2022年12月30日金曜日

タマル (創世記) - Wikipedia

タマル (創世記) - Wikipedia
ハイネがルテーチア312でヴェルネの絵画作品に言及
創世記38:12~18

JUDAH AND TAMAR

Deutsch: Judas und Tamar Français : Juda et Thamar 分野 絵画作品 ジャンル 宗教美術 ウィキデータを編集 日付 1840年 技法 キャンバス、油絵 寸法 高さ: 129 cm;幅: 97.5 cm

https://ja.wikipedia.org/wiki/ファイル:Emile_Jean_Horace_Vernet_001.jpg





新改訳
創世記
三八章  1 そのころのことであった。ユダは兄弟たちから離れて下って行き、その名をヒラというアドラム人の近くで天幕を張った。 2 そこでユダは、あるカナン人で、その名をシュアという人の娘を見そめ、彼女をめとって彼女のところに入った。 3 彼女はみごもり、男の子を産んだ。彼はその子をエルと名づけた。 4 彼女はまたみごもって、男の子を産み、その子をオナンと名づけた。 5 彼女はさらにまた男の子を産み、その子をシェラと名づけた。彼女がシェラを産んだとき、彼はケジブにいた。 6 ユダは、その長子エルにタマルという妻を迎えた。 7 しかしユダの長子エルは主を怒らせていたので、主は彼を殺した。 8 それでユダはオナンに言った。「あなたは兄嫁のところに入り、義弟としての務めを果たしなさい。そしてあなたの兄のために子孫を起こすようにしなさい。」 9 しかしオナンは、その生まれる子が自分のものとならないのを知っていたので、兄に子孫を与えないために、兄嫁のところに入ると、地に流していた。 10 彼のしたことは主を怒らせたので、主は彼をも殺した。 11 そこでユダは、嫁のタマルに、「わが子シェラが成人するまで、あなたの父の家でやもめのままでいなさい」と言った。それはシェラもまた、兄たちのように死ぬといけないと思ったからである。タマルは父の家に行き、そこに住むようになった。

 12 かなり日がたって、シュアの娘であったユダの妻が死んだ。その喪が明けたとき、ユダは、羊の群れの毛を切るために、その友人でアドラム人のヒラといっしょに、ティムナへ上って行った。 13 そのとき、タマルに、「ご覧。あなたのしゅうとが羊の毛を切るためにティムナに上って来ていますよ」と告げる者があった。 14 それでタマルは、やもめの服を脱ぎ、ベールをかぶり、着替えをして、ティムナへの道にある135エナイムの入口にすわっていた。それはシェラが成人したのに、自分がその妻にされないのを知っていたからである。 15 ユダは、彼女を見たとき、彼女が顔をおおっていたので遊女だと思い、 16 道ばたの彼女のところに行き、「さあ、あなたのところに入ろう」と言った。彼はその女が自分の嫁だとは知らなかったからである。彼女は、「私のところにお入りになれば、何を私に下さいますか」と言った。 17 彼が、「群れの中から子やぎを送ろう」と言うと、彼女は、「それを送ってくださるまで、何かおしるしを下されば」と言った。 18 それで彼が、「しるしとして何をあげようか」と言うと、「あなたの印形とひもと、あなたが手にしている杖」と答えた。そこで彼はそれを与えて、彼女のところに入った。こうしてタマルは彼によってみごもった。

 19 彼女は立ち去って、そのベールをはずし、またやもめの服を着た。 20 ユダは、彼女の手からしるしを取り戻そうと、アドラム人の友人に託して、子やぎを送ったが、彼はその女を見つけることができなかった。 21 その友人は、そこの人々に尋ねて、「136エナイムの道ばたにいた遊女はどこにいますか」と言うと、彼らは、「ここには遊女はいたことがない」と答えた。 22 それで彼はユダのところに帰って来て言った。「あの女は見つかりませんでした。あそこの人たちも、ここには遊女はいたことがない、と言いました。」 23 ユダは言った。「われわれが笑いぐさにならないために、あの女にそのまま取らせておこう。私はこのとおり、この子やぎを送ったのに、あなたがあの女を見つけなかったのだから。」  24 約三か月して、ユダに、「あなたの嫁のタマルが売春をし、そのうえ、お聞きください、その売春によってみごもっているのです」と告げる者があった。そこでユダは言った。「あの女を引き出して、焼き殺せ。」 25 彼女が引き出されたとき、彼女はしゅうとのところに使いをやり、「これらの品々の持ち主によって、私はみごもったのです」と言わせた。そしてまた彼女は言った。「これらの印形とひもと杖とが、だれのものかをお調べください。」 26 ユダはこれを見定めて言った。「あの女は私よりも正しい。私が彼女にわが子シェラを与えなかったことによるものだ。」それで彼は再び彼女を知ろうとはしなかった。  27 彼女の出産の時になると、なんと、ふたごがその胎内にいた。 28 出産のとき、一つの手が出て来たので、助産婦はそれをつかみ、その手に真っ赤な糸を結びつけて言った。「この子が最初に出て来たのです。」 29 しかし、その子が手を引っ込めたとき、もうひとりの兄弟のほうが出て来た。それで彼女は、「あなたは何であなたのために割りこむのです」と言った。それでその名は137ペレツと呼ばれた。 30 そのあとで、真っ赤な糸をつけたもうひとりの兄弟が出て来た。それでその名は138ゼラフと呼ばれた。

ユダとタマル (模写) - 五感の寓意
https://memo031519599.fc2.net/blog-entry-25.html

ユダとタマル (模写)

2021/01/23

旧約聖書の中の話は、現代からすると奇想天外で面白い。ユダとタマルは、旧約聖書「創世記」の中のお話。タマルは、ユダの長男エルと結婚するが、エルは神の教えに反したため死んでしまう。ユダは、次男オナンとタマルを結婚させる。当時は、長男が亡くなると兄の血筋を残すために弟と再婚させる習わしだった。しかし、オナンは、常に子種を地に流したため、それを禁じる神により殺される(オナンが精液を無駄に地面に流した行為が後にオナニーの語源となっている)。そうなるとユダは、三男シェラとタマルを結婚させなければいけないが、ユダはシェラまで死ぬんじゃないかと恐れ、シェラが成人するまでということにして、タマルを実家に帰らせた。

その後、タマルは、シェラと再婚する見込みがないことを気付き、このままでは子供も持てないと追い詰められる。ユダが羊の毛を刈るのを監督するため、ティムナに来ることを聞いたタマルは、ベールを纏い、娼婦を装いユダを待った。ユダは、義理の娘と気付かず、タマルに声をかける。「ヤギ一頭でどうだ?後で届けるよ」と誘うユダに、タマルは「何か保証をくださいな」と要求し、ユダの印章と杖を預かる。

暫くしてユダは、実家に帰っているタマルが妊娠したと聞き、その不義を責めようとタマルを呼びつける。そこで自分の印章と杖を見せられ、タマルの子が自分の子と知る。許されたタマルは、ペレツとゼラという双子を出産した。

なんとも奇妙な話だが、この系図の最後に位置するのがイエスというのも何とも言えない。

画家の家系を持つフランス19世紀の画家 Horace Vernet(オラース・ヴェルネ1789-1863)は、このタマルがユダから印章と杖を受け取るシーンを描いた(Judah et Tamar 1840年130 x 98 cm Wallace Collection)。中央が明るいエキゾチックな美しい絵で、タマルの心に企てを持ち誘惑しようという表情、ユダの情欲に溺れた表情、それを横目で見下ろすラクダの全てを知っているような不気味な表情が面白い。

↓僕が、初めて模写というものをした記念すべき(?)第一作目。78 x 58cm 2014年11月完成。この頃は、油絵というものがよく分からず(今は分かっているという意味ではない)、試行錯誤し稚拙である。肌には、ネープルス・イエローをベースに使っている(これより後は使っていない)。忸怩たるものもあるので、もう一回描いてみたい。
20210123091637338.jpeg
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%83%9E%E3%83%AB_(%E5%89%B5%E4%B8%96%E8%A8%98)

タマル (創世記)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ユダとタマル(19世紀、オラース・ヴェルネ画)

タマルは、旧約聖書の『創世記』に登場する人物で、ユダの息子たちの妻。

人物

ユダの長男・エル英語版と結婚するが、死別。その後、ユダは次男・オナンに対し、タマルと結婚し兄の血筋を残すよう命じる。しかし、オナンはタマルと関係を持つたびに、子種を地に流した(膣外射精)ため、神により殺される。ユダは、タマルに、三男シェラ英語版が成人するまで未亡人として実家に留まるよう命じた。(『創世記』38章)

その後、タマルはシェラと再婚する見込みがないことが判明すると、身分と姿を娼婦に偽り、ユダと関係を持つ。この時、代価の支払いの保証として、ユダの印章と杖を預かった。タマルの姦淫を密告するものがあったが、相手がユダであることが証明され処罰を免れる。タマルはペレツとゼラという双生児を出産した。(『創世記』38章)

タマルとユダの姦淫は、芸術作品のモチーフとなっている。

関連項目

ウィキメディア・コモンズには、ユダとタマルに関連するカテゴリがあります。

国際的建築家、磯崎新さんが死去 ポストモダンのリーダー(共同通信) - Yahoo!ニュース

国際的建築家、磯崎新さんが死去 ポストモダンのリーダー(共同通信) - Yahoo!ニュース

国際的建築家、磯崎新さんが死去 ポストモダンのリーダー

 米ロサンゼルス現代美術館や茨城県のつくばセンタービルなどの設計で知られる国際的建築家の磯崎新(いそざき・あらた)さんが28日午前10時半、老衰のため那覇市の自宅で死去した。91歳。大分市出身。葬儀は近親者で行う。喪主は長男宙(ひろし)氏。  丹下健三さんに師事し、磯崎新アトリエを設立。大分県立大分図書館、群馬県立近代美術館で日本建築学会賞。ポストモダン建築のリーダー的存在だった。  1996年のベネチア・ビエンナーレ国際建築展では日本館コミッショナーを務め、阪神大震災の廃虚を再現した展示が最高賞の金獅子賞を受けた。2019年にプリツカー賞を受けた。

なぜユダヤ人は流浪の民になったのか? 茂木誠


なぜユダヤ人は流浪の民になったのか?|茂木誠①


【ユダヤの歴史】流浪するユダヤ人とハザール王国の謎|茂木誠②
https://youtu.be/KWbnQQt-wGg





0:03日本
0:04額約6図3太陽の茂木誠です
0:09許し今回は


0:03日宝確約
0:05mg ライブの茂木誠です
0:08揺れるしをやっています
0:10今回はローマ帝国によって最終的に油冷人
0:15がですね
0:16滅ぼされ世界にバラバラにされてしまうと
0:19いうところをお話をします
0:22[音楽]
0:29ってゆ大臣てあの何度も滅ぼされてるんで
0:33話が混乱したのでちょっと頭にまとめてみ
0:36たんですけれども
0:37まずねこれ
0:39バビロニアに攻め込まれて
0:42ダビデ用の都をエルサレムが陥落してです
0:45ね
0:46でそこにあった巨大な神殿ソロモン神殿が
0:49破壊されて生き残った人たちは50年間
0:54このバビロニアに連行されていたとこれが
0:58バビロン捕囚と言いましたでこの場合
1:01ロニーをペルシャ方をしたのでやっと釈放
1:04されて戻ってきてまたね三役を再建して
1:08神殿もですね再建するんですよ
1:12で今回が2回目なんでこれをですね
1:15ソロモン代理神殿と言います
1:17で彼らは独立はできなくてこのペルシャの
1:20国内でまぁ一定の自治を認められていたん
1:24ですがそこに今度はギリシャ軍の攻めてる
1:27んですよあの有名なアレクサンダーロス
1:30アレクサンダーですね
1:31で市場力ギリシャに占領されちゃってまた
1:33このギリシャがた心境をしつけるという
1:36ことでまたまた反乱を起こして一時的にね
1:40独立たこともありますこれ破損鳥って言い
1:42ますけども
1:43しかしローマに攻め込まれちゃうという
1:46ことでここからはですねローマの属州
1:51というのは植民地と思ってください
1:54正しいローバーは割とゆるい統治をやって
1:56いてまあ一心居能系だったので慰霊地の
2:00支配層が従っていたといいその書型があっ
2:03たのもこのころで
2:05だからまだこの段階ではローマ帝国がた
2:08心境でユダヤ教もキリスト教も少数派だっ
2:12たんですよ
2:13ところがですねいら今日の中に常にいるん
2:16ですよ急進派がね過激化がそれでやっぱり
2:20ローマはけしからんとた新強力にあと独立
2:24をするんだって言ってですね立ち上がっ
2:26ちゃう人たちもいるわけですよ
2:28でローマ支配において2度の大反乱があり
2:32ましてこれをですね慰霊戦争と言います
2:36資料はですねまあこの辺までだキー学生証
2:39ってでこれはまあ新約聖書ででこっから頭
2:43ですねユダヤ戦記という記録があります
2:46これはのヨセフスっていう良い例人が書い
2:49た記録なんですねで2階の慰霊戦争1回目
2:55がですね悪名高いいい皇帝ネロの時に
2:58始まりまして
2:59その後しばらくと言うんですねこの時にば
3:03ベロ募集から解放されて再建した
3:06第二神殿がローマによって破壊されます
3:10それでですね
3:11どうにも勝ち目がないって言うんで医大側
3:14はほとんど降伏するんだけども
3:17それでも戦うっていうグループがいいです
3:20ね
3:21熱心通ってんだけどもこのグループがです
3:24ね l されたら逃げて砂漠にに行けるん
3:27ですよ手砂漠にね禿山があるわけで周りが
3:31切り立った崖でてっぺんが待ってるんです
3:34ねこの自然の要塞これ子ですね正だって
3:39いいんですよ
3:40この政田の要塞に急進派のですね1000
3:44人の慰霊人が立てこもってですね
3:47家族も連れてねそれね7年間抵抗したそれ
3:51でローマ軍は本当にね周りが断崖絶壁なん
3:55ですよ上から見るとこういうをかなのね
3:59周りがもう
4:01断崖絶壁
4:02それでここにその由来軍が立てこもったん
4:05ですよ
4:06それでローマ軍をどうやったかというとね
4:08となり農家があります
4:10デコにローマ軍7000
4:12それでこっちも浅田
4:15政田に通じるですね通路をつくんですよ
4:19それでね土を運んで石を運んでですね
4:23ここにねこういう人口の通路を作るわけ
4:28まあ人は待ってるんでこれが完成しますね
4:31でいよいよ
4:32灯付きってなって老婆軍がここからだー
4:35らーんと突っ込んでいくべ突っ込んで行っ
4:38てソソ化しどんな激しいて子がある思っ
4:41たらね抵抗ないんですよまったく
4:44神威としていて中に入ったらですね
4:48ユダヤ平和ですね
4:50自害したした
4:52それでそのあと全部一見県調べて言ったら
4:56ですね
4:57トンドねーさん4人だけ生き残ってる女
5:01たちがいいですねそれでつかまえて様子を
5:04聞いたですね
5:05彼らは異教徒のローマ軍に屈することを
5:09潔しと思わずそれで自分たちで命を絶って
5:13天国に行こうって言った
5:16それでみんなでクジを引いてね
5:18でくじが当たった人間がそれ以外の人間を
5:22殺していくと
5:25あその前に男たちは自分の家族を殺すと
5:29でを投じでクジを引いてで当たった人間が
5:31それがよ殺していくとこうやってこうやっ
5:34てどんどんこれしていって最後の一人が
5:36自害して8 c んだといいですねこう
5:39いう壮絶な話これがあの政田の戦いと言い
5:43ます
5:45これはですねあ現在イスラエル軍のですね
5:49証拠の入隊式をこうやってるそうです
5:53で
5:53まだ押されます
5:56これがですね第一字伊禮戦争と言います
5:59[音楽]
6:04ってその後ですね数十年間は平穏だったん
6:08ですが
6:10パトリアぬステイの時ですね
6:13このハドリアヌス帝という人は大変な名君
6:16として有名な人なんですよ
6:19それであちこち帝国各種を旅して歩いてい
6:22てたまたまそのエルサレムに来たんですね
6:26そしたら第一戦争でもう破壊されちゃって
6:29いたいるそれも見て皇帝は心を痛めてこの
6:34町を再建しようって言ったんですよだから
6:37最初はその音声をかけででエルサレム市の
6:40再建を彼が命令したんですけれども
6:44その時に余計なことしたんですよ
6:46そのもともと代理シーンでのあった所に
6:49新しい神殿を建てたけどもそこにですね
6:52ローマの神様つっちゃったんですよ言って
6:56るっていうそれで慰霊人がふざけんだーっ
6:59てなってですねよせばいいのにまた
7:02立ち上がっちゃった
7:04これが第二次慰霊戦争の始まりです
7:09この穏やかな歯鳥のつも激怒してですね
7:13許さないって言ってまた待遇を送ってきて
7:16もちろん負けましたゆだよねはい
7:19また街を破壊されてですねー
7:21もう二度とここで反乱が起こらないにし
7:24ようってことで
7:26工程がですね明するんですね
7:29今後木大臣はエルサレムに入ってはいけ
7:32ないと
7:33巨大なローマ帝国の各地にみんな追放し
7:36ちゃうんですよ
7:37これをねディアスポラって言って李さんと
7:41言ってこれが実にですね
7:4420世紀のイスラエル建国までずーっと
7:47続いただから約2千年間
7:51揺れ人がいわゆるそのルーローのために
7:54なったのは今的なんですね
7:56それでこの時にその工程がですね
7:59正しいと言って
8:01年に1回だけは戻ってきて破壊された
8:05このソロモン神殿の壁が残ってるんですよ
8:08壁がでその壁の前で祈ることだけは許す
8:12って言ってこの壁が今も残っていてこれを
8:17嘆きの壁って言って泥0人がこの壁に工程
8:21ついて巧妙でこういのっているとあそこな
8:23んですね
8:24やがてローマ帝国が
8:26方抜いていきますで北のほうから
8:29ゲルマン人がどーんと入ってきますはい
8:33これがですねヨーロッパになっていくです
8:36ねそれからキリスト教がですね平原んです
8:39よ
8:40やっぱりの宗教が広まるっていうのは人々
8:43が不安な時ですからローマ帝国の音一番
8:45栄えた頃には切りつけを全然広がったら
8:47です
8:49てローマが革命ちゃってもうケーキは
8:51どんどん悪化する
8:53異民族も入ってくる治安も悪化するもう
8:56ローマおしまいだっていう時に
8:58古い神々は助けてくんないとそこで新しい
9:03宗教ってことでキリスト教がバーッと
9:06広まってるんですね
9:07最初ローマをですね
9:09伊田八今日みたいにキリスト教もですね力
9:13で抑え込めると思っていたんですよ
9:16でこんなことやったんですね工程を
9:20上戸祭とこれ工程数入って言ってですね
9:23歴代皇帝をですね神様としてローマ人は
9:26祀っていました有名なカエサルもですね官
9:31としても釣っていたんですよ
9:33例えば日本でですね
9:35天皇陛下を加味をして祀ったりあるいは
9:38立派な人物
9:40軍人と科学者例えば
9:42平将門公丘身に纏って神田明神とか
9:45あるいは菅原道真公か身に纏って
9:49太宰府天満宮とかあるじゃないですか神々
9:52と人間の境目がないんですよねだから
9:55ローマ g も同じに立派な将軍や工程を
9:59買うに纏っていた
10:01で誰もそれに疑問持ってなかった
10:03ところがこの人たち1審京都その綺麗教徒
10:07とキリスト教徒だけはそれを許さんない
10:11人間を神と祀るなということですねだから
10:15逆にこの工程崇拝を認めるか認めないかと
10:18いうことがローマに対する忠誠の証になっ
10:21ていくんですよ
10:22ん
10:24[音楽]
10:26そこでローマ皇帝は全人民に皇帝崇拝を
10:30矯正し黄帝心での前に連れていって頭を
10:34下げろとって頭を下げたものはローマの g
10:38ミートして g を与えるとってこれを
10:41決するものは反逆罪を適用すると言って
10:44脅すんですね
10:45そうするとねキリスト教湯やゆる影響等は
10:49当然頭を下げないですねキリスト教徒は
10:51ですね
10:52むしろ肯定に頭下げるぐらいだったらこの
10:56場で私の首を刎ねてくださいと言うんです
10:59よ
11:00できる支部の考えでは人間は2回死ぬ
11:05でっ1回目のは肉体の死って理解目は魂の
11:10詩
11:11どんな人間もどんなに頑張ってもいつかは
11:14死ぬそれはに来た主でもう
11:17魂は生きていてその魂が最後の審判で
11:21イエス様に見つめられて店に行けば魂は a
11:25握る
11:26だから今工程崇拝を拒否して処刑されても
11:30その時は苦しいでしょう痛いでしょでも魂
11:34は生きていて魂はいえ様に褒められて天に
11:37昇るからそれを望むと
11:40もし今康哲兵を拒否すると今日は生き残る
11:44でもいつかしるんですかその時に魂を抜か
11:48ずとイエスは言われてお前は皇帝に頭下げ
11:51たなと地獄に行くとこれが強いと言うん
11:55ですよ
11:56だからキリスト教徒は承継されることを
11:58恐れずにどんどんどんどんむしろ
12:02首を張れてくださいって言って大大大 j
12:04のクリスチャンが首刎ねられてその人たち
12:06は殉教者と言われて人々に称賛されると
12:10いう恐ろしい宗教でしょ
12:13それでもうこの段階でねーローマの人口の
12:16だいたい1割ぐらいがクリスチャーだった
12:18んですよ
12:19人口の10%を全部殺せますか
12:22それでローマ政府はですね逆にこいつら
12:25スゲーなと
12:27死を恐れないとだからこのクリスチャンを
12:30逆に味方につけてローマ帝国の支えとすれ
12:35ばどんだけ強くなるかとローマがって考え
12:38たのが
12:39コンスタンティヌスということでそれで
12:41突然彼は迫害を停止してキリスト教を公認
12:45すると宣言するですねこれが有名なミラノ
12:49勅令ってんですよ
12:51でこっからですねキリスト教が大プロに
12:54認められた結果
12:56前にも増してものすごい急で広がっていっ
12:58てクリスチャンが元々機レセプトのホラー
13:01生ミンソがないからどんな民族であったも
13:04受けれますから
13:05でたちまち
13:06ローマ人の過半数が苦しくなっていくと
13:09そして最初的にはもうローマの国境を
13:14厳しくし合うということが決定されまして
13:17つまり一新今日のキリスト教をローマが
13:20高級するってことはそれ以外の宗教は
13:23すべてアウトなって
13:26で古いた心境も消えしになってそれから
13:30言えダイヤ今日もキー子なんですよ
13:34でこっから今度はキリスト教徒とローマ
13:39帝国が手を組んで
13:41ゆ大臣を抑え込むとっていうことでまた
13:46ですね
13:47新たな圧迫が始まるということですね
13:53今回はローマ時代の慰霊人の反乱とその
13:58結末についてお話をしましたはい次回は
14:02ですね中世ヨーロッパ
14:05以降
14:06リレー人がですねどういう運命をたどった
14:08かと言うまあこれもえげつない話なります
14:11はい私のに
14:13日本を
14:14各よく娘役の模擬もでした
14:19ご視聴あります
14:22o ラインセミナーのご案内です
14:252022年の2月の27日の13時から
14:31私がオンラインでお話をいたします
14:36奮ってご参加くださいテーマですけれども
14:40遺伝子から紐解く
14:43日本人の起源と
14:46ワクチン開発ということで
14:50いったいどうなるでしょうか
14:52はい
14:53お申込み方法は概要欄をご覧ください
14:59はいっ
15:00よします
15:07ん
15:09[音楽]
15:14[音楽]




【ユダヤの歴史】流浪するユダヤ人とハザール王国の謎|茂木誠
https://youtu.be/KWbnQQt-wGg





0:03日本
0:04額約6図3太陽の茂木誠です
0:09許し今回は
0:13バラバラに散って1対0人がどうなったの
0:17かどこに詰めていたのかという話をしよう
0:22と
0:23思いますその前に逃げて言えばいいですよ
0:26ねだからそのもう土地柄とかを持つことが
0:30できないじゃないですか
0:32じゃあどうやってご飯食べたんですかって
0:36いうと
0:38[音楽]
0:45商業ですね
0:47モノの売り買い
0:48それからお金を人に貸す金融機を銀行さん
0:52ですね
0:53あとはいろんなその例えば音楽家とかが彼
0:58とかアーティストあるいは
1:01学者として彼らは8生ak を立てていっ
1:06たんですね
1:07その中でお金を貸すっていうことについて
1:10ですね旧約聖書
1:13慰霊神の言うところのモーセ五書に
1:17こういう規定があるんですよ
1:20これはですね申命記
1:24だからモーセの最後のお言葉をまとめたと
1:28その
1:28申命記の第23章にこういう部分があり
1:34ます
1:36外国人には
1:38利子をとって化してもよい
1:42が
1:43兄弟には石をとって歌手てはならない
1:49兄弟っていうのは要するに同じ
1:52湯大臣同じ湯で教頭という意味で同じで
1:56京都からは
1:58お金かして利子を取っちゃいけないとでも
2:01外国人ということはつまり一位0人彼らは
2:05とっても良いとこういう規定があるんです
2:09ねだから揺れ人と言うとなんか金貸しって
2:12イメージがあるんですけどもユダヤ人同氏
2:14はやらないと彼らを迫害するですね異教徒
2:17いい遺族からは取っていいとこういう解釈
2:21になっている理由
2:23それからもう星故障っていうのは
2:26器楽聖書の一部ですからキリスト教や
2:28イスラム教でも晴天ですので例えばね
2:33ケース今日ないんだけどもイスラム教では
2:36riche をとってはいけないっていう
2:38規定があってちょっと面白いのは何も共闘
2:41ですねイスラム教徒同士で毛利氏は取ら
2:44ないです
2:45だからあのイスラム世界においては金貸し
2:49入っていないんですよ
2:51じゃあ銀行ってないんですかや銀行あるん
2:54ですけども銀行はですね8一人金を貸して
2:57riche をとって儲けるんじゃないん
2:59です何やってるかすると投資投資して
3:03リターンをとるって事だけやったね
3:05やっぱりすらもないしもともと彼らはです
3:07ねここに言いました
3:09でその頃はローマ帝国時代で
3:13でローマ帝国っていうのは中東から
3:16ヨーロッパ
3:18西ヨーロッパから北アフリカまでですね
3:221個にまとめていたのが
3:24ローマ体子でした第2事例戦争で油冷神は
3:29こっから追放されて
3:32違うパターン所対応この散らばったこと
3:35ですね d アースポラー
3:37と言います
3:40多くのメンバーは近いので
3:43前だいたいこの中東に広まったんですよ出
3:47エジプトとかですね
3:48バビロニアとか
3:50この地域はローマ帝国の崩壊後ですね
3:54イスラム教徒によって再統一
3:58されましたこの
4:01グリーの当然
4:03イソラの京都ばですね
4:05ユダヤ教徒のことを
4:07兄弟と考えていてだからあのムハンマド
4:12マホメットはですね寄付聖書を尊重し
4:15モーセの十戒も尊重し
4:17だからイスラム教は偶像を待つらない
4:21それから神様の名前を言っちゃいけない
4:25でしょ
4:26がヤハウエと言っちゃいけないんですよが
4:28なんていうかすとただ神様と呼ぶんです
4:31アラビア語で神様のことをあるらー
4:36r ラーっていう名前の神じゃなくてあれ
4:38ば神様っていう普通名詞なのであるラーと
4:42いう言葉が最少はヤハウエませんなので
4:46イスラム世界においては異例共闘ですね
4:49それほどひどい差別とかはなかったんです
4:54なんでこのてジプとのアレクサンドリアと
4:57か
4:58バビロニアバグダードですねここには
5:00大きな
5:01ひどいコミュニティがあって中には
5:04財を成したものもいっぱいいるんですね
5:06ところが
5:08元のローマ帝国の北側がですねキリスト教
5:12世界になっていきますよね
5:15キリスト教10日ですね
5:18まあユダヤ教徒に対して迫害を始めるん
5:21ですよ
5:23まず第一に当時の気づきと強度の言い分
5:26っていうのは
5:29イエス様を
5:31十字架にかけたのが
5:34ユダヤ人だ
5:35だから許せない
5:37ちょっとオサレしますねイエスはですね
5:41ユダヤ教の教えの立法ですねあまり意味が
5:45ない
5:47それよりも進行が大事だと
5:49それからユダヤ人だけが救われるという
5:53選民そうあれもおかしいとローマ g も
5:56救われると言ったのがイエスとまぁですね
5:59ですからそのイデー今日の一番根本思想で
6:01ある立法と賤民そうを否定したために入ら
6:07や
6:08京都からは恨まれてローマの総督に
6:13渡されてこの男は
6:15反逆者ですということでローマの法によっ
6:18て裁かれて十字架で処刑されましたという
6:22話ですよねだからまぁ確かにその
6:26ユダヤ教徒がイエスを捕まえて
6:30ローマ人に渡して処刑させたのは確かなん
6:33ですけれども
6:35それを
6:37ユダヤ人が悪いっていうのはどうなん
6:39でしょうか
6:41っていうのは
6:42だってイエス様だって幽霊子だったんです
6:44よ
6:45いや様のお父さんヨセフお母様リアもう
6:48いい大臣だったわけだから皆様のあのお
6:50弟子さん達ですねおじさんたち10人人
6:53って言いますけどみんな揺れるんですよね
6:54だからこれはその湯第二の中で起こった
6:57宗教対立であってあのユダヤ人が何か他の
7:02民族をいじめたんじゃないんですよね
7:05そこがまずね
7:06おかしいなって僕思うんですよね
7:08それの女月ですね位嶺臣たちはこの
7:11キリスト世界に入っていてその得意の商業
7:15と金融で財をなし
7:19ほとんどヨーロッパ人が農業と牧畜しか
7:23知らない頃にもう
7:25の吟子やってるんです次大臣区のは
7:28だから特にねー
7:30ヨーロッパのね王様や貴族が例えば戦争を
7:34すると金がないっていう時に農民から税
7:37とってもたかが知れてるからユダヤ商人を
7:41選んでおいちょっと貸せとって依頼人は
7:44よろしゅうございますその代わり王様
7:47リーシーを取りますよとこういうので高い
7:50利子を打って慰霊地も儲かるとで王様たち
7:53も儲かるってことで最初はですねまあ
7:55ウインウインがあったんですよ
8:01それからですねこういう例もあります
8:04この辺り
8:06これがカスピ海でこれが国会で中央味や
8:12ですね
8:13今何とかスターんとかっていうところで
8:15あの辺りに住んでいた
8:17トルコ人
8:18プロ個人てね今コニーポロコってくれない
8:21ですももともとこっちなんですよ遊牧民で
8:24羊被ってくれしましたってこのトルコ人が
8:27ですね8何回かにわたってヨーロッパにご
8:31攻め込ん的ですねちょうどね
8:33カスピ海と黒海の間に住み着いてハザー
8:38ルっていうふうに作りますそれでねこのハ
8:41ザールっていくには最初はそのと6人の
8:43伝統的な
8:45多神教を祀っていました天の神池之上
8:49天の神が一番偉くてね10グリッドです
8:52けども
8:53ところが
8:54南がイスラム教です
8:57西がキリスト教です
8:59このね青て示したのはキリスト教がまた
9:02東西に言われていてこっちの西ヨーロッパ
9:05のカトリックと東はですね正教会とか
9:10ギリシャ正教会てますけども今日その多く
9:12は細かい話しませんけれども
9:14とにかく8キリスト教湯
9:17を勢力でここにですね
9:20キエフっていう国があって系 hulu
9:23知っていってねこれロシア
9:26の始まりとされている国ですだいたい今の
9:30ウクライナんですけどもこの系譜ルーシー
9:33もですね最初はた心境だったのがこの東
9:36ローマの影響で正教会のキリスト教に改宗
9:41しますっていうことでなんだお前で氏は
9:44まだ10-9道の神なのかとイエス
9:47キリストを信じろっつってですねこう迫っ
9:50てくる
9:51南からは何度思い出し
9:53未だに市上手な果実香と r らをし色
9:55ってこう迫ってくるということでこのハ
9:58ザールはですねどっちも的になっちゃった
10:01んだよ
10:03キリスト教なっちゃうとなんかこっちに
10:05飲み込まれそうになっちゃうし
10:07イソレまだとコーチ飲み込まれちゃうから
10:09a
10:10困ったなあとそこで色々調べたんでしょう
10:13ねキリスト教とイスラム教の元があると元
10:18があるとこれが油大じゃないですかだから
10:20なんとこのハザールの王様がですね俺今日
10:24から由大恭とったんです
10:27っていうことで
10:29が彼らはですねあの顔つきはあのこういう
10:33顔してたんですよモンゴロイドのなのに
10:36そういうその政治だけの理由で
10:40自らすすんでい大京になったんですね
10:43木の葉ざる帝国っていうのはちょうどこの
10:46中は石あの残りますので東中国と西の
10:51ヨーロッパとですねえっ中継貿易でかなり
10:54栄えたですよねあとはその他てばよ
10:58ヨーロッパで迫害されたり大臣が逃げて
11:00くる
11:01あるイスラム世界から more ユダヤ
11:03教の国あってこっちに行こう逃げてくる
11:05って人も集まってきたので非常に栄えたん
11:07ですけれども
11:10最終的にはですね k 振るう氏との戦争
11:14に敗れて
11:16ロシアに飲み込まれちゃったんですよ
11:20だから
11:22まぁこんな感じになっちゃった ok
11:27まあ多くの歯ざる人はしょうがないから
11:30正教会のキリスト教に改宗したですが
11:35やっぱり井田影響を守った人たちもいて
11:38これはずーっとこのねーロシアの中の綺麗
11:41神として残ったんですこれをねあの
11:43father ある計0人
11:45と言います保ちロシアに大量縫いデイジー
11:48の板っていうのは実はここに起源があるん
11:50ですね
11:51遺伝子的には全体デイジーいないのに
11:548位で影響を受け入れたと言うこういう
11:57パターンですそれからですね
11:59こっちですね西ヨーロッパですようんと
12:03イギリスやフランスですね最初の頃はまあ
12:07その王様たちと伊礼承認がまあ持ちつ持た
12:12れつでやってたんですよね
12:17[音楽]
12:19ところがですね
12:20やがて
12:21中自分って始まります
12:24でこの中自分っていうのはですねー
12:28最初はですね
12:30この東ローマとイスラムとの戦いに始まっ
12:35たんですよ東ローマが負けそうになっ
12:37ちゃったので援軍求めるって言ってですね
12:41生協とカトリックでちょっと収集派は違う
12:43けれどもまああの同じ切りするだから助け
12:47に来てくれっていう援軍要請があってこの
12:50カトリック世界の母数のですねローマ教皇
12:54様が助けに系って言ってで始まったのが
12:58十字軍ですよ
13:00その時に
13:01東ローマ教皇かですね
13:04こういうふうにあの人々を煽ったんですよ
13:08ね
13:09聖地エルサレムが
13:11長い間
13:12イスラム教徒の支配下にありキリスト教徒
13:15が迫害されているんだ
13:19だから
13:20君たちはヨーロッパの中で内線やってない
13:24で
13:25ヨーロッパ例5分をつくってイスラム教徒
13:28を叩きのめし
13:29生地入れされも解放せよ
13:33神はそれをご覧になって君たちを
13:38勝利に導く
13:40もし
13:41地上でかでは
13:43しょくんはイスラム教徒の領地を奪い取っ
13:45て
13:46豊かな生活ができる
13:48そして不幸にして先週してもその魂は
13:53店に導かれてキリストの栄光のもとに a
13:57の犬ちぇるだから平和議論を知ってる
14:01みんな具は大人ですね要するに
14:03異教徒を殺せば
14:06天国に生きるし金も儲かるってことを
14:10ローマ教皇自らが煽ったんですよね
14:14ところはですね
14:16イスラム世界に入る前に彼らは気づいたん
14:19ですよヨーロッパの中に異教徒がいるって
14:21いう
14:23ユダヤ人だと
14:25なんでいるんだ
14:27しかも会津らー異教徒のくせに贅沢な
14:30暮らししてると
14:32うんしかも我々
14:35クリスチャンから利子をとって金返して
14:38いると消しからじゃないかーってなって
14:39ですねそれでですね
14:41こっから始まったんですよ
14:43い大臣に対する
14:45虐殺っていうのが
14:47中仕事です
14:50だから
14:51多くの油冷心が殺されですね伊礼人外が
14:55焼かれですね大量の難民が出たんですよで
15:00その嫌な民たちはどこに行ったかというと
15:04ですね
15:06ここに行くんですよね
15:08ここはねイベリア半島は今はね
15:12スペインとポルトガルがありますけれども
15:15当事国はイスラム世界の一部だったんです
15:18よ
15:18イスラム教っていうのは揺れし2割た緩い
15:21からだからここに行けばですね
15:25助かったんですよね
15:28これが1個の流れですエビレア半島に
15:32逃げ込んだ
15:34ゆ大臣たちの事をですね
15:37ソファラ d と言います今のスペインに
15:39住んでいたい0人ですね
15:42あとねー
15:43もう一箇所
15:44以前神の避難場所になった国があってそれ
15:47がですね
15:48フォーランドです
15:50実はですね
15:52このトルコ人の後
15:55ヨーロッパに
15:57攻め込んできた遊牧民街向いてですね
16:00これも皆さん知ってますよ
16:03モンゴル
16:05日本にも来ましたねー
16:06で日本に攻めてきたのがフビライハーン
16:09ですけども
16:10あのねフビライハンのいいとこでねバー2
16:13っていうのを言ってねばという性分てね
16:15これが欧州一やったんでしょでさっきの
16:17この系譜を滅ぼし
16:19そして
16:20ポーランドのいちゃめちぇんしドイツまで
16:23攻め込んでるんですえっ
16:26その結果ですねもうこのあたりはあの
16:29モンゴルによる大虐殺で
16:33人口が激減しちゃったんですよ
16:36ポーランドなのであのモンゴルが去った
16:40あとですねポーランドロー相馬が
16:43この
16:44やけのはらなちょっとポーランドなんとか
16:46復活したいじゃないですか人もたんないし
16:49お金もないので
16:52ってふとをこっちみたら
16:55印象ロッパーからですね伊礼難民があの
16:58いけば求めてさまよっていると聞いたん
17:00ですよあじゃあ
17:01こっち来い i 大臣
17:03守ってやるからって言ってポーランドはね
17:07宗教はカトリックなんですけども
17:09あえて
17:10ユダヤ人をですね
17:12マリキ入れたんですよ
17:15西ヨーロッパから東ねドイツを通って
17:19ポーランドに行為移動して1対0人の
17:22グループをこれをね
17:24愛し気ないし怪しくない子
17:26ということで
17:28西ヨーロッパに0人がだいたい2つの方向
17:29に分かれていてスペインのすばら d と
17:33a 棟ドイツポーランド方面の足けない子
17:36ということをこれはあの
17:40後でまたねこの言葉出てくるのでちょっと
17:42覚えてくださいなお
17:46このね
17:48んドイツは東ヨーロッパに渡っていて嶺臣
17:52たちが
17:56この2死から親はたって言ったんじゃなく
17:59て
18:00実はさっきの
18:01このハザールの湯で維新が
18:04こういったまで来てるんだ
18:07という説があり
18:10でこれかなりねえ論争になってたんですよ
18:14であのねぇ
18:168アーサーケストラーというですねあの
18:19有名な人がいて学者がいてで
18:22a 棟
18:24第13種族っていう本書いたの詰まり
18:28ゆ伝心っていうのは全部で
18:3212
18:334月でしょ
18:35+このハザールイデー人を第13使徒考え
18:38て第13社と即死族が実はロシア経由で
18:43ヨーロッパに入っていったんだと
18:46ということはその後ですね欧州内大臣が
18:50ここに変えるって言ってイスラエルを作る
18:52んですけどもその起源っていうのは
18:56はサールだから実はが揺れじゃないんだと
19:00いうそういう説なんですかね
19:01これはねあの
19:03一度そのケストラーさん自身が綺麗人だっ
19:06たのでかなり
19:08学会で一定の支持を得たんですけれども
19:12ただ最近のですね例えば dna の研究
19:15とかではちょっとこれはない
19:19あとはですねあの言葉ですね
19:24もう彼らはほとんどヘブライ語を忘れ
19:26ちゃってですねでその例えばこの脚気
19:29ないしっていうのですね
19:30ドイツ語の方言喋ってるんですよ
19:33トロここじゃないんですよだからやっぱり
19:36芦峅寺っていうのはあの好み焼ばから渡っ
19:39てきたという説が
19:41今は有力です
19:42あとこのイスラム世界に残ってい0時に
19:45ついようですねオリエンタル
19:48リレー新
19:49何と言ってますというまあ3つの
19:52グループがありました
19:54そしてですね中世の終わり後半にですね
19:58今度はこの
20:00カトリック勢力が山越えてここに攻め込ん
20:04でいくイベリア半島
20:05体これをですねれ今季スターって言って
20:09その過程でですねイスラム教徒がどんどん
20:12どんどんあの追い払われって言ってここに
20:15カトリックのスペインとポルトガル鳥が
20:19こうできるとそうすると彼らがいで人と
20:23共存したくないのでまたこっからですね出
20:27て系ってあるんですよ
20:29でこのイベの依頼人たちが8どこに行った
20:32かというと
20:33ひょっと言えばイタリアのヴェネツィアや
20:38とか
20:39オランダ
20:40とか
20:41イギリスこの縁ツヤとオランダイギリス
20:44っていうのはこの後ですね
20:46商業で
20:48金融でものすごい発展するんですねなので
20:52これはね世界史の原則です
20:55弓削人を
20:57守った国は栄える
20:59経済が冷却に遺伝子んを追っ払った国って
21:02いうのが本当ロエルということが言います
21:06今回は異例人乗りさんで世界のどんな
21:10ところに広がっていったのかという話と
21:13+ハザールについてお話をしました
21:19日本を
21:20確約
21:21結び大学の
21:22茂木誠がお送りしました














イエスキリストと神武天皇 茂木誠先生

https://youtu.be/81VMJB9JwX0
ミトラ教
クリスマス
イースター
大地の女神
神武天皇





神社チャンネルさんによって固定されています

もぎせかチャンネル 1年前

【補足】古代中国の占星術では「甲子(かっし)革令」「辛酉(しんゆう) 革命」と

いい、 ① 甲子・辛酉の年には天変地異や政変が起こる。 ②60年周期×21サイクルの

1260年ごとに大変革が起こる、と考えました。 日本書紀の原型である天皇記・国記が

成立したのが推古天皇の時代。推古9年(西暦601年)がたまたま辛酉の年にあたり、

そこから1260年さかのぼった紀元前660年を神武天皇の即位年と設定しました。



0:00あなたの心に灯をともす東洋1及び浸透
0:02研究家の高いからです
0:04テーマはこちらイエスキリストとジム店の
0:08教科書では教えてくれないということです
0:12非常にね興味深いテーマなんですがこの
0:15ことについて世界4ナンバーワン講師の
0:18模擬睦生修正をお招きしてその真相につい
0:22て迫っていきます
0:24世界の歴史は間違いなくイエスキリスト
0:26抜きに語ることはできませんしかしイエス
0:29キリストの真実については教科書で
0:32ほとんど語られることはございませんまた
0:34日本の歴史も神武天皇を抜きに語ることは
0:37できないんですが一体どういう人物だった
0:40のかその真相はベールに包まれております
0:44いいイエスキリスト神武天皇とはいったい
0:46どういう人物だったのかまたこのイエス
0:49キリストと神武天皇の共通ポイントなどに
0:52ついてもこの動画でお伝えしていく
0:55神社チャンネル視聴者の皆様にとっては
0:57非常に興味深い必見の内容となっていると
1:00思います
1:01はいそれでは本編の内容木 skrest
1:04同チームてんのこの秘密について迫って
1:07いきますどうぞご覧ください
1:10ハイディ食べる別れです今回も世界一の
1:12先生でありますべきしている2羽のもに誠
1:15先生を招きしてお届けしていきますので
1:17話します沿いを見据えチャンネルのもう今
1:19ことですはいじゃあしまーす
1:22森税最終巻ですよねこちらね
1:25まあえっとべく増益最新刊というかね
1:27あのー n
1:29ねさよね無理でしたもうまりーあーりたい
1:32とアースですねいいね教科書では教えて
1:36くれないいえすぴーですとか自分で乗って
1:38あっきーちゃんにチェンジしちゃうんだ
1:40けど一体の多分ねぇいるんですねロス
1:44チョンヒョン売っちゃっちゃを良いんじゃ
1:46ねーっ
1:49普通の子の分のポイントですよね vs
1:52系列の純天皇ちょっとうかができます
1:54でしょうか
1:55まあ特に女その二ンチャーとかに興味ある
1:58方はステップチンチャって日本だけだよね
2:02本って思ってる方多いんですねところがね
2:05神たみたいなものっていうのがすべなくの
2:08いい
2:11で正しいその夜パワーキリス描画折っ
2:14ちゃってるし中東イスラム教を売っちゃっ
2:17てるからねぇ蜜見えないけれども1枚話す
2:20と村に
2:22うんそういうなるほどなぁ
2:26何
2:27そういうの家ノア分代表
2:30なだめイエスキリスト信仰いうのはいう
2:33ことは神社的なものからスタートしたん
2:35じゃないかというのはあるのかなと思うん
2:38ですけど
2:39キリストってね本当に自然ってか何が
2:42変わっていくんですがないん
2:44ええええ僕は
2:47聖書ん剥がしたであのいい尊師っての
2:51スーパーシートうんっ
2:52ただし
2:53駆使しないですはいうんラベル付いえ
2:56スポンジで素晴らしいと思っているけど
2:58クリさんじゃないかも全くなんですが何が
3:01一番ひっかかりますと彼はねイエスの言葉
3:04だけか神秘で他は間違ってるって言うん
3:06ですよああ
3:07ん
3:08そこは違うと思うんですよねそれは打った
3:11だっていいと言ってるし
3:13世界の偉人はですねやっぱり同じでいくん
3:16ですねだからぽくての主張だけが全部後は
3:19ジェヒョ取って uae 方は僕は月
3:24そしてキリストプーという同じだりぃ誤解
3:27されているところというか書でと当時の
3:30権力者にとって都合が言って利用されて
3:33いるところがあるんじゃないはい皆もう
3:35ちょい a
3:37園田優窓クリスマス
3:39この本の中でもクリスマスに関節の誤解を
3:41解かれてなんですけどねクリスマスに関し
3:44てお伺いしてもいいでしょうかハイあの
3:46クリスマス皆さん休日25日と思ってます
3:49けども
3:50聖書のどこにも書いてないんですようーそ
3:525位あんまりだったまあ
3:54ソシムはからし息づくはたんですだから
3:572021年までも入っていないねぇ
3:59うん
4:00で知られるいくら猫のクリスマスの歪みを
4:03決まったらですね西暦5世紀フランス
4:07half year 後でめ以子と決め
4:09学生のですねまで行っちゃったんですねあ
4:12でうただしその言えずの誕生日が決まる前
4:15から
4:1603を終わりんですね大きなお祭りがあっ
4:19たんですよそれはねー当時の祭りポー寺の
4:23門前で
4:24日昼間が一番短いシリアつかんで古代人は
4:28ですねそのギリシャローマ古代編価値は
4:31対応だ一般紙
4:35アティ
4:42[音楽]
4:45ロスダウンだからオート最も吊り荷
4:50cliche者があっコユキアの実は
4:53イースのパー3で約
4:55くっなん
4:57同じようなことがねあのあれですよ
4:59イースター
5:15ブーバーだからみっぽく歌ったその他心境
5:18にうまく打っ
5:20のを買ってキリスト教は広まったんですよ
5:23ん
5:24なぁいい
5:26あとあの
5:28第一の女神信仰となって
5:31時もしもうこれも非常に熱心だったんです
5:34よな心境だねだそれを手繰って
5:38聖母マリアを持ち込んではいイエス
5:41お母さんん
5:43パーン
5:45さっき少しキーワードしていたいた妥協
5:48っていうのはフォーン書かれていました
5:50ねこ耳じゃなくを
5:51凹みとなく自分であるということをさせる
5:54んですけどお湯初球は逃さざっくりミトラ
5:57教はねあーもう population
6:00主催まあイランのた心境ですよね私
6:04た融資の市場以来
6:06分でミトラ教のシンボルっていうのは
6:09あのーうしうですね
6:12池にするファンをこうやっているシンガー
6:15指がかりますもう
6:29here 久住山
6:35如実ワコンっですは緑音ですね
6:39だからぞ対応崇拝だったもう対応しを
6:43イエスとお話だっていうね
6:46だからこうする際一は休息と分かって
6:49なかったって後悔していたというかうん
6:51ん
6:53結構
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ハインリヒ・リッケルト (Heinrich John Rickert、1863年5月25日 - 1936年7月25日)

ハインリヒ・リッケルト - Wikipedia

ハインリヒ・リッケルト

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2015年10月
ハインリヒ・リッケルト

ハインリヒ・ヨーン・リッケルト(Heinrich John Rickert、1863年5月25日 - 1936年7月25日)は、ドイツ哲学者新カント派・西南ドイツ学派の代表的な人物として知られる。

生涯

ダンツィヒで雑誌編集者で国民自由党政治家である父の息子として生まれる。ダンツィヒとベルリンで学び、ベルリン大学に入学。美術史家のヘルマン・グリムや哲学者・フリードリッヒ・パウルゼンの講義を聴く。特にパウルゼンの講義はリッケルトに哲学を専攻させる決意をさせた。1885年にシュトラースブルク大学へ移り、ヴィルヘルム・ヴィンデルバントらの講義を聞く。さらにチューリッヒリヒャルト・アヴェナリウスを知るようになった。1888年にヴィンデルバントの主査によって『定義論』 (Zur Lehre von der Definition.) で博士号を取得。

その後、1889年に健康上の理由でフライブルクへ移り、1891年に『認識の対象』を執筆。フライブルク大学の私講師・員外教授を経て、1896年に正教授になる。

1915年にはヴィンデルバントの後継としてハイデルベルク大学教授に就任。フライブルクでは、エトムント・フッサールがその後をついだ。ハイデルベルク大学の同僚には、ハンス・ドリーシュカール・ヤスパースハインリヒ・マイヤー、そしてマックス・ヴェーバーらがいた。1932年に同大を退職。1936年にハイデルベルクにて73歳にて没した。

思想

リッケルトにとって、対象の認識とは、ある主語(非合理的内容)と述語(合理的形式)とを結合させることであって、その判断には価値が働くことになる。すなわち、認識とは、多様な現実の中から知るに値するものだけを選択して把握するものである。リッケルトはこれを価値判断と呼び、自身の価値哲学(Wertphilosophie)を展開した。

また、この価値哲学の視点から、リッケルトは、自然科学が絶えず反復される一般的法則だけを把握しようとするのに対して、歴史諸科学は、政治・経済・芸術などの文化価値からみて重要な個性的特徴だけを把握するものであると主張し、後者に「文化科学」の名を与えた。師ヴィルヘルム・ヴィンデルバントの思想を発展させたこの「価値関係的」な文化哲学の立場からリッケルトは認識論の検討を行い、その後のドイツ歴史学に哲学的基礎づけを与えることになった。

著作

  • 1888, Zur Lehre von der Definition. Tübingen.
  • 1892, Der Gegenstand der Erkenntnis: ein Beitrag der philosophischen Transcendenz. Freiburg.
山内得立訳『認識の対象岩波文庫 1927年、復刊1988年
旧版『認識の対象』中川得立訳 岩波書店 1916年
  • 1896, Die Grenzen der naturwissenschaftlichen Begriffsbildung. Eine logische Einleitung in die historischen Wissenschaften. Freiburg.
  • 1899, Kulturwissenschaft und Naturwissenschaft. Freiburg.
佐竹哲雄訳『文化科學と自然科學』(大村書店 1922年、岩波文庫 1939年)
  • 1915, Wilhelm Windelband. Tübingen.
  • 19, Die Probleme der Geschtichtsphilosophie.
田辺重三訳『歴史哲學』(大村書店 1922年)
  • 1924, Kant als Philosoph der modernen Kultur.
三井善止・大江精志郎訳 『現代文化の哲人カント』(理想社 1981年)
  • 1927, Über die Welt der Erfahrung. München.
  • 1930, Die Logik des Prädikats und das Problem der Ontologie. Heidelberg.
  • 1931, Die Heidelberger Tradition in der Deutschen Philosophie. Tübingen.

翻訳

関連項目

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