2020年8月22日土曜日

バスティア ロウソク業者の請願 Petition of Candlemakers - kurakenya

ロウソク業者の請願 Petition of Candlemakers - kurakenyaのつれづれ日記

https://kurakenya.hatenablog.com/entry/20101228

ロウソク業者の請願 Petition of Candlemakers 1845

なんか、不明の理由から職場のサーバーが死んで長い間が経ちました。そこで、今後はすべてのファイルを「はてな」に移し、ホームページは、ペラ1枚にしてkurakenya.jimdo.comあたりにでもにつくろうかと思い立ちました。現在製作中なので、あまりできていません。

今一度自分のサイトを見てみると、かつてpdfにしたすべてのファイルが死んでしまっているのが残念です。とりあえず今日のところは、以下にBastiat バスティアの「請願書 A petition 」を再掲します。あと、驚いたことに「見えるものと見えないもの」をippatsu1234さんという方がyoutubeに載せてくれていました。

http://www.youtube.com/watch?v=veJgPJfp4Rw

だれか是非、この「請願書」もyoutubeに載せておいていただきたいとお願いします。


??????????????????????

http://www.panarchy.org/bastiat/petition.eng.1845.htmlより訳出

請願書

 ロウソク、小ロウソク、ランタン、燭台、街灯、ロウソク消し、消火器に関わる製造業者、並びに、獣脂、植物油、樹脂、アルコール、そして照明に関連する一般的にすべての生産者より。

 立法議会の名誉ある代議士各位へ。

 方々

 皆様は正しい方向に向かっておられます。それは抽象的な理論を拒否し、余剰や低価格ということについて関心を持っておられないこと、そして主に生産者の命運について御心配になっているということです。生産者を外国からの競争から解放しようとなさっていること、つまり、国内市場を国内産業にとっておくということです。

 私たちは、皆様に対して、皆様の――何とお呼びすれば良いのでしょうか?皆様の理論?いいえ、理論ほど詐欺的なものはありません。皆様の原則?皆様の体系?皆様の原理?しかし皆様は原則などお嫌いですし、体系性には恐怖をお持ちです。そして原理につきましては、政治経済にはそんなものの存在を否定されています。ですから皆様の実践とお呼びしましょう――理論と原理のない実践を適用していただく素晴らしい機会をお持ちいたしました。

 私たちは、外国の競合者からの破滅的な競争に苦しんでおります。競合者は明らかに我々の光の生産よりもはるかに優れた状況で働いており、信じられない低価格で国内市場に洪水のようにやってくるほどです。現在のところ、その様子は、私たちの売り上げはなくなり、すべての消費者は競合者に流れ、数え切れないほどの影響を持つフランス産業の一部門が、完全に停滞してしまうほどに減産しているのです。この競合者は、まさに太陽そのものなのですが、私たちに対してまったく無慈悲な戦いを挑んできており、その有様は、不誠実な白国1によってそそのかされている(今日においては、すばらしい外交政策です!)と私たちは憶測しているほどです。特にこのことは、太陽があの傲慢な島に対しては、私たちには示すことのない敬意を払っていることに明らかです。

 私たちは、すべての窓、屋根窓、天窓、内外にある雨戸、カーテン、覆い、円形ガラス、ガラス窓、ブラインド、つまり、太陽光が屋内へと入りがちである、すべての開口部、穴部、隙間や割れ目、を閉めることを要求する立法を、皆様に通していただく道徳的公正さを求めております。それらが、我が国に与えられたと私たちが誇りを持って言える公正な産業の損失につながるのであり、我が国は、これまでの恩を裏切ることなしには、私たち業者をこれほど不公正な今日の競争状態に捨て置くことはできないのであります。

 名誉ある代議士各位、私たちの要求を真剣に取り上げていただく公正さをお持ちいただき、そして少なくとも、私たちがこの議論を補強するために提出する理由をお聞きにならないままに拒否されることがありませぬようお願いいたします。

 最初に、もし太陽光が入ってくることを出来るだけ遮断して、人工の需要を作り出すなら、一体フランスのどの産業が、最終的な拡大の利益を受けないというのでしょうか?

 もしフランスがより多くの獣脂を消費するなら、牛や羊はもっと多くなり、その結果、開けた草地、肉、羊毛、皮革、そしてすべての農業的な富の基盤となる糞尿の増加につながるでしょう。

 もしフランスがより多くの植物油を消費するなら、ケシ、オリーブ、アブラナの栽培の拡大につながります。これらの豊饒な、しかし土壌の養分を消耗してしまう植物は、牛の放牧によってより肥沃になった土地を有益に利用することを、まさに適切な時に可能にするのです。

 フランスの原野は樹脂性の樹木で覆われるでしょう。無数のハチの群れが山々から、現在は無駄になっている芳しい財宝を、ちょうど花から出るもののように、集めてくるでしょう。よって、大きく飛躍することのない農業分野は一つとしてないのです。

 同じことが運送についても当てはまります。何千もの船が捕鯨にいそしむことになり、間もなくのうちに、フランスの名誉の維持ならびに、請願書の署名者とロウソク業者、その他の者の愛国的な熱望を可能にするだけの海運力を獲得するでしょう。

 しかし、パリの製造業者の特産品については何が言えるのでしょうか?これから皆様は、金装飾、青銅、そして水晶細工が、燭台やランプ、シャンデリア、装飾枝付きの燭台などにほどこされ、広大な商業広場にきらめくのを見ることでしょう。それらに比べれば、現在あるものなど、まがい物という程度でしかありません。

 砂丘をのぼる困窮した樹脂の採集者、暗い穴の奥に行く貧乏な鉱夫といった、結局は、高い賃金を得られず、より大きな繁栄を享受することのできないような人もいなくなります。

 方々、ほんの少しばかり考えただけで、アンザン株式会社の裕福な株主から最も小さなマッチ売りに至るまで、私たちの請願がかなうことによって状況が改善されないものなどフランス人にはおそらくいないことを確信されるでしょう。

 方々、私たちは反論があるだろうことを知っています。しかし、それらのすべては自由貿易の信奉者によるカビ臭い古本に書かれていることです。私たちは、私たちに反対する意見が、皆様と皆様のすべての政策を導く原理に即座に反するものではない、という考えに挑戦いたします。

 皆様は、この保護政策によって私たちは得をするものの、消費者がその負担を課されるということから、フランスは得るところがないとおっしゃるのでしょうか?

 私たちの答えは、以下のように、すでに用意されています。

 皆様は、もはや消費者の利益を引き合いに出す権利など持っていないのです。皆様は、消費者の利益が生産者の利益と反する場合には、常に消費者を犠牲にしてきました。それは産業を振興し、雇用を増大させるためでした。同じ理由から、皆様は今回もまたそうしなければならないのです。

 実際、皆様自身がこのような反対を予想されていたでしょう。鉄、石炭、ゴマ、小麦、織物の市場への自由な参入が消費者の利益になるといわれた時、皆様は「そうだ、だが生産者はその締め出しから利益を得る」と答えられました。すばらしい!当然に、もし消費者が太陽光が入ることから利益を得るのであれば、生産者はその遮断から利益を得るのです。

 皆様はなおもおっしゃるかもしれません。「しかし、生産者と消費者は同じ一人の人間なのだ。もし製造業者が保護によって利益を得るのであれば、彼らは農民をも繁栄させるだろう。その反対に、もし農業が発展していれば、それは製造された商品の市場をつくるだろう。」すばらしい!もし皆様が私たちに日中の光生産の独占権を与えていただけるなら、まず最初に私たちは、我々の産業に供給するために大量の獣脂、松脂、植物油、樹脂、蜜ろう、アルコール、銀、鉄、銅、そして水晶を購入いたします。そしてさらには、私たちとその無数の商品供給者が豊かになり、大量に消費して、国内産業のすべての領域に繁栄をもたらすのです。

 皆様は、太陽光は自然からの無料の贈り物であり、それを利用する手段を促進するための言い訳として、それを拒否することは富を拒否することだとおっしゃるのでしょうか?

 しかし、もし皆様がこのようにお考えであるのなら、皆様自身の政策に致命的な一撃を与えることになってしまいます。御記憶ですか、これまで皆様は、外国の商品を、それらが無料の贈り物である程度に応じて、あるいはそうであるために、排除してきました。皆様が他の独占業者からの要請に応じるための理由づけは、皆様の確立した政策に完全に適合している私たちの要請を許容するための半分でしかないのです。そして私たちの要求を、まさに他の者たちの要求よりもより理由付けられているという理由から拒否することは、+ x + = - という等式を受け入れることと同値なのです。つまり不条理に不条理を重ねるということです。

 労働と自然は、国や気候に応じて異なった割合で、商品生産において協働します。自然が貢献する部分は常に無料です。そして人間の労働による貢献部分が価値を持つのであり、対価が支払われるべきなのです。

 もしリスボンからのオレンジがパリからのオレンジの半額で売られるのだとしたら、それは太陽からの自然の熱、それはもちろん無料です、が、パリにおいては人工の熱によってなされることをリスボンでしてくれているからなのです。そして、人工の熱は市場における代償を支払わざるを得ません。

 よって、ポルトガルからオレンジがやってくる場合、それは半分無料で提供されているといえるのです。あるいはまた別の言い方をすれば、パリのオレンジに比べると、半額で提供されているともいえるでしょう。

 さて、まさしくそれらの準無料(この言葉をお許しください)ということに基づいて、皆様はそれらの禁輸を維持してこられました。皆様はおっしゃいます。「フランスではすべての仕事をしなければならないのに、外国ではその半分しかする必要がなく、残りは太陽がやってくれるのに、どうやってフランスの労働者は外国の労働者との競争に耐えられるというのだろうか?」しかし、もし生産物が半分無料であるという事実によって、皆様が競争から排除するというのであれば、完全に無料であるという事実によって、どうして皆様が競争に参入することをお許しになることができましょうか?つじつまが合わないことをお認めになるか、あるいは、半分無料のものを我が国の国内産業に有害であるとして排除した以上、完全に無料であるものもまったく同じ理由で、2倍の情熱を持って排除しなければなりません。

 別の例を挙げてみましょう。石炭、鉄、小麦、織物といった産物が外国から来る場合、あるいはそれらを私たちが自分で生産するよりも少ない労働量によって獲得する場合、その差は私たちに与えられた無料の贈り物です。この贈り物の大きさは、その差に比例します。それは、外国人が国内価格の4分の4、半分、4分の1を要求する場合、その生産物の価値の4分の1、半分、4分の3なのです。このことは、ちょうど太陽が光を与えてくれる場合のように、送り手が何らの対価も求めない場合に、まったく完全に当てはまります。私たちがここで正式に提示する疑問とは、皆様がフランスに望むものが無料の消費からの便益であるのか、それとも面倒くさい生産というものにおける想像上の利益なのかということなのです。論理的になることなく、どちらかをお選びください。なぜなら、皆様がなさっているように、外国の石炭、鉄、小麦や織物を、その価格がゼロに近づくに比例して禁止する限り、一日中ただである太陽光をお許しになるというのは、なんとつじつまが合わないことでしょうか?


自由主義の末路


成果主義って実際には「成果アピール主義」なので、
社内向けに成果をうまくアピールできた部署がボーナスを得て、社外向けに実際の成果を上げることに集中した部署はボーナスを貰えなくなり、結果社内向けアピールが上手くて声がでかいだけの人間だらけになって会社が滅ぶんですよ。

http://twitter.com/kana_ides/status/1299160634622267392

1 件のコメント:


  1. 純輸出はリソースを手放すから費用
    そこまではいい
    しかし輸入を便益とするフリードマン的発想は間違い
    ガンジーは自給することで初めてイギリスの資本主義に打ち勝った
    要はケースバイケース

    ヒックスのように[輸入は借り入れ]
    輸出は貸し付けと考えるのがしっくりくる。

    《輸出国は輸入国に対して結果において貸し付けていることになる。》
    (ヒックス『経済学の思考法――貨幣と成長についての再論』1985年、128頁)

    借り入れて何が悪い?という疑問ならわかる。

    この場合は相手による。

    返信削除