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なぜ数学は「敵の敵は味方」の証明をできなかったのか?
誰もが一度は「敵の敵は味方」という言葉を聞いたことがあるでしょう。
この理論は人間関係に留まらず、大規模な組織や国家間にも適応されており、人間社会において普遍的な社会理論となっています。
この「敵の敵は味方」理論は必然的に「敵の味方は敵」「味方の味方は味方」「味方の敵は敵」という合計で4つのパターンを内包しており、合わせて「社会均衡理論」と名付けられています。
(※以降はわかりやすさを重視して社会均衡理論を「敵の敵は味方」理論と表記します)
この「敵の敵は味方」理論は1940年にオーストリアの心理学者フリッツハイダーによって発表されましたが、それ以前から慣用句としても定着していました。
そのため現在に至るまで数え切れないほどの研究が、この理論をネットワーク理論を用いて数学的に実証しようと試みられてきました。
それらの研究ではヒトを点、関係の繋がりを線で表したものが用いられており、さらにそれぞれの線は敵ならばマイナス、味方ならばプラスの値がつけられています。
その結果、上の図のような人間関係を模したネットワークが形成されました。
既存の研究は完成したネットワークを数学的に分析することで、ネットワーク内で「敵の敵は味方」理論が成り立っているかどうかが検証されてきました。
しかし驚くべきことに誰もが知っているはずの「敵の敵は味方」理論を数学的に証明しようとする努力はすべて失敗に終わっており、ネットワークのある部分では成り立つものの別の部分では成り立たないなど、一貫性のない結果が得られるだけでした。
そこで今回ノースウェスタン大学の研究者たちは、2つの現実的な事実をネットワークに組み込むことにしました。
1つは「他人よりポジティブな人がおり容易には敵認定しないことがある」という点です。
たとえばあなたの友人に敵対をしている人がいたとすると、従来の理論ならば「味方の敵は敵」となり、あなたはその人に対しても敵対的でなければなりません。
実際に友人を攻撃する人を即座に敵と認識する理論通りに動く人もいるでしょう。
しかし「あなた」にあたる人物が寛容である場合、友人を攻撃している人に対して敵対関係が結ばれなかったり、場合によっては味方関係になってしまうこともあります。
これを数学的に言えば「人(ノード)の間にある関係性のライン(エッジ)に敵味方の符号付けをする方法は画一的ではなく、人(ノード)ごとに多様性がある」となります。
もう1つは「現実世界では誰もがお互いを知っているわけではない」という点です。
多数の味方がいる人に個人的に敵認定された場合、理論通りならば、即座に多くの人から敵認定を受けることになってしまいます。
特に有名人などを敵にまわして名指しで攻撃されたときには、恐怖を味わう可能性もあるでしょう。
しかし実は有名人が地球の裏側にいる人で、有名人の主な味方も地球の裏側にいる場合、彼らがあなたを全く知らない場合もあります。
そのため有名人が名指しであなたを攻撃しても、有名人の味方の多くは「誰?」となり、同様に敵対関係になる人は理論よりずっと少なくなります。
特に相手の名前すら読めない外国の人で、さらにその人にかんする情報がほとんどないない場合、敵対しようがありません。
もし有名人側で情報が公開されたとしても、あまりに縁がない人に対して敵対関係を構築することは心理的にも難しいでしょう。
この状況を数学的に言えば「人(ノード)の間の関係性のライン(エッジ)が敵や味方として形成されるには、人(ノード)同士が認知できるほど近い存在でなければならない、つまり人(ノード)同士の接続(エッジ)は無条件には起こらない」となります。
これらの要素は「敵の敵は味方」理論が単純なネットワークでは再現しきれないことを意味しています。
一方、新たな研究では、これらの2つの要素が関係性のネットワーク構築の根幹にある制約として機能すると考えが最初から組み込みました。
また実証にあたっては現実にある以下の4つの関係性のネットワークが利用されました。
①SNSのユーザー間の評価コメント
②議員同士の発言ややりとり
③ビットコイントレーダー同士のやりとり
④消費者レビューサイトでのやりとり
これら4つは独特の関連性のネットワークを構築しており、新たなモデルの実験台として最適でした。
結果、新たなモデルでは「敵の敵は味方」理論がネットワーク全体で機能していることが判明しました。
さらに通常「敵の敵は味方」理論では3者までしか考慮されませんが、研究では4者を超えたより大きな連合にまで適応できることが示されました。
つまり「敵の敵は味方」ならばその味方の敵(4者目)も自分にとっても敵であることが理論上でも成り立っていたのです。
なのでかかわる人(ノード)数に従って理論を正確に名付けなおすならば「敵の敵(味方)の敵は敵」理論となるでしょう。
これまで「敵の敵は味方」理論は、人間関係を単純化した言葉として誤解されていました。
既存の研究が失敗してきた原因も、単純化したものという誤解が背景にあったと言えるでしょう。
しかし実際の「敵の敵は味方」という言葉は、人間関係の多様性や知識の限界など複雑な要因を加味した場合にのみ機能する理論だったのです。
このようなノード間の複雑な相互作用を正しく理解する研究がもたらす恩恵は人間関係に留まらず、ネットワークの奥深さを解き明かす鍵になり得ます。
たとえばニューロンの活性化と抑制化のモデルを考える際や、病気を治すための薬の組み合わせ、さらに現状ブラックボックスとなっているニューラルネットワークの解読といった問題にも役立つでしょう。
研究者たちは今回の研究で得られたモデルを人間関係だけでなく、その他のネットワークにも当てはめられるかを確かめていくと述べています。
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