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和田平助鉄砲斬り
水戸黄門こと徳川光圀の家来である和田平助。優れた剣の腕をもっていたことから、同僚の英平太夫に嫉妬され、危ない勝負を申し込まれ…
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#講談 #水戸黄門 和田平助鉄砲斬り - 普徳亭大崇の小説 - pixiv
江戸時代の初め頃、常陸の国は水戸、今の茨城県ですが、水戸藩の2代目藩主、水戸黄門で有名な徳川光圀公。この光圀公には、数多の家来が居りましたが、その中に和田平助正勝という侍が居りました。この和田平助という人は新田宮流という剣術の流派を起こしたという剣術の先生でございます。水戸藩の剣術指南役で、城下に道場を構え数多の門弟を抱えておりました。また、この方はどういうわけか、亡くなってから遊女、水商売の方々にえらく人気が出たようで。というのもこの方のお墓は水戸にございますが、弟子の一人が江戸で道場を開いておりまして、師匠の訃報を聞きまして供養のためにと江戸にもお墓をつくりました。ところが、場所がよくありませんでした。谷中、今ですと山手線の日暮里駅近くでございますが、昔はこの近くにかの有名な花街、𠮷原がございました。𠮷原の花魁が谷中を通りかかりました時この平助のお墓を見まして、「ねえ、お松姉さん。」「どうしたのお竹さん?」「あのお墓見て頂戴よ。」「どれ?」「和田平助のお墓よ。」「平助のお墓がどうかしたの?」「和田平助って文字、下から読むと『すけべえだわ』って読めない。」「まあ本当だわ!『すけべえだわ』なんて、何だか私達と縁がありそうなお名前ね。」「そうね。折角だからお参りしていきません?」「そうねそうしましょう。」ということがあったかは分かりませんが、遊女、水商売の方々に篤く信仰されたようです。そんな和田平助、優れた剣術指南役として光圀公に気に入られており、また、自身の腕を自慢するようなこともなく、誰にも優しく振る舞いましたので、同僚からも一目置かれておりました。
出る杭は打たれるとは世の習い。同じ水戸藩士に英平太夫というものがございましたが、こいつがとにかく平助を嫌っておりまして、要するに嫉妬でございます。「どいつもこいつも平助平助と…なんとかして奴の鼻をあかしてやりたいものよ。」と思っておりましたが。ある時、平太夫悪い考えを思いつきまして、主君光圀公に平助との御前試合を申し込みました。剣の達人とまともに試合をしても勝てませんからちょっと変わった勝負を提案した。座敷で勝負をしようというもの。カヤノキの碁盤の上に平太夫が手を置き、平助がそれに短刀を振り下ろすというもの。これで、手に傷がついたかつかなかったかで勝敗を決めようというもの。光圀公、なかなか面白いことだと思われましてこれを許可いたしました。また、平助も断る理由がございませんからこれを受けることにいたしました。
定刻になりますと大広間の真ん中に碁盤が据えられ、上座の一段高いところに光圀公がお座りになりまして、左右に水戸家重臣が綺羅星のごとくあい並んでおります。下座には、平助平太夫の同僚が勝負を見届けようと集まっております。平助平太夫、たすき十字にあやなして、目のつるような鉢巻きをなし、袴の股立ち高くとって光圀公に挨拶しました。平太夫が碁盤の上に手を「エイッ」とのせ、平助が短刀の鞘はらって高々と掲げ「ヤッ」と構えます。この時、光圀公の顔色が変わりました。「しまった!名人を傷ものにしてしまった。」と申しますのも、短刀というのは鍔がございません。下が硬いカヤノキですから、これに刃が当たりますと、振り下ろした勢いで手が滑って、4本の指が切れてしまう。いかに名人と言えども指を切られてはたまりません。平太夫、平助を使い物にならなくして、自分が名人になろうという卑怯な魂胆。これに気づきました光圀公、止めようと思いましたが、もう間に合わない。「エイッ」「ヤッ」と同時に声がかかる。一人でやってますので、ズレてますがね、同時だと思ってください。これで、平助指を切られてしまったんじゃあ講談にならない。刃が平太夫の手に触れる寸前、目にもとまらぬ速さでくるりと手首を返し、柄の方でもって手の甲を押さえた。しかもこれ、平助自分の指が切れると思ったからじゃない。平太夫の手に傷をつけては可哀そうと思ったためでした。平太夫一瞬のことでしたから、手に短刀が刺さったと思い思わず「参った!」と声をあげる。平助は悠々と短刀を鞘に納め、平太夫ははあはあと息を切らしている。勝負は誰の目にも明らかでございます。光圀公、平助無事なのを見て一安心。「天晴れ平助誉めてとらすぞ。これ平太夫見苦しい。下がらっしゃい。」
さあ平助、主君から誉められ奸計を破ったというので、同僚達から酒肴の接待。「平助殿見事でござったぞ。早すぎて、本当に平太夫の手を刺したかと思ったわい。」「それにしても平太夫の顔ときたら。くだらないことで辱めようとするから罰が当たったんだろうよ。さあ、平助殿、身共の盃も受けてくだされ。」蜂の巣つついたみたいにあっちからもこっちからもさされて、べろんべろんに酔ってしまった。
「夜も更けたゆえ帰るといたす。」「今宵は遅いゆえ泊まってゆかれては?」「いやなに、家の者が心配するでな。いや、提灯は要らぬ。通いなれた道じゃ。ではさらばじゃ。」平助一人夜道を歩いて行く。一歩が高ければまた一歩が低い、波間に遊ぶ千鳥足。林に差し掛かってまいりますと、木の根につまずいたか、平助前へバッタリと倒れる。否これ倒れたにあらず、殺気を感じ身を伏せたのでございます。途端に轟く一発の銃声。頭上をかすめて飛んでいく鉛玉。がばと跳ね起きました平助「おのれ卑怯未練なやつ!ただでは済まさん!」と弾の飛び来た方向へたたたっと走ってゆく。茂みの中で今しも怪しい人影が2発目を打とうと弾を込めておりましたから、平助一刀抜きはらい「デイッ」と切り伏せた。確かな手ごたえ。「おお、流石名刀大村弾正座衛門、良く斬れるわい。」血を拭ってパチリと鞘に納める。また元の道をよろよろと帰ってゆく。
「奥や、今戻ったぞ。」「あなたお帰りなさいまし。まあ、あなた!」と奥さんが驚いたのも無理はない。全身血みどろ血まみれ。人一人斬っておりますからな。「あなた一体どうしたんですか?」奥さんが訊ねますが、当の本人は玄関先で雷のようないびきをかいて寝てしまった。急いで、居間に運びまして布団に寝かせ体を調べましたが、何処にも傷はない。ということは、誰かを斬った返り血、誰を斬ったか聞こうにも、平助寝ておりますからどうしようもない。
烏カァで夜が明ける。「あなた、おはようございます。」「おお奥か。昨日は酩酊して迷惑をかけたな。」「それはよろしゅうございますが、あの…お着物に血がついておりましたが…」「ああ、それはな、かくかくしかじか…」と一部始終をお話しになりまして、誰を斬ったか弟子2人に見に行かせました。弟子達が押っ取り刀で駆けつけてみますと、虚空を掴んでこと切れている一人の男。「こいつか、昨日先生が斬ったのは。しかしどこかで見たような顔だな。」「こいつはあれだ、英平太夫だ。」「そうか昼間、先生との勝負に負けたからその腹いせに、闇討ちしようとして返り討ちにあったのか。」ふとわきを見ますとね。真っ二つになった火縄銃がある。「これはどういうことだ。」「きっと先生の刀を火縄銃で受けようとしたんだろうよ。」「そうかそれで鉄砲ぐるみ真っ二つにされたわけか。」「そうさ、先生の刀を鉄砲で受けようなんて無茶なことをするもんだ。」「鉄砲で無茶する…無鉄砲だ。」これが語源になったとかならなかったとか。
侍とて人を殺せば罪となりますが、ことがことだけに平助はお咎めなし。その後も優れた剣術家として水戸家に仕えました。この平助には、庄次郎という息子がおりましたが、これがまた父に勝るとも劣らない剣の名人でございまして。この和田庄次郎が活躍しますのが、お馴染み三家三勇士というお話しになりますが、今回はここで止めおく次第でございます。和田平助鉄砲斬りの一席、読み終わりといたします。