2021年9月26日日曜日

「菅退陣」に追い込んだ厚労省「医系技官」/医療ガバナンス研究所 上昌広:FACTA ONLINE

「菅退陣」に追い込んだ厚労省「医系技官」/医療ガバナンス研究所 上昌広:FACTA ONLINE

「菅退陣」に追い込んだ厚労省「医系技官」/医療ガバナンス研究所 上昌広

「医系技官の牙城」厚生労働省(東京・霞が関)

9月3日、菅義偉首相が退陣を表明した。マスコミは「コロナ禍迷走一年」(読売新聞9月4日)と対応を批判し、その理由として「専門家の懸念や閣僚の進言を無視」し「トップダウンを多用」(いずれも朝日新聞、同日)したことを挙げる。

筆者は、このような論調に違和感を覚える。厚労省でコロナ対応を仕切る医系技官や新型コロナ感染症対策分科会の尾身茂氏などの専門家の対応を見れば、菅総理ならずとも不安になる。なぜ、総理は専門家の声に耳を傾けなかったのか――。この点を十分に論議しなければ、菅首相退陣の真相は見えてこない。

「日本人であることが嫌になった」

尾身茂理事長

私は、菅総理が専門家の声に耳を傾けなかったのは、彼らを信頼していなかったからだと考えている。9月5日のパラリンピック閉会式で映し出されたパリ市民はマスクなしで、大はしゃぎだった。

なぜ、感染者数が約2倍(人口比)、死者数が3.6倍のフランスで制限が緩和され、日本では「ロックダウンみたいなことを法制化してくださいというようなことさえ議論してもらう」(尾身氏、8月5日)」や「(ワクチン接種が進んでも)会食制限・マスク今後も」(朝日新聞9月7日)となるのだろう。

日本の専門家は疑問符だらけだ。最大の問題は科学を軽視することだ。例えば、コロナ流行当初から、PCR検査を抑制し続けている。9月2日現在の人口1千人当たりの検査数は1.0件。主要先進7カ国で最下位だ。トップの英国(12.3件)とは比べものにならない。コロナは感染しても無症状の人が多く、彼らが周囲にうつすのだから、検査数は増やすべきだ。日本だけが、なぜか例外だ。

昨年8月まで、医系技官のトップとして、コロナ対応を仕切った鈴木康裕前医務技監は、「陽性と結果が出たからといって、本当に感染しているかを意味しない」とし、その理由として「死骸が残っていて、それに反応する」(毎日新聞、昨年10月24日)」こともあると説明し、擬陽性の頻度を、医療業界誌のインタビューで1%と仮定している。

これは、いつの時代の議論だろうか。ゲノム医学の進歩は急速だ。1990年に始まったヒトゲノムプロジェクトは、ヒト一人のゲノムを読み切るのに13年を要したが、今や数時間だ。コストは約3千億円から数万円まで低下した。この間、PCR検査などのテクノロジーも急速に進歩した。適切に条件設定すれば、人為的エラー以外に偽陽性はまず生じない。

世界は、最新技術をコロナ対応に適用している。7月、南京でデルタ株の感染者が確認されると、中国政府は約1800万人の住民に対し、1カ月の間に3回PCR検査を実施し、約1200人の感染者を確認した。感染者や接触者を隔離し、7月22日には感染者はゼロとなった。これが最新の科学だ。

中国はゲノム研究の領域で世界をリードする存在だ。深圳に本社をおくBGIグループは、世界最大のゲノム解析集団だ。昨年1月中国がコロナゲノムを解読した際には、同社の科学者が参加しており、流行開始から半年で世界180カ国に3500万セットの検査キットを販売した。日本のような議論はない。

このような状況を知ると、筆者は司馬遼太郎を思い出す。晩年、司馬はノモンハン事件を題材にした小説の執筆を考えていたが、取材を続ければ続けるほど「日本人であることが嫌になった」と断念した。日露戦争の成功体験に酔いしれ、組織や兵器を近代化することなく、無惨な肉弾戦で大敗した。その敗北を隠蔽し、精神論を振りかざし、挙げ句の果てが敗戦だ。私にはコロナ専門家と被って見える。中途半端な知識をひけらかし、検査を抑制した。コロナが蔓延するや、若者の行動や飲食店を槍玉に挙げ、人流抑制を求め、ロックダウンまで言い出した。

JCHO東京新宿メディカルセンター

軍幹部とコロナ専門家に共通するのは無責任だ。例えば、尾身氏は元医系技官で、独立行政法人地域医療機能推進機構(JCHO)の理事長を7年間務めている。JCHOは社会保険病院や厚生年金病院の後継機関だ。社会保険庁の年金不祥事の際に、一旦は民営化が決まったが、最終的に独法となった。公衆衛生危機に対応することが、設置根拠法で義務付けられ、発足時には土地・建物は無償で供与され、854億円の政府拠出金まで提供されている。法人住民税などは免税だ。

では、JCHOは、どの程度の患者を受け入れているのだろう。尾身氏は、「最大限やっている」と説明してきたが、実態は異なる。JCHOは、都内に5つの病院を有し、総病床数は1532床だ。このうちコロナ病床は158床で、全体の10.3%だ。8月6日現在の受け入れは111人でコロナ病床稼働率は70%、総病床の7.2%に過ぎない。組織の設立主旨(公衆衛生危機対応)を考えれば、全病床をコロナ病床に転換してもおかしくない。そうすれば、都内の病床不足の問題は、あらかた解決する。

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