2021年5月14日金曜日

量子消しゴム実験 - Physics Lab. 2021

量子消しゴム実験 - Physics Lab. 2021

光の粒子性、波動性

はじめに

量子力学の世界では、粒子性と波動性の二重性があります。光の粒子性、波動性については古くニュートンの時代から議論になっていました。波動性は光の干渉などを上手く説明し、一方で粒子性は反射などの現象を簡単に説明しました。光が粒子なのか、波動なのかという議論は、量子力学においては両方の性質を持つという形で終結します。これは光に限った話ではなく、すべての物質が粒子性と波動性を持つのです。本記事では光の「粒」、光子について話を進めていきます。

まず、光の二重スリット実験[1]を考えましょう。これは高校物理でもおなじみの実験かと思います。光は二重スリットを通って、背後にあるスクリーンに到達します。二つのスリットからスクリーンまでの光路差により、それぞれのスリットを通ってきた光の位相がずれ、スクリーン上で強め合ったり弱め合ったりして干渉縞を残します。

1
:二重スリット。位相差により強め合いや弱め合いが起こり干渉縞ができる。

次に、光子を一粒一粒撃ち出す装置(光子銃)を考えます。光子銃を二重スリットに向け、光子を撃ちます。一粒の光子を撃ち出したとき、この光子は二重スリットのどちらかを通りスクリーンに到達し、一点の痕を残します。次々に光子銃を撃つと、スクリーン上には痕が次々に残っていきます。これを十分多い回数繰り返すとスクリーン上にはどのような痕が残るでしょうか。実は、最初に考えた光の二重スリット実験のように、スクリーン上には濃淡のある痕が残ります。つまり、スクリーン上には光子が到達しやすい位置と到達しにくい位置というものが存在します。これは光子の波動性に起因する現象です。一粒の光子が波として二重スリットを通過し、自分自身と干渉を起こした結果このような干渉縞を起こします。

ところで、いま光子が二重スリットのどちらを通ってスクリーンに達したのかということは分かりません(観測していません)。それでは、どちらのスリットを通ってきたのかを観測したとき、スクリーン上の縞模様はどのようになるのでしょうか。実は、どちらのスリットを通ってきたかを観測すると、干渉縞は消えます。どちらのスリットを通ったかを観測することで光子は波動性を失い粒子としてふるまうようになり、結果として干渉は起こらなくなるのです。このように、波動性と粒子性はどちらかを確定させるともう一方の性質が失われるという性質(相補性)を持ちます。

最後に、二重スリットのどちらのスリットを通ってきたかを観測したうえで、スクリーンの手前で再びどちらの経路を通ってきたかを分からなくする操作を行うことにしましょう。すると、やはり干渉縞は復活します。このように、光子一粒一粒を撃ち込んでスクリーンに干渉縞が発生するのは、スクリーンまでの経路の情報が分からないときであると言えます。最後の実験で干渉縞が復活したのは、スクリーン手前で経路についての情報を消去(量子消去)したからです。

2
:光の粒子性と波動性

お手軽量子消しゴム実験

量子消去の実験を実際にやってみましょう。用意するのは、レーザーポインタ、シャーペンの芯、偏光板(特定の方向の成分の光のみを取り出す装置)だけ。しかし、ここで注意をしておきます。ここで述べる「お手軽量子消しゴム実験」は量子力学は必要なく、古典的な考え方で説明できてしまいます。したがって、純粋な量子力学の実験ではなく、あくまで「量子風」実験です。きちんと量子力学の実験をするのであれば光子一つ一つを用いる必要があり、そのためにはしっかりとした光学系を準備する必要があります。これはまったくもって「お手軽」ではなくなってしまいます。量子風実験で量子っぽさを少し感じてみましょう。

まず、レーザー光をシャーペンの芯に当ててスクリーンに当てます。スクリーン上の模様はどうなっているでしょうか。このとき、干渉が起こるのでスクリーン上には干渉縞ができます

3
:(左)レーザー光をシャーペンの芯に向けて照射している様子。

(右)レーザー光をシャーペンの芯に当てたときのスクリーン上の様子。干渉縞が確認できる。

次に、シャーペンの芯の両側に偏光板を右と左で向きが

90
度ずれるように貼り付けます。これで、針金の両側にそれぞれ
0
偏光の光と
90
偏光の光ができます。この装置に向かって針金部分に光が当たるようにレーザー光を当てると、スクリーン上の模様はどうなるでしょうか。このとき、シャーペンの芯の左右から出てくる光の振動方向は直交していて干渉を起こしません。したがって、スクリーン上には縞模様はできません

では、この後ろに

45
度傾けて偏光板を設置するとどうなるでしょうか。このとき、経路情報は消去され干渉縞が復活します。これが量子消去(風なもの)です。

4
:量子消去が起こらないときと起こるとき。スクリーン手前に
45
偏光板があるかないかで決まる。

5
:(左)量子消去をしない、つまりスクリーン手前に
45
偏光板がない場合。スクリーン上に干渉縞は見えない。

(右)量子消去をする、つまりスクリーン手前に

45
偏光板がある場合。スクリーン上に干渉縞が復活する。

説明

光の偏光成分の分解を考えます。上のお手軽量子消しゴム実験では、シャーペンの芯の右側と左側に

90
度ずらして偏光板を貼ったものを用いました。こうすることで、シャーペンの芯の両側にそれぞれ
0
偏光と
90
偏光が作ることができます。これら
0
偏光と
90
偏光は直交しているので、どちらの経路を通ってきたのか完全に区別することが可能です。ここで、図
6
を見ると分かる通り、
0
偏光と
90
偏光の光を
45
方向と
45
方向に分解すると、ともに
45
偏光成分を持つことが分かります。上の実験では、経路情報を消すために
45
偏光板を用いました。この偏光板は
45
偏光の光しか通しません。したがって、スクリーン手前に
45
偏光板を置くと、スクリーンに到達する光は
45
偏光のみとなり、スクリーン上で干渉縞が復活します。これは、
0
偏光と
90
偏光で完全に区別できていたものが区別できなくなった(経路情報が消えた)と言うことができます。

6
:緑色が
0
偏光、黄色が
90
偏光を表す。これらを
45,45
方向に分解することを考えると、ともに
45
方向に成分を持つことがわかる。

以上の説明は完全に古典論であり、量子力学の話ではありません。しかし、お手軽量子消しゴム実験の結果と量子力学の世界での結果は、(説明の方法が全く違いますが)同様なものです。このように、お手軽量子消しゴム実験は量子の世界を体感できる実験と言えます。

おわりに

ここで紹介した量子消しゴム実験[2]は、量子力学の世界における

1
粒子の問題でした。
2
粒子の場合を考え、量子消去に加え「遅延選択」という現象も含めた実験もあります。この実験やさらに量子情報(量子テレポーテーション)までを概説した記事を解説PDFとしてまとめましたので、興味のある方は是非こちらもあわせてご覧ください。[3]

参考文献

[1] 日経サイエンス編集部 (2008), 「別冊日経サイエンス161 不思議な量子をあやつる」, 東京:日経サイエンス

[2] 和田純夫 (2020), 「量子力学の解釈問題 多世界解釈を中心として (SGCライブラリ 161)」, 東京:サイエンス社


  1. 電子の二重スリット実験の動画もありますので、興味のある方はあわせてご覧ください。 ↩︎

  2. これは「お手軽」ではなく、きちんと量子的に行った量子消しゴム実験を指しています。 ↩︎

  3. 本記事中の図の画像の一部はいらすとやより引用しました。 ↩︎

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