2022年8月9日火曜日

長崎原爆は広島原爆とは違う - 円ジョイ師匠とセタッシーの時事ネタ

長崎原爆は広島原爆とは違う - 円ジョイ師匠とセタッシーの時事ネタ

長崎原爆は広島原爆とは違う

長崎原爆の日である。
ヒロシマ&ナガサキと合せて言われ、広島の原爆投下のが多く語られる。私も長崎には何回か観光で行ったが、原爆関係の資料館や被曝施設などに行ったことはない。広島では原爆ドームはじめ平和資料館や追悼施設には必ず行くのに…

米軍の原爆投下経緯や原爆の種類も広島と長崎の歴史も大きく違うので、一緒くたしない非核、非戦アピールをトニー志茂は考えてみた。

そもそも長崎は世界に開かれた場所で外国人やキリスト教徒が多い江戸鎖国時代も出島がありキリスト教会がある。

キリスト教迫害を乗り越え
信仰の自由を得た浦上の信徒らは、1914年、約30年の歳月を費やし、東洋一のロマネスク様式の名建築とも評された浦上天主堂を建立する。



原爆は浦上地区の中央で爆発し、この地区を壊滅させた。爆心地である浦上地区は長崎市中心部から3kmと離れていること、金比羅山など多くの山による遮蔽があり、遮蔽の利かなかった湾岸地域を除いて被害は軽微であり、広島市の場合と異なり県や市の行政機能は全滅を免れている浦上地区の被爆の惨状は広島市と同じく悲惨な物であった。

浦上教会(ゆるしの秘跡)を行っていたが、司祭の西田三郎・玉屋房吉を初め、数十名の信者は爆発に伴う熱線あるいは崩れてきた瓦礫の下敷きになり全員が即死、長崎医科大学でも大勢の入院・通院患者や職員が犠牲となった。

長崎市内には捕虜を収容する施設もあり、連合軍兵士(主に英軍・蘭軍兵士)の死傷者も大勢出たと言われている。

広島に投下されたリトルボーイ(ウラン型)と長崎に投下されたファットマン(プルトニウム型)は名前の通り、子供と巨大デブ男ぐらい爆発力に差がある。

明らかに軍需基地がある小倉を標的にしてたのに天候や爆撃機の燃料事情により長崎にアドリブで投下したのではないか? 広島もそうだが、原爆投下は日本政府の降伏を迫るためでなく戦争人体実験のためとソ連軍参戦の警告脅しの原爆投下である。

これは日本人を人間と思わず、米国に逆らう犯罪カルト国家としての差別があったと思う。 

本来の小倉に原爆投下されていたなら被害は広島原爆の何倍にもなっていただろう。

そこで広島原爆の日とは違う長崎原爆の日のアピールをしてみよう。

特に世界のキリスト教徒に大きな非核アピールが出きるのではないか?
同じキリスト教徒や仲間の米軍捕虜を虐殺してしまった長崎原爆の罪をアピールする事で原爆投下の正当性を無くし
キリスト教徒の感情に訴える活動である。

広島は世界の人種、宗教、国籍に関わらず非核、非戦を積極的に世界に広げ、長崎は原爆投下国アメリカやキリスト教徒をメインにした戦争反対!をアピールしてみて広島との違いで宗教戦争の悲惨さをも訴えて欲しい。

キリスト教国だけでなくイスラム教国の核武装が取りざたされる昨今、宗教者に特化した平和を長崎から、もっと積極的にアピールしてもらいたい。どんどん原爆のリアルが風化してる。原爆ドームのような象徴も少ない長崎原爆は被曝したマリア像や教会が日本人以上に海外にインパクト与えているのだから

アーメン

尚、
ローマ・カトリック教会のフランシスコ法王は9日、日曜日恒例の「正午の祈り」の中で広島・長崎の被爆70年について、人類が科学技術を誤って使った結果引き起こされたとして、「戦争を拒絶し、核兵器や大量破壊兵器を廃絶するように、との人類への警告だ」と核廃絶を訴えた。

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