2026年8月20日木曜日

ツリー構造とセミラティス構造|しょう しょう

ツリー構造とセミラティス構造|しょう しょう

ツリー構造とセミラティス構造

 クリストファー・アレグザンダー『都市はツリーではない』1965を初めて目にしたのは1990年代で、柄谷行人『隠喩としての建築』1983を介してだったと思う。

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ツリー構造(左)とセミラティス構造(右)

 ツリー構造は、簡単にいえば、機能分化したヒエラルキー社会や状態を示している。一方、セミラティス構造は、ひとつの要素が同時に複数の文脈を共有したり、複数の機能を果たしたりしていることを表している。日常の生活は、セミラティス構造をしているし、ある特定の場所はヒトによってその場の機能は異なっている。

 近代学校に引き寄せていえば、学年学級システムや教科別の学習、計画された教育課程はツリー構造の典型である。
 これに対してセミラティス構造はこのツリー構造の限界を乗り越える発想や手がかりを与えてくれる。
 たとえば、Aという学級に所属し、かつBという学級に所属する事態とか、国語でありかつ算数でもある学習とか、A学年とともにB学年にも所属している、などである。
 ツリー構造は、いわゆるタテ割りこうぞうであり、末端へ行けば行くほど排除の論理が貫かれる。一方、セミラティス構造では、複数性や包摂性が担保されやすい。

 また、授業は学習という文脈を基軸にして、他の文脈を排除することが建前だが(ツリー構造)、実際は学ばない自由や単なる居場所として機能することを排除せず(消極的であれ積極的であれ)包摂するとすれば、それは一種のセミラティス構造だということになる。
 われわれの思考に柔軟な視点を与えてくれるということでは、セミラティス構造を参照することは、たいへん有効であると思われる。

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