https://www.sankeibiz.jp/macro/news/180416/mcb1804160500007-n1.htm
【水と共生(とも)に】水道事業の再公営化 世界で加速
グローバルに水道事業の民営化が始まったのは1980年代後半からだ。90年代に入り、旧共産圏やラテンアメリカなど世界中で水道の民営化が行われた。ところが2000年代に入ると民営化水道はさまざまな問題を引き起こし、最近の調査によると、世界37カ国で235の民営化された水道事業が再公営化されている。日本では改正水道法案(広域連携、官民連携など)が国会に再上程されようとしている。
◆世銀などが資金提供
(1)水道事業で民営化が促進された理由
水道事業で民営化が促進された背景には、世界銀行や国際通貨基金(IMF)などの国際機関が1989年、「ワシントン・コンセンサス」と呼ばれる政策合意(金融・貿易の自由化、規制緩和など)に基づき、国営企業の民営化に資金を提供したことがある。簡単にいうと、「公営の水道事業を民営化しなければ、資金を提供しない」という方針だった。
当時、途上国は人口増加、経済の急速な発展に伴い、インフラ(通信、道路、港湾、鉄道など)への投資を最優先にしていたが、水道事業にはカネもヒトも割けない状態にあり、世銀やIMFが提唱する国営企業などの民営化方針は"渡りに船"だった。一方、先進国は水道事業のコスト高と老朽化対策に直面していた。
(2)水道民営化の主役は
90年代以降、水道事業で活躍した欧州3企業はフランスのスエズグループ、ヴェオリア社、英国のテムズ・ウォーター社だった。この3社はグローバルに水道民営化を開拓し、2000年当時、世界の民営化された水道事業の約7割を担っていた。スエズ、ヴェオリア社とも水事業の売り上げは1兆円をはるかに超えていた。なぜ、フランス勢は強いのか。同国は全国各地に小都市が多く、160年以上前から小規模の水道事業を地元民間企業が運営してきた歴史がある。それらの民間水道事業者を統合し総合力を持ったのがスエズ、ヴェオリア社である。10年時点でフランス国内の水道の71%、下水道の55%が民間で運営(コンセッション方式=公設民営)されている。
世界の水道民営化を調査しているPSIRU(公共サービスリサーチ連合)によると、00~15年3月末までに世界37カ国で民営化された235水道事業が再公営化されたとしている。
◆安全で廉価な供給のため
再公営化の流れは、資金不足の問題を抱える途上国だけでなく、先進国でも確認されている。先進国で水道事業を再公営化した大都市は、パリ(フランス)、ベルリン(ドイツ)、アトランタ、インディアナポリス(ともに米国)など。途上国では、ブエノスアイレス(アルゼンチン)、ラパス(ボリビア)、ヨハネスブルク(南アフリカ)、クアラルンプール(マレーシア)などで再公営化された。
(1)共通する再公営化の理由
再公営化の背景には、共通した理由がある。▽事業コストと料金値上げをめぐる対立(インディアナポリス、マプト=モザンビーク=など)▽投資の不足(ベルリン、ブエノスアイレス)▽水道料金の高騰(ベルリン、クアラルンプール)▽人員削減と劣悪なサービス体制(アトランタ、インディアナポリス)▽財務の透明性の欠如(仏グルノーブル、ベルリン、パリ)
さらに、民間事業者と契約途中の解約が多く、水道事業の経験豊富な都市が多いことでも共通している。つまり民間業者に賠償金を支払っても、再公営化することが、市民に廉価で安全な水道水を供給できることを再認識した都市である。
最近の大きな話題はインドネシアの首都、ジャカルタ水道の再公営化である。
(2)インドネシア最高裁の決定
スハルト政権下でジャカルタの水道民営化が実施されたが、当初の目的である(1)安価で安全な水の供給とサービスの拡充(給水対象人口約1000万人)(2)給水区域の拡大(3)漏水率、無収水率の改善などが適切に実施されなかった(総合的な達成率50%以下)-うえ、ジャカルタ市民にとっては他の都市と比べて高い水道料金と悪いサービスに耐えられなかったという事情がある(表)。
◆ジャカルタ最高裁判決
居住者と市民連合は12年、公営に戻すよう地方裁判所に提訴。地裁は、水道の民営化は憲法違反(同年、憲法裁判所判決)で、公共水道に戻す決定をした。しかし16年、ジャカルタ高裁は、地裁の決定を覆し、水道事業の民営化路線を継続する政府方針を認めたため、市民連合は最高裁で争うことになった。
最高裁は、水道民営化が住民の水に対する人権を守ることに失敗したと断じ、次のような判決を下した。▽ジャカルタの水道民営化は23年までに終結させる。▽民間水道事業者との契約は無効とする。▽国際規約第11条、第12条に記載されている「水に関する人権および価値」に従ってジャカルタの飲料水管理を実施する。
この最高裁判決により、25年間続いたジャカルタの民営化水道は終焉(しゅうえん)を迎えることになった。
先の国会で審議未了だった改正水道法案が、再上程される見通しである。その骨子は、広域連携、適切な資産管理、官民連携の推進である。特に注目されるのは官民連携で、水道施設の運営権を民間事業者に設定できる仕組みを導入することだ。既に日本の大企業や海外の水メジャーが大きな関心を寄せている。
日本では1381水道事業者の33%が原価割れの状態にあり、このままでは政令指定都市しか生き残れない状況に追い込まれている。こうした状況の中で、日本の水道の永続性をいかに確保していくか。知恵の絞りどころである。
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■インドネシアの都市ごとの水道事業比較
(都市名/経営/平均水道料金/漏水率/サービスカバレッジ)
・スラバヤ/公営/2800/34/87
・パレンバン/公営/3800/30/93
・バンジャルマシン/公営/4120/26/98
・メダン/公営/2226/24/66.62
・マラン/公営/4000/30/80
・ジャカルタ/民営/7800/44/59.01
※平均水道料金は1立方メートル当たり、単位はルピア。漏水率とサービスカバレッジの単位は%
出所:「The Indonesian Drinking Water Association(Perpamsi)2013」などから作成
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【プロフィル】吉村和就
よしむら・かずなり グローバルウォータ・ジャパン代表、国連環境アドバイザー。1972年荏原インフィルコ入社。荏原製作所本社経営企画部長、国連ニューヨーク本部の環境審議官などを経て、2005年グローバルウォータ・ジャパン設立。現在、国連テクニカルアドバイザー、水の安全保障戦略機構・技術普及委員長、経済産業省「水ビジネス国際展開研究会」委員、自民党「水戦略特命委員会」顧問などを務める。著書に『水ビジネス 110兆円水市場の攻防』(角川書店)、『日本人が知らない巨大市場 水ビジネスに挑む』(技術評論社)、『水に流せない水の話』(角川文庫)など。
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