2026年8月15日土曜日

「どう生きる。何を繋ぐ。」そんな問いを投げかけられ続けた2時間|映画「果てしなきスカーレット」をみて|かおり

「どう生きる。何を繋ぐ。」そんな問いを投げかけられ続けた2時間|映画「果てしなきスカーレット」をみて|かおり

「どう生きる。何を繋ぐ。」そんな問いを投げかけられ続けた2時間|映画「果てしなきスカーレット」をみて

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人間とは何だ
生きるとは
死ぬとは
愛とは

すごく深い問いを、2時間ずっと投げかけられていたように思います。

「果てしなきスカーレット」

細田守監督の映画は今まで何度か観たことがあるけれど、ここまで深く考えながら観た作品はなかったんじゃないかな。

良き王として国民から慕われている父を、叔父に殺された主人公スカーレット。
自身も命を落とし、死後の世界で目を覚まします。

この世界に叔父もいると知り復讐をしようとしているところに、看護師の聖と出会います。

死してなお叔父から命を狙われ、復讐だけを目的に傷つきながらも叔父の元を目指すスカーレットと行動を共にしていく聖。

自分が生きていくことで精一杯。
他人を助けるよりも、 まず自分の身を守る。
争いのない世界なんて綺麗ごとだと言うスカーレットと対照的に、
他人の命を守ること、救うこと、寄り添うこと、争いのない世界を求める聖。

二人が進んでいく中で、聖の行動からスカーレットが徐々に変わり始めます。

その変化は、争いや復讐に対するものというよりも、スカーレット自身の心の変化。

その姿を通しながら、「あなたはどう生きるんだ、生きるって何だ、愛とは、あなたは何を思って、何を志して、何を繋いでいくんだ」そんなふうに、自分自身はどういう人間なのか、自分の生き方を問われているような気がしました。

------------------- ここからはネタバレを含みます -------------------

スカーレットは進む中で、様々な出会いを重ねていきます。 

そのうちの一人に、「私が王女だったら、私みたいな子どもが死ぬことのないようにするの」というような内容のことを話す女の子がいます。

ここは死者がいる場所、まだ子どもの女の子がここにいるということは、彼女は大人にはなれなかったということ…?

そのシーンは、その女の子と同じ年頃の子どもがいるからか、重く響いたけれど。
「自分が叶えることができなかった幸せを、次の世代では叶えてほしい」
そんなふうに、今よりももっと、より幸せに生きてほしい、そんな想いを繋いでいくことが、生きることの一つなのかなって感じました。

スカーレットの父が殺される前に、スカーレットに残した言葉があるんですね。
それは、「許せ」。

何を許すのか、スカーレットはずっと答えがわからずにいたけれど、最後は「復讐を目的に生きてきた自分」を許すんです。
人を許すんじゃなくて、自分を許す。

そして、どう生きていくのかを決めたスカーレットの顔が変わる。

死後の世界を生きている人は、そこでも死ぬと「虚無」になるんです。

「死にたくない」ではなく「虚無になりたくない」というセリフがあったけれど。

自分と向き合ったスカーレットの顔が変わったことや、生きると決めて「生きたい」って言うスカーレットの言葉を思うと、命があって生きていても、死んでいても、心がないことは虚しいのかなって感じました。

でも、何もないからこそ、何にでもなれるのかな。
自分が自分の心に何を入れるかなのかな。

こんなに辛くて苦しいのにって、誰かを恨んだり何かにすがったり、蹴落としてみたり。
でも、その先は幸せではなかった人たち。

どんな状況でも、自分で進んだ人。
たとえ道半ばで倒れたとしても、一歩目を踏み出して進んだその姿は、周りや後の人の希望になって、後を続く人がいたこと。

不確かでもいい、理想を語ると。
それが心からの純粋な望みであれば、それに沿って生きれば、応援してもらえたこと。
その応援が進む勇気になり、進むことが未来に繋がるのかなと感じたり。

でも、どんなふうに進んでいたとしても、自分ではどうしようもないことが起きることもあるから。
今に精一杯になるしかないんだなってこと。

神様には言葉は通じないから踊るんだってシーンがあったけれど、言葉以上に行動が伝わるものなのかなって。
理屈じゃないんだなって感じたこと。

君はどう生きていきたいんだ?って、ガンガン心に問われていた気がします。

答えのない問いを投げかけられるって、面白い。
答えがないからこそ、面白い。
考え続けること、そしてどう生きていくのか。

エンディングの歌詞まで、しっかり聞いてしまった。

また観よう。

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