【ディランを追いかけて~菅野ヘッケル】 2023年日本ツアー前半を終えて。
4月12日、東京公演2日目、4月6日、7日、8日の大阪公演、11日、12日の東京公演と2023年日本ツアーもほぼ半分の日程を終えた時点で総括のようなものを書こうと準備していたら、12日の東京公演で衝撃が走った。昨年秋と同じ17曲の固定セットリストで始まったので、今回の日本ツアーもこのまま続くだろうと決め込んでいた。ところが12日東京公演2日目に「ザット・オールド・ブラック・マジック」に変わって「トラッキン」が初登場した。会場の一部で大歓声が上がった。東京にもデッドヘッドがいるようだ。「トラッキン」はグレイトフル・デッドのアルバム『アメリカン・ビューティ』(1970年)に収録されている曲で、ディランがコンサートで歌うのは初めて。やはり、ボブのやることを予測することはできない。
5回のステージを見て、いつがよかったかと聞かれても答えに戸惑う。大阪初日の張り詰めた緊張感(ボブもバンドも観客も)もよかったし、回を重ねるにつれ、ボブはリラックスして笑顔を浮かべることも増え、バンドの一体感も高まり、ぼくは夜毎変わるアレンジにも驚かされている。毎回が最高のコンサートだとしか答えようがない。会場の音響も最高。繊細なサウンド明瞭に聞こえる。ただし、照明は相変わらず暗い。東京公演では客席の明かりを落とさないので、ステージと客席が同じくらいの明るさだ。これもボブの指示らしい。
やはりボブはボブ。最高にして唯一無二のアーティストだ。ボブと同時代に生きていて、ライヴ・コンサートを実体験できる幸せを噛み締めている。あと6回、最後の名古屋公演が来なければいいのに。ボブ・ロスが始まりそうだ。
1「川の流れを見つめて」(1971年)
日によって、イントロがまったく違う。すぐに歌い出す日もあれば、12日の東京のように1分40秒ものすばらしいイントロを聞かせることもある。その日の気分によって変えるのだろう。3番の歌詞のあとの間奏でボブの得意な音階を上がり降りするピアノのフレーズも飛び出し、思わずにんまりした。「ぼくはどうしちゃったというんだろう/言いたいことはあまりない/ぼくは砂だらけの土手に座って/川の流れを見つめよう」何にも邪魔されず、風が吹こうが、変わらず流れ続ける川を見て気持ちを強くするというボブの決意を歌っている。
2「我が道を行く」(1966年)
1番はピアノの弾き語り風にスローで歌い始め、2番からドラムが加わりビートを聞かせたおなじみの曲になる。2番の歌詞が少し書き換えられているが、「やがて時が教えてくれるだろう/だれが倒れ、だれが置き去りにされたのかを/きみがきみの道を行き、ぼくがぼくの道を行く時」親しい人と別れても、自分の道をいくという、これも強い決意の表れだ。
3「アイ・コンテイン・マルティチュード」(2020年)
1番と2番は、ビートを抑えたピアノの弾き語りで歌われる。今回のステージでは、このアレンジが多く採用されている。ボブはその日のムードをバンドメンバーに伝えているのかもしれない。「わたしは矛盾を抱え込んだ男、とんでもない気分屋/わたしの中にはいろんな面がいっぱいあるんだ」自己描写の歌と思われる。たしかにボブは歌手、画家、彫刻家、映画人、作家など、色々な面を持っている。アンネ・フランク、インディアナ・ジョーンズ、ローリング・ストーンズなどを引き合いに出し、歳老いても若さは失っていない。猛スピードで走ったり、ファストフードを食べたりするのも好きだと。ボブは心の中の道を開けて通れるようにしているのだろう。
4「偽預言者」(2020年)
ヘビーなスロー・ブルースで歌われる秀作。間奏とエンディングではボブが得意とする単音主体のピアノが抑制されたギターと絡み合い心地よさが広がる。「わたしは反逆の敵、闘争の敵/生きた形跡のない無意味な人生の敵なんだ/わたしは偽預言者なんかじゃない/わたしは自分が知っていることだけを知っているんだ/孤独な人間が行けるところにしかわたしは行かない」世界中を旅して周り、いくつもの愛の歌を歌い、いくつもの裏切りの歌を歌った。生まれた時のことは覚えていない。いつ死んだのかも忘れてしまった。まるで黄泉の国を歩くボブが告白するように歌っているような不思議な感じにさせられる。
5「マスターピース」(1971年)
この曲も1番はボブのピアノ弾き語りで歌われる。2番からバンドが加わり軽快なリズムに乗せて、ヴァイオリンと繊細なギターが心地よく奏でられる。11日の東京ではハーモニカも演奏した。「ドアに鍵をかけて、世の中に背を向け、傑作を書き上げるまでここに閉じこもる/いつかそのうち、世界はすばらしくなるだろう/ぼくが傑作を描き上げたら」オリジナルではボッティチェリの姪とデートすると歌っていたが、あの頃はまだボブも若かった。とにかく、「世界はすばらしくなるだろう/ぼくが傑作を描き上げたら」。ボブの歌には世界を変えるパワーが潜在している。
6「ブラック・ライダー」(2020年)
暗いムードはボブの得意分野。ボブのパフォーマンスが聞き手の胸を刺す。感動的な曲だ。「黒い騎手よ、黒い騎手、上から下まで黒装束/わたしは歩き去って行くところ、あなたはなんとかしてわたしを振り返らせようとする/平静なままのわたしの心、ずっとこのままでいたいんだ/わたしは戦いたくない、少なくとも今日は/あなたの妻が待つ家に帰るんだ、わたしの家を訪ねるのはやめておくれ/近いうちに、寛大であることを忘れるんじゃない」『オー・マーシー』に収録されている「黒いロングコートの男」と同じように、黒い騎手は死を意味しているのだろう。
7「マイ・オウン・ヴァージョン・オブ・ユー」(2020年)
ボブは類稀なストーリー・テラーだ。観客はどんどん引き込まれ、気づくとボブの虜になっている。「夏中ずっと一月になるまで/わたしは修道院の霊安室を訪れていた/必要な体の一部を探し求めて/肋骨に肝臓に脳に心臓/だれかを生き返らせる、それがわたしのしたいこと/わたしはあなたたちをわたしの思い通りの形に作り上げるのだ」実に不気味な歌だ。死体から必要な体の一部を収集し、人造人間をつくる。アル・パチーノ、マーロン・ブランド、レオン・ラッセル、リベラーチェ、シーザーなどを登場させ、全人類の歴史を見てきた、不滅の精神を持つ人造人間を作り上げる。現実とファンタジーの境界を彷徨うような不思議な世界が広がる。
8「アイル・ビー・ユア・ベイビー・トゥナイト」(1967年)
この曲も1番から4番までほとんどボブのピアノ弾き語りで歌われる。「明かりを消して、ドアを閉めて/もうこれ以上悩まなくてもいいよ/今夜はぼくがきみの恋人になろう」ゆったりと囁くように、セクシーに歌い終えると、一転して楽しさいっぱいのロックンロールに変わる。見事なアレンジだ。ハイスクール時代にリトル・リチャードに憧れた少年ボブを彷彿とさせるジャムが展開される。
9「クロッシング・ザ・ルビコン」(2020年)
ヘビーなスローブルース。歌詞がかなり書き換えられているが、「わたしは天国と地上の間に立っていた/そしてルビコン川を渡った」煉獄から北に三マイル、あの世の一歩手前、天国と地獄の境界を流れるルビコン川を14日かけて渡る。ボブの死生観や終末観が歌われているのだろう。『タイム・アウト・オブ・マインド』に収録されている「トライン・トゥ・ゲット・トゥ・ヘヴン」や「ノット・ダーク・イエット」を思い出した。
10「トゥ・ビー・アローン・ウィズ・ユー」(1969年)
この曲も1番はボブのピアノ弾き語りで歌われる。「きみと二人きり、きみとぼくだけ/月明かりの下、星がまたたく夜空/きみが生きている、ぼくも生きている/ぼくの願いはただ一つ、きみと二人きりでいること」と、スタジオ・ヴァージョンとは歌詞が大きく書き換えられている。間奏のピアノで、ボブは得意な音階をたどるメロディを弾いたり、執拗に同じリフを繰り返したり、見事なタイミングでシンコペーションを効かせた音を叩き込む。ボブの真骨頂だ。笑みが浮かんでくる。ありがとう、ボブ。
11「キー・ウェスト」(2020年)
「行くべき場所はキー・ウェスト/メキシコ湾に浮かぶ島/海を越えて、移ろう砂の浜辺を越えて/キー・ウェストが入り口のキーになる/純真潔白な世界への入り口の/キー・ウェスト、キー・ウェストは魅惑の土地・・・不死を求めているなら/キー・ウェストに行くしかないね/キー・ウェストは天上の楽園/キー・ウェストはとても素敵で言うことなし/正気をなくしてしまったら、そこに行ったらまた見つけられる/キー・ウェストは水平線の上」ギンズバーグ、コーソ、ケルアックなども登場する。高地を目指した1997年の「ハイランド」や、神秘の庭を黙って歩き続ける2006年の「エイント・トーキン」を連想させる大作だ。すごい。2023年日本ツアーのハイライトの1曲だ。
12「ガッタ・サーヴ・サムバディ」(1979年)
スローなピアノ弾き語りで始まり、バンドが加わって激しいロックに変わっていく。「あなたはだれかに仕えなければならない/仕える相手は悪魔かもしれないし神様かもしれない/でもあなたは誰かに仕えなければならない」キリスト教時代を代表する歌だが、初めて日本で歌われた。全面的に歌詞が書き換えられたので、「ジミーと呼んでくれ・・」のくだりはなくなった。ラスヴェガス、老人ホーム、幻覚、幽霊、嫉妬深い夫など、いくつも例にあげながら、神様であっても、悪魔であっても、だれかに仕えなければならないと歌う。
13「あなたに我が身を」(2020年)
「わたしは絶望の長い旅路を旅してきた/その旅路ではほかの旅人には誰一人として会わなかった/去って行ってしまったたくさんの人たち、わたしが知っていたたくさんの人たち/わたしは決心したんだ、あなたにこの身を委ねようと」ディランの膨大な作品の中で、最も美しいメロディを奏でる1曲。「メイク・ユー・フィール・マイ・ラヴ」のように、多くの歌手がカヴァーする歌になりそうだ。
14「ザット・オールド・ブラック・マジック」(1942年)
「あのお馴染みの黒魔術の魔法にかけられてしまった/あなたがとても巧みに操るあのお馴染みの黒魔術/わたしはアイのきりもみ状態の真っ只中/愛という名のあのお馴染みの黒魔術の魔法にかけられて」ボブは2015年に『シャドウ・イン・ザ・ナイト』、2016年に『フォールン・エンジェルズ』、2017年に『トリプリケート』と3枚のフランク・シナトラに代表されるアメリカン・ソングブックをカヴァーしたアルバムを発表した。これらのアルバムによって、ディランが卓越したヴォーカリストであることを再認識した人も大勢いるはずだ。
(14)「トラッキン」(1970年)
12日の東京公演で初めてカヴァーしたグレイトフル・デッドの代表曲。自由に歩み続けようと、ヒッピー文化を象徴するような内容の歌。この後の公演でもこの歌が歌われるか定かでない。もしかしたら日替わりでカヴァー曲を取り上げるようになるかもしれないが、だれにもわからない。
15「マザー・オブ・ミューズ」(2020年)
ほとんどピアノの弾き語りのような美しい曲。ギター、ストリング・ベース、ドラムが浮遊するような効果を発揮している。「詩人たちの母よ、わたしのために歌っておくれ/詩人たちの母よ、あなたがどこにいようとも/わたしは自分の人生よりもすでに長生きしてしまっている/わたしは身軽な旅をしている、ゆっくりとふるさとに向かっている」と歌う最後の歌詞こそ、『ラフ・アンド・ロウディ・ウェイズ』のテーマかもしれない。
16「グッバイ・ジミー・リード」(2020年)
「さらばジミー・リード、まさにジミー・リード/昔からの知恵をわたしに教えておくれ、わたしが今まさに必要としているのはそれなんだ」典型的なシカゴ・ブルース・スタイルの曲だと思っていたら、11日の東京公演ではシンコペーションを効かせたドラミングで、「コールド・アイアン・バウンズ」を連想させるアレンジで歌われた。固定セットリストであっても、日によって曲のアレンジが変わる。
17「エヴリィ・グレイン・オブ・サンド」(1981年)
「先へと旅を続ける中で、ようやくわたしは思い至る/髪の毛一本一本にも番号がつけられていると、あらゆる砂のように」昨年のツアーでは、アンコールとして歌われていたが、日本ツアーでは本編最後に歌われる。アンコールはない。執拗に繰り返す3連音符のピアノ・リフなど日によって、ハーモニカを演奏することもある。
最後の儀式:ボブを中心に、左からダグ・ランシオ、ジェリー・ペンテコスト、トニー・ガーニエ、ドニー・ヘロン、ボブ・ブリットとミュージシャンが横一列に並び、最後の挨拶。ボブは腰に手を置き、まるで観客の満足度を観察するように見回し、何も言わずにステージをさっていく。今やお馴染みとなった、ボブ・ディラン・コンサートの最後の儀式だ。
ありがとう、ボブ。
2023年4月13日
菅野ヘッケル
ボブ・ディラン、7年振りとなる日本ツアー続行中!
"ROUGH AND ROWDY WAYS" WORLD WIDE TOUR 2021-2024
■日時・会場
2023年
4月14日(金) 東京 東京ガーデンシアター 開場18:00/開演19:00
4月15日(土) 東京 東京ガーデンシアター 開場16:00/開演17:00
4月16日(日) 東京 東京ガーデンシアター 開場16:00/開演17:00
4月18日(火) 名古屋 愛知県芸術劇場 開場18:00/開演19:00
4月19日(水) 名古屋 愛知県芸術劇場 開場18:00/開演19:00
4月20日(木) 名古屋 愛知県芸術劇場 開場18:00/開演19:00
■チケット料金(税込)
GOLD:51,000円(グッズ付き)
S席:26,000円
A席:21,000円
※未就学児(6歳未満)入場不可
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