動物薬が新型コロナウイルス感染症治療の救世主になるか?
掲載日:2020.05.01
世界的に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が蔓延しています。日本では80%以上の患者は無症状か軽症といわれていますが、約20%の方は重症化しており400名を超える方が亡くなっています。現在、COVID-19に対する決定的な治療薬がなく、抗ウイルス薬レムデシビル、抗インフルエンザウイルス薬ファビピルビル、抗HIV薬ロピナビル/リトナビル、喘息治療薬シクレソニド、皮膚エリテマトーデス/全身性エリトマトーデス治療薬ヒドロキシクロロキン、膵炎治療薬ナファモスタッドなどの有効性の確認が観察研究や臨床研究として行われている他、一部の薬剤については臨床試験として行われています。しかし、残念ながらこれといった治療薬はいまだ明らかではなく、世界的に有効な治療薬が待たれています。
イベルメクチン(Ivermectin)は2015年のノーベル生理学医学賞を受賞した大村智先生が発見した16員環マクロライド系の抗生物質です。抗生物質でありながら細菌に対する抗菌作用はなかったのですが、寄生虫(鉤虫、回虫、肺線虫、糸状虫などの線虫類)に対して極めて有効に作用し、1986年から人体に先駆けて動物用駆虫薬として、ウマ、イヌ、ウシなどの動物に使用されています。イベルメクチンは線虫の神経又は筋細胞に存在するグルタミン酸作動性クロライドチャネルに高い親和性を持って結合し、これによりクロライドイオンに対する細胞膜の透過性が上昇して神経又は筋細胞の過分極を引き起こすことにより、寄生虫が麻痺を起こし死に至ると考えられています。日本では最初にウマの線虫(大円虫、小円虫、馬回虫)用の駆虫薬として販売され、その後、イヌの飼い主を悩ませていた犬糸状虫症(フィラリア症)の予防薬として承認されました。従来、犬糸状虫症には副作用の強いヒ素薬や心臓内の寄生虫を外科的に摘出する治療法しかなかったものに、画期的な予防法を提供することになりました。当時の動物薬では最大のヒット商品となり、数年にわたり動物薬でトップの販売量を記録しました。その後、疥癬や毛包虫や節足動物にも効果のあることが明らかにされ実用化されています。一方、医療に対してもヒトのオンコセルカ症に対しても極めて有効なことが明らかとなり、さらに東南アジア、太平洋地域、中東、アフリカから中南米の熱帯地域に多数の患者がいるリンパ性浮腫と象皮症を主徴とするリンパ系フィラリア症、東南アジアなどの熱帯・亜熱帯地域で流行している皮疹や肺症状、下痢を伴う腹痛などの症状を示す糞線虫症やヒゼンダニの寄生によるヒトの疥癬の治療にも優れた効果があることが明らかとなり実用化されています。なお、大村智先生に授与されたノーベル生理学医学賞の受賞理由は、世界的に人類を苦しめている線虫の寄生によって引き起こされる感染症に対する新たな治療法の発見に対してでした。
先に述べたように寄生虫や節足動物に致死活性を示すイベルメクチンですが、2012年ころからヒトの後天性免疫不全症候群(AIDS)の病原体であるヒト免疫不全ウイルス-1(HIV-1)やデング熱ウイルス、ウエストナイルウイルス、ベネゼイラ馬脳炎ウイルス、インフルエンザウイルス、仮性狂犬病ウイルスに対して試験管内の実験で広域の抗ウイルス活性を示すことが明らかとなっています。この内、デング熱の治療薬として第Ⅲ相の臨床試験がタイで行われています。イベルメクチンが抗ウイルス活性を示す多くのウイルスがRNAウイルスであることから、同じくRNAウイルスである新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)にも有効であるのではないかと考えられました。
オーストラリアのCalyら(2020)はVero-hSLAM細胞にSARS-CoV-2を感染させて2時間後に単回イベルメクチンを作用させたところ、48時間後にウイルスRNAを1/5000以上減少させることができることを明らかにし、ヒトの臨床例への応用の可能性を示しました1)。イベルメクチンの抗ウイルス活性を調べるためにVero-hSLAM細胞にオーストラリアの分離株であるSARS-CoV-2をMOI 0.1で2時間感染させた後に、5μMのイベルメクチンを添加しました(下図AとB参照)。培養細胞を遠心分離で上清と細胞分画に分け、SARS-CoV-2 RNAの複製をRT-PCR法で分析し相対ウイルスRNA(%)を示しました。その結果、24時間目で上清のウイルスRNAは93%減少し、細胞では99.8%減少しました。48時間目ではイベルメクチンの効果はさらに上昇し、ウイルスRNAを1/5000以上に劇的に減少させました。この時、イベルメクチンのどの濃度でも細胞毒性を示さなかったとも述べています。この条件下でのイベルメクチンのIC50値は2μM以下でした。
ではなぜイベルメクチンがSARS-CoV-2の複製を阻害したのでしょうか?著者はこれまでの報告を基に下図のようなメカニズムを述べています。Imp(Importin)は真核生物の細胞質で合成されたタンパク質の内、核内で働くタンパク質が細胞質から核内へ移行するのを手伝うタンパク質になります。通常はImpα/β1が、ヘテロダイマーを形成しSARS-CoV-2のタンパク質に結合して核孔(NPC)を通して核内に移行し、細胞の抗ウイルス活性を抑制することで感染が増強します。しかし、イベルメクチンが介在すると、Impα/β1が不安定化してSARS-CoV-2との結合が阻害されウイルスが核内に侵入することが阻止されることで強い抗ウイルス活性を示し、感染が増強されないとされています。他方、一般にマクロライド系薬は抗菌作用のみならず多彩な作用を示すことが知られています。例えば消化管運動機能亢進作用やびまん性細気管支炎が少量のエリスロマイシンの投与によって改善するなどです2)。このようにマクロライド系薬はサイトカインの遊離を抑制するなどの抗炎症・免疫調整作用を示すことが知られており、イベルメクチンでは不明ですが生体内での抗ウイルス作用との相乗効果も期待されます。今回の論文はあくまで試験管内の試験成績であり、臨床例での試験結果が待たれました。4月27日の日本経済新聞電子版によれば、2020年1月~3月に北米や欧州、アジアの169の医療機関でイベルメクチンを投与された約700人の患者と、投与されず別の薬などによる治療を受けた約700人の死亡率を比較した成績が報道されました(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO58525110X20C20A4I00000/)。その結果、イベルメクチンを投与していない患者の死亡率は約8%だったのに対し、投与した患者は約1%と低かったとされています。また、人工呼吸器が必要な重症者の死亡率をみると、投与していない患者で約21%なのに対し、投与した患者では約7%とイベルメクチンの治療効果を述べています。今後は、無作為化比較試験を実施することにより、治療効果が確実か確かめる必要があるとされています。
以上紹介したように、最初に動物薬として承認されたイベルメクチンがCOVIT-19の治療薬候補として注目されている状況を紹介しました。当初、ヒトの寄生虫症は激減しており人体薬としての有用性は低いと考えられていました。しかし、イベルメクチンが人類の脅威であるCOVID-19の治療に応用できる可能性があることは、些かなりとも動物薬の開発に係る者として嬉しい限りです。イベルメクチンはすでに人体にも使用され安全性も確認されている薬剤であることから、有効性が確認されれば広く応用されるものと期待されます。COVIT-19の決定的な治療薬がない現状を考えると、できるだけ早くにイベルメクチンの有効性が科学的に確認されることを切に願いたいと思います。
1)Leon Caly, et al., The FDA-approved drug ivermectin inhibits the replication of SARS-CoV-2 in vitro, Antiviral Research 178 (2020) 104787
https://doi.org/10.1016/j.antiviral.2020.104787
2)砂塚敏明:マクロライド系薬の新作用と創薬 化学療法学会誌 52:367-370, 2004.
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