2021年5月19日水曜日

2017/04 インカに「文字」?解読の有力な手掛かり発見か | ナショナルジオグラフィック日本版サイト

インカに「文字」?解読の有力な手掛かり発見か | ナショナルジオグラフィック日本版サイト
2017/04 インカに「文字」?解読の有力な手掛かり発見か | ナショナルジオグラフィック日本版サイト

インカに「文字」?解読の有力な手掛かり発見か

文字のなかったインカ帝国、手紙に使われたという「キープ」の謎に迫る

インカ帝国は高度に組織化されており、キープと呼ばれる装置によって食料の貯蔵量を記録していた。新たに発見されたより複雑なキープには、数以外のメッセージが含まれていた可能性がある。(PHOTOGRAPH COURTESY DALLAS MUSEUM OF ART)

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 ペルー、アンデス山脈の人里離れた村で、色とりどりのひもに結び目を付けた装置が発見された。インカ帝国で数を記録するために使われたとされる装置だが、この村のものからは、ほかの用途にも使われていたことが示唆されるという。(参考記事:「特集:インカ 気高き野望」

「キープ」と呼ばれるこの装置は、結び目の組み合わせによって数を表す仕組みで、トウモロコシや豆類といった食料の貯蔵量を記録するために使用されていた。さらに、一帯を植民地として支配していたスペインの文献によれば、歴史や伝記の記録、手紙にも使われていたと書かれているが、これまで数以外の情報が解読された例はなかった。

 しかし、今回新たに発見された2つのキープは、より複雑な構造をもち、多くの情報が記録されていたことを証明できる可能性があるという。この研究をまとめた論文は、4月19日付けの人類学の専門誌「Current Anthropology」誌に発表された。(参考記事:「古代人は「絵文字」を使っていた?」

板とひもで作られたより複雑な「キープボード」を調べる人類学者のサビーン・ハイランド氏。キープボードはアンデス高地に伝わる植民地時代の発明品だが、インカ帝国が育んできた技術が詰め込まれている。(PHOTOGRAPH BY CHRISTINE LEE, NATIONAL GEOGRAPHIC CREATIVE)

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「色とりどりのひもが複雑に組み合わせられていました」と説明するのは、英国スコットランド、セント・アンドルーズ大学の人類学教授であり、ナショナル ジオグラフィックの探検家でもあるサビーン・ハイランド氏だ。「14の色によって、95通りの組み合わせが可能です。95というのは、表記できる音節記号の範囲内に収まっています」

 音節あるいは単語によって、色と結び目の組み合わせが決まっていたのではないかと、ハイランド氏は分析している。

何世紀も前から伝わる秘密の記録

 ハイランド氏はアンデス山脈のサン・フアン・デ・コラタ村を訪れた。スペインの植民地時代から、何世代にもわたって大切に保管してきた2つのキープを調べてほしいと、村の長老たちに依頼されたためだ。ハイランド氏がその際に受けた説明では「村の首長たちがまとめた戦争の記録」とのことだった。

 2つのキープは木箱に収められ、最近まで、その存在は村の外には隠されていた。同じ箱には、17~18世紀に書かれた数十通の手紙も入っていた。そのほとんどは、村のリーダーたちとスペインの植民地政府との間で交わされた、土地の権利に関する正式な書簡だ。(参考記事:「400年前の書簡に失われた言語を発見」

 ハイランド氏によれば、スペインの年代記には、キープが手紙として届けられていたと書かれている。スペインと戦うインカ帝国が、秘密を守るためにキープで手紙を書いたことを示唆する証拠もあるという。(参考記事:「英国最古の書字板発掘、二千年前の「日常」伝える」

次ページ:「手紙であることが証明された初めてのキープ」

アンデス山脈の村サン・フアン・デ・コラタに保管されていたキープ。村の歴史に関する情報を含んでいる可能性がある。(PHOTOGRAPH BY SABINE HYLAND, NATIONAL GEOGRAPHIC CREATIVE)

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【動画】物語を伝える糸:インカ帝国時代のキープの発掘と調査。「最初は汚いスパゲティみたいでも、最後にはみなさん美しいと言ってくれます」と研究者。(解説は英語です)

「コラタ村のキープは、作者の子孫によって手紙であることが証明された初めてのキープである」と論文には書かれている。ハイランド氏によれば、そのキープは数を記録した普通のキープより大きく複雑だという。素材も通常は綿が主流だが、新たに発見されたものはビクーニャやアルパカ、グアナコ、リャマ、シカ、ビスカッチャといったアンデス山脈の動物たちの毛や繊維で作られている。(参考記事:「動物大図鑑 リャマ」

 動物の繊維は綿より染めやすく、色持ちも良いため、結び目と色で情報を記録、伝達するキープの素材として、より適している。(参考記事:「先史人類が着た衣服、服装の起源を探る」

 また、ハイランド氏はコラタ村の人々から、色や繊維の種類、さらにはひもを編む方向など、複数の要素によって情報を記録しているという説明を実際に受けた。そのため、キープを解読するには、見るだけでなく触れる必要がある。

 ハイランド氏が引用したあるスペインの年代記には、動物の繊維でできたキープは「色鮮やかで、ヨーロッパの書物と同じように歴史的な物語を記録することができる」とある。

キープの模様をコンピューターで解読

 コラタ村のキープは18世紀半ばのものと推測される。最初にスペインの入植者たちがやって来た1532年から200年以上も後のものだ。そこで1つの疑問が生じる。スペイン人の到来によってアルファベットを知ったことで、キープの構造がより複雑になったのだろうか? それとも、物語を伝えるキープは以前から存在し、コラタ村のキープと同じようなものだったのだろうか?(参考記事:「17世紀に沈没したスペイン商船、積荷ごと発見」

 米ハーバード大学の人類学者ゲイリー・アートン氏は「歴史的にとても興味深い発見ですが、年代を特定することが非常に重要です」と述べる。「今回の発見をそのまま過去に当てはめることができるかどうかは、やはり大きな謎です」

 アートン氏とペルーの考古学者アレハンドロ・チュー氏は数年前、キープの工房あるいはインカ帝国の記録保管庫だったと思われる場所で、キープの山を発見している。

 将来的には、キープの模様をコンピューターで解読できるようになるかもしれないと、アートン氏は話す。アートン氏をはじめとするハーバード大学のチームは「キープ・データベース(Khipu Database)」を構築し、500を超えるキープの画像や説明、比較を記録している。(参考記事:「21世紀中に解明されそうな古代ミステリー7つ」

 最盛期のインカ帝国では、何千、何十万ものキープが作られていた可能性がある。しかし、自然劣化やヨーロッパからの入植によって大部分が失われたのではないかと考古学者たちは考えている。現時点で存在が確認されているキープは1000にも満たない。

 ハイランド氏は7月にペルーを訪れ、研究を再開する予定だ。2016年夏、現地調査の最終日、氏は1人の年老いた女性と出会った。女性は子供のころキープを使ったことがあると話した。しかし、質問をする前に、女性は家畜の世話をするため、立ち去ってしまった。

 自分の目標は歴史の謎を解くことだけではない。「ネイティブアメリカンたちの知性の証しである驚くべき偉業」を明らかにしたい、とハイランド氏は語った。


インカに「文字」?解読の有力な手掛かり発見か

文字のなかったインカ帝国、手紙に使われたという「キープ」の謎に迫る

【動画】物語を伝える糸:インカ帝国時代のキープの発掘と調査。「最初は汚いスパゲティみたいでも、最後にはみなさん美しいと言ってくれます」と研究者。(解説は英語です)

「コラタ村のキープは、作者の子孫によって手紙であることが証明された初めてのキープである」と論文には書かれている。ハイランド氏によれば、そのキープは数を記録した普通のキープより大きく複雑だという。素材も通常は綿が主流だが、新たに発見されたものはビクーニャやアルパカ、グアナコ、リャマ、シカ、ビスカッチャといったアンデス山脈の動物たちの毛や繊維で作られている。(参考記事:「動物大図鑑 リャマ」

 動物の繊維は綿より染めやすく、色持ちも良いため、結び目と色で情報を記録、伝達するキープの素材として、より適している。(参考記事:「先史人類が着た衣服、服装の起源を探る」

 また、ハイランド氏はコラタ村の人々から、色や繊維の種類、さらにはひもを編む方向など、複数の要素によって情報を記録しているという説明を実際に受けた。そのため、キープを解読するには、見るだけでなく触れる必要がある。

 ハイランド氏が引用したあるスペインの年代記には、動物の繊維でできたキープは「色鮮やかで、ヨーロッパの書物と同じように歴史的な物語を記録することができる」とある。

キープの模様をコンピューターで解読

 コラタ村のキープは18世紀半ばのものと推測される。最初にスペインの入植者たちがやって来た1532年から200年以上も後のものだ。そこで1つの疑問が生じる。スペイン人の到来によってアルファベットを知ったことで、キープの構造がより複雑になったのだろうか? それとも、物語を伝えるキープは以前から存在し、コラタ村のキープと同じようなものだったのだろうか?(参考記事:「17世紀に沈没したスペイン商船、積荷ごと発見」

 米ハーバード大学の人類学者ゲイリー・アートン氏は「歴史的にとても興味深い発見ですが、年代を特定することが非常に重要です」と述べる。「今回の発見をそのまま過去に当てはめることができるかどうかは、やはり大きな謎です」

 アートン氏とペルーの考古学者アレハンドロ・チュー氏は数年前、キープの工房あるいはインカ帝国の記録保管庫だったと思われる場所で、キープの山を発見している。

 将来的には、キープの模様をコンピューターで解読できるようになるかもしれないと、アートン氏は話す。アートン氏をはじめとするハーバード大学のチームは「キープ・データベース(Khipu Database)」を構築し、500を超えるキープの画像や説明、比較を記録している。(参考記事:「21世紀中に解明されそうな古代ミステリー7つ」

 最盛期のインカ帝国では、何千、何十万ものキープが作られていた可能性がある。しかし、自然劣化やヨーロッパからの入植によって大部分が失われたのではないかと考古学者たちは考えている。現時点で存在が確認されているキープは1000にも満たない。

 ハイランド氏は7月にペルーを訪れ、研究を再開する予定だ。2016年夏、現地調査の最終日、氏は1人の年老いた女性と出会った。女性は子供のころキープを使ったことがあると話した。しかし、質問をする前に、女性は家畜の世話をするため、立ち去ってしまった。

 自分の目標は歴史の謎を解くことだけではない。「ネイティブアメリカンたちの知性の証しである驚くべき偉業」を明らかにしたい、とハイランド氏は語った。

文=Daniel Stone/訳=米井香織



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