2026年4月19日日曜日

交換様式三部作の完結



交換様式論三部作の完結
https://freeassociations2020.blogspot.com/2026/04/2026-httpsfreeassociations2020.html @
https://www.blogger.com/blog/post/edit/102781832752441205/8839275660113139589 


交換様式論三部作の完結

『トランスクリティーク』(2001,2004,2010)、『世界史の構造』(2010,2015)に続いて本作『力と交換様式』(2022,2026)で交換様式論三部作が完結した。
以下、本書に限定せず総合的にレビューしたい。
この三作はそれぞれキャピタル→ステート→ネーションと重点を異にして展開していった今世紀の柄谷行人の思考の軌跡である。

┏━━━━━━━┳━━━━━━━┓
┃世界史の構造 ┃力と交換様式 ┃
┃(2010、 ┃(2022、 ┃
┃ 2015) ┃ 2026) ┃
┣━━━━━━━╋━━━━━━━┫
┃トランス   ┃ NAM原理 ┃
┃クリティーク ┃(2000) ┃
┃(2001) ┃       ┃
┗━━━━━━━┻━━━━━━━┛

個々の書籍内ではネーション→ステート→キャピタル→アソシエーションと考察が展開するので構造全体は部分に対して遡行していることになる。そこではフロイトの超自我とカントの統整的理念が推進力(=プリンシプル~~アダム・スミスの『道徳感情論』冒頭の言葉~~本書60頁参照)である。
(後に同じく岩波現代文庫に収められた『哲学の起源』(2012)、『帝国の構造』(2014)は主に『世界史の構造』を補完する。さらに『世界史の構造』は『力と交換様式』を補完する。『ネーションと美学』(2004)序説におけるアダム・スミス論は『力と交換様式』で強化された形で再展開する。)
三作全体を読むことが推奨される一例を以下挙げる。
『力と交換様式』ではエンゲルスのミュンツァー論が賞賛されるが一般的には誤解されて武力革命への幻想を追認するだけだろう。一般読者には是非『世界史の構造』3:4:③*383-384で引用されたプルードンからマルクスへの手紙が重要だ。

《 …革命的行動を社会改革の手段と見なしてはならないのです。なぜなら、この手段なるものはたんに力や専制への呼びかけ、要するに矛盾にすぎないからです。…
(5) プルードン「マルクスへの手紙」一八四六年五月一七日付。》
(『プルードン・セレクション』平凡社より)

ここで問われているのは信用であり信仰である。「力」は主に交換様式Aまで一貫する原理を抽出したものだ。
思えば最初の『トランスクリティーク』から一貫して信用、信仰が課題だった。そして今回信用について非常に重要なマルクスからの引用を柄谷はしている(2:3:③*279より。3:1:④*307も参照)。

《 重金主義は本質的にカトリック的であり、信用主義は本質的にプロテスタント的である。「スコットランド人は金をきらう。」[“The Scotch hate gold.”] 紙幣としては、諸商品の貨幣定在は一つの単に社会的な定在をもっている。救済するものは信仰である。商品の内在的精霊としての貸幣価値にたいする信仰。しかし、生産様式とその予定秩序とにたいする信仰、自分自身を価値増殖する資本の単なる人格化としての個々の生産当事者にたいする信仰。しかし、プロテスタント教がカトリック教の基礎から解放されないように、信用主義も重金主義の基礎から解放されないのである。》
(“資本論』第三巻 第五篇 第三五章、『全集25b』、七六五頁より)

上はマルクス資本論で最重要であり、宇野弘蔵(『経済原論』)や熊野純彦(『資本論の思考』)も引用していた箇所だ。
(柄谷は上を根拠にマルクスのヴェーバーに対する優先権と、両者の優秀さを説くが、ゾンバルト説ではユダヤ人は信用主義を展開し広めたことに歴史的貢献がある。
ゾンバルト『ユダヤ人と経済生活』を読めばわかるがプロテスタントはユダヤ教のリバイバルである。そして信用主義は新しいものではなく金属主義に先行し且つ包括する。ゾンバルトはマルクスが批判した歴史学派の流れだ。)

マルクスは信用貨幣論の創始者マクラウド等にも言及し、ケインズより先に有効需要を指摘したスチュアートを高く評価していたが、それでも信用貨幣論を不当に扱っていたと思う(creditの語源はcredo)。信用と投機を同一視するのは無理がある。
危機の際に金属主義に回帰するとされ、事実兌換停止は金流出を防ぐためではあるし、マルクスも経済学批判から資本論へ多少の理解の深度はあったとされるが、マルクスの信用主義に対する誤解は明らかだと思う。
信用主義は今も昔も投機によって試練にさらされてはいるのは確かだが。

『トランスクリティーク』ではカントの貨幣論(『人倫の形而上学』より)が引用されていた。

 《…最初には物品であったものが最後には貨幣となったということは、いかにして可能であるか? [中略]偉大にして権力ある浪費者が、すなわち国君が、自分の臣民たちから(物品としての)この材料で貢租を徴集し、そしてまた、この材料の調達に費やす勤労がそのことによって刺激されるべき者たちに、(市場あるいは取引所における)彼らのあいだの、また彼らとの取引関係一般の諸規定に従って、まさに同じ材料で支払う場合が、そうである。… 
(『人倫の形而上学』第一部、吉澤傳三郎・尾田幸雄訳、「全集」第一一巻、理想社)[139頁。岩波全集版11では123頁。]》(『トランスクリティーク』2:2:④文庫版328頁より)

明らかにカントはスミスの以下の認識を踏まえている。

《ある君主が、かれの租税の一定部分はある一定種類の紙券で支払うべきである、という法令を出すならかれはそれによって、この紙券に一定の価値を与えることができよう。》
(『国富論Ⅰ』第二篇第二章、大河内一男監訳、中公文庫、旧版502頁)

(訳者の大河内一男はマルクス主義の立場から歴史学派を批判したが、そこから「総資本」という概念を貰い受け、今度は逆にマルクス主義側から批判された。柄谷行人が使う「総資本」(『トランスクリティーク』2:3:③*362,『世界史の構造』3:2:③*300~,『力と交換様式』2:3:⑥*292,*458等)もマルクス主義本流と意味合いが違うのでそこから来ていると思う。)

スミスの指摘した租税貨幣論をカントは受け継いでいるのに『トランスクリティーク』ではその労働価値説だけが強調されていた。
スミス=カントは労働価値説を前提に含むが大枠では貨幣国定説である。

とはいえ、LETS (Local Exchange Trading System 地域交換取引制度。『トランスクリティーク』500頁等)への言及など柄谷行人が信用貨幣を軽視しているわけではない。自律的に危機を収束するのが信用貨幣なのだ(ここがマルクスと意見の分かれる部分だ)。
アダム・スミスの画期的進化論的再解釈(『力と交換様式』60頁、『ネーションと美学』22頁参照)を含む柄谷行人の三部作は結果的に信用貨幣論を強化する。
例えば柄谷行人の言う交換様式Bと交換様式Cの違いはマネタリーベースとマネーストックの違いに対応する。
イングランド銀行創設における大和解は交換様式B内における結合に過ぎない。
柄谷交換様式論は信用貨幣論の理解を決定的にする最後の一撃なのだ。


。。。。。!

交換様式論三部作の完結


『トランスクリティーク』(2001,2004,2010)、『世界史の構造』(2010,2015)に続いて本作『力と交換様式』(2022,2026)で交換様式論三部作が完結した。

以下、本書に限定せず総合的にレビューしたい。

この三作はそれぞれキャピタル→ステート→ネーションと重点を異にして展開していった今世紀の柄谷行人の思考の軌跡である。



┏━━━━━━━┳━━━━━━━┓
┃世界史の構造 ┃力と交換様式 ┃
┃(2010、 ┃(2022、 ┃
┃ 2015) ┃ 2026) ┃
┣━━━━━━━╋━━━━━━━┫
┃トランス   ┃ NAM原理 ┃
┃クリティーク ┃(2000) ┃
┃(2001) ┃       ┃
┗━━━━━━━┻━━━━━━━┛


個々の書籍内ではネーション→ステート→キャピタル→アソシエーションと考察が展開するので構造全体は部分に対して遡行していることになる。そこではフロイトの超自我とカントの倫理が動的羅針盤である。

(後に同じく岩波現代文庫に収められた『哲学の起源』(2012)、『帝国の構造』(2014)は主に『世界史の構造』を補完する。さらに『世界史の構造』は『力と交換様式』を補完する。)

三作全体を読むことが推奨される一例を以下挙げる。

『力と交換様式』ではエンゲルスのミュンツァー論が賞賛されるが一般的には誤解されて武力革命への幻想を追認するだけだろう。一般読者には是非『世界史の構造』3:4:③*383-384で引用されたプルードンからマルクスへの手紙が重要だ。


《 …革命的行動を社会改革の手段と見なしてはならないのです。なぜなら、この手段なるものはたんに力や専制への呼びかけ、要するに矛盾にすぎないからです。…

(5) プルードン「マルクスへの手紙」一八四六年五月一七日付。》

(『プルードン・セレクション』平凡社より)


ここで問われているのは信用であり信仰である。「力」は主に交換様式Aまで一貫する原理を抽出したものだ。

思えば最初の『トランスクリティーク』から一貫して信用、信仰が課題だった。そして今回信用について非常に重要なマルクスからの引用を柄谷はしている(2:3:③*279より。3:1:④*307も参照)。


《 重金主義は本質的にカトリック的であり、信用主義は本質的にプロテスタント的である。「スコットランド人は金をきらう。」[“The Scotch hate gold.”] 紙幣としては、諸商品の貨幣定在は一つの単に社会的な定在をもっている。救済するものは信仰である。商品の内在的精霊としての貸幣価値にたいする信仰。しかし、生産様式とその予定秩序とにたいする信仰、自分自身を価値増殖する資本の単なる人格化としての個々の生産当事者にたいする信仰。しかし、プロテスタント教がカトリック教の基礎から解放されないように、信用主義も重金主義の基礎から解放されないのである。》

(“資本論』第三巻 第五篇 第三五章、『全集25b』、七六五頁より)


上はマルクス資本論で最重要であり、宇野弘蔵(『経済原論』)や熊野純彦(『資本論の思考』)も引用していた箇所だ。

(柄谷は上を根拠にマルクスのヴェーバーに対する優先権と、両者の優秀さを説くが、ゾンバルト説ではユダヤ人は信用主義を展開し広めたことに歴史的貢献がある。

ゾンバルト『ユダヤ人と経済生活』を読めばわかるがプロテスタントはユダヤ教のリバイバルである。そして信用主義は新しいものではなく金属主義に先行し且つ包括する。ゾンバルトはマルクスが批判した歴史学派の流れだ。)


マルクスは信用貨幣論の創始者マクラウド等にも言及し、ケインズより先に有効需要を指摘したスチュアートを高く評価していたが、それでも信用貨幣論を不当に扱っていたと思う(creditの語源はcredo)。信用と投機を同一視するのは無理がある。

危機の際に金属主義に回帰するとされ、事実兌換停止は金流出を防ぐためではあるし、マルクスも経済学批判から資本論へ多少の理解の深度はあったとされるが、マルクスの信用主義に対する誤解は明らかだと思う。

信用主義は今も昔も投機によって試練にさらされてはいるのは確かだが。


『トランスクリティーク』ではカントの貨幣論(『人倫の形而上学』より)が引用されていた。


 《…最初には物品であったものが最後には貨幣となったということは、いかにして可能であるか? [中略]偉大にして権力ある浪費者が、すなわち国君が、自分の臣民たちから(物品としての)この材料で貢租を徴集し、そしてまた、この材料の調達に費やす勤労がそのことによって刺激されるべき者たちに、(市場あるいは取引所における)彼らのあいだの、また彼らとの取引関係一般の諸規定に従って、まさに同じ材料で支払う場合が、そうである。… 

(『人倫の形而上学』第一部、吉澤傳三郎・尾田幸雄訳、「全集」第一一巻、理想社)[139頁。岩波全集版11では123頁。]》(『トランスクリティーク』2:2:④文庫版328頁より)


明らかにカントはスミスの以下の認識を踏まえている。


《ある君主が、かれの租税の一定部分はある一定種類の紙券で支払うべきである、という法令を出すならかれはそれによって、この紙券に一定の価値を与えることができよう。》

(『国富論Ⅰ』第二篇第二章、大河内一男監訳、中公文庫、旧版502頁)


(訳者の大河内一男はマルクス主義の立場から歴史学派を批判したが、そこから「総資本」という概念を貰い受け、今度は逆にマルクス主義側から批判された。柄谷行人が使う「総資本」(『トランスクリティーク』2:3:③*362,『世界史の構造』3:2:③*300~,『力と交換様式』2:3:⑥*292,*458等)もマルクス主義本流と意味合いが違うのでそこから来ていると思う。)


スミスの指摘した租税貨幣論をカントは受け継いでいるのに『トランスクリティーク』ではその労働価値説だけが強調されていた。

スミス=カントは労働価値説を前提に含むが大枠では貨幣国定説である。


とはいえ、LETS (Local Exchange Trading System 地域交換取引制度。『トランスクリティーク』500頁等)への言及など柄谷行人が信用貨幣を軽視しているわけではない。自律的に危機を収束するのが信用貨幣なのだ(ここがマルクスと意見の分かれる部分だ)。

アダム・スミスの画期的再解釈を含む柄谷行人の三部作は結果的に信用貨幣論を強化する。

例えば柄谷行人の言う交換様式Bと交換様式Cの違いはマネタリーベースとマネーストックの違いに対応する。

イングランド銀行創設における大和解は交換様式B内における結合に過ぎない。

柄谷交換様式論は信用貨幣論の理解を決定的にする最後の一撃なのだ。



。。。。。。。。

。。。。。

。。


交換様式論三部作の完結


『トランスクリティーク』(2001,2004,2010)、『世界史の構造』(2010,2015)に続いて本作『力と交換様式』(2022,2026)で交換様式論三部作が完結した。

以下、本書に限定せず総合的にレビューしたい。

この三作はそれぞれキャピタル→ステート→ネーションと重点を異にして展開していった今世紀の柄谷行人の思考の軌跡である。


┏━━━━━━━┳━━━━━━━┓
┃世界史の構造 ┃力と交換様式 ┃
┃(2010、 ┃(2022、 ┃
┃ 2015) ┃ 2026) ┃
┣━━━━━━━╋━━━━━━━┫
┃トランス   ┃ NAM原理 ┃
┃クリティーク ┃(2000) ┃
┃(2001) ┃       ┃
┗━━━━━━━┻━━━━━━━┛


個々の書籍内ではネーション→ステート→キャピタル→アソシエーションと考察が展開するので構造全体は部分に対して遡行していることになる。

(後に同じく岩波現代文庫に収められた『哲学の起源』(2012)、『帝国の構造』(2014)は主に『世界史の構造』を補完する。さらに『世界史の構造』は『力と交換様式』を補完する。)

三作全体を読むことが推奨される一例を以下挙げる。

『力と交換様式』ではエンゲルスのミュンツァー論が賞賛されるが一般的には誤解されて武力革命への幻想を追認するだけだろう。一般読者には是非『世界史の構造』3:4:③*383-384で引用されたプルードンからマルクスへの手紙が重要だ。


《 …革命的行動を社会改革の手段と見なしてはならないのです。なぜなら、この手段なるものはたんに力や専制への呼びかけ、要するに矛盾にすぎないからです。…

(5) プルードン「マルクスへの手紙」一八四六年五月一七日付。》

(『プルードン・セレクション』平凡社より)


ここで問われているのは信用であり信仰である。「力」は主に交換様式Aまで一貫する原理を抽出したものだ。

思えば最初の『トランスクリティーク』から一貫して信用、信仰が課題だった。そして今回信用について非常に重要なマルクスからの引用を柄谷はしている(2:3:③*279より。3:1:④*307も参照)。


《 重金主義は本質的にカトリック的であり、信用主義は本質的にプロテスタント的である。「スコットランド人は金をきらう。」[“The Scotch hate gold.”] 紙幣としては、諸商品の貨幣定在は一つの単に社会的な定在をもっている。救済するものは信仰である。商品の内在的精霊としての貸幣価値にたいする信仰。しかし、生産様式とその予定秩序とにたいする信仰、自分自身を価値増殖する資本の単なる人格化としての個々の生産当事者にたいする信仰。しかし、プロテスタント教がカトリック教の基礎から解放されないように、信用主義も重金主義の基礎から解放されないのである。》

(“資本論』第三巻 第五篇 第三五章、『全集25b』、七六五頁より)


上はマルクス資本論で最重要であり、宇野弘蔵(『経済原論』)や熊野純彦(『資本論の思考』)も引用していた箇所だ。

(柄谷は上を根拠にマルクスのヴェーバーに対する優先権と、両者の優秀さを説くが、ゾンバルト説ではユダヤ人は信用主義を展開し広めたことに歴史的貢献がある。

ゾンバルト『ユダヤ人と経済生活』を読めばわかるがプロテスタントはユダヤ教のリバイバルである。そして信用主義は新しいものではなく金属主義に先行し且つ包括する。ゾンバルトはマルクスが批判した歴史学派の流れだ。)


マルクスは信用貨幣論の創始者マクラウド等にも言及し、ケインズより先に有効需要を指摘したスチュアートを高く評価していたが、それでも信用貨幣論を不当に扱っていたと思う(creditの語源はcredo)。信用と投機を同一視するのは無理がある。

危機の際に金属主義に回帰するとされ、事実兌換停止は金流出を防ぐためではあるし、マルクスも経済学批判から資本論へ多少の理解の深度はあったとされるが、マルクスの信用主義に対する誤解は明らかだと思う。

信用主義は今も昔も投機によって試練にさらされてはいるのは確かだが。


『トランスクリティーク』ではカントの貨幣論(『人倫の形而上学』より)が引用されていた。


 《…最初には物品であったものが最後には貨幣となったということは、いかにして可能であるか? [中略]偉大にして権力ある浪費者が、すなわち国君が、自分の臣民たちから(物品としての)この材料で貢租を徴集し、そしてまた、この材料の調達に費やす勤労がそのことによって刺激されるべき者たちに、(市場あるいは取引所における)彼らのあいだの、また彼らとの取引関係一般の諸規定に従って、まさに同じ材料で支払う場合が、そうである。… 

(『人倫の形而上学』第一部、吉澤傳三郎・尾田幸雄訳、「全集」第一一巻、理想社)[139頁。岩波全集版11では123頁。]》(『トランスクリティーク』2:2:④文庫版328頁より)


明らかにカントはスミスの以下の認識を踏まえている。


《ある君主が、かれの租税の一定部分はある一定種類の紙券で支払うべきである、という法令を出すならかれはそれによって、この紙券に一定の価値を与えることができよう。》

(『国富論Ⅰ』第二篇第二章、大河内一男監訳、中公文庫、旧版502頁)


(訳者の大河内一男はマルクス主義の立場から歴史学派を批判したが、そこから「総資本」という概念を貰い受け、今度は逆にマルクス主義側から批判された。柄谷行人が使う「総資本」(『トランスクリティーク』2:3:③*362,『世界史の構造』3:2:③*300~,『力と交換様式』2:3:⑥*292,*458等)もマルクス主義本流と意味合いが違うのでそこから来ていると思う。)


スミスの指摘した租税貨幣論をカントは受け継いでいるのに『トランスクリティーク』ではその労働価値説だけが強調されていた。

スミス=カントは労働価値説を前提に含むが大枠では貨幣国定説である。


とはいえ、LETS (Local Exchange Trading System 地域交換取引制度。『トランスクリティーク』500頁等)への言及など柄谷行人が信用貨幣を軽視しているわけではない。自律的に危機を収束するのが信用貨幣なのだ(ここがマルクスと意見の分かれる部分だ)。

柄谷行人の三部作は結果的に信用貨幣論を強化する。

例えば柄谷行人の言う交換様式Bと交換様式Cの違いはマネタリーベースとマネーストックの違いに対応する。

イングランド銀行創設における大和解は交換様式B内における結合に過ぎない。

柄谷交換様式論は信用貨幣論の理解を決定的にする最後の一撃なのだ。


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 https://x.com/forttalkcom/status/2048601493096542268?s=61





柄谷行人『力と交換様式』と同じことを言っている。


苫米地英人博士の認知戦理論:利他性は、進化に反する例外ではなく、進化の帰結だ。


抽象度が上がるほど、「自分たち」は血縁や所属を越える。

見知らぬ人、遠い国の人々、未来の世代まで「自分たち」に含められる。


利他性は不合理ではない。

高い抽象度における「最適戦略」である。


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交換様式三部作の完結

『トランスクリティーク』(2001,2004,2010)、『世界史の構造』(2010,2015)に続いて本作『力と交換様式』(2022,2026)で交換様式三部作が完結した。
この三作はそれぞれキャピタル→ステート→ネーションと重点を異にして展開していった柄谷行人の思考の軌跡である。

┏━━━━━━━┳━━━━━━━┓
┃世界史の構造 ┃力と交換様式 ┃
┃(2010、 ┃(2022、 ┃
┃ 2015) ┃ 2026) ┃
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┃トランス   ┃ NAM原理 ┃
┃クリティーク ┃(2000) ┃
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個々の書籍内ではネーション→ステート→キャピタル→アソシエーションと考察が展開するので構造全体は部分に対して遡行していることになる。
(後に同じく岩波現代文庫に収められた『哲学の起源』(2012)、『帝国の構造』(2014)は主に『世界史の構造』を補完する。さらに『世界史の構造』は『力と交換様式』を補完する。)
三作全体を読むことが推奨される一例を以下挙げる。
『力と交換様式』ではエンゲルスのミュンツァー論が賞賛されるが一般的には誤解されて武力革命への幻想を追認するだけだろう。一般読者には是非『世界史の構造』3:4:③*383-384で引用されたプルードンからマルクスへの手紙が重要だ。

《 …革命的行動を社会改革の手段と見なしてはならないのです。なぜなら、この手段なるものはたんに力や専制への呼びかけ、要するに矛盾にすぎないからです。…
(5) プルードン「マルクスへの手紙」一八四六年五月一七日付。》
(『プルードン・セレクション』より)

ここで問われているのは信用である。「力」は主に交換様式Aまで一貫する原理を抽出したものだ。
思えば最初の『トランスクリティーク』から一貫して信用、信仰が課題だった。そして今回信用について非常に重要なマルクスからの引用を柄谷はしている(2:3:③*279より。3:1:④*307も参照)。

《 重金主義は本質的にカトリック的であり、信用主義は本質的にプロテスタント的である。「スコットランド人は金をきらう。」[“The Scotch hate gold.”] 紙幣としては、諸商品の貨幣定在は一つの単に社会的な定在をもっている。救済するものは信仰である。商品の内在的精霊としての貸幣価値にたいする信仰。しかし、生産様式とその予定秩序とにたいする信仰、自分自身を価値増殖する資本の単なる人格化としての個々の生産当事者にたいする信仰。しかし、プロテスタント教がカトリック教の基礎から解放されないように、信用主義も重金主義の基礎から解放されないのである。》
(“資本論』第三巻 第五篇 第三五章、『全集25b』、七六五頁より)

上はマルクス資本論で最重要であり、宇野弘蔵(『経済原論』)や熊野純彦(『資本論の思考』)も引用していた箇所だ。

(柄谷は上を根拠にマルクスのヴェーバーに対する優先権と、両者の優秀さを説くが、ゾンバルト説ではユダヤ人は信用主義を展開し広めたことに歴史的貢献がある。

ゾンバルト『ユダヤ人と経済生活』を読めばわかるがプロテスタントはユダヤ教のリバイバルである。そして信用主義は新しいものではなく金属主義に先行し且つ包括する。ゾンバルトはマルクスが批判した歴史学派の流れだ。)


マルクスは信用貨幣論の創始者マクラウド等にも言及し、ケインズより先に有効需要を指摘したスチュアートを高く評価していたが、それでも信用貨幣論を不当に扱っていたと思う(creditの語源はcredo)。信用と投機を同一視するのは無理がある。

危機の際に金属主義に回帰するとされ、事実兌換停止は金流出を防ぐためではあるし、マルクスも経済学批判から資本論へ多少の理解の深度はあったとされるが、マルクスの信用主義に対する誤解は明らかだと思う。

信用主義は今も昔も投機によって試練にさらされてはいるのは確かだが。


『トランスクリティーク』ではカントの貨幣論(『人倫の形而上学』より)が引用されていた。


 《…最初には物品であったものが最後には貨幣となったということは、いかにして可能であるか? [中略]偉大にして権力ある浪費者が、すなわち国君が、自分の臣民たちから(物品としての)この材料で貢租を徴集し、そしてまた、この材料の調達に費やす勤労がそのことによって刺激されるべき者たちに、(市場あるいは取引所における)彼らのあいだの、また彼らとの取引関係一般の諸規定に従って、まさに同じ材料で支払う場合が、そうである。… 

(『人倫の形而上学』第一部、吉澤傳三郎・尾田幸雄訳、「全集」第一一巻、理想社)[139頁。岩波全集版11では123頁。]》(『トランスクリティーク』2:2:④文庫版328頁より)


明らかにカントはスミスの以下の認識を踏まえている。


《ある君主が、かれの租税の一定部分はある一定種類の紙券で支払うべきである、という法令を出すならかれはそれによって、この紙券に一定の価値を与えることができよう。》

(『国富論Ⅰ』第二篇第二章、大河内一男監訳、中公文庫、旧版502頁)


(訳者の大河内一男はマルクス主義の立場から歴史学派を批判したが、そこから「総資本」という概念を貰い受け、今度は逆にマルクス主義側から批判された。柄谷行人が使う「総資本」(『トランスクリティーク』2:3:③*362,『世界史の構造』3:2:③*300~,『力と交換様式』2:3:⑥*292,*458等)もマルクス主義本流と意味合いが違うのでそこから来ていると思う。)


スミスの指摘した租税貨幣論をカントは受け継いでいるのに『トランスクリティーク』ではその労働価値説だけが強調されていた。

スミス=カントは労働価値説を前提に含むが大枠では貨幣国定説である。


とはいえ、LETS (Local Exchange Trading System 地域交換取引制度。『トランスクリティーク』500頁等)への言及など柄谷行人が信用貨幣を軽視しているわけではない。自律的に危機を収束するのが信用貨幣なのだ(ここがマルクスと意見の分かれる部分だ)。

柄谷行人の三部作は結果的に信用貨幣論を強化する。

柄谷行人の言う交換様式Bと交換様式Cの違いはマネタリーベースとマネーストックの違いに対応するのだ。

イングランド銀行創設における大和解は交換様式B内における結合に過ぎない。

実は柄谷交換様式論は信用貨幣論の理解を決定的にする最後の一撃なのだ。


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交換様式論三部作の完結

https://freeassociations2020.blogspot.com/2026/04/2026-httpsfreeassociations2020.html@

https://www.blogger.com/blog/post/edit/102781832752441205/8839275660113139589  


『トランスクリティーク』(2001,2004,2010)、『世界史の構造』(2010,2015)に続いて本作『力と交換様式』(2022,2026)で交換様式三部作が完結した。

この三作はそれぞれキャピタル→ステート→ネーションと重点を異にして展開していった柄谷行人の思考の軌跡である。



┏━━━━━━━┳━━━━━━━┓
┃世界史の構造 ┃力と交換様式 ┃
┃(2010、 ┃(2022、 ┃
┃ 2015) ┃ 2026) ┃
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┃トランス   ┃ NAM原理 ┃
┃クリティーク ┃(2000) ┃
┃(2001) ┃       ┃
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個々の書籍内ではネーション→ステート→キャピタル→アソシエーションと考察が展開するので全体と部分が逆流していることになる。

『哲学の起源』(2012)、『帝国の構造』(2014)は主に『世界史の構造』を補完する。

思えば最初の『トランスクリティーク』から信用、信仰が課題だった。そして今回信用について非常に重要なマルクスからの引用を柄谷はしている(2:3:③*279より)。


 《重金主義は本質的にカソリック的であり、信用主義は本質的にプロテスタント的である。(中略)しかし、プロテスタント教がカソリック教の基礎から解放されていないように、信用主義も重金主義の基礎からは解放されていない(36)。  …

(36) 第三巻 第五篇 第三五章、『資本論Ⅱ』中央公論社、一一七一頁》


上はマルクス資本論で最重要であり、宇野弘蔵(『経済原論』)や熊野純彦(『資本論の思考』)も引用していた箇所だ。

3:1:④*307でも別訳で同じ文節から違う部分が引用されていた(《信用主義は、「商品の内在的精霊としての貨幣価値にたいする信仰」*に他ならない》*『資本論』第三巻 第五篇 第三五章、『全集25b』、七六五頁 )。


柄谷は上を根拠にマルクスのヴェーバーに対する優先権と、両者の優秀さを説くが、ゾンバルト説ではユダヤ人は信用主義を展開し広めたことに歴史的貢献がある。

ゾンバルト『ユダヤ人と経済生活』を読めばわかるがプロテスタントはユダヤ教のリバイバルである。そして信用主義は新しいものではなく金属主義に先行し且つ包括する。


《…また、わたしは慧眼なハインリッヒ・ハイネが、ピューリタニズムとユダヤ教との間の親近性をかなり以前に洞察していたことを想起したいと思う。 「プロテスタントのスコットランド人は」と彼は『告白』のなかでたずねる。「ユダヤ人ではないのか? 彼らの名前は、いたるところで聖書からとられているし、その上信心深そうな言葉は、どこかエルサレム的パリサイ人的だし、宗教もブタ肉を食べてもよいというだけのユダヤ教ではなかろうか?」  

 ピューリタニズムはユダヤ教である。》

(ヴェルナー・ゾンバルト著『ユダヤ人と経済生活』単行本邦訳129頁#11:7)

マルクスは信用貨幣論の創始者マクラウド等にも言及し、ケインズより先に有効需要を指摘したスチュアートを高く評価していたが、それでも信用貨幣論を不当に扱っていたと思う(creditの語源はcredo)。信用と投機を同一視するのは無理がある。

危機の際に金属主義に回帰するとされ、事実兌換停止は金流出を防ぐためではあるし、マルクスも経済学批判から資本論へ多少の理解の深度はあったとされるが、マルクスの信用主義に対する誤解は明らかだと思う。


ちなみに『トランスクリティーク』ではカントの貨幣論***が引用されていたがスミスの指摘した租税貨幣論をカントは受け継いでいるのにその労働価値説だけが強調されていた。


また、『力と交換様式』ではエンゲルスのミュンツァー論が賞賛されるが一般的には誤解されて武力革命への幻想を追認するだけだと思う。

一般読者には是非『世界史の構造』3:4:③で引用されたプルードンからマルクスへの手紙をもう一度読み返してほしい。


《 …革命的行動を社会改革の手段と見なしてはならないのです。なぜなら、この手段なるものはたんに力や専制への呼びかけ、要するに矛盾にすぎないからです。…

(5) プルードン「マルクスへの手紙」一八四六年五月一七日付。》

プルードンセレクションより


柄谷行人は以前カントの以下の言葉を引用していた。


 《…だが、最初には物品であったものが最後には貨幣となったということは、いかにして可能であるか? [中略]偉大にして権力ある浪費者が、すなわち国君が、自分の臣民たちから(物品としての)この材料で貢租を徴集し、そしてまた、この材料の調達に費やす勤労がそのことによって刺激されるべき者たちに、(市場あるいは取引所における)彼らのあいだの、また彼らとの取引関係一般の諸規定に従って、まさに同じ材料で支払う場合が、そうである。… 

(『人倫の形而上学』第一部、吉澤傳三郎・尾田幸雄訳、「全集」第一一巻、理想社)[139頁。岩波全集版11では123頁。]》(『トランスクリティーク』2:2:④文庫版328頁より)


このようにカントはスミスの貨幣国定説、租税貨幣論を受け継いでいるが、柄谷はこのカントの言葉を(その前段のみを取り上げて)労働価値説を受け継いでいると要約する。


《経済学に関して、カント自身はアダム・スミスの「労働価値説」に立っていた。カントにとって、貨幣は謎ではなかったし、崇高でもなかった。》トラクリ327頁


これは意図的な誤読である(柄谷は金兌換停止について国家が金流出を避ける目的でおこなうのだから世界は金本位制を今も脱していないと主張する。無論柄谷は450頁の注で石貨に言及するなど信用取引も熟知している)。


明らかにカントはスミスの以下の認識を受け継いでいる(スミスの名前も上述の引用箇所のすぐ後で出てきた)。


《ある君主が、かれの税の一定部分は一定の種類の紙幣で支はらわれなければならないという、法令をだすとすれば、かれはそうすることによって、この紙幣に一定の価値をあたえうるであろう。》

(アダム・スミス『国富論』2:2最終部 世界の大思想上)


スミス=カントは労働価値説を前提に含むが大枠では貨幣国定説である。

フィヒテの表券主義からは金属主義に見えるが、カントの租税貨幣論は一般常識的範囲ではあっても現代貨幣理論と大枠で齟齬はない。


とはいえ、LETS(『トランスクリティーク』500頁等)への言及など柄谷行人が信用貨幣を軽視しているわけではない。

信用主義は今も昔も投機によって試練にさらされている。

柄谷行人の言う交換様式Bと交換様式Cの違いはマネタリーベースとマネーストックの違いに対応する。

イングランド銀行創設における大和解は交換様式B内における結合に過ぎない。

実は柄谷交換様式論は信用貨幣論の理解を決定的にする最後の一撃なのだ。

。。。。。


経済学における生物学的方法の学説史的研究:スミス・マーシャル・ヴェブレンを中心に


高哲男

「本能」概念を中心としたアダム・スミスの人間本性論や科学方法論、社会的本能の概念を多用して進化を説明しようとしたチャールズ・ダーウィン、ダーウィンの影響の下に「生物学こそが経済学のメッカだ」と公言したマーシャル、さらに「進化論的経済学」を提唱したヴェブレンの制度進化論をそれぞれ学説史的に再検討した結果、おおよそ以下の事実が判明してきた。
人間理性の役割を強調する啓蒙期の哲学・科学革命の進展の中で、人間と他の動物との客観的な比較が始まり、単純な人間機械論は排除される。科学革命の中では、ニュートンに代表される物理科学と並んで、リンネやビュフォンに代表される生物学研究が大きく進展し、人間の科学的な理解への道が大きく開ける。「人間性」が客観的な科学の対象として議論し始めるからである。こうしてヒュームのように、人間行動を社会のなかで理解するという観点から科学的に捉えなおそうという試みが始まり、18世紀の末には、心理学という用語が登場するようになる。アダム・スミスの『道徳感情の理論』は、明らかにこのような傾向の中で生み出されたものだ。もちろん、啓蒙期の「自然神学」的な人間性の解釈を根底から覆したのは、ダーウィンの進化論とくに『人間の由来』である。自己保存という本能と集団の仲間に対する社会的本能、この二つの本能が社会的動物である人間を基本的に特徴付けているというダーウィンの主張は、マーシャルとヴェブレンによって受け止められる。もっともマーシャルの場合は、ダーウィンと比べてさえ、まだ伝統的な価値観に対して大きな譲歩がなされており、進化論をその経済学体系の基礎にすえることはできず、『経済学』の後半で生かしたに過ぎない。これに対してヴェブレンは、人間性がもつ社会的特徴を、とくに競争心という「社会的本能の発現」が制度進化のプロセスにおいてもつ役割として理解し、独自の進化論的経済学の基礎にすえたが、「利己心」つまり「自己保存」という側面については、十分な解明がなされなかった。その意味では、利己心と互恵的利他心とを理論の基礎に据えていたスミスが、現代から見てもっとも「進化論的」な経済学を展開していた、ということができるのである。

ダーウィン『人間の由来』読書会、第3章「人間と下等動物の心的能力の比較について(続き)」のレジュメ(各段落の要約とコメント)|おふろ


1:0:④*60~61:

 ダーウィンに影響を与えたのは、スミスの経済学それ自体というより、その根底にある認識であった。それは、エゴイズムはその反対物のように見える同情あるいは良心に結びつく、という主張である。ダーウィンは、それを動物社会に適用しようとしたのだ。たとえば、彼は同情を「社会的本能」と呼び、それが動物社会にも見られることを指摘した。《きわだった社会的本能(中略)を授かった動物ならば何であれ、その知能が人間と同じぐらいか、ほとんど同じぐらいに発達すれば、すぐさま道徳観念や良心を必然的に獲得するはずだ》。さらに、彼はいう。  

 道徳的な気質──ここに家族のきずなも含まれると考えた上で──が発展するための基礎は、社会的本能にある。このような本能はきわめて複雑な性質をもっていて、下等動物の場合にはある特定の行動を引き起こす特別の性向を表わすが、もっとも重要な要素は愛情であり、共感という独自な情動である。社会的本能を生まれつきもっている動物は、一緒にいることを喜び、相互に危険を知らせあい、多様な方法をつうじて互いに防衛し助け合う。このような本能の適用範囲は、同一種に属するすべての個体にではなく、同じ集団に属する個体だけに限定される。この本能は種にとってきわめて有益であるため、それは、恐らく自然淘汰を通じて獲得されてきたものである(9)。  

 ここにはスミスの思想の影響があらわれている。ダーウィンは、スミスの「見えざる手」の働きを生物進化の問題に応用した。そして、動植物界での進化を、人間の市場経済に起こっていること、たとえば、企業間の競争と盛衰という現象から類推したのである。

(9) 同前、高哲男訳、訳者解説より(『人間の由来』の引用)、六八〇頁

《きわだった社会的本能(中略)を授かった動物ならば何であれ、その知能が人間と同じぐらいか、ほとんど同じぐらいに発達すれば、すぐさま道徳観念や良心を必然的に獲得するはずだ》#3
これは誰の訳か?

 人間の由来【上下合本版】 二〇一六年一一月一日発行 チャールズ・ダーウィン 訳:長谷川眞理子

・本書は、Charles Darwin, The Descent of Man, and Selection in Relation to Sex, London: John Murray; New York: D. Appleton, 1871の全訳である。

[上巻 目 次] 
序 
 第Ⅰ部 人間の由来または起源 
第一章 人間が何らかの下等な形態のものに由来することの証拠  
第二章 人間と下等動物の心的能力の比較 
第三章 人間と下等動物の心的能力の比較(続き) ★
第四章 人間がどのようにして何らかの下等な形態から発達してきたのかについて 
第五章 原始時代および文明時代における、知的・道徳的能力の発達について 
第六章 人間の近縁関係と系統について 
第七章 人種について 
 第Ⅱ部 性淘汰 
第八章 性淘汰の諸原理 
第九章 動物界の下等な綱における第二次性徴 
第一〇章 昆虫における第二次性徴 
第一一章 昆虫(続き)──鱗翅目

[下巻 目 次] 
 第Ⅱ部 性淘汰(続き) 
第一二章 魚類、両生類、爬虫類における第二次性徴 
第一三章 鳥類の第二次性徴  
第一四章 鳥類(続き) 
第一五章 鳥類(続き)  
第一六章 鳥類(続き)  
第一七章 哺乳類の第二次性徴 
第一八章 哺乳類の第二次性徴(続き) 
第一九章 人間の第二次性徴 
第二〇章 人間の第二次性徴(続き) 
第二一章 全体のまとめと結論 
訳者解説

第二一章 全体のまとめと結論 
 人間が何らかの下等な形態から進化してきたという主要な結論‐発生の様式‐人間の系統‐知的および道徳的能力‐性淘汰‐結論
 道徳的性質の発達は、さらに興味深くて困難な問題である。このことの基礎は、家族のきずなも含めて、社会的本能のなかにある。これらの本能は非常に複雑な性質のものであり、下等動物においては、ある特定の行動を起こさせるような特別の傾向を与えている。しかし、われわれ人間においてもっと重要な要素は、愛情と共感という特別な感情である。社会的本能を備えた動物は、他の個体と一緒にいることに喜びを感じ、たがいに危険を知らせ合い、多くの点でたがいに守り合い、助け合う。これらの本能は、同種に属するすべての個体に適用されるのではなく、同じ集団に属している個体に対してのみ向けられる。それらは種にとってたいへん有利なので、自然淘汰を通じて獲得されてきた可能性は非常に高い*2。

*2 ここでも「種にとってたいへん有利」という表現が使われているが、ダーウィンがどのような群淘汰を考えていたのか、それとも個体淘汰で考えているのかは不明である。

 道徳的存在とは、自分の過去と将来の行動とその動機を比較して、あるものを良しとし、他のものを悪いとすることのできる存在である。そして、人間は確実にそのようにつくられているという事実は、人間と下等動物とを分ける区別のなかで最も大きいものである。しかし私は、第三章で、道徳感情が出てくるには、第一に長続きして常に存在する社会的本能が必要であり、その点では人間と下等動物とは同じであること、第二に精神的能力が非常に活発で、過去の出来事の印象が生き生きと残されねばならず、その点では人間は下等動物とは異なるということを示そうとした。このような心の状態のために、人間は過去を振り返り、過去の出来事と行動の印象を比較しないわけにはいかない。人間はまた、常に将来のことを考えている。そこで、一時的な欲求や情熱が社会的本能を上回ったあと、人間はそれを振り返り、今は弱まってしまった過去の強い欲望と、常に存在し続けている社会的本能とを比較することになる。そして人間は、本能が満たされなかったとき、常にあとに残る不満足感を感じることになるだろう。その結果、人間は、将来は違った行動を取るようになるだろう。それが良心である。

人間の由来【上下合本版】 二〇一六年一一月一日発行 チャールズ・ダーウィン 訳:長谷川眞理子


第三章 人間と下等動物の心的能力の比較(続き)

 人間と下等動物とを分けるすべての違いの中で、道徳観念または良心の存在が最も重要な違いだと主張する人々がいるが(1)、私はその結論にまったく賛成である。マッキントッシュ(Mackintosh)が指摘しているように(2)、この感覚は「人間行動の他のどんな原理にも正しく優先するものである」。それは、短いが圧倒的な力を持っている非常な重要性を帯びた言葉、あの「べき」という言葉に集約されている。それは、人間の持っているすべての特性の中で最も高貴なものであり、自分の仲間を助けるためには、一瞬のとまどいもなしに自らの命を危険にさらすように仕向けることもあり、しばしの熟考の末、単に、それが正しいことである、やるべきことであるという深い感情によって、何かの大義名分のために自らを犠牲にするように仕向けることもある。イマヌエル・カント(Immanuel Kant)は、次のように述べている。「義務感! それはなんと不思議な心情か。汝は、巧みに訴えかけられたり、おだてられたりしてはたらくのではなく、また、脅しによってはたらくのでもない。魂の中に汝の赤裸々な原則を引きあいに出すだけではたらくのであり、常に従うことを要求するとは限らないとしても、常に汝に対する尊敬を強いる。どんな欲求も、汝の前にあっては、たとえ密かに反逆することはあっても押し黙ってしまう。汝の起源はどこにあるのか?(3)」  
 この重大な疑問は、これまで多くの偉大な学者たちによって論じられてきた(4)。ここで私がこの問題に触れる唯一の言い訳は、それを避けて通ることはできないということであり、また、私の知る限り、これをもっぱら自然史の立場から論じた人はまだいないからでもある。この問題の探求はまた、人間が持っている最高の精神的能力の一つに対して下等動物の研究がどこまで光を投げ掛けるかを確かめるという、別個の興味をも包含している。

 以下の提言は、大いに正しいであろうと私には思われる。すなわち、よく発達した社会的本能を備えた動物ならば(5)、どんな動物であれ、その知的能力が人間のそれに匹敵するほど発達すればすぐに、必然的に道徳観念または良心を獲得するだろうということだ。なぜなら、まず第一に、社会的本能は、動物に、仲間と一緒の社会にいることに喜びを感じさせ、仲間に対していくらかの共感を抱かせ、彼らに対してさまざまな奉仕をさせるように導く。奉仕は、決まり切った、明らかに本能的な性質のもののこともあれば、多くの高等な社会的動物においてそうであるように、一般的な意味で自分の仲間を助けたいという望みや傾向であることもある。しかし、これらの感情や奉仕は、同種に属するすべての個体に対して振りまかれるものでは決してなく、いつも暮らしをともにしている個体に対してのみ向けられる。第二に、心的能力が高度に発達するやいなや、各個体の頭の中には、過去の行為や動機のイメージが絶え間なくよぎるようになるだろう。そして、これから見ていくように、常に底流に根強く存在している社会的本能が、一時的には強力だが常に存在するものではなく、あとに鮮烈な印象を残すわけでもないような他の本能に負けてしまったと感じたときにはいつでも、本能が充足されないときに生じるあの不満足感が起こるものだ。たとえば空腹時に感じるような多くの本能的欲求は短期のものであり、それが満たされてしまうと、すぐにまた生き生きと思い出されるような性質のものでないことは明らかだ。第三に、言語の能力が獲得され、同じ社会に属するメンバーの要求がはっきりと表現されるようになったあとには、公共の善のためにそれぞれが何をするべきかに関する共通意見が、当然、行動の指針の大部分を占めるようになるに違いない。それでも依然として、社会的本能は社会の善のために行動する衝動を与えるだろうが、公共の意見がこの衝動を強め、方向づけ、ときには方向を変えさせることもあるだろう。その力は、これから見ていくように、本能的な共感に基づくのである。最後に、それぞれの個体がどのように行動するかの指針としては、究極的には個体の習慣が大きな役割を果たすに違いない。というのは、社会的本能や衝動も、他のすべての本能と同じく、習慣によって強化されるものであり、公共の意志や判断に従うかどうかということもそうだからだ。これらいくつかの補助的提言について、これから論じていかねばならないが、そのうちのいくつかに関しては、かなり詳細な議論が必要となろう。


 共感というのは非常に重要な感情だが、それは愛とは異なる。母親は、眠っている無力な子どもを熱烈に愛するだろうが、その子に共感しているとは言いがたい。人間のイヌに対する愛情も、イヌの主人に対するそれも、共感とは異なる。アダム・スミスが以前に述べ、最近ベイン氏も述べていることだが、共感の基礎は、私たちが以前に感じた苦痛や快楽を長く覚えていられることに根差している。つまり、「他人が飢餓、寒さ、疲労などで苦しんでいるところを見ると、自分がそのような状況にあったときのことが思い出されるので、考えただけでも苦痛を感じるようになる」のだ。そこで、自分自身の苦痛の感情を取り除くために、私たちは、他人の苦痛を取り除いてやらずにはいられない。同様に、私たちは、他人の喜びをもともにしようとする(17)。


(17) アダム・スミス(Adam Smith)の'Theory of Moral Sentiments'の素晴らしい最初の章を参照のこと。また、ベイン氏(Mr. Bain)の'Mental and Moral Science,' 1868, pp. 244 and 275-282も参照のこと。ベイン氏は「共感の心は、間接的に、共感者の喜びの源泉である」と述べており、それを互恵性で説明している。彼は「利益を得た人や、他人に何かを代わってもらった人は、払われたすべての犠牲を、共感の心とよい行いを返すことによって埋め合わせる」と指摘している。しかし、もしも共感の心が厳密に本能的であるのだとすれば、そしてそれはそうであるように見えるのだが、共感の心を行使することには、先に示したように、他のほとんどすべての本能の行使につきまとうような、直接的な快楽が伴うはずである。


人間は、現在では、初期の祖先が持っていたであろう本能の多くを失い、特別な本能は少ししか保持していないが、だからといって人間が仲間に対するある程度の愛情と共感を、本能としてはるかな昔から受け継いではこなかったということにはならない。私たちがそのような共感の感情を持っていることを、誰もが意識しているが(19)、それが下等動物におけるのと同じように大昔に獲得された本能であるのか、各自が子どものころからの経験によってそれを獲得したのかは、自分では区別できない。

(19) ヒューム(Hume)は('An Enquiry Concerning the Principles of Morals,' edition of 1751, p. 132)、次のように述べている。「他人の幸せや悲惨は、われわれには無関心な見せものであるということはなく、前者はわれわれの心にも密かな喜びをもたらし、後者はわれわれの想像力にじめじめした憂鬱を投げ掛けるということを認める必要があるように思われる」。

本書の原本は、一九九九─二〇〇〇年に『人間の進化と性淘汰』Ⅰ~Ⅱ(『ダーウィン著作集』第一~二巻)として、文一総合出版から刊行されました。

。。。。
チカコー

3:1:⑦*313~315

7 イギリスのヘゲモニーとその没落  
 産業資本主義以前には、商人資本は、対外的には国家と直結していた。たとえば、イギリスの資本は、後期重商主義(貿易差額主義)と呼ばれる国家の経済政策の下にあった。しかし、資本の連合体としての株式資本が拡がるとともに、国家の役割が目立たなくなっていった。交換様式でいえば、Bに対するCの相対的自律性が成立するようになったのである。その結果、国家による重商主義的な介入を斥ける、「自由主義」(自由貿易主義)と呼ばれる体制ができあがった。それを最初に理論的に裏づけようとしたのが、スミスの『国富論』(一七七六年)であった。つまり、国家が前面に立つ重商主義に対して、スミスは国家の役割を、国防、司法、公共事業に限定したのである。  
 しかしこのことは、産業資本が国家を必要としなくなったことを意味するわけではない。産業資本が拡大するにつれて、国家の役割は変化したが、それまで以上に大きくなったといえる。第一に、産業資本に必要な賃労働者は、マルクスのいう二重の意味で〝自由な〟だけの存在──すなわち、封建的拘束を受けておらず、かつ生産手段を持たない(自ら経営者になれない)──なのではない。彼らは、たえず更新される職種・技術に対応して働くことができなければならない。また、他の者と効率的にコミュニケーションを取る必要がある。これらの能力は、国家による義務教育・兵役などの規律訓練を通して培われたのである。したがって、「労働力商品」は、国家の助けなしには成り立たないといってよい。

 『資本論』は一般に、資本が賃労働者から剰余価値を搾取することを告発した書であると考えられている。しかし、それはすでにマルクス以前のリカード左派によってなされたことだ。マルクスがここで見ようとしたのは、産業資本の利潤は、たんに労働者を安い賃金で働かせることによってではなく、〝総体としての労働者〟が、〝消費者として〟自身が生産した物を買い戻すことによって得られるということである。労働者がたんに貧窮していたのでは、資本は存続できないのだ。ゆえに、労働者をさまざまな方法で支援する、国家による福祉政策や法的装置が不可欠となる。
  以上の意味で、産業資本が確立されたのは国家の支えによってである、ということができる。また、次章で述べるように、産業資本が成立するためには、資本=ネーション=国家が存立している必要がある。これらを鑑みると、一八四〇年代の世界において、産業資本主義が確立されていた国は、イギリスだけだったといってよい。マルクスが「経済学批判」を構想するようになったのは、四八年革命のあと、パリからそのようなイギリスに亡命した時点である。その時、彼は経済学の研究を再開したのだが、それが疎外論に基づく初期の理論(『経済学・哲学草稿』)と異なるものとなったのは当然である。
  マルクスの「経済学批判」は、イギリスが世界資本主義のヘゲモニーであったがゆえに生まれたものだといえるだろう。イギリスは、圧倒的な経済的優位にあったからこそ、経済政策を対外的には自由主義にし、また、対内的には社会福祉的なものとすることができた。のみならず、イギリスの経済的優位は、マルクスの仕事を直接的にも助けた。たとえば、国営の大英博物館の存在である。それが亡命してきた貧しい外国人、しかも革命家に、大学の所属などとは無関係に、無償で資料と仕事場を提供したのだ。


柄谷行人はマルクスの欠点をわかっていて補完している。国家を導入し、力を導入する。
カント、ホッブズ、ヴェーバー、フロイトを導入する。ホッブズはスピノザとの違いが重要。
。。。。。
スピノザ『神学政治論』


 第7章 聖書の解釈について

最高の権利は各人のもとにあるのであり、又何人もこの権利を放棄し得るとは考へられないのであるから、これからして宗教に関して自由に判断し、従って又宗教を自己に対して説明し解釈する最高の権利・最高の権能も各人のもとに在ることになる   第7章273頁


補記:

「自然的光明(Lumen Naturale)」(上59頁他)という言葉が頻出するのはデカルトの影響もあるのだろう。当時、どの程度一般的な言葉だったのだろうか?これ以降、使用例が少なくなっていく気がする(『エチカ』では使われていない)。

また、スピノザの「自然権」概念の特徴を明らかにするには、ホッブズのそれとの比較が一つの手がかりを与えてくれるように思われる。というのも、スピノザ自身が1674年6月2日付のイエレス宛書簡で次のように述べているからである。

「国家論に関して私とホッブズとの間にどんな相違があるかとお尋ねでしたが、その相違は次の点にあります。即ち私は自然権を常にそっくりそのまま保持させています( semper sartumtectum conservo )。従って私は、どんな都市の政府も力において市民にまさっている度合に相当するだけの権利しか市民に対して有しないものと考えています。自然状態においてはこれが常道なのですから。」*

*書簡50(1674年6月2日付のイエレス宛書簡)、『スピノザ往復書簡集』、畠中尚志訳、岩波文庫、237-238頁。スピノザは『神学政治論』第16章の傍注(ⅩⅩⅩⅢ)でもホッブズの名を挙げて、ホッブズの説との対比で自説の特色を述べている(岩波文庫上301−2頁)。

なお柄谷行人によればスピノザの先行者にクセノファネスがいる(参考:『哲学の起源』と『世界史の構造』の構造:メモ )。


哲学の起源(2012-)3:2
単行本101~102:

 ブルーノから得た能産的自然という考えを全面的に展開したのがスピノザである。彼の考えでは、自ら産出する自然こそが神なのであり、人格的な神は人間が自らの家族体験を投影した想像物にすぎないという。神人同形論を批判したスピノザは、もし三角形が口をきけたら、神はすぐれた意味で三角形的であるというだろう、と揶揄している。彼はイオニア自然哲学に言及していないのだが、実は、これは、イオニアのコロフォン生まれの遍歴詩人クセノファネスが述べたつぎのような揶揄とほとんど同じである。  

 人間たちは神々が〔人間がそうであるように〕生まれたものであり、自分たちと同じ着物と声と姿をもっていると思っている。……もし牛や馬やライオンが手を持っていたとしたら、あるいは手によって絵をかき、人間たちと同じような作品をつくりえたとしたら、馬たちは馬に似た神々の姿を、牛たちは牛に似た神々の姿を描き、それぞれ自分たちの持つ姿と同じようなからだをつくることだろう(9)。  

 さらに、クセノファネスはこう述べたと伝えられる。《唯一なる神は神々と人間どものうちで最も偉大であり、その姿においても思惟においても死すべき者どもと少しも似ていない(10)》。つまり、彼は擬人化された神を否定するが、「唯一なる神」を肯定する。ゆえに、自然哲学者たちは神々を斥けたとき、別種の神を考えていたということができる。しかし、それはけっして表象されてはならないものであった。したがって、「偶像崇拝」の批判は自然哲学にこそ見出されるべき特質である。

(9) 『ソクラテス以前哲学者断片集』第Ⅰ分冊、二七三─二七四頁。 
(10) 『ソクラテス以前哲学者断片集』第Ⅰ分冊、二七七頁。



以下、帝国の構造(2014-)1:2より
単行本17~18:

…国家やネーションを上部構造としてみることは、それらを表象や幻想と見なすことになります(ベネディクト・アンダーソン『想像の共同体』がそうであるように)。しかし、国家やネーションは、そのような啓蒙によっては解消できないものです。それらは、啓蒙によって取り除くことができないような、何か深い根をもっているのです。しかも、それは、人間の心にではなく、「経済的土台」に根ざしています。ただ、従来のような「経済的土台」論では、それをとらえられないだけです。私が交換様式ということを考えたのは、そのためです。最初に交換様式論を考えたのは、一九九〇年代の後半、『トランスクリティーク』においてで、それを一〇年かけてより綿密にしたのが、『世界史の構造』です。

。。。。
。。。
。。。。

『トランスクリティーク』(2001,2004,2010)、『世界史の構造』(2010,2015)に続いて本作『力と交換様式』(2022,2026)で交換様式三部作が完結した。
この三作はそれぞれキャピタル→ステート→ネーションと重点を異にして展開していった柄谷行人の思考の軌跡である。

┏━━━━━━━┳━━━━━━━┓
┃世界史の構造 ┃力と交換様式 ┃
┃(2010、 ┃(2022、 ┃
┃ 2015) ┃ 2026) ┃
┣━━━━━━━╋━━━━━━━┫
┃トランス   ┃ NAM原理 ┃
┃クリティーク ┃(2000) ┃
┃(2001) ┃       ┃
┗━━━━━━━┻━━━━━━━┛

個々の書籍内ではネーション→ステート→キャピタル→アソシエーションと考察が展開するので全体と部分が逆流していることになる。
思えば最初の『トランスクリティーク』から信用、信仰が課題だった。そして今回信用について非常に重要なマルクスからの引用を柄谷はしている(2:3:③*279より)。

 《重金主義は本質的にカソリック的であり、信用主義は本質的にプロテスタント的である。(中略)しかし、プロテスタント教がカソリック教の基礎から解放されていないように、信用主義も重金主義の基礎からは解放されていない(36)。  …
(36) 第三巻 第五篇 第三五章、『資本論Ⅱ』中央公論社、一一七一頁》

上はマルクス資本論で最重要だと思う。
宇野弘蔵(『経済原論』)や熊野純彦(『資本論の思考』)も引用していた箇所だ。
3:1:④*307でも別訳で同じ文節から違う部分が引用されていた(《信用主義は、「商品の内在的精霊としての貨幣価値にたいする信仰」*に他ならない》*『資本論』第三巻 第五篇 第三五章、『全集25b』、七六五頁 )。

柄谷は上を根拠にマルクスのヴェーバーに対する優先権と、両者の優秀さを説くが、全く間違いである。ユダヤ人は信用主義を展開し広めたことに歴史的貢献がある。

ゾンバルト『ユダヤ人と経済生活』**を読めばわかるがプロテスタントはユダヤ教のリバイバルである。そして信用主義は新しいものではなく金属主義に先行し且つ包括する。

**
《…また、わたしは慧眼なハインリッヒ・ハイネが、ピューリタニズムとユダヤ教との間の親近性をかなり以前に洞察していたことを想起したいと思う。 「プロテスタントのスコットランド人は」と彼は『告白』のなかでたずねる。「ユダヤ人ではないのか? 彼らの名前は、いたるところで聖書からとられているし、その上信心深そうな言葉は、どこかエルサレム的パリサイ人的だし、宗教もブタ肉を食べてもよいというだけのユダヤ教ではなかろうか?」  
 ピューリタニズムはユダヤ教である。》
(ヴェルナー・ゾンバルト著『ユダヤ人と経済生活』単行本邦訳129頁#11:7)
マルクスは信用貨幣論の創始者マクラウド等にも言及し、ケインズより先に有効需要を指摘したスチュアートを高く評価していたが、それでも信用貨幣論を不当に扱っていたと思う(creditの語源はcredo)。信用と投機を同一視するのは無理がある。
危機の際に金属主義に回帰するとされ、事実兌換停止は金流出を防ぐためではあるし、マルクスも経済学批判から資本論へ多少の理解の深度はあったとされるが、マルクスの信用主義に対する誤解は明らかだと思う。

ちなみに『トランスクリティーク』ではカントの貨幣論***が引用されていたがスミスの指摘した租税貨幣論をカントは受け継いでいるのにその労働価値説だけが強調されていた。

また、『力と交換様式』ではエンゲルスのミュンツァー論が賞賛されるが一般的には誤解されて武力革命への幻想を追認するだけだと思う。
一般読者には是非『世界史の構造』3:4:③で引用されたプルードンからマルクスへの手紙をもう一度読み返してほしい。

《 私はまた、あなたの手紙のなかの「行動の時には」というくだりについて、いくつかの見解を述べておかねばなりません。いかなる改革も、実力行使なしには、すなわち、かつては革命と呼ばれていたが、せいぜいのところ動乱でしかないものの助けなしには、実際には不可能だという考えを、たぶんあなたはまだ持っておられるようです。私自身この考えを長いあいだ持ち続けてきたわけですから、この考えを理解していますし、喜んで議論するつもりですが、私はごく最近の研究によってこの見解を完全に放棄したことを告白しておきます。それはわれわれが成功するために必要なものではないと思います。つまり、革命的行動を社会改革の手段と見なしてはならないのです。なぜなら、この手段なるものはたんに力や専制への呼びかけ、要するに矛盾にすぎないからです。だから私は問題をつぎのように立てましょう。すなわち「ある経済組織によって社会から取り上げられた富を、別の経済組織によって社会に返還すること」です。いいかえれば、われわれは経済学において、あなたがたドイツの社会主義者が共産主義と呼んでいるもの私はさしあたりそれを自由とか平等とかと呼ぶだけにしておきますがを作り出すことを通じて、所有の理論を所有に対抗させねばならないのです。ところで、私はこの問題を近いうちに解決する方法を知ることができると思っています。つまり、私は、所有者にたいして聖パルテルミーの虐殺を行って所有に新しい力を与えるよりもむしろ、所有をとろ火で焼き上げることを選ぶものです(5)。
(5) プルードン「マルクスへの手紙」一八四六年五月一七日付。》
プルードンセレクションより

***
柄谷行人は以前カントの以下の言葉を引用していた。
トラクリ2:2:④文庫版328頁より

 《…だが、最初には物品であったものが最後には貨幣となったということは、いかにして可能であるか? [中略]偉大にして権力ある浪費者が、すなわち国君が、自分の臣民たちから(物品としての)この材料で貢租を徴集し、そしてまた、この材料の調達に費やす勤労がそのことによって刺激されるべき者たちに、(市場あるいは取引所における)彼らのあいだの、また彼らとの取引関係一般の諸規定に従って、まさに同じ材料で支払う場合が、そうである。──そういうことによってのみ(私の意見によれば)或る物品が臣民たち相互間における勤労の取引関係の、かくしてまた国富の取引関係の法定の手段、すなわち貨幣となりえたのである。 
(『人倫の形而上学』第一部、吉澤傳三郎・尾田幸雄訳、「全集」第一一巻、理想社)[139頁。岩波全集版11では123頁。]》

このようにカントはスミスの貨幣国定説、租税貨幣論を受け継いでいるが、柄谷はこのカントの言葉を(その前段のみを取り上げて)労働価値説を受け継いでいると要約する。

《経済学に関して、カント自身はアダム・スミスの「労働価値説」に立っていた。カントにとって、貨幣は謎ではなかったし、崇高でもなかった。》トラクリ327頁

これは意図的な誤読である(柄谷は金兌換停止について国家が金流出を避ける目的でおこなうのだから世界は金本位制を今も脱していないと主張する。無論柄谷は450頁の注で石貨に言及するなど信用取引も熟知している)。

明らかにカントはスミスの以下の認識を受け継いでいる(スミスの名前も上述の引用箇所のすぐ後で出てきた)。

《ある君主が、かれの税の一定部分は一定の種類の紙幣で支はらわれなければならないという、法令をだすとすれば、かれはそうすることによって、この紙幣に一定の価値をあたえうるであろう。》
アダム・スミス『国富論』2:2最終部 世界の大思想上

スミス=カントは労働価値説を前提に含むが大枠では貨幣国定説である。
フィヒテの表券主義からは金属主義に見えるが、カントの租税貨幣論は一般常識的範囲ではあっても現代貨幣理論と大枠で齟齬はない。

とはいえ、LETSへの言及など柄谷行人が信用貨幣を軽視しているわけではない。
信用主義は今も昔も投機によって試練にさらされている。
柄谷行人の言う交換様式Bと交換様式Cの違いはマネタリーベースとマネーストックの違いに対応する。
イングランド銀行創設における大和解は交換様式B内におけるB'C'の結合に過ぎない。
実は柄谷交換様式論は信用貨幣論の理解を決定的にする最後の一撃なのだ。


以下、トランスクリティーク*500頁より

《(82) プルードンによる無償信用と交換銀行以来、代替貨幣の試みはたくさんある。それは社会主義者によるものだけではない。たとえば、一九三〇年代大不況のなかでさまざまな地域通貨が試みられた──その代表的なものとして、ゲゼルの構想した「スタンプ通貨」(マイナス利子の貨幣)がある。しかし、「貨幣があってはならない」と「貨幣がなければならない」というアンチノミーを念頭において見ると、私にとって最も興味深く思われるのは、マイケル・リントンが一九八二年に考案したLETS(Local Exchange Trading System 地域交換取引制度)である。LETSは、参加者が自分の口座をもち、自分が提供できる財やサービスを目録に載せ、自発的に交換を行い、その結果が口座に記録される多角決済システムである。LETSの通貨は、中央銀行で発券される現金とは異なり、財やサービスの提供を受けとる人がその都度新たに発行することになっている。そして、すべての参加者の黒字と赤字を合計するとゼロになるようになっている。このシステムは今後技術的に発展させるべき余地があるとしても、その基本的コンセプトの中に、貨幣のアンチノミーを解決する鍵がふくまれている。
  LETSの特徴は、共同体における互酬的交換および資本主義的商品経済と比べるとはっきりする。LETSは、一方で共同体における互酬制と似ているが、互いに見知らぬ人との間で広範囲に交換がなされるがゆえに市場的である、という点で違っている。他方で、資本制市場経済と違って、LETSにおいては、貨幣は資本に転化しない。それはたんに無利子だからではない。全体としてゼロサム原理(集計的収支相殺原理)にもとづいているからである。交換が活発になされているにもかかわらず、結果的に貨幣は存在しないことになる。したがって、ここでは、「貨幣は存在する」と同時に「貨幣は存在しない」というアンチノミーが解決されている。マルクスの価値形態論でいえば、LETS通貨は一般的等価物であるが、それはすべての財やサービスを関係づけるだけで、それ自身が自立してしまわないのである。すなわち、貨幣のフェティシズムが生じない。「交換可能性」としての貨幣をためこむことに意味がないし、赤字が増えることに怯える必要もない。LETSの通貨を通して、財やサービスの価値関係の体系ができあがるが、それらが「通約可能な」ものとはならない。したがって、それらに「共通の本質」としての労働価値は事後的に成立しない。》

ーーーーー
ーーーーー

以下、チカコー2:3:③*279より

 つぎにマルクスは、黄金物神への崇拝に起きた微妙な変化を指摘している。すなわち、それは黄金ではなく貨幣を蓄える物神崇拝に変わったのである。《イギリスでは、魔女の火刑が廃止されたのと同じときに、銀行券偽造者の絞首刑が始まった(35)》。つまり、このとき貨幣物神が神聖視されるようになるとともに、キリスト教を脅かす魔女が火刑に処されるかわりに、貨幣物神信仰を脅かす銀行券偽造者が絞首刑に処せられるようになったのである。  
 このような変化は、経済史では、「重金主義」から「信用主義」への変容として理解される。しかしマルクスは、そこに貨幣物神・黄金物神から資本物神への変容を見ただけでなく、それを宗教の変容、すなわちプロテスタンティズムの出現と結びつけたのである。  

 重金主義は本質的にカソリック的であり、信用主義は本質的にプロテスタント的である。(中略)しかし、プロテスタント教がカソリック教の基礎から解放されていないように、信用主義も重金主義の基礎からは解放されていない(36)。  

 このようにいうとき、マルクスは、プロテスタンティズムと産業資本主義の並行性を示唆している。彼は、ヴェーバーに先立って、「資本主義の精神」をプロテスタンティズムに見いだしていたのである。プロテスタンティズムは、経済的下部構造から相対的に自立した何かなのではなく、まさに経済的下部構造から来たものなのだ。ただし、その下部構造は、生産様式ではなく、交換様式Cにかかわる。  
 ここから見ると、『資本論』が、交換から生じた観念的な力=物神がいかにして発展したかを描いたものだということが明らかとなるだろう。たとえば、産業資本主義の段階では、〝物神〟は金銀のようなものではなく、信用において見いだされるようになる。この場合、信用は、人々が自発的な合意によって形成できるものではない。その逆に、信用は、人の意志を越えた強制的な力として働くのだ。それが〝物神〟の働きである。マルクスもヴェーバーも、そのような奇怪な力の働きを感じ取っていた。そして二人は共に、それが「資本主義」と結びつくことを指摘したのである。

(35) 第一巻 第七篇 第二四章、『資本論』中央公論社、三七八頁 
(36) 第三巻 第五篇 第三五章、『資本論Ⅱ』中央公論社、一一七一頁


上で引用されたの箇所はマルクス資本論で最重要。
3:1:④*307でも別訳で同じ文節から違う部分を引用。
宇野弘蔵(『経済原論』)や熊野純彦(『資本論の思考』)も引用していた箇所。

25b

資本論第3巻b

第35章 貴金民と為替相場

765


《 重金主義は本質的にカトリック的であり、信用主義は本質的にプロテスタント的である。「スコットランド人は金をきらう。」[“The Scotch hate gold.”] 紙幣としては、諸商品の貨幣定在は一つの単に社会的な定在をもっている。救済するものは信仰である。商品の内在的精霊としての貸幣価値にたいする信仰。しかし、生産様式とその予定秩序とにたいする信仰、自分自身を価値増殖する資本の単なる人格化としての個々の生産当事者にたいする信仰。しかし、プロテスタント教がカトリック教の基礎から解放されないように、信用主義も重金主義の基礎から解放されないのである。》


___________ 

 Das Monetarsystem ist wesentlich katholisch, das Kreditsystem wesentlich protestantisch. "The Scotch hate gold." <"Die Schotten hassen Gold."> Als Papier hat das Gelddasein der Waren ein nur gesellschaftliches Dasein. Es ist der Glaube, der selig macht. Der Glaube in den Geldwert als immanenten Geist der Waren, der Glaube in die Produktionsweise und ihre prädestinierte Ordnung, der Glaube in die einzelnen Agenten der Produktion als bloße Personifikationen des sich selbst verwertenden Kapitals. So wenig aber der Protestantismus von den Grundlagen des Katholizismus sich emanzipiert, so wenig das Kreditsystem von der Basis des Monetarsystems.


『力と交換様式』*307

3:1:④でも別訳で引用。


柄谷は上を根拠にマルクスのヴェーバーに対する優先権と、両者の優秀さを説くが、全く間違いである。信用と投機を同一視するのは無理がある。

ゾンバルト『ユダヤ人と経済生活』*を読めばわかるがプロテスタントはユダヤ教のリバイバルである。そして信用主義は新しいものではなく金属主義に先行し且つ包括する。


《…また、わたしは慧眼なハインリッヒ・ハイネが、ピューリタニズムとユダヤ教との間の親近性をかなり以前に洞察していたことを想起したいと思う。 「プロテスタントのスコットランド人は」と彼は『告白』のなかでたずねる。「ユダヤ人ではないのか? 彼らの名前は、いたるところで聖書からとられているし、その上信心深そうな言葉は、どこかエルサレム的パリサイ人的だし、宗教もブタ肉を食べてもよいというだけのユダヤ教ではなかろうか?」  
 ピューリタニズムはユダヤ教である。》
(ヴェルナー・ゾンバルト著『ユダヤ人と経済生活』単行本邦訳129頁#11:7)
ゾンバルト再考
以下、『ユダヤ人と経済生活』 はじめに より


《…ピューリタニズムと資本主義との間の関連についてのマックス・ヴェーバーの研究に促され、わたしは当然のことながら、宗教の経済生活への影響を、これまで以上にくわしく探究せねばならなくなった。そのさいわたしは、まずはじめに、ユダヤ人問題にめぐりあった。なぜならヴェーバーの研究をくわしく調べたところわかったのだが、資本主義の精神の形成にとって実際に意味があったように思われるピューリタンの教義の構成要素のすべてが、ユダヤ教のもろもろの理念からの借り物であったからである。
  しかしこの認識だけでは、近代資本主義の発生史のなかにおけるユダヤ人の役割のくわしい考察を行なう機会に恵まれなかったであろう。ところがわたしがその後研究をつづけてゆくうちに──これまた全く偶然であったが──近代国民経済の形成にあたっても、ユダヤ人の関与は、これまで予想していたよりも、はるかに大きいという確信を抱いたのだ。
  この洞察にわたしを導いたのは、十五世紀の末期から十七世紀の末期までの間にほぼ完成した、経済の重心の変動、すなわち、南ヨーロッパから、北西ヨーロッパの諸国へと移らせたヨーロッパの経済生活における重心の変動を理解しようとした努力の結果であった。スペインの突然の没落、オランダの突然の興隆、イタリアとドイツにおける多くの都市の衰退、それに他の諸都市、たとえば、リヴォルノ、リヨン(一時的)、アントウェルペン(一時的)、ハンブルク、フランクフルト・アム・マインの繁栄は、わたしにこれまでの理由づけ(東インド諸島への航路の発見、国家間の力関係の推移)だけではけっして十分に説明されていないと思われた。そのとき突然、わたしには、様々な国家と都市の経済的運命と、その頃、自分たちの地理上の居住地の、ほとんど完全な変動をまたもや体験したユダヤ人の運命との間の、当初は全く外面的な並行性が明らかになってきた。
  そして、くわしく見てゆくうちに、わたしには疑う余地のないほどはっきりと、実際に移住した土地に決定的に、経済的繁栄をもたらしたのもユダヤ人であれば、退去した土地に、経済的な衰退をもたらしたのもユダヤ人であったという認識が生まれた。》

柄谷行人交換様式論三部作は信用、信仰から始まるが、その答えはゾンバルトを読まないと見えてこない。



ハイネ選集 14 告白 回想

解放社 1948年


著者ハイネ (著),土井 義信 (訳)
78頁

例えばプロテスタントのスコットランド人、彼等はヘブライ人でないだろうか? ~~彼等の名前はどこへ行つても聖書的だし、彼等の宗教的欺瞞はどこかイェルサレム的、パリサイ的にさえひゞくし、そして彼等の宗教は豚肉を食うユダヤ教ばかりである。



参照:
デニス・シュマント=ベッセラ

文字は経済から生まれた 古代メソポタミア、謎の物体の正体 子供のおもちゃ? お守り? https://youtu.be/ucdAxI6gIXE?si=rS5LP26978jDrdgt @YouTubeより
木村貴チャンネル

トークンの秘密を解いたとされるデニス・シュマント=ベッセラさんは一見普通のおばちゃんで親近感を持ちます。
デニス・シュマント=ベッセラでショート動画を上げましたのでよろしかったら検索してみてください。

 しかし、人々は信用を物神的(フェティシズム)だとは思わない。金銀を崇め求めることならば、物神崇拝とも見えるだろうが、紙幣や電子マネーを崇め求めることは、合理的だと思われるように。しかし、マルクスによれば、信用主義は、「商品の内在的精霊としての貨幣価値にたいする信仰(7)」に他ならない。ゆえに信用は、物神(「商品の内在的精霊」)の否定ではなくて、その変形にすぎない。

 したがって、信用主義の拡張とともに、人々は物神から解放されたわけではない。その逆である。その証拠に、信用恐慌において、人々は突如、金属貨幣を追い求めることになる。ゆえにマルクスはいう。恐慌時には、何としても支払手段を確保しようという「信用主義から重金主義への急転回」が不可避である、と(8)。要するに、物神が消え去ることはない。

(7) 『資本論』第三巻 第五篇 第三五章、『全集25b』、七六五頁 
(8) 『資本論』第三巻 第五篇 第三三章、『全集25b』、六八九頁

チカコー3:1:④*307

リスト 政治経済学の国民的体系  1841
https://freeassociations2020.blogspot.com/2026/04/1841.html 

デイヴィッド・ヒューム(David HUME)1711-1776

ジェイムズ・スチュアート
https://freeassociations2020.blogspot.com/2020/07/james-steuart-economist-17121780.html 

大河内一男と「総資本」 参照:世界史の構造 3:2:3 3産業資本の自己増殖
https://freeassociations2020.blogspot.com/2022/11/323.html

大河内一男は一般には中公文庫のアダム・スミス『国富論』翻訳で知られる。

マクラウド
マクラウドの古典派批判 : エコノミックスの誕生とマクラウド
土井日出夫
https://ynu.repo.nii.ac.jp/records/2982

柄谷行人は信用主義的言説に最大限配慮をしているがマルクスの限界を引きずっている。
結局マルクスは信用というものを理解しなかった。それは相対的剰余価値を二次的なものとしたこととと関連する。
マルクスは資本論第2巻の再生産表式をカレツキ的に展開しないと評価出来ない。
以下の信用主義者が重要なのにマルクス信者は読もうとしない。


プルードン
リスト
フィヒテ
ゾンバルト
デューリング
アドルフ・ワグナー
ヒューム
スピノザ

(本書でヒューム★、スピノザへの言及はない)


マルクス

経済学批判より

ヒュームの学徒は、マケドニア、エシプト、小アジアの征服の結果として古代ローマに起こった物価勝貴をこのんで引合いにだすが、これはまったく見当ちがいである。古代世界に特有な、貯めこまれた蓄蔵貨幣の一国から他国への、突然で強力的な移転、略奪という単純な過程による貴金属の生産費の一定の国にとっての一時的減少は、たとえばエシブトやシチリアの殺物をローマで無償で分配したことが、殺物価格を規制する一般的法則に影響するものではないのと同じように、貨幣流通の内在的法則に影響するものではない。貨幣流通の詳細な観察に必要な材料、すなわち一方では商品価格のよく吟味された歴史、他方では流通媒介物の膨張と収縮、貴金属の流入と流出等についての公式の連続的な統計、一般に銀行制度が十分に発展してはじめて生じてくる材料は、ヒュームも、一八世紀のすべての著述家も、もっていなかったのである。ヒュームの流通理論を要約すれば、決の命題になる。

(1)一国の諸商品の価格は、その国に存在する(現実的または象徴的)貨幣の量によって規定される。(二)一国に流通している貨幣は、その国に存在するすべての商品を代理する。代理者、すなわち貨幣の数量が増減するのに比例して、代理される物が個々の代理者に割り当てられる最が増減する。(三)商品が増加すれば、それらの価格が下落し、つまり貨幣の価値が上昇する。貨幣が増加すれば、逆に諸商品の価格が勝費して、貨幣の価値が低下する。


 *ヒュームは、彼の原理には一致しなかったけれども、この平衡化がゆっくりしたものであることをともかくも認めている。デーヴィット・ヒューム「若干の論題にかんする試論と論述」、ロンドン、一七七七年、第一巻、三〇〇ページを参照。

 **ステュアート、前掲書、第一巻、三九四1四〇〇ページを参照。


ヒュームは言う。


「貨幣が過剰なためにあらゆる物が高価であることは、すべての既存の商業にとって不利益である。なぜならば、そのために貧乏な国々がすべての外国市場で富んだ国々より安く売ることができるようになるからである。」「もしわれわれが一国民をそれだけとして考察するならば、商品を計算したり代理したりするための鋳貨が多いか少ないかは、よいにせよわるいにせよ、なんの影響をも及ぼしえない。それはちょうど、商人が記帳にさいして、わずかな数字しか必要としないアラビア式記数法のかわりに、多くの数字を必要とするローマ式記数法を用いても、彼の帳尻になんの違いもないのと同じである。いやそれどころか、貨幣の量が多いのは、ローマ数字と同じように、むしろ不便であって、その保管と輸送により多くの手数がかかるのである。」

   ※デーヴィット・ヒューム、前掲書、三〇〇ページ。

   **デーヴィット・ヒューム、前掲書、三〇三ベージ。

[マルクス(13)138]




マルクス『経済学批判』岩波文庫旧版?214


 ヒュームはいう、


《…もしわれわれが一国民をそれだけで考察するならば、商品を計算したり代表したりするための鋳貨が多いか少ないかは、よいにせよ悪いにせよ、なんの影響もおよぼさない、それはちょうど、商人が記帳をするのに、わずかな数字しか必要でないアラビア数字法のかわりに、たくさんの数字が必要なローマ数字法を用いても、その帳尻になんのちがいも生じないのと同じである。》


ヒューム「若干の問題についての論集」、ロンドン版、一七七七年、第一巻、300


ただし本書『力と交換様式』では以下の信用貨幣論者は正しく言及されている。
ポランニー
グリァスン
フェリックス・マーティン
マイケル・リントン

マルクスは信用貨幣論の創始者マクラウドにも言及していたが、やはり何度読んでも信用貨幣論を理解していなかったと思う(creditの語源はcredo)。経済学批判から資本論へ多少の理解の深度はあったとされるが。


柄谷行人の今世紀の思考はアソシエーションからネーションへと反時計回りに遡行し続けている。
柄谷行人にとってカントがダンテにとってのウェルギリウスだ。マルクスは…ベアトリーチェか…

┏━━━━━━━┳━━━━━━━┓
┃世界史の構造 ┃力と交換様式 ┃
┃(2010、 ┃(2022、 ┃
┃ 2015) ┃ 2026) ┃
┣━━━━━━━╋━━━━━━━┫
┃トランス   ┃ NAM原理 ┃
┃クリティーク ┃(2000) ┃
┃(2001) ┃       ┃
┗━━━━━━━┻━━━━━━━┛

本来の文学はアソシエーションを例示する。柄谷は文学から離れることで本来の文学へ近づいている。


                              『力と交換様式』の構造  序論0:①~⑨
┏序文━━━┳『世界史の構造』の構造━━━━━━┓ ┏━━━━━┳━━━━━┳━━━━━┳━1:③マルクス
┃     ┃アジア  ┃2(氏族社会)1   ┃ ┃2:2~⑤┃2:1~⑤┃  1:2┃予備的考察┃
┃ 1国家 ┃3世界帝国┃贈与と呪術┃ 定住革命┃ ┃封建制  ギリシア・ローマ:①~⑨┃力とは0:①~⑦
┃    第2部 ギリシア    第1部    ┃ ┃ゲルマン ┃古典古代 ┃交換様式B┃様式Aと力:1⑦
┣━━━世界=帝国━━━╋━━ミニ世界システム━┫ ┣2世界史の構造と「力」╋1交換から来る「力」━┫
┃    (B)アジール┃    (A)    ┃ ┃2:3~⑥┃     ┃1:3  ┃ 1:4:~⑨
┃     ┃     ┃     ┃序説   ┃ 絶対王政と宗教改革   ┃交換様式C┃交換様式Dと力
┃2世界貨幣┃4普遍宗教┃     ┃交換様式論┃ ┃③④ヴェーバー    ┃:①~⑦ ┃:①アジール
┣━━━━━╋━━━━━╋━━━━━╋━━━━━┫ ┣━━━━━╋━━━━━╋━━━━━╋━━━━━┫
┃     ┃3    ┃     ┃     ┃ ┃3:2~⑦┃3:1~⑦┃4:2:①~⑤  4:1~⑥

┃1近代国家┃ネーション┃     ┃     ┃ 資本=国民 ┃経済学批判┃社会主義の┃社会主義の┃
┃    第3部    ┃    第4部    ┃ =国家②カントヘーゲル┃科学  二┃科学  一┃⑥
┣━近代世界システム━━╋━━━現在と未来━━━┫ ┣3 資本主義の科学━━╋━4 社会主義の科学モーガン
┃    (C)4   ┃1   (D) 2  ┃ ┃3:3~⑥┃     ┃4:3:①~⑨    ┃
┃2産業資本┃アソシエー┃世界資本主┃世界   ┃ ┃資本主義の終わり   社会主義の科┃     ┃
┃     ┃ショニズム┃義の段階と┃共和国へ ┃ ┃⑥エンゲルス     学三①②⑥⑦┃     ┃
┗━━━━━┻━━━━━┻反復━━━┻━━━━━┛ ┗━━━━━┻━━━━━┻━ブロッホ┻━━━━━┛

┏━━━━『トランスクリティーク』構造図━━━━┓
┃     ┃     ┃     ┃     ┃
┃代表機構 ┃  移動 ┃ 1:1 ┃ 1:2 ┃
┃     ┃     ┃カント的 ┃綜合的判断┃    
┣━━━━2:1━━━━╋転回━第一部━━の問題┫
┃   移動と批判   ┃    カント    ┃    
┃恐慌として┃アナキスト┃ 1:3 ┃ イントロ┃    
┃の視差  ┃たち   ┃超越論的と┃ダクション┃
┣微細な差異╋━━━━━╋━━横断的╋━━━━━┫
┃     ┃     ┃     ┃     ┃
┃  :1 ┃ 2:2 ┃ 国家と ┃ネーション┃
┃     ┃綜合の危機┃    2:4    ┃    
┣━━━━第二部━━━━╋トランスクリティカルな┫
┃   マルクス    ┃対抗運動 ┃     ┃    
┃ 2:3 ┃  :4 ┃     ┃ 可能なる┃    
┃価値形態と┃     ┃ 資本と ┃コミュニズム     
┗剰余価値━┻━━━━━┻━━━━━┻━━━━━┛

アジールの重要性がわかる。



力と交換様式2026:書評
https://freeassociations2020.blogspot.com/2026/04/2026.html @
https://www.blogger.com/blog/post/edit/102781832752441205/9115437212142816926
https://freeassociations2020.blogspot.com/2022/11/2022.html 
https://note.com/yojiseki/n/n994fa1560635

https://note.com/yojiseki/n/ne495cb98b472

https://www.amazon.co.jp/dp/B0GPVHSZRZ/


力と交換様式2026~ブロッホその可能性の亜周辺~

本書の要約は他の優秀なレビュアーさんたちがやっているので単行本版2022との比較を中心に以下述べる。
定本文庫版は単行本版本文中の一部書誌(及びマルクスの長い引用文)を巻末脚注を回したので読みやすくなっている(詳細確認したい人は逐次巻末をめくる必要があるので一長一短だが引用元は頁数が追加されているので助かる)。
交換様式BとCの区別を宇野弘蔵に学んだという重要な指摘(463頁)などは前著(『世界史の構造』4:1:①)と重複するからか注に回されている。
4部構成でそれぞれに加筆がある。
各思想家の生年没年併記の追記拡大もありがたい。
序文、後半は刈り込んでいる箇所があるので全体としてはコンパクトになった印象。逆に第一部のキリスト関連の脚注の論考を本文に組み込んでおり、その箇所は読み応えが増している。
2022年175頁にあった聖書についての共通資料(Q資料)については今回2026年版では割愛された。したがってマルコ最古説も割愛。とは言え引用はマルコ伝からが多い。
仏教についてもカニシカ王関連で最新の知見が追加されている。
(2022版29頁のアルフレッド・ビネーの名が2026年版27頁ではリヒャルト・フォン・クラフト=エビングに訂正されている。)

印象的な加筆箇所は先述の第一部におけるキリストと第二部、第四部終盤におけるブロッホ関連である。
単行本では第四部中間部にいきなりブロッホが現れてアソシエーションを示唆していたが、唐突感は否めなかった。
この岩波現代文庫版は第二部でブロッホのアウグスティヌス論が引用され、ブロッホを通して思考が貫かれている。ブロッホその可能性の亜周辺といった趣だ(追記:アウグスティヌス紹介の前段、Aの高次元の回復を提示している文庫版2:1:①221頁のヘーゲル批判も以前よりかなりわかりやすく書き換えられていた)。

これは第四部の加筆された最終結論部(アウグスティヌスの用語では恩寵)に関係する。
要するにブロッホやカントが目指した未来社会の展望に際し彼らが心に留めていた宗教を甘くみてはいけないということだ。旧約聖書の預言者へのコメントも(相変わらずヴェーバー経由なので多少バイアスはあるが*)より精度を増している。

参考:
 柄谷行人『力と交換様式』(2026)の構造  序論0:①~⑨
┏━━━━━┳━━━━━┳━━━━━┳━━1:━┓③マルクス
┃2:2~⑤┃2:1~⑤┃  1:2┃予備的考察┃
┃封建制  ギリシア・ローマ:①~⑨┃力とは何か:0:①~⑦
┃ゲルマン ┃古典古代 ┃交換様式B┃交換様式Aと力:1:①~⑦
┣2世界史の構造と「力」╋1交換から来る「力」━┫
┃2:3~⑥┃     ┃1:3  ┃ 1:4 ┃
絶対王政と宗教改革   ┃交換様式C┃交換様式Dと力
┃③④ヴェーバー    ┃:①~⑦ ┃:①~⑨ ┃
┣━━━━━╋━━━━━╋━━━━━╋━━━━━┫
┃3:2~⑦┃3:1~⑦┃4:2:①~⑤  4:1:①~⑥
資本=国民 ┃経済学批判┃社会主義の┃社会主義の┃
=国家②カントヘーゲル┃科学  二┃科学  一┃⑥モーガン
┣3 資本主義の科学━━╋━4 社会主義の科学━┫
┃3:3~⑥┃     ┃4:3:①~⑨    ┃
┃資本主義の終わり   社会主義の科┃     ┃
┃⑥エンゲルス     学三①②⑥⑦┃     ┃
┗━━━━━┻━━━━━┻━ブロッホ┻━━━━━┛

(ここで普遍宗教の位置付けが『世界史の構造』2:4から『力と交換様式』1:4へ移行したことを注記したい。両書の構造は同じで2はBで1はAである。それはここ10数年で柄谷行人によるAの重視傾向が強くなったことを意味する。『世界史の構造』執筆以降に自身も語るようにエンゲルス再評価、デリダ『マルクスの亡霊』からの影響がある。ただし本書と相互主義である幾多の記述、特にプルードンのマルクスへの手紙が入っている『世界史の構造』は後からでも目を通した方がいい。)


┏序文━━━┳『世界史の構造』の構造━━━━━━┓
┃     ┃アジア  ┃2(氏族社会)1   ┃
┃ 1国家 ┃3世界帝国┃贈与と呪術┃ 定住革命┃
┃    第2部 ギリシア    第1部    ┃
┣━━━世界=帝国━━━╋━━ミニ世界システム━┫
┃    (B)    ┃    (A)    ┃
┃     ┃     ┃     ┃序説   ┃
┃2世界貨幣┃4普遍宗教┃     ┃交換様式論┃
┣━━━━━╋━━━━━╋━━━━━╋━━━━━┫
┃     ┃3    ┃     ┃     ┃
┃1近代国家┃ネーション┃     ┃     ┃
┃    第3部    ┃    第4部    ┃
┣━近代世界システム━━╋━━━現在と未来━━━┫
┃    (C)4   ┃1   (D) 2  ┃
┃2産業資本┃アソシエー┃世界資本主┃世界   ┃
┃     ┃ショニズム┃義の段階と┃共和国へ ┃
┗━━━━━┻━━━━━┻反復━━━┻━━━━━┛

3:4:③にプルードンのマルクスへの手紙

┏━━━━『トランスクリティーク』構造図━━━━┓
┃     ┃     ┃     ┃     ┃
┃代表機構 ┃  移動 ┃ 1:1 ┃ 1:2 ┃
┃     ┃     ┃カント的 ┃綜合的判断┃    
┣━━━━2:1━━━━╋転回━第一部━━の問題┫
┃   移動と批判   ┃    カント    ┃    
┃恐慌として┃アナキスト┃ 1:3 ┃ イントロ┃    
┃の視差  ┃たち   ┃超越論的と┃ダクション┃
┣微細な差異╋━━━━━╋━━横断的╋━━━━━┫
┃     ┃     ┃     ┃     ┃
┃  :1 ┃ 2:2 ┃ 国家と ┃ネーション┃
┃     ┃綜合の危機┃    2:4    ┃    
┣━━━━第二部━━━━╋トランスクリティカルな┫
┃   マルクス    ┃対抗運動 ┃     ┃    
┃ 2:3 ┃  :4 ┃     ┃ 可能なる┃    
┃価値形態と┃     ┃ 資本と ┃コミュニズム     
┗剰余価値━┻━━━━━┻━━━━━┻━━━━━┛


┏━━━━━━━┳━━━━━━━┓
┃世界史の構造 ┃力と交換様式 ┃
┃(2010、 ┃(2022、 ┃
┃ 2015) ┃ 2026) ┃
┣━━━━━━━╋━━━━━━━┫
┃トランス   ┃ NAM原理 ┃
┃クリティーク ┃(2000) ┃
┃(2001) ┃       ┃
┗━━━━━━━┻━━━━━━━┛

今世紀柄谷行人のその他の著作に、帝国の構造(2014)、遊動論(2014)ほか。
世界史の構造2010から2015への際には今回ほど大きな改稿はないが、あえて挙げるならヘンスラー、アジールの追記がある。


本書に話を戻すと、
マルクスとフロイトを合わせた認識が普遍宗教の検証において墨子、トマス・モア、エンゲルス、ブロッホの再評価を伴う。
(ただし柄谷はブロッホは交換様式に気づいておらずその一歩手前にいると考えている。ブロッホはマルクス主義を延命させたが、柄谷はマルクス個人を延命させている。柄谷はマルクス主義という共同体に見切りをつけているのだ。)

本書は読者が交換様式について理解しているのを前提としているが、本書全体を貫くのは交換様式Dに導きたいという人類愛と言ってもいい倫理的使命感なので、そこにブレはなく一気に読める。

以下個人的感想など。

柄谷の交換様式論は自由と平等のパラメータが交差し四つの象限(ネーション・国家・資本・X)をつくるというもので、これはカントのカテゴリー(質・量・関係・様相)とフラクタルな関係を持つと思うがそれは同時にマルクスの脱ヘーゲルの際の思考様式でもある(柄谷行人の言う力はカントの言うアンチノミーのようである。望まないがやってくる。得られないが手を伸ばさざるを得ない。物神が資本に対応するようにそうした力はアンチノミーのようにカテゴリーごとに様相を変える)。

Aマナ/霊/欲動/フェティシズム
Bリヴァイアサン
C物神
Dアジール/アソシエーション/超自我(A)/ユートピア的意志/普遍宗教/社会主義

マルクスはヘーゲルではなく柄谷行人が言うようにカントの弟子なのだ(『「力と交換様式」を読む 』文春新書70頁**~ちなみにマルクスは若い頃カントの法学を勉強していた)。
Xはカントの用語では統整的理念でもあるが構成的理念から否定神学的に明確化されるというのが柄谷の発見だ。否定神学を批判哲学と言い換えることもできる。
第三部のプルードン関連がもっと加筆されるべきだが、そうしないのはマルクスの思考様式を踏まえていることの現れだろう。
数学を選んだワルラスに対しマルクスの物神は信用主義を内包するというのが柄谷の主張だろうがプルードン(第四部での記述は単行本版より減っている)を中心に据えた方がわかりやすいのではないかと思う。
(エンゲルスのミュンツアー再評価は武力革命信仰を加速させただけだ。『世界史の構造』で引用されたプルードンの手紙が重要。)

プルードンの交換銀行の試みが示すのは信用主義こそが物神を内包する現実であり、それは国家として考えれば総資本を意味する。総資本(292,3:1脚注)はプルードンの用語では集合力となるだろう。集合力は相対的剰余価値とマルクスが命名したものだが相対的という分析志向からくる命名が本来本質的なものを二次的なものだと誤解させてしまった…と自分は考える。
本書はマルクス主義を否定しマルクスを延命するものだが来るべき交換様式Dにマルクスは必要ないと思う。むしろスピノザにマルクスは内包される。
要約すると、経済学史的には金属主義は信用主義***に内包され、哲学的にはマルクスはスピノザに内包される。本書にスピノザへの言及はないが、本書を貫くのはスピノザ的思考だ。

(信用主義は柄谷行人の言葉を借りて「交換(様式)」主義と言ってもいい。
観念論と唯物論の間の齟齬の検討も交換(様式)主義である。
バブルの拡大だけが信用主義ではない。バブルの着地こそが信用主義なのだ。
交換主義はヒュームの原理****と同じだ。)

スピノザ体系なら物神と唯物論はセットで思惟と延長に位置付けられるだろう。
神と自然(汎神論として同一視されるがニュアンス的には思惟と延長)も内在的だが、それらは見方次第で外在的にも見えるのは不思議ではない。
批判哲学はスピノザ哲学と結論Xを共有し得る。
脚注に的確に書名が出てくる柄谷の過去の著作(世界共和国へ、世界史の構造、帝国の構造~0:0注冒頭、哲学の起源~0:0:⑤,2:2、遊動論~1:1、歴史と反復~1:4,4:2、トランスクリティーク~3:1、憲法の無意識~あとがき)を読み直したくなる。


ヴェーバーやマルクス、デュルケムよりゾンバルトが再評価されるべきだ。
歴史学派周辺の方が信用貨幣についての理解が正しい。歴史学派周辺でもヴェーバーは少し偏っている。ゾンバルト『ユダヤ人と経済生活』を読んではじめてバランスが保てる。
リストなど歴史学派周辺は信用貨幣論的に近年再評価されている。
柄谷行人は『反デューリング論』を評価していない分意味合いは薄れるが、リービッヒ受容などのトピックを含め、デューリングとエンゲルスの関係も再検討する必要がある。
エンゲルスはリスト、デューリングなど自分が批判した人間に多くを負っている。

**
《…実は、私はカントのことはずいぶん長い間忘れていたんですが、最近あらためてカントのことを考えるようになった。とくにカントが晩年に語った「自然」についてです。カントは、『永遠平和のために』のなかで、社会の歴史を「自然の隠微な計画」として見ました。つまり、そこに、人間でも神でもない何かの働きを見出したんです。「自然」は、ヘーゲルの「精神」のようなものではないし、「神」の言い換えでもないと思います。明らかに物理的な意味での自然ですから。だけど、「自然の隠微な計画」は、単なる唯物論でもないわけです。私が考えた交換様式も同じなんじゃないかと思ったんですね。神が出てくるのではなく、交換様式Dが出てくる。Dは「自然」なんですよ。うまく説明できませんけど、カントは「神」という言葉をみだりに使わなかったわけです。「統整的理念」にもそういう謎めいたところがあるけれど、自分がやっていることはカントに近いということを、今度の本を書き終える段階であらためて思いました。マルクスは『資本論』で、ヘーゲルの弟子と名乗ったけど、違いますね。カントの弟子ですよ。》
(文春新書70頁。定本322頁3:2:②参照) 

(邦訳マルクス全集40所収の1837年11月の父への手紙にカント法学を勉強して間違えたとある。学生時代、マルクスはカント哲学と近かった。)

***
(以下は本書1:0:⑤*62頁の《国家の介入を斥ける「自由主義」を唱え》たとされるスミスについての記述に関連する。スミスが《金銀貨幣を特別視する考えを否定した》のは正しいが…。ちなみに『世界史の構造』2:1:⑥*126頁のウェーバーの官僚制の記述、3:2:③*303頁のケインズの有効需要の話とも関係する。信用の問題は『トランスクリティーク』24頁及び2:2:⑤*331頁などで主要な課題として問い続けられている。本書1:2:②*154~155頁の貨幣と国家の関係についても誤解を生む記述になっている。「国家の保証」が必要というより「国家が税に採用する保証」が必要であると正確に言わねばならない。)

柄谷行人は以前カントの以下の言葉を引用していた。
トラクリ2:2:④文庫版328頁より

 《…だが、最初には物品であったものが最後には貨幣となったということは、いかにして可能であるか? [中略]偉大にして権力ある浪費者が、すなわち国君が、自分の臣民たちから(物品としての)この材料で貢租を徴集し、そしてまた、この材料の調達に費やす勤労がそのことによって刺激されるべき者たちに、(市場あるいは取引所における)彼らのあいだの、また彼らとの取引関係一般の諸規定に従って、まさに同じ材料で支払う場合が、そうである。──そういうことによってのみ(私の意見によれば)或る物品が臣民たち相互間における勤労の取引関係の、かくしてまた国富の取引関係の法定の手段、すなわち貨幣となりえたのである。 
(『人倫の形而上学』第一部、吉澤傳三郎・尾田幸雄訳、「全集」第一一巻、理想社)[139頁。岩波全集版11では123頁。]》

このようにカントはスミスの貨幣国定説、租税貨幣論を受け継いでいるが、柄谷はこのカントの言葉を(その前段のみを取り上げて)労働価値説を受け継いでいると要約する。

《経済学に関して、カント自身はアダム・スミスの「労働価値説」に立っていた。カントにとって、貨幣は謎ではなかったし、崇高でもなかった。》トラクリ327頁

これは意図的な誤読である(柄谷は金兌換停止について国家が金流出を避ける目的でおこなうのだから世界は金本位制を今も脱していないと主張する。無論柄谷は450頁の注で石貨に言及するなど信用取引も熟知している)。

明らかにカントはスミスの以下の認識を受け継いでいる(スミスの名前も上述の引用箇所のすぐ後で出てきた)。

《ある君主が、かれの税の一定部分は一定の種類の紙幣で支はらわれなければならないという、法令をだすとすれば、かれはそうすることによって、この紙幣に一定の価値をあたえうるであろう。》
アダム・スミス『国富論』2:2最終部 世界の大思想上

スミス=カントは労働価値説を前提に含むが大枠では貨幣国定説である。
フィヒテの表券主義からは金属主義に見えるが、カントの租税貨幣論は一般常識的範囲ではあっても現代貨幣理論と大枠で齟齬はない。

とはいえ、LETSへの言及など柄谷行人が信用貨幣を軽視しているわけではない。

柄谷行人の言う交換様式Bと交換様式Cの違いはマネタリーベースとマネーストックの違いに対応する。
イングランド銀行創設における大和解は交換様式B内におけるB'C'の結合に過ぎない。

柄谷交換様式論は信用貨幣論の理解を決定的にする最後の一撃なのだ。
また、マルクスが資本論3:35:2で旧教と新教に分けたのは逆だ。
重金主義より信用主義の方が古いのだから。
新教がユダヤ教のリバイバルというハイネの意見は正しい。



****
論理主義の代表フレーゲに「ヒュームの原理」(略称HP)というものがある(命名はジュージ・ブーロス『フレーゲ哲学の最新像』)。数を認識する時、一対一対応が最も確実で、幾何学等の延長は不確実になるというもの。
「ヒュームの原理」は、フレーゲの『算術の基礎』(§63、著作集2勁草書房122頁)において、デイヴィッド・ヒュームの『人間本性論』第1巻第3部第一節からの引用というかたちで言及されているという。「例えば、二つの数を集成する各々の単位がそれぞれ常に相応するとき、我々は二つの数が等しいと宣言する。」(岩波文庫人性論1p123)。

 。。。。

NAM時代、会費の一部を地域通貨払いでという計画がなかなか実行されなかった。
信用貨幣の重要性を認識していなかったことと対応していると思う。
NAMのネットワークが地域通貨の価値を保証していたが、途中から地域通貨だけの運動になった。
そこに高知は高知だけで盛り上がっているなどという話が伝わってきたりした。

アジール,(文庫版,208^522) ,/★160*178  ( →ヘンスラー)


リスト 政治経済学の国民的体系  1841
https://freeassociations2020.blogspot.com/2026/04/1841.html 


https://www.blogger.com/blog/post/edit/102781832752441205/477934891696227781

グローバル恐慌の真相 (集英社新書) 新書 – 2011/12/16 

#4

▼ネイションを主体としたリストの保護主義

中野 『政治経済学の国民的体系』のなかで、リストは、ネイション(国民)とステイト(国家)の概念を明確に区別しています。彼は自分の理論をステイトではなく、ネイション、あるいはネイション・ステイト(国民国家)の政治経済学と位置づけているんですよね。

柴山 経済学者は、そこを区別しないで語ることが多いですね。

中野 そうなんです。でもネイションとステイトは別なんですよ。ステイトが政治的、法的な制度を指すのに対して、ネイションは、人々の集団であり、彼らの間の社会的、文化的、あるいは心理的な紐帯のことを意味するんですね。だから、リストは、自身の理論を「国民経済学」(ナショナル・エコノミー)と呼んで、国家の経済学とは異なるものだと明言したんです。


ところが、リストの経済学はよく重商主義と混同されて、重商主義と経済ナショナリズムは同一視されてきたんですよね。しかし、これはまったく違うものなのです。リストの政治経済学における主眼は、利益でも効用でもなく、国民が共有する「文化」なんです。さらにいえば、物質的要素と文化的要素は、相互に関連し、ともに発展できると彼は考えていたんですね。★★


★★フィヒテについても同じことが言える。

遅れた国は国家主義をとらざるを得ない。ドイツ歴史学派の特徴だ。スコットランドの場合も同じだがドイツ以上にユダヤ人からの影響があり得る。

以下柄谷行人の指摘。

…こうしてドイツ国民は、共通の言語と思考様式をつうじて申し分なく結合し、他の諸民族から十分に確然と区別され、系統を異にする種族を分かつ塁壁としてヨーロッパの中央に存在しながら、他国からのあらゆる襲撃に対して自らの国境を防衛しうるだけの人口と勇気を保持しつつ暮らしていたのです(8)。  


(8) フィヒテ「ドイツ国民に告ぐ」第一三講演、細見和之・上野成利訳、ルナンほか『国民とは何か』インスクリプト、一四九─一五〇頁。 


 フィヒテは、ここでネーションを国家から区別している。国家が国境をもつのに対して、ネーションは「内的な国境」をもつ。そして、「内的な国境」が現実化されたとき、真に理性的な国家が確立されるのである。しかし、内的国境としての言語において、すでに理性的なものが感性化=美学化されていることは明らかである。逆にいえば、感性的なものが精神化されている。たとえば、言語(文学)を通して、山や川がナショナルな風景として美学化されるのである。

柄谷行人『世界史の構造』3:3:⑤


https://x.com/yojisekimoto/status/2043284728690975140?s=61

“The true meaning of Marx’s work is that he regrets that I have thought just as he did, and that I said it before he did.
It is entirely up to the reader to believe that it is Marx who, after reading me, regrets thinking as I do! What a man!” Proudhon

<17>138/125
(しかし、人間を彼ら自身の歴史の俳優兼作者として表現するやいなや、)
   「 Voila donc que j'ai le malheur de penser encore comme vous!
Ai-je jamais prétendu que les PRINCIPES sont autres choses que la représentation intellectuelle,non la cause génératrice des faits?
    Votre cinquième observation est une imputation calomnieuse.
    Le veritable sens de l'ouvrage de Marx,C'est qu'il a regret quepartout j'aie pense comme lui,et que je l'aie dit avant lui.
Il ne tient qu'au lecteur de croire que c'est Marx qui,apres m'avoir lu,a regret de penser comme moi! Quel homme!
   (そう、あなたのように考えるならそれは私の不幸だというものだ。
私は原理が、事実から生起していない知的な表象だと言っただろうか?
あなたの第5の考察は名誉を毀損するものだ。…マルクスの著作の本当の意味は、とりわけわたしがかれと同じように考え、そしてかれよりも前にわたしがそのことを言ったことを残念がっているところにあるのだ。いやはや何という男だ!)」
ーー
資本論
3:5:35:2
《第三五章 貴金属と為替相場〔612〕

第二節 為替相場(末尾)

重金主義(モネタールジステール)は本質的に旧教的であって、信用主義(クレディッ
トジステール)は本質的に新教的である。「スコットランド人は金貨をきらう。」
(The Scotch hate gold.)紙幣としては、諸商品の貨幣定在はただ社会的な定在で
ある。救済するものは信仰である。諸商品の内在的精霊としての貨幣価値を信仰
すること、生産様式とその予定秩序とを信仰すること、自己じしんを増殖する
資本の単なる人格化としての、生産の個々の代理者を信仰すること。だが、新教が
旧教の基礎から解放されていないように、信用主義は重金主義の基礎から解放され
ていない。》河出書房新社世界の大思想

熊野資本論の思考712頁参照

ケインズの脱金本位制案も金の流出を防ぐためのものだ。マルクスは ケインズに先行している。


ただし計算貨幣を4000年の歴史あるものとケインズは見る


信用主義は呪術、もしくは宗教の起源に位置付けられ得る



 
岩波文庫7

経済原論=74
資本論3:35:2

重金主義[モネタルジュステム]は本質的にカトリック的であり、信用主義は本質的にプロテスタント的である。「スコットランド人は金をう The Scotch hate gold.」。紙券としては、諸商品が貨幣として存在することは、一つの単に社会的な存在[ダーザイン]である。聖列に加わらしめるものは、信仰である。商品の内在的霊魂としての貨幣価値にたいする信仰、生産様式とその予定秩序とにたいする信仰、自己自身を価値増殖する資本の単なる人格化としての、個々の生産担当者にたいする信仰。しかし、プロテスタント教がカトリック教の基礎から解放されないように、信用主義は、重金主義の基礎から解放されない。


 

 あらためていうと、物神とは、人と人の「交換」において生じる、霊的な「力」である。実はマルクスは、『資本論』第一巻で物神について述べた後、二度とその言葉を使わなかった。しかし、事実上、さまざまな形で、霊的な力を見ようとしたのである。たとえば、彼はそれを「信用」に見いだした。信用とは、契約・取引と決済との間に時間的乖離があるときに不可欠となる、当事者間の信頼である。だが、それはたんなる信頼ではなく、人を強いる観念的な力であり、その意味で物神的である。


 しかし、人々は信用を物神的(フェティシズム)だとは思わない。金銀を崇め求めることならば、物神崇拝とも見えるだろうが、紙幣や電子マネーを崇め求めることは、合理的だと思われるように。しかし、マルクスによれば、信用主義は、「商品の内在的精霊としての貨幣価値にたいする信仰(7)」に他ならない。ゆえに信用は、物神(「商品の内在的精霊」)の否定ではなくて、その変形にすぎない。

 したがって、信用主義の拡張とともに、人々は物神から解放されたわけではない。その逆である。その証拠に、信用恐慌において、人々は突如、金属貨幣を追い求めることになる。ゆえにマルクスはいう。恐慌時には、何としても支払手段を確保しようという「信用主義から重金主義への急転回」が不可避である、と(8)。要するに、物神が消え去ることはない。

(7) 『資本論』第三巻 第五篇 第三五章、『全集25b』、七六五頁 
(8) 『資本論』第三巻 第五篇 第三三章、『全集25b』、六八九頁

チカコー3:1:④*307



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