【真殿氏の死角か?】海底160mの反論
なぜ、この夏だったのか
今年の8月、日航123便を巡る動きはどこか不自然なほど重なったように感じます。8月5日には青山透子氏の新刊『書かなきゃいけない』が発売、8月12日は事故から41回目、そして25日にはボーイング社の修理ミス記述問題が発覚し、国土交通省が1年がかりの聞き取り結果を公表する方針を明らかにしました。そして26日にはNHK「クローズアップ現代」が新証言特集を放送。そして30日、元海上自衛隊幹部の真殿知彦氏がnoteの連載9回目を投稿したのです。

タイトルは「だまされてはいけない」となっており、森永卓郎氏の『書いてはいけない』、青山氏の『書かなきゃいけない』と続く「〜してはいけない」の言葉遊びの系譜に、真殿氏も乗った印象です。
真殿氏は2026年2月2日にPHP研究所から『日航123便墜落「撃墜説」の真相』を出版した元海将で、ワタナベケンタロウ氏のYouTubeチャンネルにも複数回出演しています。今回のnote投稿は、機体残骸が海底から引き揚げられていない理由を、水深とソナーの分解能という技術的な話に絞って説明。異常発生地点付近の水深は200〜700m、沖合では1000mを超え、潮流は1〜3ノットあるため残骸は広範囲に流散した、垂直尾翼が三浦半島で見つかったのがその証拠だ、と主張しています。
なぜ青山透子氏だけを取り上げるのか
ここで気になるのは、真殿氏が反対意見の代表として名前を挙げているのが青山透子氏だけという点です。真殿氏のnoteしか読んでいなければ、「撃墜説を唱えているのは青山氏のような書き手だけで、元海将である自分が技術的に説明すればそれで終わる話だ」という印象を持つかもしれません。しかし実際には、もっと地に足の着いた反論がすでに存在しているのです。
このnoteにコメントを寄せた市民記者のKM氏は、次のように指摘しています。
少なくとも水深160mにある残骸について調査することは全く難しくないはずです。その残骸が123便のものであることが分かれば引き揚げるべきと考えますがいかがでしょうか?まずはできるところから始めるべきと考えます。真殿氏は「できない理由」を必死に考えているように思えます。1968年のエールフランス1611便の件をご存じでしょうか?軍の報告書を作成するタイピストだったミシェル・ラティ氏が「演習中のミサイル誤射によって撃墜したという報告書を読んだことがある」と2011年に証言したことがきっかけとなり、時間はかかりましたが裁判所が再調査の命令を下しています。2025年10月に実際に水深2300mの海底を探索し機体の残骸を発見し撮影しています。
この160mという数字は思いつきではなく、2015年7月29日、テレビ朝日系列のANNが情報公開請求で得た資料をもとに静岡県東伊豆町沖合、水深160mの海底を実際に撮影しており、側面に数字の書かれたパネル状の物体が映っています。
当時の事故調査官だった斉藤孝一氏は、APU(補助動力装置)周辺のコントロールボックスである可能性を指摘。この映像に対し、運輸安全委員会は「当委員会としてのコメントは差し控えさせて頂きます」と述べるにとどまります。事故から30年が経ち、証拠らしきものがカメラに映っていてもこの対応でした。
真殿氏のnoteが挙げる水深200〜700mという数字は、この160mより深く、すでに映像化された浅い部分の残骸に触れないまま、より深い海域の技術的困難さだけを語れば、「海底捜索は無理」という結論に導きやすくなるのではないでしょうか。
「無理」を覆した二つの前例
「深すぎて手が出せない」という理屈は、過去の2つの飛行機事故対応により覆ります。1968年のエールフランス1611便は、2011年に元軍のタイピストだったミシェル・ラティ氏が「演習中の誤射の報告書を見た」と証言したことをきっかけに司法が動き、2025年9月の裁判所命令で深さ2300mから残骸を回収。
1968年のエールフランス1611便事故で引き揚げられた機体の残骸(1971年4月撮影、Wikimedia Commons/パブリックドメイン)
1989年のユナイテッド航空811便(貨物ドア脱落事故)では、さらに深い水深4300mの太平洋から米国家運輸安全委員会(NTSB)が1990年に潜水艇シークリフでドアを引き揚げ、当初「地上係員の整備ミス」としていた結論を1992年に「設計上の電気系統の欠陥」へと覆しています。
1989年、ユナイテッド航空811便の貨物ドア脱落事故で損傷した機体(出典:米連邦航空局 FAA.gov/パブリックドメイン)
どちらも御巣鷹の200〜700mよりはるかに深い海域です。深さは、探すかどうかを決める側の意志の問題にすぎないのではないでしょうか。
「探す意志」はあったのか
海底捜索について述べているのは、青山透子氏だけではありません。
事故当時の群馬県警は「三百メートル程度の海底ですよ。本当はおれたちにやらせてみろ、と思いました」と、縦割り行政への不満を漏らしています(当ブログ8月3日の記事参照)。
また、日乗連は、当時使われたソナーの探知能力を「網の目が粗すぎる網でメダカ捕りをしているようなもの」と批判しています。
小田周二氏は著書『奪われた未来』で、事故からわずか3ヶ月足らずの1985年11月1日に事故調が海底捜索するそぶりを見せながら同月20日には早々と打ち切ったことを指摘し、別の著書『永遠に許されざる者』では事故調査委員長・武田氏が遺族への説明の中で「相模湾の海底から尾翼残骸を引き揚げれば、結論は変わってくる」と語ったと記しています。
運輸省自身も、事故から1年足らずの時点で「全体の三分の二は行方不明のまま」と認めていました。
真殿氏は、こうした「意志の欠如」を指摘する声になぜ触れないのでしょうか。真殿氏の説明が事実として間違っているということではありません。水深が深くなればソナーの分解能が落ちるのも、潮流で残骸が流されるのも、それ自体は成り立ちます。問題は、その技術論だけを取り出して見せることで、「なぜ本気で探さなかったのか」といったより大きな問いから読者の目をそらしてしまう構成になっていることです。
エールフランス1611便やユナイテッド811便の例を知っていれば、「技術的に無理」という説明だけでは足りないと気づきますが、知らなければそのまま納得してしまうかもしれません。同じ事実を渡されても、どこまでの材料を持っているかで、読者が導かれる結論はまったく違ってくるものと思います。
40年間語られてきた海底捜索への疑問は、水深何メートルの話ではなく、誰がその意志を持たなかったのかという話も着目されるべきではないでしょうか。
note記事とコメントのその後
本稿で紹介したKM氏のコメントは、その後note上から見えなくなり、真殿氏のnote記事も有料記事に切り替わりました。
note公式のヘルプセンターによれば、記事を有料化しても無料期間中についたコメントが自動的に削除されることはなく、投稿済みのコメントは引き続き誰でも閲覧できる仕様です。また、他人が投稿したコメントを削除できる機能は、基本的にその記事の著者のようで、KM氏自身もYouTubeのコミュニティ投稿で「真殿氏のNoteのコメントが消されて記事が全て有料化されています。そうなることを予想してコメントをここに貼っておいて正解でした」と述べています。
当ブログでもnote記事が有料化されていること、該当コメントが表示されなくなっていることを確認しており、参考・出典欄のリンクにその旨を付記しました。
参考・出典
▶小田周二著「永遠に許されざる者」![]()
※kindle版は現在無料です
KM氏note
日航機123便御巣鷹山墜落機 30年ぶりに相模湾海底160mで機体一部発見(JC-NET)
Air France Flight 1611(Wikipedia英語版)
United Airlines Flight 811(Wikipedia英語版)
【日航機墜落事故195】真殿知彦氏インタビュー(ワタナベケンタロウ氏YouTube、2026年3月7日公開)
【海底に眠る重要証拠】捜索を渋ったのは誰なのか(当ブログ8月3日記事)
【日航123便 40年目の攻防】なぜ国が動いたのか(当ブログ8月27日記事)
大手メディアを斬る!新刊「書かなきゃいけない」(当ブログ8月29日記事)
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