2026年11月8日日曜日

市民記者(KM):日航123便墜落事件 まつゆきに関する重大な疑惑 | ISF独立言論フォーラム

市民記者(KM):日航123便墜落事件 まつゆきに関する重大な疑惑

市民記者(KM):日航123便墜落事件 まつゆきに関する重大な疑惑

123便の残骸回収におけるまつゆきの疑惑

JAL123便事故究明の会(岡部俊哉会長)が昨年7月28日に開催したシンポジウムで、「まつゆきは墜落当日相模湾にはいなかった」と説明しています。しかし不可解な点があります。事故調査報告書(27ページ)によると、乗客が機外に吸い出された可能性を考慮して、海上保安庁が人員161名、巡視船艇6隻、航空機3機を投入して8月13日午前2時半から相模湾を捜索したとあります。海上保安庁が大規模な捜索をしても発見できなかった123便の垂直尾翼残骸(小型ボートくらいの大きさ)を、捜索すらしていなかったまつゆきの艤装員が、墜落からほぼ丸1日経った8月13日夕方に「偶然」発見したとされています。常識的に考えてこの「偶然」はあり得ません。この不自然さについて真殿氏の著書では全く説明がされていません。

無人標的機を飛ばして行う試験

自衛隊が疑われてきたのはミサイルだけではありません。墜落当初から疑われていたのが無人標的機です。青山氏は過去の著書で無人標的機の可能性についても度々言及していたにもかかわらず、真殿氏は何故か青山氏の著書「日航123便墜落事件 四十年の真実」を引用して「なんと、あれほど訓練用ミサイルが当たったと言っていたのが、何の説明もなく標的機が当たったことになっているではないか。これまでの説明は何だったのだろうか」としています。

まつゆきの公試で無人標的機を飛ばして行う可能性があった試験として、FCSに関連する試験があります。FCSとはFire Control System (射撃指揮装置)の略で、レーダーで目標を捉える際の距離、方位、高度、速度を計算して、砲やミサイルに射撃データを与えるという役割を果たす武器管制の頭脳のことです。何らかの目標(飛翔体)を飛ばしてFCS が正常に目標を追尾するかを確認するためのFCS対空目標追尾試験も含まれます。ChatGPT (AI)で調べたところ、1985年頃に海上自衛隊がFCS関連の試験の際に使っていた目標(飛翔体)は以下の①~③です。

  • 無人標的機 BQM-34 (通称ファイアービー 下図1を参照)
  • 無人標的機 MQM-74 (通称チャカ)

曳航標的 (有人機が引く反射体)

Hunini, CC BY-SA 3.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0>, ウィキメディア・コモンズ経由で

真殿氏の著書に、公試におけるまつゆきの海上運転実績が載っていますが、FCS関連の試験が行われたのは1985年11月21日とされています。123便墜落から3か月以上も後であり墜落とは無関係であったように思えます。また海上自衛隊が無人標的機を飛ばす上で欠かせない訓練支援艦あづまは墜落当日相模湾にはおらず(母港の呉にいたとのこと)、無人標的機を飛ばすことは物理的に不可能であったとされています。

1985年11月21日の海上運転実績の内容

しかし海上運転実績の1985年11月21日の試験内容を見ると重大な疑問がわいてきます。記録上は、この日だけで11種類の異なる試験を行ったことになっているのです。業者も、防衛庁側の検査官も、試験条件も全く異なるものを含んだ11種類の試験を、たった1日で実施したことになっているのです。これらの試験の内容とそれぞれに最低限必要な日数 (1985年当時)をChatGPTで調べたところ、以下のような結果(図2を参照)となりました。

試験 内容 所要日数
FCS対空目標追尾試験 レーダー+射撃指揮装置の追尾精度確認 1日
FCS目標指示捕捉試験 TDS→FCSの目標移管確認 0.5~1日
味方識別標識別試験 IFF応答確認 0.5日
対空レーダー探知試験 探知距離・クラッター確認 1日
FCS総合試験 追尾~射撃系統統合確認 1日
TDS対空日目標追尾試験(予行) 戦闘指揮装置追尾 0.5日
方位盤整合試験 ジャイロ・射撃盤整合 0.5日
鉄砲/水雷・誘導武器耐震試験 振動・衝撃確認 1日
鉄砲/水雷・誘導武器傾斜旋回試験 横傾斜時の作動確認 1日
消磁旋回試験 ディーガウジング確認 1日
鉄砲方位盤総合試験 射撃盤総合動作 0.5~1日

図2 1985年11月21日の海上運転実績の試験内容と推定所要日数(ChatGPT調べ)

* TDS (Tactical Data System): 戦術情報処理装置

**IFF (Identification Friend or Foe): 敵味方識別装置

まつゆきの重大な疑惑

いくつかの異なるAIで調べましたが、これらの試験を全て行うには実働で10日間(~30日間)は必要という結果となりました。東京湾内を航行する船舶には時速12ノット(約22キロ)の速度制限があり豊洲の造船所から試験を行う相模湾に出るだけで片道4~5時間かかります。よって試験ができるのは1日に2、3時間と推察します。1985年11月21日のたった1日でこれら11種類の試験を全て行うことは物理的に不可能であり、別の日に実施した試験をこの日の実績として記録していた疑いが濃厚です。真殿氏の著書にまつゆきの工程表が掲載されていますが、海上公試は当初の計画より早く1986年1月末に終了しています。そして、まつゆきは同年3月に納期通りに海上自衛隊に引き渡されています。よって工期には余裕があったと考えられ、ある期間に多くの試験を詰め込まないといけなかったとは到底考えられません。真殿氏の著書にある海上運転実績の内容が正しければ、海上自衛隊はまつゆきの公試の記録に虚偽事実を記載していたことになりますが、何故虚偽事実を記載したのかその理由について、そしてそれぞれの試験を実施したのは実際にはいつだったのかという疑問がわいてきます。FCS関連の試験を実施するために無人標的機を飛ばしたのは、実際は1985年8月12日だったのではないでしょうか。Yahooニュースに掲載されている真殿氏へのインタビュー記事のタイトルに「流言にペンの力で抗う」とありますが、この至極当然な疑問についても真殿氏は「流言」とされるのでしょうか。

真殿氏が見つけられなかった「高速標的機損失」の朝日新聞記事

朝日新聞の1987年3月17日朝刊に「財産の守りは薄い防衛庁」というタイトルの記事が掲載されています。この記事では「しっぽの吹き流しなどを狙うはずの高速標的機を実際に打ち落としたり…」として、防衛庁が1985年11月から1986年10月の1年間に高速標的機1機(1472万円)を失ったとあります。

青山氏の著書「日航123便墜落事件 四十年の真実」に書かれていた「無人標的機一機損失」はこの件かと思いますが、真殿氏はこの記事を見つけられなかったのか「根拠不明」としています。この朝日新聞記事によると標的機の損失は1985年11月以降に発生したことになっていますので事実であれば123便墜落とは無関係であったことになります。しかし標的機は頻繁に失うものではないと思われ(過去に同様の損失が何件あったのか気になります)、123便墜落と時期が近いことから関連性が疑われます。

この件に関するYouTube動画を作りましたので是非ご覧ください。

https://www.youtube.com/watch?v=Z8tBDq7R9WA

https://www.youtube.com/watch?v=mw27406osgk&t=36s

Amazonでの真殿知彦氏の著書紹介ページ

https://amzn.asia/d/074REoh0

Yahooニュース記事

海上自衛隊元横須賀地方総監 真殿知彦氏が日航123便墜落「撃墜説」の流言にペンの力で抗う【横須賀市】

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/ca1e054377324de20ecdf1dfdcca96ab206d2217

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