将棋界の戦法の進化。そしてサッカーの進化との類似性
――ここからは、将棋とサッカーの進化の共通性というテーマでお話を聞かせてください。渡辺さんには将棋界の進化について説明していただき、サッカー界との類似しているところというのを明らかにしていければと考えています。近年、サッカー界ではいわゆるベタ引きのカウンター戦術が減り、先のCL決勝に象徴されるような、前線から積極的にボールを奪いに行く戦い方が主流となってきていて、ざっくりと言えば「より重心を前に置いて戦う」ようになっています。これは、「堅い玉型からバランス型へ」という近年の将棋界の戦法の変化に通じる部分があるのではないかと感じているのですが、渡辺さんから見ていかがでしょうか?
「そうですね、理解としてはそれで間違っていないと思います」
――具体的な将棋の戦法の話で言うと、穴熊(玉を端の地点に移動し、その周囲を他の駒で囲って戦う戦法)や旧来的な矢倉(金2枚と銀1枚の3枚を使って玉を守る、将棋の代表的な守備陣形の一つ)といった、しっかりと玉を囲って戦う戦法が減ってきているかと思うのですが、何が要因でそのような流れに向かっているのでしょうか?
「将棋において戦法が変わってきた一番の要因は、AIが入ってきたからです。玉を固めて戦うという旧来からの指し方は、時期としては2015年くらいまでは圧倒的に主流でした」
――ちょうど、将棋界が電王戦で盛り上がり、AIのレベルが急激に進歩していった時期ですね。
「そうです。そのあたりから変わってきたんですけど、プロ棋士に『AIが入ってきて一番変わったのはどの戦法ですか?』と聞くと、ほとんどのプロ棋士が『角換わり4八金型』と答えるはずなんです。それで、その戦法がいつくらいから増え始めたかと言うと、2015年に微増となって、2016年に前年の倍くらいになりました。そして2017年にはさらにどんどん増えて、という感じだったんです。
なので、プロ棋士の中でも早い人だと2015年くらいから少しずつAIを活用し始めて、2016年にはもう、半分くらいの人はAIによる研究を行っていました。そして2018年にはもうみんなやっている、という感じですね。この角換わり4八金型の採用数にそれが現れています。もしかしたら他のプロ棋士に聞いたら違う答えが返ってくるかもしれませんが(笑)、僕はそう理解しています。
今のが時期的な話で、では要因は何なのかと言うと、AIが入ってくる以前は局面に点数をつけるという概念がなくて、今どっちが勝っているのかというのは棋士、指し手の目分量だったんです。それを『ちょっといいでしょう』とか『優勢』『勝勢』といった言葉で表現していました。それが今では、僕らプロ棋士も点数で優劣を表現するんです。例えば、記者の方に『現局面はどちらがいいんですか?』と聞かれたら『先手が300(点)くらいですかね』みたいな感じで。AIが入ってくる前は、こうした概念、考え方はありませんでした。全部言葉で表現するんですけど、じゃあどういった基準で判断していたかというと、先人のプロ棋士たちが築いてきた定跡であったりセオリーであったりといったものを参考にして判断していました。ただ、それはあくまで人間による"見た目"なので、必ずしもそれが正しいとは限らないですし、点数化もされません。そういった感じで、将棋における局面の評価というのはけっこう"あいまい"だったんですね」
――客観的な評価基準が存在しなかったということですね。
「そうなんですよね。どっちがいいかをプロ棋士に聞けばだいたい同じことは言うんですけど、でもそれにはあいまいな部分があるわけです。それで、玉の周りに金銀を置いて固めておくっていうのは『貯金を作っていく』という考え方なんです。局面の評価があいまいだからこそ、貯金を作っておいた方が、あとで形勢判断が誤っていることに気が付いたとしても挽回が利きますからね。現状の形勢がわからないからこそ、貯金を作っていくっていう考え方が主流になっていて、言い換えればその時点でリスクマネージメントをしているわけです、あいまいな部分が多いから。
でも、そこにAIが出てきたことで局面を点数化するっていう概念ができて、点数化できるから貯金を作る必要がないよねっていうことになって、玉を固めるという発想は敬遠されるようになってきたんです。もし、AIがそういった(玉を固める)戦法を評価していればそのまま変わらなかったと思うんですけど、AIはそれを評価しないんです。金銀を4枚、玉の周りに置いてガチガチに固めるのは『偏り過ぎ』だって評価されるんです。そうやってAIが評価しないのと、あとは局面が点数化できるようになったことで、将棋の戦法が変わっていったんです。
――棋士は人間なのでミスをする。なので余裕を持って貯金を作っていた部分があったけれど、それを削ぎ落してより洗練されていっているということでしょうか?
「そうですね。ガチガチに固めるのをAIが評価しないうえに、『それはこうやったら攻略できますよ』って教えてくれますからね。そうなってしまったらもう、あまりやる意味がないというか。今まで攻略法がわからないから採用していたのに攻略法が解明されてしまって、しかもどれくらい(形勢が)悪いかというのも出ちゃいますから。そうなってくると、主流の戦法にはならないですよね。
なので、戦法の変化が起きた理由としては、AIが評価しないということと、具体的な攻略法をAIが教えてくれるということ、あとはもっといい戦法があるからということでしょうか。
将棋においてはそういったところなんですが、逆にサッカーの方ではなぜ、ベタ引きの戦術が採用されなくなっているんですか? 明確にダメだとわかったからなのか、それともより良いやり方が見つかったからなのか」
将棋・渡辺明名人(棋王・王将)と解き明かす、将棋の進化の最前線とサッカーの進歩との類似性_前編
そのゲーム性の面での共通点が語られる将棋とサッカー。近年、急激な進歩を遂げる両競技の戦法・戦術的進化の類似性について、今年悲願の名人位に就いた将棋界のトップランナーにして欧州サッカー好きでもある渡辺明名人の言葉とともに解き明かす。
渡辺名人とサッカー
――本日はお時間いただきありがとうございます。まずはすでにメディアなどでも語られていてご存じの方も多いと思いますが、あらためてサッカーを見られるようになったきっかけを教えてください。
「サッカー自体は小学生の頃にJリーグを見ていたりしていたんですが、中学生に上がった以降、見る時間がなくなってしまっていました。また見るようになったのは、子供が小学校に入ったくらいのタイミングで学校のサッカー部に入ると言うので、ルール教えるのをどうしようかとなった時にテレビでサッカーを見せておけば覚えるかなと思ったのがきっかけですね」
――その中でも欧州サッカーをご覧になるようになったのはなぜだったのでしょうか?
「時期的には2011-12シーズンくらいからなんですけど、確かになんでヨーロッパサッカーかと言われると……たまたまテレビでやっていたからですかね(笑)」
――そうだったんですね(笑)。別のインタビューでは、NHK-BSで放送される試合をご覧になっていたとお話されていましたが。
「そうですね。当時、長友(佑都)選手がインテルにいて、香川(真司)選手がドルトムントからマンU(マンチェスター・ユナイテッド)に移籍したくらいの時期で、彼らが所属するチームの試合を放映していたんです。それで、同じチームの試合が継続して見られるからということで、毎節見るようになったのかなと。なので特に理由はなくて、なんとなく凄いからという感じですかね(笑)。
Jリーグの試合もハイライトを見たりはするんですが、どうしてもJリーグも海外サッカーも全部見るのは難しいので」
――確かにそうですね。ちなみに、以前はマンチェスター・ユナイテッドが好きだとブログで書かれていましたが、それは今も変わっていませんか?
「いや、今はもう、あまり興味はないんです(笑)。先ほどお話した2011-12や2012-13シーズンくらい、香川選手やルーニー、ファン・ペルシーがいた頃が好きだったので。サッカーって、2年くらいするとメンバーがガラッと変わってしまうことがあるじゃないですか、野球と比べて。僕、野球も好きでヤクルトファンなんですけど、プロ野球はサッカーほど移籍が簡単じゃないのでメンバーがそれほど変わらないですよね。それに比べると、サッカーの場合は1つのチームを応援し続ける明確な理由づけが乏しいと感じていて。その(チームが本拠としている)地域に住んでいて応援するとか明確な理由があればいいんですが、その時そのチームが好きでもすぐ選手が変わってしまうので、このチームを応援する、という目では見ていないんですよね」
――なるほど、そうなんですね。ちなみに、今まで欧州サッカーをご覧になってきて印象に残っている試合やゴールシーンはありますか?
「好きなゴールは2013年のマンUの、アストンビラ戦だったと思うんですけどファン・ペルシーのボレーシュートです。確か、ファン・ペルシー自身がベストゴールトップ3の中の1つに挙げていたんですけど、世界のトップレベルの選手はこんなことができるんだ、というゴールだと思いますね」
渡辺さんが好きなゴールに挙げたファン・ペルシーの一撃
――好きなリーグやよくご覧になられているリーグはありますか?
「主に見ているのはプレミアとリーガですね。なんとなく視聴環境的な部分と、時間的に1週間で見きれるのがそれくらいなので」
――となると、ライブ以外でも試合をご覧になっているということでしょうか?
「そうですね。週末はライブで見て、平日は録画したものを見て次の週末まで追いつこう、というサイクルです。プレミアのトップ6と、リーガの上3つの試合を見ている感じですね」
――今、好きな選手、応援している選手はいますか?
「今はあまりそういう選手はいませんね。以前はルーニーのファンだったんですけど、今はちょっとフェードアウトしてしまっているので。日本人選手の活躍は楽しみに見ているので、今シーズンのリーガは楽しみにしています」
――リーガは今季、日本人の注目選手が多いですからね。では、好きだったり気になっていたりするチームはいかがでしょう?
「特にないと言えばないんですが、シメオネのファンなのでアトレティコ(・マドリー)はけっこう応援して見ているかなという感じですかね」
――弊社から発行している『シメオネ超効果』をお読みいただいたと聞いたのですが、シメオネのどのあたりに魅力を感じているんでしょうか?
「やっぱり格好いいというのと、あとは実績ですよね。アトレティコくらいの資金力であれだけの結果を残しているというので興味を持って、本を買って読んだりしていくうちにファンになっていったという感じです」
――シメオネのアトレティコと言えば堅い守備、プレッシングスタイルが代名詞になりますが、好きなサッカースタイルというのはありますか?
「いや、あまりそういう部分では見ていないんです。たぶん、自分が11人制のサッカーをやったことがないからなんだと思うのですが、戦術とかスタイルというのがピンとこないんですよね。自分がやったことがないので、それがいったいどういうものなのかわからないというか。やったことがあれば戦術なども自分に照らし合わせて見たりできると思うんですが、いかんせんピッチの広さがどれくらいかというのも(感覚的に)わかっていないですし」
――将棋連盟内でフットサルをプレーされていたり、お子様のために審判資格を取得されていたりしますが11人制のサッカーはプレーされたことがないんですね。
「そうなんですよね。スタジアムで試合を見たことはもちろんあるんですが。なので例えば、11人制のサッカーだと試合中に『サボる』みたいな話が出てきますけど、『それってどういうことなんだ?』みたいな。ピッチの反対側でプレーしている時ってどういう感じなのかというのがつかめないんです」
――それは意外でした。
「僕がサッカーを見る時ってだいたい夜中で飲みながら、あまり頭を働かさないで見ているので(笑)。戦術的にどうこうということを考えながら見てはないですね」
――あくまでも、仕事である将棋以外の、娯楽の一つとして楽しまれているということですね。ただ一方で、将棋とサッカーの類似性というのは以前から語られていると思います。両方をお好きな渡辺さんは、その点についてはどのようにお考えでしょうか?
「そうですね。サッカーでフォーメーション図というのがありますけど、限られた駒を相手の配置に合わせてどのように配置するのか、という点は共通項かなと思います」
――ただ、試合をご覧になる時はそういうことは意識しないのですね。
「もちろん、あるチームが今、どういうフォーメーションで戦っているかというのは頭に入っているんですけど、じゃあそのチームと別のチームが戦ったらどうなるか、という視点では見ていません。やっぱり、自分でプレーしていないからじゃないでしょうか」
――別のインタビューで、サッカーに興味を持つようになったきっかけとしてサッカーゲームを挙げられていたのですが、ゲームでプレーする時も、戦術などはあまり意識されませんでしたか?
「そうですね。相手の陣形はあまり意識していませんでしたね(笑)。自分の陣形をどう組むかということしか見ていませんでした」
――将棋だと、休憩中などに相手の側から盤面を見て考えるという方もおられるかと思うのですが、渡辺さんはあまりそういうことはされないタイプなのでしょうか?
「僕は実際に相手の側に回って見るということはしませんが、もちろん頭の中で相手の側から盤面を見て考えることはありますよ。ただそれは、対局中というよりも研究段階の方が多いですかね。PC上であればクリック一つで簡単に盤面が反転しますから」
――共通性のあるゲームではあるわけですが、渡辺さんの中ではそのあたりの見方は違うということですね。
「繰り返しになりますが、やっぱり11人制のサッカーをプレーしたことがないからというのが大きいと思います」
――お子様の試合で審判をされた時、「実際にやってみたらもの凄く大変だった」と書かれていましたね。
「そうですね。あれは8人制でピッチの広さもそれほどではないんですけど、主審はグルグルと360度回ってプレーをチェックしないといけないじゃないですか。それで最初、パニックになってしまって。どっちがどっちに攻めているのかまったくわからなくなってしまいました。あれは……なかなかできない経験でした(笑)。
そういうのは将棋にはありませんからね。将棋の場合、相手の視点から見るにしてもあくまで一方からになるので」
――だとすると、将棋脳がフットサルをプレーする際やサッカーを見る際に役立つという場面はあまりありませんでしたか?
「そうですね。将棋脳を生かせるほど高度なフットサルをしてないからというのもありますが(笑)。サッカーを見る時も、それが一番多い見方だと思うんですが基本的にボールを追ってしまいますしね」
――それはありますね。そういえば、ご自身のブログで今年のCL決勝をご覧になったと書かれていました。あの一戦は「近年最高の決勝」と称賛される試合でしたが、渡辺さんはどのようにご覧になりましたか?
「あの決勝、そういう評価なんですね。僕、もともとリーグ1やブンデスを見ていなくてパリ(・サンジェルマン)やバイエルンに対する知識が浅かったこともあって、『こういうメンバーでこういうサッカーをしているんだ』というくらいの印象しかなくて。あの試合、評価が高いんですね。僕はもっと、派手に撃ち合ってくれた方が面白いなと思って見ていました。なんでこれだけタレントがいて地味なんだって(笑)。でも、それがけっこういい試合なんですね」
――将棋で言えば、大差がついた対局よりも終盤までもつれた試合の方が評価が高い、といった感じでしょうか。
「確かに、将棋も地味めな試合の方がプロ的には評価が高いですからね。そういうことなんですね。
今年のCLは最後バタバタと消化していく感じになりましたけど、僕も6月から8月にかけて対局が続いて、ほとんどサッカーが見られていなかったんです。それでCLの最後の方、準決勝、決勝で久々にサッカーを見たんですけど、なんか頭に入ってこなくて。毎週見ている時と違って普段から継続して見ているチームだったわけではなかったというのもあって、いきなり見ても繋がってこない、『いつもだったらもっと面白いのにな』という感じでした。
サッカーも中断になって毎週見るという習慣がなくなってしまっていたので、見方が変わっちゃっていたところもあったと思います。ただ、新シーズンはまた週末定期に戻ったので、リズムが戻ってきてまた楽しみにしているところです。中断明けたばかりの頃はどのリーグでも、ミッドウィークも使ってバタバタと試合が続いていたので見る方も大変だったじゃないですか(笑)。なので、見る方としても戻ってきたのかなというところです」
将棋界の戦法の進化。そしてサッカーの進化との類似性
――ここからは、将棋とサッカーの進化の共通性というテーマでお話を聞かせてください。渡辺さんには将棋界の進化について説明していただき、サッカー界との類似しているところというのを明らかにしていければと考えています。近年、サッカー界ではいわゆるベタ引きのカウンター戦術が減り、先のCL決勝に象徴されるような、前線から積極的にボールを奪いに行く戦い方が主流となってきていて、ざっくりと言えば「より重心を前に置いて戦う」ようになっています。これは、「堅い玉型からバランス型へ」という近年の将棋界の戦法の変化に通じる部分があるのではないかと感じているのですが、渡辺さんから見ていかがでしょうか?
「そうですね、理解としてはそれで間違っていないと思います」
――具体的な将棋の戦法の話で言うと、穴熊(玉を端の地点に移動し、その周囲を他の駒で囲って戦う戦法)や旧来的な矢倉(金2枚と銀1枚の3枚を使って玉を守る、将棋の代表的な守備陣形の一つ)といった、しっかりと玉を囲って戦う戦法が減ってきているかと思うのですが、何が要因でそのような流れに向かっているのでしょうか?
「将棋において戦法が変わってきた一番の要因は、AIが入ってきたからです。玉を固めて戦うという旧来からの指し方は、時期としては2015年くらいまでは圧倒的に主流でした」
――ちょうど、将棋界が電王戦で盛り上がり、AIのレベルが急激に進歩していった時期ですね。
「そうです。そのあたりから変わってきたんですけど、プロ棋士に『AIが入ってきて一番変わったのはどの戦法ですか?』と聞くと、ほとんどのプロ棋士が『角換わり4八金型』と答えるはずなんです。それで、その戦法がいつくらいから増え始めたかと言うと、2015年に微増となって、2016年に前年の倍くらいになりました。そして2017年にはさらにどんどん増えて、という感じだったんです。
なので、プロ棋士の中でも早い人だと2015年くらいから少しずつAIを活用し始めて、2016年にはもう、半分くらいの人はAIによる研究を行っていました。そして2018年にはもうみんなやっている、という感じですね。この角換わり4八金型の採用数にそれが現れています。もしかしたら他のプロ棋士に聞いたら違う答えが返ってくるかもしれませんが(笑)、僕はそう理解しています。
今のが時期的な話で、では要因は何なのかと言うと、AIが入ってくる以前は局面に点数をつけるという概念がなくて、今どっちが勝っているのかというのは棋士、指し手の目分量だったんです。それを『ちょっといいでしょう』とか『優勢』『勝勢』といった言葉で表現していました。それが今では、僕らプロ棋士も点数で優劣を表現するんです。例えば、記者の方に『現局面はどちらがいいんですか?』と聞かれたら『先手が300(点)くらいですかね』みたいな感じで。AIが入ってくる前は、こうした概念、考え方はありませんでした。全部言葉で表現するんですけど、じゃあどういった基準で判断していたかというと、先人のプロ棋士たちが築いてきた定跡であったりセオリーであったりといったものを参考にして判断していました。ただ、それはあくまで人間による"見た目"なので、必ずしもそれが正しいとは限らないですし、点数化もされません。そういった感じで、将棋における局面の評価というのはけっこう"あいまい"だったんですね」
――客観的な評価基準が存在しなかったということですね。
「そうなんですよね。どっちがいいかをプロ棋士に聞けばだいたい同じことは言うんですけど、でもそれにはあいまいな部分があるわけです。それで、玉の周りに金銀を置いて固めておくっていうのは『貯金を作っていく』という考え方なんです。局面の評価があいまいだからこそ、貯金を作っておいた方が、あとで形勢判断が誤っていることに気が付いたとしても挽回が利きますからね。現状の形勢がわからないからこそ、貯金を作っていくっていう考え方が主流になっていて、言い換えればその時点でリスクマネージメントをしているわけです、あいまいな部分が多いから。
でも、そこにAIが出てきたことで局面を点数化するっていう概念ができて、点数化できるから貯金を作る必要がないよねっていうことになって、玉を固めるという発想は敬遠されるようになってきたんです。もし、AIがそういった(玉を固める)戦法を評価していればそのまま変わらなかったと思うんですけど、AIはそれを評価しないんです。金銀を4枚、玉の周りに置いてガチガチに固めるのは『偏り過ぎ』だって評価されるんです。そうやってAIが評価しないのと、あとは局面が点数化できるようになったことで、将棋の戦法が変わっていったんです。
――棋士は人間なのでミスをする。なので余裕を持って貯金を作っていた部分があったけれど、それを削ぎ落してより洗練されていっているということでしょうか?
「そうですね。ガチガチに固めるのをAIが評価しないうえに、『それはこうやったら攻略できますよ』って教えてくれますからね。そうなってしまったらもう、あまりやる意味がないというか。今まで攻略法がわからないから採用していたのに攻略法が解明されてしまって、しかもどれくらい(形勢が)悪いかというのも出ちゃいますから。そうなってくると、主流の戦法にはならないですよね。
なので、戦法の変化が起きた理由としては、AIが評価しないということと、具体的な攻略法をAIが教えてくれるということ、あとはもっといい戦法があるからということでしょうか。
将棋においてはそういったところなんですが、逆にサッカーの方ではなぜ、ベタ引きの戦術が採用されなくなっているんですか? 明確にダメだとわかったからなのか、それともより良いやり方が見つかったからなのか」
<プロフィール>
Akira WATANABE
渡辺明
1984.4.23(36歳)
東京都葛飾区出身。所司和晴七段門下。小学1年生の頃から将棋を始め、2000年に史上4人目となる中学生棋士としてプロデビューを果たす。2003年の王座戦で初のタイトル挑戦。この時は羽生善治王座にフルセットの末敗れ戴冠を逃したが、翌2004年の竜王戦で森内俊之竜王を下し、20歳にして初タイトルを獲得。羽生との初の永世竜王を懸けた対戦となった2008年の竜王戦では、番勝負史上初となる3連敗からの4連勝でタイトルを防衛し永世竜王の資格を取得した。その後、竜王戦では2013年まで9連覇を遂げたほか、2017年には永世棋王の資格も取得。2020年には豊島将之名人とのタイトル戦を制し、悲願だった名人位を獲得している。現在は名人に加え棋王・王将の三冠を保持。タイトル獲得は歴代5位となる26期を記録している。
Photos: Takahiro Fujii
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フットボリスタ 2021年9月号 Issue086
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Profile
久保 佑一郎
1986年生まれ。愛媛県出身。友人の勧めで手に取った週刊footballistaに魅せられ、2010年南アフリカW杯後にアルバイトとして編集部の門を叩く。エディタースクールやライター歴はなく、footballistaで一から編集のイロハを学んだ。現在はweb副編集長を担当。
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