2024年2月5日月曜日

日本列島は世界のひな形 20220912 : 一人一人が輝ける世の中にする

日本列島は世界のひな形 20220912 : 一人一人が輝ける世の中にする
日本列島は世界のひな形 20220912 : 一人一人が輝ける世の中にする
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日本列島は世界のひな形 20220912

「日本は世界の雛形である」

これは、じつをいうと、大本教の聖師・出口王仁三郎のことばである。

 

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「日出る国の日の本は、全く世界の雛形ぞ。(中略)我九州はアフリカに、北海道は北米に、台湾島は南米に、台湾島は南米に四国の島は豪州に、我本州は広くして、欧亜大陸其儘の、地形を止むるも千早振(チハヤブル)、神代の古き昔より、深き神誓の在すなり」(「いろは神歌」より/『神霊界』大正71月号)

※ムーPLUSより引用しております。

 

日本と世界の照応関係からは、驚くべき霊的メカニズムと地球の未来の姿についても浮き彫りになるのだ。

※日本再発見! 日本に憧れ、日本に学ぼうとする世界の声を集めた海外の反応サイトから引用しております。

歴史までそっくりな北海道と北米大陸


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次に北海道をみてみましょう。そもそも北海道はいったいどこに照応しているのでしょうか。それについては様々な説があるようですが、一般には北米とするのが有力なようです。私もそうみるのが妥当だろうと思います。

ぴんとこない人は、北海道を反時計回りに少し回転させてみてください。そうすると渡島半島がちょうどメキシコあたりに、稚内がアラスカに相当することが見えてくるのではないでしょうか

 

宙ぶらりんになった台湾の謎

ユーラシアが本州に、北海道が北アメリカに、四国がオーストラリアに、九州がアフリカに照応するというのはわかりました。しかし、五大陸というように世界にはもうひとつ大陸があります。そう、南米です。ではこの南米はいったい日本のどこに照応するのでしょうか。

南米についてもさまざまな説がありますが、一般には台湾だとされていますーー。

 

しかし、ここで疑問がわいてきます。

 

雛形理論によれば日本は世界の雛形であるということですが、これは逆にいえば?

「世界の五大陸は日本の拡大版であり、それに照応する場所が必ず日本にあるという意味になります。」

 

その日月神示にはこう書いてあります。

 

「日本の国は世界の雛形であるぞ、

雛形でないところは真の神の国でないから、

よほど気つけて居りて呉れよ、

一時は敵となるのざから、

ちっとも気許せんことぞ、

神が特に気つけておくぞ。

今は日本の国となりて居りても、

神の元の国でないところもあるのざから、

雛型見てよく腹に入れておいて下されよ」

 

これを読み解く大前提として、まずは戦前の日本の領土がどうであったかを思い出してください。戦前の日本といえば、いわゆる本土だけでなく朝鮮半島と台湾を含むものでした(南樺太も)。さらに満州やその他アジアの占領地、パラオなど南太平洋の信託統治領も含めると、その当時、日本あるいは「ほぼ日本のような」ところと考えられていた地域はかなり広大でした。

 

樺太と沖縄について

そういえば、戦前まで日本領だった樺太についてはどうなんだろう、また沖縄はどこに照応するんだろうという疑問がふともちあがりました。さらにそうなると五大陸というけど実際には南極大陸もあるわけでだったら南極はどこに対応するのかといったことも気になります。

そこで樺太と沖縄についても考えてみました。

あくまでも私の個人的な見立てですが、沖縄はアフリカのマダガスカル島に、樺太は南極に対応するのではないでしょうか。

 

外八洲内八洲史観【ソトヤシマ・ウチヤシマ・シカン】

日本のことを大昔は大八洲(おおやしま)と呼んでいたようです。

大辞林によると大八洲とは

「日本の古称・美称。古事記・日本書紀に伊弉諾(いざなぎ)・伊弉冉(いざなみ)二神の生んだ島々の総称としてみえる。」

外八洲(そとやしま)内八洲(うちやしま)とは何かというと、外八洲=世界、内八洲=日本で日本は世界のひな形である、という考え方のことです。

「一部分が全体の相似形になっているとしたら」

、世界の陸地全体も世界の一部の日本と相似形になっていて、日本が全体のひな形である、といえないでしょうか。なぜ日本かということはわかりません。そこにまたロマンがあります。

 

佐竹としましては

イザナギ・イザナミが一対神にて海をかきまぜたら淡路島ができた?

その淡路島が琵琶湖と出っ張りと引っ込みが一致するなど探求ははてませんが

偶然も不思議も一致する仕組みがあるようですね

 

我々は目に見える物質教育を戦後から受けて来ておりますが

もう一度、目に見えないはたらきを信じることができるとき

日本が世界の縮図として、おきる現象も一致している一対でありますれば

「我」という小さい視界にて解決を求めてもうまくいかないのかと思います。

「義」という大きなバランスを測る時?お金や物資にて思考するのではなく

「目に見えない仕組み」つまり「無条件の対話」から始まるのではないのでしょうか?

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