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NHKオンデマンド | 鎌倉殿の13人 (29)「ままならぬ玉」
証文を破る泰時
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14
吾妻鏡 第17
[1201年9月]
二十二日、己巳。曇り。 また蹴鞠会が行われた。 人員は前回と同じ。今日は人々が多く見証に控えた。
その中で江馬太郎殿 〔(北条泰時〕が秘かに中野五郎能成に話された。 「蹴鞠は幽玄の芸能なので、 賞玩
されるのは強く願うところです。 ただし去る八月に大風で鶴岡八幡宮の門が倒壊し、国は飢饉に愁
えています。この時に頼家は) わざわざ京都から放遊の者を招かれました。そして去る二十日に変異
が起きたのは、尋常な事ではありません。(頼家は) たいそう驚かれ、司天らに尋ねられました。異変
でないならば、このような御処置に及ぶでしょうか。 また幕下(源頼朝)が御存命中の建久年間に、百
日の間、毎日浜遊びなさろうと堅く定められたところ、天変が出現したと(安倍)資元朝臣が報告して
きたので、御慎みから、そのことをやめられ、世の中の平穏を願う御祈禱を始められました。(それ
に比べて今の成り行きはどうでしょう。 あなたは(頼家に親しく仕えている人です。 事のついでにど
うして諫言申し上げないのでしょうか」。 能成は感心した様子であったけれども、何も言えなかった
という。
16
[1201年10月]
六日、癸未。江馬太郎殿(北条泰時)が昨日、伊豆国の北条に到着された。この地では去年、少しばか
り農作物が被害を受けたので、この春には庶民らの食料が乏しく、全く耕作の見通しが立たなかった
ので、数十人が連署状を提出し、 出挙米五十石を賜った。そこで返済の時期が今年の秋であったとこ
ろ、先月の大風の後に国郡の穀物が大いに被害を受け、飢えに堪えられない者たちは今にも餓死しよ
うとしていたため、 出挙の米で負債を抱えている者たちが、すでに譴責を恐れて逐電の意思を抱いて
いると、(泰時は)聞き及ばれたので、民の憂いを救うため、鞭を振り上げ急行されたのである。今日、
その数十人の債務者を呼び集められ、その目の前で証文を焼き捨てられた。 豊作になったとしても追
及して返済を求めることはないと、(泰時は)直接によくよく命じられた。それだけでなく食事や酒、
また一人当たり一斗の米を賜った。 それぞれあるいは喜び、あるいは涙を流して退出した。みな手を
合わせて(泰時のご子孫の繁栄を願ったという。食事や酒などは、あらかじめ沙汰人に用意させてい
たのである。
吾妻鏡 第17
五味、本郷⑦2009
全十六巻の内容
1頼朝の挙兵
2 平氏滅亡
3 幕府と朝廷
4 奥州合戦
5 征夷大将軍
6 富士の巻狩
7 頼家と実朝
8 承久の乱
9 執権政治
10 御成敗式目
1 将軍と執権
1 宝治合戦
13 親王将軍
14 得宗時頼
15 飢饉と新制
16 将軍追放
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長又論稿
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