間が独占するような奥義に属していたわけでは決してない。王は「彼自身において永遠に生き続ける団体である」といった言い廻しは、ジョン・カウエル博士の『解釈者』(一六〇七年)のような簡単な法律用語辞典の中にも見られる、ありふれた表現であった〔☆二〕。
第二章
☆一────King Henry V, IV. i. 254 ff.〔『ヘンリー五世』第四幕第一場(小田島雄志訳、白水社版『シェイクスピア全集Ⅴ』三一六頁)。なお、後に引用される『リチャード二世』と『ジョン王』の邦訳は同全集Ⅵに所収されている〕
☆二────Dr. John Cowell, The Interpreter or Booke Containing the Signification of Words(Cambridge, 1607), s. v. “King(Rex),” また s. v. “Prerogative”. ここでは、現にプラウドンが引用されている。一般的には、Chrimes, “Dr. John Cowell,” EHR, LXIV(1949), 483 を参照。
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