【行政学の背骨 #27】「公共の利益」の“敵”:W・ニスカネンの「官僚の予算最大化モデル」
前回(第26回)、筆者らはリチャード・マスグレイヴの「財政3機能」を学んだ。それは、「“市場の失敗”」(①公共財の供給、②格差の是正、③不況の安定化)を是正するために、政府(財政)は(経済学的に)“正当”に介入すべきである、という「規範(=性善説)」の“土台”であった。 この理論は、「政府(官僚)」が、その“専門的”な知識を使い、「“公共の利益(Public Interest)”」の“実現”のために(合理的に)行動することを(暗黙のうちに)“前提”としていた。
しかし、もし、その「官僚」が、「“公共の利益”」など(一切)“考慮”せず、「“自己の利益(Self-Interest)”」のため“だけ”に(合理的に)行動するアクターであったとしたら?
本稿で取り上げるのは、B分野(第12回)の「公共選択論(Public Choice Theory)」の“刃”を、E分野(予算論)に(最も“シャープ”に)突き立てた理論――ウィリアム・ニスカネン(William A. Niskanen)の「官僚の予算最大化モデル(Budget-Maximizing Model)」(1971)である。
ニスカネンは、マスグレイヴ的な「(“性善”的な)規範」を「(“ナイーブ”な)幻想」として“一蹴”する。 彼は、「官僚(Bureaucrat)」も、市場の消費者や経営者と何ら変わらない「(自己利益を追求する)経済人」であると“仮定”し、その「自己利益(権力、威信、昇進)」は「所属組織の“予算規模”」と(正の)相関関係にある、と指摘した。 その“必然的”な帰結として、合理的な官僚は、「“公共の利益”(最適水準)」など“無視”し、「自組織の“予算”」を(可能な限り)「“最大化”」するように行動する、と結論付けた。
これは、「政府は“市場”の失敗を是正する」どころか、「政府(官僚)“自体”が(予算を“過剰”に要求・供給することで)“失敗”する(=政府の失敗)」という“現実”を(経済学のグラフを用いて)“モデル化”した、E分野における最強の「現実(=性悪説)」モデルである。
1. この理論を一言で言うと?
官僚の予算最大化モデルとは、 官僚は「公共の利益」ではなく、「自己の利益(権力、威信、給与など)」を最大化するために行動する「合理的経済人」である、と仮定する。 そして、その「自己利益」は「所属組織の“予算規模”」と(正の)相関があるため、合理的な官僚は、B分野(第13回)の「情報の非対称性」を“武器”に、(政治家(P)を“欺き”)「(社会的に)“最適”な水準」を“超えて”、「自組織の“予算”」を「“最大化”」しようと行動する、と主張する「公共選択論」的(性悪説)モデルである。
2. なぜこれは「古典・主要理論」なのか?
この理論が「古典」である理由は、それが1960~70年代の「大きな政府(ケインズ主義、マスグレイヴ)」の“全盛期”に対し、「“内部”から(“内部”の論理で)」反旗を翻し、「政府の失敗(Government Failure)」の(インクリメンタリズム(第24回)とは異なる)“もう一つ”の(そして、より“攻撃的”な)“メカニズム”を(経済学的に)“暴き出した”からである。
2-1. 時代背景:「公共選択論」のE分野への“侵攻”
B分野(第12回)で学んだジェームズ・ブキャナン(James Buchanan)らが「政治家」の自己利益(=再選)を暴いたのに対し、ウィリアム・ニスカネンは(自らも国防総省(ペンタゴン)の官僚(エコノミスト)であった“内部告発者”として)、「官僚(Bureaucrat)」の自己利益(=予算)を“当事者”として(経済学のツールで)“モデル化”した。
これは、E分野(予算論)において、ワイルドフスキー(第24回)が「政治的・保守的」な“現実”(=漸増主義)を記述したのとは“対照的”に、ニスカネンは「経済学的・合理的」な“現実”(=官僚による“攻撃的”な“搾取”)を記述した点に、その「革新性」がある。
2-2. B分野(P=A理論)のE分野(予算論)への“応用”
ニスカネンは、「官僚(A)は“なぜ”予算を最大化“できる”のか?」という「“方法(How)”」の問いに対し、B分野(第13回)の「プリンシパル=エージェント(P=A)理論」のロジックを(予算論に)“応用”した。
P(政治家)と A(官僚)の関係は、「契約」である。
しかし、両者の間には「情報の非対称性」が存在する。
「A(官僚)」は、その事業の「“真”のコスト」を知っているが、
「P(政治家)」は、それを(正確には)“知らない”。
ニスカネンは、官僚(A)が、この「情報の“優位性”」を“武器”として“最大限”に利用し、P(政治家)を(ある意味で)“脅迫”し、“欺く”ことで、「予算最大化」を(合理的に)達成する、と考えた。
3. 核となる概念(キーコンセプト)
ニスカネンが(経済学のグラフを用いて)描いた、「官僚(A)」が「政治家(P)」から「予算(自己利益)」を“搾り取る”までの(合理的な)“論理ステップ”。
3-1. ① 官僚の「効用関数(=自己利益)」の“仮定”
ニスカネン・モデルの「出発点」。 官僚が(行動の基準として)最大化しようとする「効用(=満足度)」は、「公共の利益」では(断じて)ない。 それは、「給与、昇進の機会、権力、威信、職場環境の快適さ、部下の数…」といった、「“自己”」の「“利益”」である。
3-2. ② 「自己利益」と「予算規模」の“相関”
ニスカネンは、「(上記の)“全て”の自己利益は、“所属組織の(予算)規模”と(統計的に)“正の相関”がある」と(大胆に)“仮定”した。 (=予算が“大きい”組織ほど、ポスト(椅子)は“多く”、権力(裁量)は“強く”、威信も“高まる”)。
したがって、「自己利益」を最大化したい(合理的な)官僚は、「所属組織の“予算”」を「“最大化”」する、という(極めて“シンプル”な)結論(=行動原理)が導き出される。
3-3. ③ 「総便益」と「総費用」の“グラフ”
ニスカネンは、官僚(A)と政治家(P)の「交渉」を、のような「(経済学の)グラフ」でモデル化した。
(A)社会的に「最適」な予算(点Q):
本来(神の視点、あるいはマスグレイヴ(第26回)の“規範”)で言えば、予算(Q)は、「(事業から得られる)“総”便益(Total Benefit)」と「(かかる)“総”費用(Total Cost)」の“差”(=社会的な“純”便益)が「“最大”」となる「点Q(キュー・スター)」で(決定される)“べき”である。
(※経済学的には、「“限界”便益=“限界”費用」となる点)
(B)官僚が「最大化」する予算(点Q):
しかし、官僚(A)は、この「Q*(最適点)」には(全く)“興味”がない。
官僚(A)は、「情報の非対称性(=“真”のコスト(総費用曲線)はAしか知らない)」を“武器”に、政治家(P)に対し、「(“総”便益の“全額”に“等しく”なるまで)予算(Q)を“よこせ”」と(“水増し”して)要求する。
P(政治家)は、「(“真”のコスト」が“見えない”ため、「(“見かけ上”の)“総”便益」と「(“水増し”された)“総”費用(=要求額)」が“釣り合う”「点Q(キュー・ダブルスター)」まで、(“騙されて”)予算(要求)を“承認”してしまう。
(※この「点Q**」は、「社会的な“純”便益」が「“ゼロ”」になる(=“総”便益を“全て”“費用(官僚の予算)”が“食い尽くす”)、社会的には“最悪”だが、官僚(A)の「予算」は“最大”になる点である)
3-4. ④ 「過剰供給」と「政府の失敗」
ニスカネンの“結論”。 この(P=A間の)「情報」の“敗北”の結果、現実の政府(官僚制)では、公共サービス(予算)は、「(社会的に)“最適”な水準(Q*)」を“はるかに超えて”、「(官僚の“自己利益”が“最大”となる)“過剰”な水準(Q**)」で(恒常的に)“供給”され続ける。
これは、マスグレイヴ(第26回)が「是正」しようとした「“市場”の失敗」とは“逆”に、「“政府”の失敗(Government Failure)」が(官僚の“合理的”な行動によって)“引き起こされている”ことを(理論的に)示している。
4. 【最重要】引用・参照すべき「原典」と「主要解説書」
A. 原典(Primary Source)
原著:
Niskanen, W. A. (1971). Bureaucracy and Representative Government. (Aldine-Atherton).
主要邦訳:
ニスカネン, W. A. (1981). 『官僚制と代表制政府』(早川和男・菊池光造 訳). 勁草書房.
(E分野およびB分野(公共選択論)における、不朽の古典。邦訳は入手困難だが、この分野の研究者は必ず参照する)
B. 信頼できる主要解説書(Secondary Source)
ニスカネンのモデルは、B分野(公共選択論)およびE分野(予算論)の“両方”の教科書で、必ず「中核的批判」として登場する。
西尾勝 (1997). 『行政学(新版)』. 有斐閣.
(第5章「行政と利益集団」で、公共選択論の系譜として、官僚の「予算最大化行動」を(ブキャナンらと共に)解説)
曽我謙悟 (2022). 『行政学〔新版〕』. 有斐閣アルマ.
(第8章「政治と行政」で、P=A理論(第13回)の“応用例”として、ニスカネンの「予算最大化モデル(情報独占)」を明確に解説)
神野直彦 (2007). 『財政学(第2版)』. 有斐閣.
(マスグレイヴ(第26回)の「規範」論に対し、「現実」の政治プロセス(ワイルドフスキー(第24回)やニスカネン)が「3機能」を“歪める”可能性を指摘)
5. 限界と批判
ニスカネンのモデルは、「現実」を(あまりに“冷徹”に)“告発”したがゆえに、その「“単純化”しすぎた“仮定”」に対し、多くの(妥当な)批判を浴びた。
5-1. 批判①:「官僚の動機」の“単純化”(=性悪説すぎ)
最大の批判は、「官僚は“予算最大化”のため“だけ”に動く」という「仮定(前提)」が、あまりに(経済学的で)“単純化”しすぎている、という点である。 現実の官僚は、本当に「(カネや権力という)“自己”利益」のため“だけ”に動いているのか?
A分野(第7回)のハーズバーグが(「動機づけ要因」として)提示したような、「“公共”への“奉仕”精神(Public Service Motivation)」や、「“専門家”としての“倫理(Ethics)”」、「“困難”な(マスグレイヴ的な)“課題”を“達成”する“満足感”」といった、「“非”自己利益的(“非”予算最大化)」な“動機”を、ニスカネン・モデルは(“初め”から)“無視”している、という(“性善説”側からの)根強い批判である。
5-2. 批判②:「政治家(P)」の“過小評価”(=受動的すぎ)
第二の批判は、このモデルにおいて、「政治家(P)」が、官僚(A)の「情報操作」に(あまりに“無力”で“受動的”な)「“騙される”だけの“愚か”な存在」として描かれ“すぎている”、という点である。
現実の政治家(P)は、
(B分野 第14回 アリソンのように)「“対立”する“別”の官僚(A')」を(“意図的”に)“ぶつける”ことで、「“真”のコスト情報」を(“競わせて”)“引き出す”かもしれない。
あるいは、「(官僚制の“外部”にある)専門家(学者、シンクタンク)」という「“第3”の」情報源を“活用”するかもしれない。
あるいは、「世論(メディア)」を(C分野 H9のように)“喚起”し、「(“予算最大化”しようとする)官僚」に(“政治的”な)“圧力”をかけるかもしれない。
ニスカネン・モデルは、P(政治家)が(A(官僚)に対抗するために)取りうる、これらの「“政治的”な(=P=A理論の“契約”の“外”にある)“逆襲”の“戦略”」の“可能性”を(モデルの“単純化”のために)“過小評価”している、という批判である。
6. 【上級論点】
このE分野の「現実」モデル(H12, H13)は、私のRQの「“壁”」の(“保守的”側面と“攻撃的”側面という)「“両面”」を、見事に描き出している。
6-1. H13(予算最大化)仮説の“本丸”
私のRQ「なぜ市長は(脱炭素に)動けないか?」に対し、ニスカネンの「予算最大化モデル」は、第22回(イントロ)で提示したH13仮説の“本丸”であり、その“メカニズム”を(P=A理論(第13回)と結びつけて)明確に提供する。
H12(漸増主義)の“壁”: 市長が直面する“壁”は、「(前例を守る)“保守的”な抵抗」(=“守り”の政治)である。
H13(予算最大化)の“壁”: 市長が直面する“壁”は、“同時”に、「(“自己利益”のために“予算”を“水増し”して要求してくる)“攻撃的”な抵抗」(=“攻め”の政治)でもある。
私のRQ(脱炭素)は、この「“守り”(H12)」と「“攻め”(H13)」の“両方”の(“既存”事業からの)“抵抗”に(同時に)“直面”している、という(より“絶望的”な)仮説が成り立つ。
6-2. H13仮説の“精緻化”(=“財源”と“情報”の“戦い”)
ニスカネン・モデルは、この「“壁”(H13)」の“正体”を、さらに(P=A理論的に)“精緻化”する。
H13b(“裁量的予算(Slack)”の“奪い合い”): ニスカネンが(グラフのQ*とQの間で)“暗”に示した「裁量的予算(Slack)」(=官僚(A)が“水増し”して“確保”した、“真”のコストと“見せかけ”の予算との“差額”)こそが、「脱炭素」のような“新規”事業が(“もし”生まれるとしたら)“唯一”、依存しうる「“財源”」である。
H13c(“情報”の“敗北”): 市長(P)が“動けない”のは、この「“財源”(Slack)」を、(“真”のコスト情報を“隠蔽”する)“既存”事業の官僚(Aたち=例:経済局、土木局)から“奪い返す”ための「“情報”(=“真”のコスト情報)**」を持たない(=「情報の非対称性」で“敗北”している)からだ。
6-3. 私の研究戦略(H13の検証)
この(H13c)仮説が正しいとすれば、私の研究が(H15のように)“動態的”に“実証”すべき「“決定的”な“現場”」は、 「“表”の(“公開”の)予算審議」の“場”ではなく、 「“裏”の(“非公開”の)“財務部局(Guardian)”と“既存事業部局(Spender)”との(H13cの“情報”をめぐる)“水面下”の“交渉(査定)”」の“場”である、ということになる。
私の研究の「真の(上級者レベルの)価値」は、 「脱炭素(新規)」と「既存事業(既得権益)」の“予算(カネ)”を(“表面的”に)比較するだけでは(全く)足りず、 その“水面下”にある「“真”のコスト(情報)」を(P=A理論(第13回)のツールを使い)“暴き出す”ことこそが、「H13(予算最大化)仮説」を(H15のように)“実証”する(そして、“財源”を“見つけ出す”)鍵となる。
参考文献
Niskanen, W. A. (1971). Bureaucracy and Representative Government. (Aldine-Atherton).
(邦訳例:ニスカネン, W. A. (1981). 『官僚制と代表制政府』(早川和男・菊池光造 訳). 勁草書房.)
西尾勝 (1997). 『行政学(新版)』. 有斐閣.
曽我謙悟 (2022). 『行政学〔新版〕』. 有斐閣アルマ.
神野直彦 (2007). 『財政学(第2版)』. 有斐閣.
(注記)この文章にはリサーチや構成の補助として一部AIを使用しており、また執筆者も勉強中の身であることから、厳密性を欠く場合があります。お気づきの点があれば、ぜひご指摘いただけますと幸いです。
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