2026年5月18日月曜日

君主論 マキャベッリNiccolò​ ​Machiavelli​ ​IL​ ​PRINCIPE​ ​1532

 

君主論Niccolò​ ​Machiavelli​ ​IL​ ​PRINCIPE​ ​1532
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It is better to act and repent than not to act and regret.


訳:行動せずに後悔するより、行動して後悔する方が賢明である。
Niccolo Machiavelli(マキャヴェリ)イタリアの政治思想家の書簡より?


「行動せずに後悔するより、行動して後悔する方が賢明である。」のAI回答


この言葉は 「行動せずに後悔するより、行動して後悔する方が賢明である」 という意味の名言で、一般にイタリアの政治思想家ニッコロ・マキャヴェッリの言葉として紹介されますが、原典は英語句「It is better to act and repent than not to act and regret.」であり、書簡集『The Letters of Machiavelli』などに由来するとされます。

(1)『君主論』の原タイトルには、イタリア語​Il​ ​Principe​(君主たるもの)とラテン語​De​ ​principatibus​(君主政体について)の両様がある。前者はマキアヴェッリ没後五年にしてローマとフィレンツェで刊行された印刷本初版(一五三二)に付せられ、以来、今日まで刊本のタイトルに慣習として用いられてきた。後者はマキアヴェッリがこの「小冊子」を書き上げたことを友人ヴェットーリに報せた書簡(一五一三年一二月一〇日付)のなかに記した表題である。おそらく自筆原稿や献呈本(いずれも現存が確認されていない)にはこの表題が記してあったであろう。そして現にマキアヴェッリ存命中の初期写本類にはこのラテン語タイトルが付いていた。  前者イタリア語の書名を『君主論』と訳すならば、後者ラテン語の場合は『君主政体論』とこそ訳すべきかもしれない。加えて、前者が代表単数形(君主)であるのに、後者は複数形(諸君主政体)で書き表されている。こうした二種類の原タイトルが存在することは、マキアヴェッリが作品を生み出すにあたって直面した事態のいくつかを推測させるであろう。訳者の解説を参照していただきたい。  なお、ここに用いた「君主論(君主政体について)」という二重の表記は、近年、画期的な校訂作業を成し遂げたイングレーゼの普及版(エイナウディ社)にも用いられている。
。。。
     君主政体論 1~11,12~14
君主論〈
     君主論  15~23,24~26

 右の図のうち、私の独断は、前半と後半に分けることにあった。すでに述べたように『君主論』という書名は、一五三二年の初版において、付けられたものである。これは見事な書名である。マキアヴェッリ自身もまさにこの題名を心に思い描いていたのではないか。どこかにその痕跡が見出せるであろう、と虚しく彼の作品を、私は読み続けていた。が、あるとき、彼の著作のなかに一箇所だけ、その言及があることを、カゼッラ単独版から教えられた『ローマ史論』第三巻、第四二章、末尾に《君主について》​De​ ​Principe​(君主論)の記述があるこの点でも、私はカゼッラに多くを負うている。  
 最後に、もう一つ、私の独断を述べておきたい。それは「献辞」にかかわるものである。マキアヴェッリ自身が述べているように、「献辞」の相手は初めジュリアーノ・デ・メーディチであったのが、後には小ロレンツォ・デ・メーディチに変った。マキアヴェッリにとっては、二人のうちのどちらでもよかったのであり、いずれにせよ「献辞」の本文は同じであったであろう。むしろ必要であったのは、デ・メーディチの部分である。


ルーカス、民主主義を語る。

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なぜモンゴル騎兵は西欧を粉砕できなかったのか? https://youtu.be/VKdJ2zZnijo?si=WJR1n8gECTJIsIik @YouTubeより


https://youtu.be/VKdJ2zZnijo?si=xnF9xFB3EHDOInt0





君主論 (岩波文庫) Kindle版 

君主論


第四章

アレクサンドロス1に征服されたダレイオス王国2で、アレクサンドロスの死後にも、その後継者たちに対して反乱が起きなかったのは、なぜか

 


 新たに獲得した支配地を維持するさいの困難を熟慮するとき、なぜ次のような事態が生じたのかを、誰か不思議に思う人がいるかもしれない。すなわち、アレクサンドロス大王はわずか数年にしてアジアの支配者となったが、征服が終るとすぐに亡くなってしまった3ので、新たな支配地はことごとく反乱を起こして然るべきなのに、それにもかかわらず、アレクサンドロスの後継者たち4は依然としてこれを保有しつづけ、その維持にさいしても、彼ら自身の個人的な野望から仲間うちに起こった場合を除けば、他のいかなる困難にも遭遇しなかった。なぜこのような事態が生じたのか。私はまず答えておく。およそ人びとの記憶に残る君主政体においては、次の二つの異なった方法によって統治がなされてきたことを。一つはひとりの君主と他はすべてが下僕である者たちによって治められる方法で、この場合には君主の恩顧と承認によって行政区長官に任命された者たちが、君主を補佐して王国を統治する。いま一つはひとりの君主と封建諸侯たちによって治められる方法で、この場合には諸侯たちが、支配者の恩顧によってではなく、古くからの血筋によって、その地位を保っている。このような封建諸侯たちは彼ら固有の領土や臣民を持っているから、臣民たちは彼を主君と仰いで、生まれながらに親愛の情を寄せている。ひとりの君主と下僕たちが治める政体では、彼らの君主がより大きな権力を握っている。なぜならば、その全地域で彼以外に、優れた高位の人物は認められないから。そしてたとえ別の人物に服従していても、それは長官や行政官であるがゆえにそうしているだけのことであり、また彼らに特別な愛情を抱いているわけではないから5。


 このように異なった二つの方法による統治の実例は、私たちの時代にあっては、トルコとフランス王に認められる。トルコ君主国の全域はひとりの支配者に統治されていて、他の者たちは彼の下僕であり、君主はその王国をいくつかの行政区6に分けて、種々の執政官をそこへ派遣し、君主の好むままに彼らを変更したり交代させたりする。だがフランス王のほうは、その政体上、古くから続く多数の諸侯の真只中に置かれていて、しかも諸侯はそれぞれの臣民に主君と仰がれ、かつ彼らに愛されてきているがゆえに、彼らが持つ特権を、王たりといえども危険なしには彼らから奪うことができない。したがって、両政体を一つ一つ検討する者は、トルコの政体を獲得するのは困難だが、ひとたび打ち負かしてしまえば、これを維持するのは極めて容易なことがわかるであろう。これとは逆に、フランスの政体を占領するのは、いくつかの面で、より容易ではあるが、これを維持するのは極めて困難なことがあなた方にはわかるであろう7。

 

  トルコ王国の征服が困難な理由は、その王国の高官たちに手引きされることがあり得ないばかりか、王の側近たちの謀反によって、あなたの8征服事業が容易になることも望めないためである。この点は先述した理由からも導き出せる。なぜならば、彼ら高官たちはみな下僕であり王から恩義を受けているので、彼らを腐敗させるのは甚だ困難であり、またたとえ腐敗させることができても、先に示した理由によって、彼らが背後に民衆を従えてくる望みはないため、ほとんど役に立たないからである。それゆえ、トルコを攻撃する者は、敵が一致団結しているものと考えねばならない。そして敵の混乱に乗ずるよりは、みずからの兵力を頼みにしたほうがよい。だが、いったん打ち破って、陣容を立て直せないほどまでに戦場で撃破してしまえば、あとは敵の君主の血筋以外に恐れるものは残らない。そしてこの血筋を抹消してしまえば、民衆の信望を集める者は他にいなくなるので、何も恐れるには及ばない。そして勝利を収めた者が、戦う前に民衆を当てにできなかった以上、戦った後に彼らを恐れる必要もない。

  フランスの政体のごとき方法で統治されている王国では、これとは逆の事態が起こる。なぜならば、王国の封建諸侯のうちの誰かを味方につければ、あなたは易やすとその中へ侵入できるから。なぜならばまた、不平分子や政変を望む者たちはいつでも見出せるから。そういう連中は、先にも述べた理由によって、新しい支配地への道をあなたに開いてくれ、あなたの勝利を容易にしてくれるであろうから。だが、その後にもこれを保持しようとすれば、あなたを援助してくれた者たちとあなたが鎮圧した者たちの双方から、無数の困難が湧いてくるであろう。そして君主の血筋を絶やしただけでは足りなくなる。なぜならば、新たな変革を起こして頭目になろうとする有力な諸侯が跡を絶たないから。そして彼らを満足させることもできなければ、抹消することもできないので、機会さえ来れば、いつでも、あなたは新しい支配地を失ってしまうであろう。

 

  いまや、かのダレイオス9の政体がいかなる性質の統治方法になっていたかを、あなた方10が熟慮するならば、それがトルコ王国の場合に似ていたことに気づくであろう。だからこそアレクサンドロスは、まず最初に、全面的にこれと対決して、敵軍を戦場から敗退させてしまう11必要があった。そのような勝利の後に、ダレイオスが死んでしまったので12、先に述べた理由によって、アレクサンドロスの王国は安全なものとなった。そして彼の後継者たちは、互いが結束しているかぎり、安泰のうちにこの政体を享受することができた。またその王国のなかでは彼ら自身が惹き起こした以外にいかなる騒乱も生じなかった。だが、フランスのように諸侯の集まりから成る政体を、同じような安泰のうちに領有しつづけることは、不可能である。これと同じ理由から、ローマ人に対して、スペインやフランスやギリシアにおいて数多くの反乱13が起こった。これらの支配地には、数多くの諸侯の、政体があったがために。またそれら14の記憶が残っているかぎり、ローマでさえその領有には不安が残った。だが、帝国の権力が長期に持続して、それら15についての記憶が消えてしまうと、領有は確実なものとなった。そして後を承け継いだ者たちも、互いに仲間うちで争いながら、それぞれが内部に築きあげた権力に応じて、属州のなかのそれぞれの部分を承け継いでゆくことができた16。そしてそれらの地域では、古くからの支配者の血筋が絶やされたので、ローマ人以外を主人として認めようもなかった17。かくして、いままでに述べてきたすべてのことを熟慮してみれば、アレクサンドロスが容易にアジアの支配地を維持したことや、他の者たち、たとえばピュロス18やその他多勢が、獲得したものを保持するのに困難をきわめたことを、不思議に思う人は誰も19いないであろう。すなわち、これは征服者の力量の多寡から生じたのではなく、彼の置かれた状況の差異20から生じたのである21。




(1) アレクサンドロス大王(紀元前三五六─三二三)。マケドニアの王。フィリッポス二世が殺害されたあと、前三三六年、王位に就いた。 


(2) ダレイオス三世。ペルシア最後の王。前三三三年、イッソスの戦いでアレクサンドロスに破れた。前三三〇年、臣下に殺害されて、ペルシア王国は滅亡。 


(3) アレクサンドロスの東方征服は前三三四から三二七までの約八年間。その四年後、前三二三年に、三二歳で没した。


(4)「後継者たち」はディアドコイと呼ばれ、大王から遺された領土をめぐって、七人で互いに前二八〇年まで争った。


(5)「また彼らに特別な愛情を抱いているわけではないから」e ​non​ ​li​ ​portano​ ​particolare​ ​amore​リージオ、カゼッラ両版とも、この部分に異同はなかった。これに対してイングレーゼ版は違った内容を導きかねない異文e a ​lui​ ​portano​ ​particulare​ ​amore​(また彼に特別な愛情を抱いている)を提示してみせた。そして「彼に」a ​lui​とは「ただひとり君主にのみ」​al​ ​solo​ ​principe​の意であると主張する。が、私はまだ充分に説得されない。


(6)「サンジャッキエ」​sangiacchie​トルコ語(本来は「旗」の意)から転じたという。


(7)「これとは逆に、フランスの政体を占領するのは、いくつかの面で、より容易ではあるが、これを維持するのは極めて困難なことがあなた方にはわかるであろう」​Cosí,​ ​per​ ​adverso,​ ​troverrete​ ​per​ ​qualche​ ​respetto​ ​piú​ ​facilità​ a ​occupare​ ​lo​ ​stato​ ​di​ ​Francia,​ ​ma​ ​difficul​​tà​ ​grande​ a ​tenerlo.​ この長文がリージオ版には脱落している。したがって、リージオ版(ラウレンツィアーノ写本)の系列を引く、シャボー版、ベルテッリ版などには、この長文が欠けている。カゼッラ版(ゴータ写本)の系列を引くルッソ版、サッソ版、プッポ版、マルテッリ版その他は、当然のことながら、この文章を備えている。  前後を熟読すれば、論旨の展開からも、この長文が脱落しているのは明らかであろう。それ以上に、脱落の原因が転写をしたさいの(写字生か?)不注意によることは間違いない。念のために、不注意の原因となった、脱落直前の似通った文章を、下線を付したうえで、イタリック体にして掲げておく。「したがって、両政体を一つ一つ検討する者はこれを維持するのは極めて容易なことがわかるであろう」​Chi​ ​considera,​ ​adunque,​ ​luno​ e ​laltro​ ​di​ ​questi​ ​stati...​​facili​​tà​ ​grande​ a ​tenerlo.


(8)「あなたの」​tua。​ここはリージオ版もカゼッラ版も「彼の」​sua​という綴りを採ってきた。が、ぜひ「あなたの」に改めたい。この一文字によって、マキアヴェッリが自著を献呈する相手(君主か?)に切実に訴えかけていることは明らかになる。「あなた」に固有名詞が充てられないからといって、この「あなた」を非人称(不特定な人物)と考えては一知半解になるであろう。たとえば「トルコ王国を征服する」あなた、「その王国の高官たちに手引きされる」あなた、そして少し後に出てくる「トルコを攻撃する者」があなたすなわち『君主論』を献呈する相手であることは間違いないゆえ。なお、イングレーゼ版は​tua​に改めている。 


(9) 前出、注2参照。 


(10)「あなた方」voiマキアヴェッリは複数の読者をも想定している。解説を参照していただきたい。


(11)「イタリアの歴史家や年代記作家たちはこの言い方[戦場から敗退させてしまう]によって、相手を籠城の戦術へ追い込ませることを意味した」(リージオ)。 


(12) 前出、注2参照。ダレイオスが死んだことによって、ペルシア王国の血筋は絶えた。


(13)「マキアヴェッリはここでローマに対する被征服諸属州民の反乱や蜂起を喚起させようとしている。すなわち、ギリシアではアイトリア同盟の乱(第三章、参照)、アカイア同盟の乱(前一四六年、コリントスの破壊で終焉)。ケルティベリとルシタニアの乱(前一五五─一五四、および前一四九─一三三)。またカエサルに鎮圧されたガリア地方の大乱(前五三─五二)など。ただし古代ローマ属州における政治的状況と中世後期のフランスのそれとは大きく異なる。また諸反乱の理由も大きく異なる」(シャボー)。  「諸注は、正当な理由があって、以下のごとくに記している。すなわち、フランス近代王国の政治的構造はローマ征服以前のギリシア人、ガリア人、またイベリア人たちが支えてきた政治的構造と事実上、甚だしく異なっている、と。しかし『ローマ史論』第二巻、第二章(「ローマ人はいかなる人民たちを相手に戦わねばならなかったか、またいかに執拗にそれらの相手が自分たちの自由を守ったか」)のなかで、「自分たちの自由の防衛のために執拗かつ複雑きわまりない諸共和政体の謀略」を相手にローマがいかに戦わねばならなかったかを説明する段で、マキアヴェッリが展開してゆく分析は、非常に鋭い」(イングレーゼ)。 


(13)「マキアヴェッリはここでローマに対する被征服諸属州民の反乱や蜂起を喚起させようとしている。すなわち、ギリシアではアイトリア同盟の乱(第三章、参照)、アカイア同盟の乱(前一四六年、コリントスの破壊で終焉)。ケルティベリとルシタニアの乱(前一五五─一五四、および前一四九─一三三)。またカエサルに鎮圧されたガリア地方の大乱(前五三─五二)など。ただし古代ローマ属州における政治的状況と中世後期のフランスのそれとは大きく異なる。また諸反乱の理由も大きく異なる」(シャボー)。  「諸注は、正当な理由があって、以下のごとくに記している。すなわち、フランス近代王国の政治的構造はローマ征服以前のギリシア人、ガリア人、またイベリア人たちが支えてきた政治的構造と事実上、甚だしく異なっている、と。しかし『ローマ史論』第二巻、第二章(「ローマ人はいかなる人民たちを相手に戦わねばならなかったか、またいかに執拗にそれらの相手が自分たちの自由を守ったか」)のなかで、「自分たちの自由の防衛のために執拗かつ複雑きわまりない諸共和政体の謀略」を相手にローマがいかに戦わねばならなかったかを説明する段で、マキアヴェッリが展開してゆく分析は、非常に鋭い」(イングレーゼ)。 


(14)「それら」は「数多くの諸侯の、政体」を受ける。


(15) この「それら」も、文法上は「数多くの諸侯の、政体」を受けるが、内容としては「それら諸侯によって惹き起こされた政変や変革」と解すべきであり、ここで私たちは「嚙ませ石」の比喩(第二章)を思い出しておきたい。


(16)「マキアヴェッリがここで暗に言わんとしているのは、共和政末期数十年間の内戦の状況であり、三頭政治によって征服や支配が繰り返された諸属州からも軍事力が投入された事実である」(デ・カプラーリイス)。


(17) ここで段落を切り、文章を改行したい欲求に、訳者は強く駆られた。が、思いとどまった。理由は注21を参照。


(19)「誰も」alcunoについては、『君主論』における「あなた」tuや「あなた方」voiと共に、慎重に選ばれた不特定の人称主語であり、本章の冒頭の文に現れた「誰か」も同じ意図で用いられている。 

 

(18) エピロスの王。前二八〇から二七六年へかけて、イタリア半島南部マーニャ・グレーチャ(大ギリシア)地域とシチリア島をたちまちに攻略。しかし征服した諸地域の反乱や同盟軍の離反、そして最終的にはローマ軍の介入によって、たちまちに領土を失った。


(20)「置かれた状況の差異」la disformità del subiettoが、この章の中心テーマである。この場面にピュロスを登場させたことをめぐって、諸注は適否を論じてきた。ピュロスを「最も有能な将軍」として、原著者がここに掲げたことを、イングレーゼは次のように述べる。「マキアヴェッリは、事実、彼をアレクサンドロスと同等にみなし、これら二人のギリシア人の運命に降りかかった差異は、彼らの敵の違い、すなわちペルシア人かローマ人かによって生じた、と説明する。ここから暗に結論が示される。すなわち、偉大なアレクサンドロスであっても、もしも対決した相手がローマ人であったならば、敵を凌げなかったであろう」。 



(21) 先に、注記しかけたことを補う。すなわち注17の箇所で段落を切り、訳文を改行したい欲求に強く駆られながら、思いとどまった理由である。  マキアヴェッリは第四章を、一の詩を書くように、丹念に書き綴っている。全体が五つの段落に分かれているのも、偶然ではない。冒頭と末尾の両文において、「誰か不思議に思う人」「不思議に思う人は誰も」(以下、傍点はいずれも引用者)という不特定の人称主語が使われている点は、すでに指摘した(注19)。いま一つ、特徴的な語を示すならば、それは「熟慮する」であろう。もちろん、不特定の人称主語の動詞になっている。ここで全体の文章構造を見返しておこう。  「新たに獲得した支配地を維持するさいの困難を熟慮するとき誰か不思議に思う人がいるかもしれない」(冒頭)。そして第五(最終)段落は次のように始まる。「いまや、かのダレイオスの政体がいかなる性質の統治方法になっていたかを、あなた方が熟慮するならば気づくであろう」。そして段落を切らずに、書き続ける。「かくして、いままでに述べてきたすべてのことを熟慮してみれば不思議に思う人は誰もいないであろう。すなわち​」​(末尾)。  そしてこの後に、無造作に投げ出された結論は、あまりにも凝縮されている。これを換言してみる。「すなわち、偉大なアレクサンドロスも、所は、人の子であり、ただ善き運命に恵まれたにすぎない」。さらに、このあとを続けてもよい。「人間の力量の及ばないところに、運命の輪は回転する」と。  先に(注20)、第四章の中心テーマは「置かれた状況の差異」であると述べたが、その背後に隠れているのは「運命」fortunaであり、これを仄かに示すマキアヴェッリの文章は詩的である。  なお、最終段落を長めに設けて、末尾に凝縮した結論を投げ込むのは、マキアヴェッリの修辞法の一つであって、第三章の終りにも同じ手法が認められる。すなわち「ここから決して、あるいは滅多に、過つことのない、一般原則が抽き出せる」(三一ページ)。それゆえ、この結論文の前で、段落は改めない。


 

マキャベリ

https://freeassociations2020.blogspot.com/2026/05/whyvertxcan-you-reduce-all-of-political.html 


https://www.blogger.com/blog/post/edit/102781832752441205/3143645085101050887


Can you reduce all of political philosophy to one diagram?


A pretty good attempt. 



(From a book on Machiavelli by Gabriele Pedulla.)





https://x.com/whyvert/status/2055450999549231543?s=61


Whyvert(@whyvert)さん

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政治を整理する良い図解

しかし必要なのは経済理解だ


A helpful diagram for understanding politics.

But what’s really needed is an understanding of economics.


If I had to categorize them,

b Hobbes, d Marx, a Aristotle, c Machiavelli



b.Hobbs  d.Marx    



あえて当てはめれば、
ホッブズ マルクス アリストテレス マキャベッリ

If I had to categorize them,

b Hobbes, d Marx, a Aristotle, c Machiavelli




あえて当てはめれば、
bホッブズ dマルクス aアリストテレス cマキャベッリ






Can you reduce all of political philosophy to one diagram?


A pretty good attempt. 



(From a book on Machiavelli by Gabriele Pedulla.)


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価値学説の系譜

労働価値説 効用価値説




     The History of Value Theories

Labor Theory of Value     Utility Theory of Value


Consumer   Producer     Consumer   Producer

costs      costs      utility      utility 

b        d      c         d


         Four-factor theory




a


Consumer 

costs 

b

Producer costs d

             Four-factor theory

Consumer utility a

Producer utility c



図2・1 価値学説の系譜

労働価値説

ペティ

(1623~87)

効用価値説

スミス

(1?23~90)

【支配労価]

マルサス

(1766~1834)

〔投下労働]

リカード

(1722~1823)

コンディヤック

(1714~80)

チュルゴー

(1327~81)

[平均効用]

セー

(1767~1832)

マルクス

(1818~1883)

[平均旁働]

マーシャル

(1842~1924)

[供給・番要]

ゴッセン

(1810~58)

[限界効用]

、ジェボンズ

(1835~82)

ワルラス

(1834~1910)

メンガー

(1840~1921)


消費者の費用b

生産者の費用d

消費者の効用a

生産者の効用c


四元的価値論




Consumer costs b

Producer costs d

Consumer utility a

Producer utility c


Four-factor theory


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